ダメ姉は、アルバイトする(その6)

 コマと店長さんからのお達しで、コックからウエイトレスに急遽ジョブチェンジした私。初っ端から暗雲立ち込めるスタートとなったけど……


「「―――ごちそうさま。美味しかったよー」」

「あ、ありがとうございましたっ!またのご来店をお待ちしておりますっ!」


 それでも大事なところで噛んだり、転んで水をかぶったりといった重大なミスは最初の頃に比べると大分減ってはきているみたいだ。


「マコ姉さま申し訳ございません。少し気になったのですが……先ほど姉さまが対応されたお客様たちに、ご注文の繰り返しはされましたか?」

「え……あっ!?ご、ごめん!すっかり忘れてた!すぐに行ってくる!」


 ただ……どうにかこうにか台詞を噛んだり転んだりすることは少なくなったけれども。注文を聞き間違えたり、注文されたものと実際に運んだ料理が違っていたりといった細々としたミスは死ぬほど多い。


「すみませんお客様!ご、ご注文の確認をしていませんでした!もう一度だけ、確認しても良いでしょうか!?」

「あらあら。そう言えば確認してなかったわね」

「ふふ、大丈夫大丈夫。落ち着いてちょうだい。確認ならいつでもゆっくり聞くから」

「あ、ありがとうございます!ええっと……ご、ご注文を確認しますね!クレープがおひとつ、チョコケーキがおひとつ、ホットココアがおひとつに、ホットコーヒーがおひとつでお間違いないでしょうか?」

「「はーい、間違いありませーん♪」」

「それでは、少々お待ちくださいっ!」


 それでもなんとかここまで仕事が回せているのは、このお店に来るお客さんたちがみんな新人ウエイトレスである私に優しい事と……


「ありがとねコマ……注意してくれて助かったよ。ついさっきも注文聞き忘れてたのに……学習しないよね私……」

「いえいえ。こればかりは慣れないと難しいですからね。少しずつ覚えていきましょう」


 なによりも頼れる我が最高の妹、コマが先々の私のミスを上手くフォローしてくれているからに他ならない。


「あのさ、コマ……ごめんね」

「え……?何が『ごめんね』なんですか?」

「コマはコマの仕事があるのに私の面倒まで見なきゃいけないなんて……大変だよね、迷惑だよね……ホントにごめん……」


 再三に渡りさり気なく私のミスをカバーしてくれたコマに感謝と謝罪をする。なんというか……申し訳ない気持ちでいっぱいだ。自分の注文に加えて私の新人教育みたいなことまでしなきゃいけないコマは相当の負担のハズ。

 コマだってアルバイトは初めてだってのに……こんなに足引っ張るような不器用でダメな姉でごめんねコマ……


「そんな事はありませんよ」

「あ……」


 なんて、ちょっぴりブルーな気持ちで落ち込みかける私を。コマは慈しむようにギュッと抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫ですよ。迷惑だなんて、これっぽっちも思っていません。姉さまと一緒にお仕事が出来て、私今とっても楽しいですもの」

「ホントに……?足引っ張ってばっかりなのに……?」

「ホントです。なにせいつも私はマコ姉さまに助けられてばかりですから。久しぶりに姉さまの助けになる事が出来てとても嬉しいです。姉さまの力になれているって実感できると心が満たされていって……寧ろもっと頼って欲しいなって思っているくらいです」


 私を抱きしめながら安心させるようにゆっくりと頭を撫でてそんな優しい言葉をくれるコマ。抱かれた先で聞こえてくる胸の鼓動が心地いい。私の不安を払拭してくれる。


「仮に私が困った事になったら姉さまは絶対に私を助けてくれるでしょう?私も同じ事をやったまでですよ。助け、助けられ。互いに助け合ってこその姉妹というものじゃないですか」

「……うん」

「誰にでも、失敗する事はありますもの。はじめたばかりで出来ないなんて当たり前の事です。ちょっと失敗したからって何だと言うのですか。諦めないでまた挑戦すれば良いだけの話じゃないですか」

