ダメ姉は、修学旅行へ出発する(その9)

 憧れの料亭で美味しいご飯を食べたり作ったり。貴重な体験をさせて貰ったり。そんな楽しいお昼ご飯タイムも終わり午後の自由行動の時間へと突入する。

 さてさて。腹ごしらえも済み、次に私と一緒に京都の町を散策する相手は―――


「―――ふ、ふふふ……あはははははは!やっと、やっと来た……!待っていたわこの時を!長かった……待ちくたびれた……やっとわたしの時間が来たわ……!」


 京都の町中に響き渡るかと思うほどの大音量で高笑いをする、私の一番の親友。そう、次なる相手はこのカナカナだ。


「さあマコ!一分一秒無駄に出来ないわ、早速行くわよ!」

「ちょ、ちょい待ちカナカナ。そんなに慌てなくても……」


 本来ならレンちゃんの後すぐに自分のターンが来るはずだっただけに。相当に待ちわびていたらしい。料亭を出るや否や、私の腕を掴み町へと繰り出そうとするカナカナ。


「お待ちくださいかなえさま」


 と、そんな今にも駆け出そうとしているカナカナをどうしたことか通せんぼする我が最愛の妹コマ。


「……なによコマちゃん。まさか……わたしとマコのデートの邪魔をする気?2時間二人っきりになれるルールを決めたのは他でもないコマちゃん、貴女だったでしょうに」

「安心してください、かなえさまがルールを守る限り邪魔はしませんよ。……ですが、自由行動の前に、二つほど貴女に言っておかねばならないことがあります」

「二つ?」


 改まって、何やら真剣な表情でカナカナにそう告げるコマ。はて?言っておかなきゃいけないことって何だろう?


「一つ。マコ姉さまに危害を加えないこと。姉さまに色んな意味で手を出したら―――本気でかなえさまと全面戦争始めますからお忘れないように」

「ハッ!戦争上等、マコを手に入れる為なら血で血を洗う戦いも望むところよ―――と言いたいところだけど。わたしも折角の貴重なマコとの楽しい修学旅行の時間を無駄にはしたくないし……今日だけは、まあ常識の範囲内でマコに手を出すに留めてやろうじゃないの」


 常識の範囲内で手を出すに留めるって……それ、どういう意味かねカナカナさんや?


「…………本当は常識の範囲の内外問わず。姉さまに手を出すのは厳禁なんですからね?マコ姉さまは私のお嫁さんなんですから。あくまでも修学旅行だから、特別に許しているんですからね?そこのところもお忘れ無いように」

「はいはいわかったわかった。……んで?あと一つ言わなきゃいけない事って何よコマちゃん。日が暮れる前にさっさと要件を言いなさいな」

「……ちゃんと真面目に聞いてくださいかなえさま。良いですか?あと一つは……」


 半ば聞き流すようなカナカナに対し、コマは先ほど以上に真剣な顔をしながら。


「何があっても、マコ姉さまを守ってください。お願いします」


 ライバルであり犬猿の仲であるカナカナに深く頭を下げた。こ、コマ……?


「ただでさえ土地勘の無い、慣れない場所。おまけに二人っきりの京都散策となれば……必然。万が一なにか姉さまに何かあっても私はすぐには対応出来ない可能性が高いです。……ご存じの通り、マコ姉さまは可愛い。いつどこの誰が姉さまを襲いかかったとしても不思議ではありません」

「いや、あの……コマ?心配しなくても、そんな物騒な事なんてそうそう起こらないと思うんだけど……」

「甘いです姉さま。つい昨日もおかしな連中が姉さまに絡んできたじゃないですか。用心するに越したことはありません」

「そ、そうかなぁ……?」


 流石に修学旅行生を狙ってナンパするわ暴行まがいの事するようなおかしな連中と遭遇するなんて、昨日が異例中の異例だっただけだと思うんだけどなぁ。


「とにかくです。姉さまを想う者同士、貴女に対してある一定の信頼はしています。だからこそ託します。……どうかマコ姉さまをよろしくお願いしますかなえさま。姉さまにもしもの事があれば……私は、貴女を一生赦しませんから」