「……うん」

「どうか失敗を恐れないで。もし失敗しても、私が必ず姉さまに手を差し伸べますから。だから……一緒に頑張りましょう。ね?」

「……うん!」


 ……ああ。そうだ、そうだよね。ちょっとの失敗くらいなんだっていうんだ。それを言うなら私の人生、失敗ばっかりじゃないか。今更何を恐れようか。


「ありがとうコマ。私……コマと一緒に、もうちょっとだけ頑張ってみるよ」

「その意気ですよ姉さま」


 私には、コマが付いているんだ。怖いものなど何もない!コマに励まされて、気合を入れなおす私。


 …………ところでだ。


『『『きゃぁああああああああああっ♡』』』


 ホールでウエイトレスを始めてからずっと気になっていたんだけど。どうして私とコマがこんな感じで仕事中に話をしたり抱き合ったりする度に、お店中からお客さんの黄色い声が上がるんだろうか……?


『良いわよね……美人姉妹同士が助け合う姿……尊い……』

『目の保養になるわよね。ほんと見てて癒されるわぁ……』

『もっとイチャイチャしてくれないかしら……永遠に見ていられるわ』


 私とコマを指差して何やらお客さん同士がヒソヒソ話す声が聞こえてくる。な、なんだろう……?別段、失敗ばっかりする私をあざ笑っているって感じじゃないんだけど……なんか妙に気になる……変な事言われてたりしないよね……?


「流石ヒメちゃんの親友たちね。見込んだ通り―――ううん。見込んだ以上の働きぶりねぇ。マコちゃんとコマちゃん、あれで営業とか演技とかじゃなくてナチュラルにやっているんだから凄いわぁ」

「???何の話してるんです店長さん?」

「気にしなくて良いわ。とにかく、マコちゃんたちは気にせず今みたいに二人で仲良くイチャイチャお仕事しちゃってねー♪」

「は、はぁ……」


 この店長さんが何言ってんのかよくわかんないけど……今みたいな感じで問題ないならいっか。



 カランコロン♪



「ほらほらマコちゃん、またお客さんよ。お出迎えよろしくー」

「は、はいっ!―――いらっしゃいませ!何名様でしょうか!」


 と、休む間もなく再びお店のカウベルが鳴り響き。次のお客さんがやって来る。慌てて私は接客に戻る事に。

 ……それにしても謎だ。いくらお昼時の一番忙しい時間帯だからとはいえ、不思議に思うくらいさっきから途切れることなくお客が押し寄せてきているような気がする。なんでこんなに忙しいんだ……?


「店長さん、このお店っていつもこんなに繁盛しているんですか?」

「んーん、多分今日が特別だと思うわ。流石にいつもはここまで込み合う事はないもの。これもひとえにマコちゃんたちのお陰よね」

「へ?私たちのお陰って……どういうことですか?」

「お客さんに聞いてみたらさー、なんかとっても可愛い姉妹がウエイトレスやってるって、SNSでうちの店が今話題になってるらしいのよねー」


 可愛い姉妹がウエイトレス……SNSで話題って……え、えっ?


「まさか……それって私とコマの事ですか!?」

「うん、勿論。ほら見て見て。二人が働いているところの動画、現在進行形ですっごい勢いで拡散されてるのよねー」

「うわ……マジだ」


 店長さんのスマホを見ると、ついさっき私がコマに慰められた一幕が動画として鮮明に映し出されていた。い、いつの間に撮られてたんだ……?

 ちょっと気になってその動画の説明文を読んでみると。


【ドジっ子妹が可愛いミス連発して、凛々しいお姉さんがそれを完璧にフォローする流れが微笑ましいです。助け合いながら働く美人姉妹ウエイトレスの生の姿が見たいなら、是非ともお店にご来店ください】


 ―――なんて書かれているのを発見する。


「姉は私の方なんですけどぉ!?」


 そりゃ見た目とか立ち居振る舞いだけ見たらコマの方が姉っぽく見えるけどぉ!私が、この私が唯一無二なコマのお姉ちゃんなんだからね!?


「しっかし……SNSで話題ときたかー……」


 まさか今日来てくれたお客さんが広めているんだろうか?許可なく自分たちの姿をweb上に上げられるのはちょっと……嫌だなぁ。お客さんたちからしたら善意で広めてくれているのかもしれないけど……せめてそう言うのは店長さんや当事者である私たちの許可を得てからしてくれないと困るよなぁ。

 今度コマを撮影しようとするお客さんがいたらガツンと言ってやらないと。


「うふふ♪この店始まって以来の大盛況だわ。マコちゃんとコマちゃんが働いている様子を録画して拡散させた甲斐があったわぁ♡大成功ね!」

「発信元アンタかい店長!?」


 い、いやまあ。店長の立場からしたら店の宣伝するのは当然だろうけどさ。


「店長さん……あの、申し訳ないですけど。私はともかくコマの姿を撮影・録画してネットに上げるの止めて貰えますか?」

「ん?どして?マコちゃんの事だし、『コマの可愛さが全世界に周知された!』って喜んでくれるとばかり思ってたんだけど……」

「そういう気持ちもないとは言い切れませんけど……でも、コマの素晴らしさを伝えられるリターンよりも、リスクの方がデカいんで……」

「リスクって?」

「色々ありますが、一番はやっぱり……コマに近寄ってくる悪い虫が増えるから……ですかね」


 動画なんか拡散されちゃって。それでコマの最強にキュート姿に一目ぼれしちゃって、コマ目当てにこの店にやっている連中がいないとも限らない。何せあの世界一の我が妹だ。私が逆の立場だったら絶対放っておかない。

 動画を見た瞬間心を奪われて。来たことがなくてもこの店を探し当てて。そんでもってOKを貰えるまで強引に口説くだろう。


「例の動画見たよ。いやぁキミ、動画で見た以上に可愛いねぇ」

「……あの。お客さま。私はご注文を取りに来たのですが?」

「注文なんて後からでいーじゃん。それよりさ、仕事いつ終わるの?」

「終わったら俺らと遊びに行かない?奢るよー。あ、これ俺の連絡先」

「ほら、ちょうどあんな…………風、に…………?」


 そんな事を考えながらふとコマの方を見てみると。コマは女性客が中心のこのお店にしては珍しくやってきた男性二人のお客さんを相手にしてた。…………しかも、あの様子は……


「……注文がお決まりになりましたら声かけください。では」

「あー、ちょっと待ってよ。少しくらい話してもいいだろー?」

「申し訳ございません。仕事中ですし注文以外は聞いてはいけないことになっていますので」

「わかったわかった。そういうことなら注文しよっかなー」

「……お聞きします』

「キミを、注文するね。一時間いくらー?」

「……もう一度だけ言います。注文がお決まりになりましたら声かけを。では」

「だーかーらー。君を注文するって言ってんの。こんなとこでバイトするよりも良い値段で買うからさ」

「いくら欲しい?俺らの専属メイドになってくれるなら欲しいだけあげるよ。まあ、金出す分はイロイロして貰うけどねー」

「……ッ」

「…………ほほぅ?」


 …………なるほどなるほど。これは……私が危惧していた通りの展開らしいね。状況を察した私は厨房からマスタードが入ったボトルを拝借する。


「……あまりしつこいと、店長を呼びますよ」

「あー。お客様に対してそういう口の利き方はダメだなぁ」

「ちょっと……離してください!何を……」

「随分とウエイトレスの教育が出来てない店だな。これは……俺らが教育してやんないといけないなぁ」

「いい加減に……っ!」


 あろう事かコマの手を掴み、乱暴しようとしている男二人。その背後にそっと忍び寄り。そして―――


「…………喰らえ必殺マスタード拳!」

「「ふごぁああああああああああ!!?!?」」

「って、姉さま!?」


 ナンパ野郎共にマスタードを咥えさせ、言葉通りに喰わらせる。ぶちゅっと音が出るとともに、不届き者共の口腔内にマスタードが迸る。


「ああ、コマ……コマ!大丈夫!?怪我してない!?どこもいたくない?」

「え、あ……は、はい……特に何も……」

「良かったぁ…………怖い思いをしちゃったね。でも大丈夫だよコマ。安心して。…………あとは、お姉ちゃんがこいつらを処分するからさぁ……!!!」


 コマに手を出した罪。最早コロスだけじゃおさまらない。塵に還してやるぞ貴様ら……!