「……何を今更。そんな当然のことコマちゃんに言われるまでも無いわね。マコはわたしが、命にかえても守るに決まって―――」

「…………かなえさま、貴女バカですか?」

「あぁん!?誰がバカよ失礼ね!?」


 と、当然のように『命に変えても守る』と言い切ったカナカナに。コマは何故か冷ややかな目を向けてそんなことを言い出す。


「わかっていませんね。もう少しよく考えて発言してくださいかなえさま。軽々しく命にかえて、なんて言わないでください……命にかえちゃダメです。そんなことしたら……マコ姉さまが―――」

「……ああ、なるほどそういうことね」

「そういうことです。……くれぐれも命にかえない程度で、命がけで姉さまを守ってくださいね」


 バカ呼ばわりされて一瞬キレかけたけど。後に続くコマの一言になにやら納得した様子のカナカナ。ライバル二人は何か通じ合ったみたいだけど、私には意味がさっぱり。ごめん、どういうこと……?


「それでは姉さま、不審者にも。それからかなえさまにもくれぐれもお気をつけて。私は私なりにヒメさまを大人しくさせつつ京都観光して参りますので。2時間後に、また」

「あ、うん。じゃあ行ってきますコマ」


 二人の会話の真意を聞けないまま、コマは名残惜しそうな顔をしながらも。今にも逃亡しそうなヒメっちを取り押さえに走る。


「ええっと……カナカナ?今のコマの命がけがどうこうの話って、結局どういう意味だったの?」

「ん?ああ、アレ?マコは気にしなくて良いわ。お姉ちゃん大好きな過保護な妹ちゃんの戯れ言だから」


 はぐらかされた……何だったんだろうか?気にするなって言われたら逆に気になるなぁ……


「それよりも。ようやく鬱陶しい保護者も居なくなった事だし。早速行きましょうマコ。これ以上焦らされたら辛抱ならないわ」

「んー……そだね」


 ……まあいいか。今は余計なことを考えるよりも。待たせてしまったカナカナを満足させる方が大事だもんね。


「ところでカナカナさんや?私、自分が行きたいって思ってたところは午前中のレンちゃんと一緒に大体巡ってきたったせいで、ぶっちゃけ今ノープランなんだよね。それでも大丈夫かな?」

「問題ないわ、マコとのデート場所くらいすでに網羅済みよ。安心しなさい、わたしがマコをエスコートしてあげるから」

「それは心強い。んじゃ、よろしくねカナカナ」


 頼もしい親友に手を引かれ共に歩く。そんじゃまあ、一緒に京都を楽しもうね親友。



 ◇ ◇ ◇



「―――お客さん、よう似合うてますよ」

「は、ははは……どうも……」


『折角京都を見て回るなら、着物を着て行きましょうよマコ』


 京都散策が始まってすぐ、そんな提案したカナカナに連れられて。やって来たのはとある着物の専門店。色とりどりで色んな柄の素敵な着物が並んでいる。

 ここでは着物のレンタルを、コーディネートや着付け混みでやってくれるという。


「(……似合わないなぁ私)」


 着付けが終わり、その姿を鏡を見て……心の中で呟く私。着付けをしてくれた店員さんは私に気遣って似合うと言ってくれてるんだけど。正直に言うと、全然似合っていない。

 こんなに素敵な着物着せて貰ってるというのに、私が着るとなんか違和感が凄い……似合わないだろうと覚悟はしてたけど、想像以上に似合って無くてへこむなぁ……


「マコ、お待たせ」

「あ、カナカナ。ううん、私も今着付けが終わったところ―――うぉおおお!?」


 なんて自己嫌悪していると、別の部屋で着付けをして貰ったカナカナが私の元へとやって来た。振り向いた先に見えたカナカナの着物姿に、思わず声を上げてしまう私。


「ふふ、どーよマコ?似合ってるかしら」

「う、うん……すっごい似合ってる……よ。カナカナめちゃくちゃ綺麗……」

「あら……思った以上に高評価ね。やったわ、これならマコを悩殺出来ちゃうかも♪」

「きれい……」


 感嘆の声が自分の口から自然と漏れる。茶化すように悩殺がどうのこうのと言うカナカナだけど、私は半ば本気でカナカナに見惚れていた。

 柄は豪華絢爛に咲き誇る色とりどりの花車。そんな着物に圧倒されること無く、見事にカナカナは着こなしていた。派手すぎず上品に仕上がりつつも、その中に見える色っぽさ……艶やかさが堪らない。髪をまとめてしっかり見える白い首筋、うなじ……とても美しくて色っぽくて思わず目がいってしまう。


「(ごめん……なんかごめんコマ……)」


 心の中のコマに謝る私。ごめんよ、コマ……違うの、これ浮気とかじゃ無いの許して……

 お、落ち着け……私にはコマという心に決めた人がいるんだぞ……?頭を振って邪念を払いつつ、浮つく心を抑えながらカナカナに話しかける。


「カナカナすっごい着物似合うよね……良いなぁ……」

「なーに言ってるの。マコも似合うわよ。可愛いわ」

「いいの、心にも無いこと言わないで親友……超絶似合ってるカナカナに言われると嫌みに聞こえるわ……私が着たらなんか変なんだよね……どうしても着崩れちゃうし、格好がつかないし……だらしないように見えちゃって……いや、実際だらしないんだけどさぁ」


 自分とカナカナを見比べて、なんだか惨めな気持ちになる。私とカナカナは同い年だっていうのに、なんでこんなにも着こなし方に差が出てくるんだろうか……?


「かんにんなお客さん。着こなしに差が出るのは仕方ないとこもあるんです」

「「え?」」


 なんて、思わず愚痴っていたところで。私を着付けしてくれた店員さんが申し訳なさそうに謝ってきた。


「着物のような和服はですね、昔で言う『寸胴』に合わせて作られているんです。お客さんのようなスタイル抜群な女性が着ると、自然としわが多くできますし、胸の重みでどんどん帯が下りてきて、すぐに着崩れてしまうんです。ある程度補正はしとりますが、流石にここまで胸もお尻も立派ですと……」


 体のラインがはっきり見えたら着こなせてないという印象を与えてしまうと店員さんは言う。あー……なるほど。つまりこの駄肉が悪いのか納得した。


「その点、そちらのお客さんの場合は大変着物が似合う体型と言えるんです。着物ってものは上から下までまっすぐしていますと、柄とかより美しく見えますからね。出来るだけ凹凸がない、身体のラインが目立たないようなスタイルが一番なんですよ」


 私と逆でカナカナは身体のラインが目立たないから特によく着物が似合うって事らしい。つまりそれは―――


「なるほど!カナカナは凹凸のない見事な『貧乳』だから、こんなにも着物を着るのが似合うんだね!」


 めちゃくちゃ腑に落ちた。これ以上無いくらいに納得して、思わず考えた事を口にしてしまう私。



 ブチィ!



「…………ハッ!?殺気……!?」


 その言葉を口にした途端。店内の温度が一気に5℃くらい下がった。恐る恐る振り向いてみると……


「…………(コロス)」

「…………(あかん)」


 背景に般若のイメージが見えてきそうなカナカナがこちらを見ていた。こめかみに青筋をよらし、純然たる殺気を放って私を見ていた。

 口は災いの元。後悔してももう遅い。よりにもよって親友の一番のNGワードを口にしてしまった私は、踵を返して逃走を図るけど……



 ガシィ!



「…………どこへ行こうと言うのかしら、マコ」

「いや、あの……違う。違うの。今のは決してカナカナを貶すつもりで言ったわけでは―――」

「誰が……誰が……」


 当然、逃げられない。震える声で弁解しようとするけれど。弁解する間もなくカナカナは親の敵のように私の胸へと手を伸ばして……


「誰が一切凹凸が無い、塗り壁みたいな寸胴絶壁貧乳娘だゴラァアアアアアアアアアアア!!!!」

「みぎゃぁああああああああああああ!?」


 力一杯、私の胸を握り潰すように揉みしだき始めた。そ、そこまでは言ってないんだけどぉ!?


「どーせわたしは着物の似合う、古き良き日本人スタイルよ!小学校から一切成長してないまな板よ!悪い!?」

「わ、悪くないっ!悪くないから離してカナカナ!?痛い!?揉むのやめてぇ!?」

「同じ日本人だってのに、着物が似合わないあんたが異常なのよマコ!ああ、もう……!なんなのこの着物からはみ出しそうな圧倒される胸は!わたしに対する挑戦なの!?挑発してんの!?誘ってるの!?……いいわ、乗ってあげようじゃない!」

「ちょ……ば、バカ!?カナカナここお店の中!着物脱がすのやめて!?店員さん見てる!見てるからぁ!?」


 顔を赤くした店員さんが見てる中、折角着付けして貰った着物をカナカナに半脱ぎにされそのまま気が済むまで全力で胸を揉まれてしまった私。

 カナカナとの自由行動は始まったばっかりだってのに、早くも雲行きが怪しくなった気がするわ……

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