「げほっ、ゲッホ……ゴホッ!?…………て、テメェ!?な、何しやがる……!?」

「ウェエ……め、目が……鼻が…………こ、こっちは客だぞ!?お客様だぞ!?お客様は神様だろうが!?」


 不意打ちで私のマスタード攻撃を喰らったナンパ二人は悶絶しながらも私を睨みそんな事を言う。ハッ!お客さまは……神様だぁ?


「…………が、どうした……」

「「は?」」

「神如きがどうした!知ったこっちゃないわ!それを言うなら、貴様らが手を出したのは神より偉い女神さまだゴラァアアアアアアアア!!!」

「「ぎ、ぎぃぁああああああああああ!?」」


 空になったマスタードの容器を投げ捨て、間髪入れずマスタードを追加。


「よくも、うちのコマに手を出してくれたなアァン!!?クタバレ!マスタードの海に溺れて溺死しろ!」

「ね、姉さま!?落ち着いて……私はホントに大丈夫ですから!その二人はともかく、他のお客さまがドン引きしちゃいますよ!」

「止めないでコマ!例え慈悲深いコマが許しても、私が許せないの!清らかなコマに、汚らわしい手で触れたこいつらが許せないの!」

「もー、ダメよマコちゃん。そんなことしちゃダメ」

「店長さんも止めないでください!この阿呆共はやってはいけないことをやったんですよ……!」


 コマにも、それから店長さんにも羽交い絞めされ止められる私。くっ……もうちょっとでこのクズ共の息の根を止められたってのに……!

 必死にもがく私をよそに。店長さんはため息を吐きこう告げる。


「全くもう……ダメなものはダメよ。いい?マコちゃん―――







。マスタード程度じゃ生温いわ。というわけで、はいタバスコ♪」

「流石店長だぜぇ!」

「店長さまぁ!?」


 私にタバスコを手渡して、とってもいい笑顔でサムズアップする店長さん。私、この店長さんと気が合いそうだ。


「オラァ!飲めよ!全部飲み干せよ!美味いだろぉ!」

「ふ、ふふふ……私の大事なお店で。私の大事なかわいこちゃんに手を出した罪は重いわ……死をもって贖いなさい……」

「「ぐぼごぼぶろぇぽあぁあえるああああああ!!??」」

「ね、姉さまおやめください!店長さまも!?お、お客さまが!お客さまが引いちゃいますってば!?あと、その二人はもう虫の息ですってば!?それ以上はまずいですって!?」

「虫の息!?なら止めを刺さなきゃね!」

「飲食店に虫はご法度よねー。殺虫剤撒いておきましょ♡」

「ですからおやめくださいって!?折角来てくださったお客さまが引いて帰っちゃいますよ!?」


 そんなこんなで私と店長さんの活躍により、悪は滅びた。


 ……あ、ちなみにこれは余談。半殺しにしたクズ共は、騒ぎを聞きつけたヒメっちが呼んだ婦警さんに悪質な客として引き渡しておいたんだけど。その婦警さんからは『やり過ぎです。二人とも反省してください』って怒られてしまった。何故だ……


「……そりゃ怒られるに決まってる。寧ろ、過剰防衛でマコも店長も捕まらなかっただけありがたいと思うべき」

「あ、あはは……それにしても……大丈夫でしょうかヒメさま?お客さまたち、さっきの姉さまたちを見て、引いたり怯えたりしていませんかね……?」

「……それに関しては、大丈夫じゃない?ほらアレ見て見なよコマ」


『さっきの……見た?凄かったわよね……見ててドキドキしちゃった』

『普段はちょっぴりドジっ子だけど。お姉ちゃんがピンチの時になるとあんなにもかっこよくなるロリっ子……ギャップがたまらないわぁ』

『大人相手に臆せず大立ち回り……ああいう子に守ってもらいたい……』


「……ね?心配いらない」

「…………ヒメさま。私、別の意味で心配になってきましたよ。また姉さまを狙う有象無象が増えた……」

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