ダメ姉は、アルバイトする(その5)

 人生初のアルバイト。最初は厨房で結構いい感じに働けていたと思うんだけど……ものの数時間も経たないうちに、今度は何故かホールの接客のお仕事をやる事となった私。

 先にホールで接客していたコマと合流した私は、ウエイトレス用の制服を店長から手渡され慌ただしく着替えさせられる。


「―――ああ……姉さま。想像していた数千倍、愛らしくて素敵です……!」

「そ、そう……かな?私なんかより、コマの方がめちゃくちゃ可愛いと思うけど……」

「姉さまにはかないませんよ。姉さまのキュートさに叶う人間など存在しませんよ。……ですよね店長さま?」

「そうねー。マコちゃんとっても似合ってるわねー。かっわいー♪」

「ど、どもです……」


 フリルをふんだんに拵えたひらっひらの白いエプロンドレスに着替え終わった途端。目を輝かせ、どこから取り出したのか一眼レフカメラを手に私を激写しながら褒め殺すコマと店長さん。……うぅ、恥ずかしい。こっ、こういう甘ったるい系の衣装は……私じゃなくてコマの方が似合うってのに……

 ……あと二人とも。せめて写真は、仕事終わってから撮ってください……つーかコマはどこからそのカメラ持ってきたの……?


「それじゃ改めて。マコちゃん、今度はホールをよろしくー。コマちゃんもいることだし、双子パワーでお店をどんどん盛り上げていって頂戴ね」

「も、盛り上げるって……どうやればいいんですかね?」


 唯一の特技と言ってもいいお料理の場から遠ざかり。多分最も向いていないと思われる接客の場へと足を踏み入れることになってしまっただけに。少し……いいや、正直かなりの不安を感じている私。盛り上げろって言われても……何をどうすれば良いんだろうか?


「難しく考えなくていいわ。簡単よ。ええっと、女の子同士がイチャイチャするお仕事ってなんていうんだっけ?…………そうそうアレよアレ!マコちゃんとコマちゃんが仲睦まじく百合営業ってやつをお客さんの前でしたら、それだけできっとお客さんも満足してくれると思うわ!」

「は、はぁ……」

『……店長。その二人の場合、営業じゃなくてガチになっちゃうからちょっとダメだと思う』


 遠くの方から親友のツッコミが聞こえてきた気がするけど幻聴だろうか?


「さーてと。そんじゃお仕事の確認ね。お仕事って言っても簡単よ。まずお客さんが来たら『いらっしゃいませ。何名様でしょうか?』って出迎えるの。人数の確認が終わったら人数分のお冷を持って行って『ご注文がお決まりになりましたらお知らせください』っていったん下がる。注文が決まったらしっかり注文を聞いて。で、その注文を繰り返して確認。最後に注文通りの品を用意すれば終わり。ね?簡単でしょ?」


 いいえ、結構難しそうなんですけど……


「姉さま。心配しなくても大丈夫です。最初は誰だってうまくいかないもの。難しく考えなくても、何度かやっているうちにすぐに覚えると思いますよ姉さま。ミスしたって、私が付いています。フォローもちゃんとしますから」

「こ、コマ……!」


 私のそんな不安を感じ取ったのか。コマはニコッとノックダウンしちゃいそうな天使の微笑を私に見せ、とっても頼れる事を言ってくれる。しっかり者の優しい妹を持って、お姉ちゃん感涙出ちゃうよ……



 カランコロン♪



 と、仕事の内容を確認している最中。お店のカウベルが鳴り響きお客さんがやって来る。


「ちょうど良かった。まずは私の接客を見ておいてください姉さま」


 そう言ってコマはメニュー表を片手に颯爽とお客さんに近づく。


「いらっしゃいませ。二名様でよろしいでしょうか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「それではこちらのお席へどうぞ」


 丁寧な対応をしながらお客さんを空いている席へと誘導し、席に座られたところでメニュー表を手渡して一度席から離れ、すぐにお冷を二人分用意してもう一度お客さんの元へ。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいませ」


 お冷を渡してしっかりとお客さんに頭を下げてから、私と店長さんがいるカウンターへと戻ってくる。


「―――と、まあこんな感じです姉さま。あとは注文が決まるのを待つだけですね」

「す、すごい!すごいよコマ!初めてのバイトとは思えないくらいスムーズで良かったよ!接客のプロって感じだったよ!」


 流れるような一連のコマの動きに惚れ惚れする。決して走らず姿勢正しい上体をほとんど揺らさないその歩き方はとても優雅。客と接する際の立ち居振る舞いは美しさすら感じて、見ているだけでドキドキしてしまう。いいなぁ……私もお客として、コマに接客して貰いたいなぁ……


「ふふ♪ありがとうございます姉さま。姉さまもすぐに出来るようになりますよ」

「う……で、出来るかなぁ……なんか、自信ないんだけど……」

「気負わなくても大丈夫ですよ。最初に店長さまに言って貰いましたが……笑顔で接客さえすれば、あとはどうにでもなりますもの」

「そーそー。そんなに緊張してたら台詞を噛んだり転んだりしちゃうわよぉ?リラックスリラックス」


 確かに。ガチガチに緊張してたらうまくいくものもうまくいかないか。



 カランコロン♪



「あ、ちょうど良いわ。マコちゃん。今度はマコちゃんがお客さんを対応してあげて」

「っ!……は、はい!」

「姉さまファイト!例え失敗しても大丈夫、その世界一の笑顔があれば乗り切れますよ!」

「が、頑張る!」


 再びお店のカウベルが高らかに鳴り響く。どうやら次のお客さんが来たみたいだ。早速私の出番か……


「(慌てない、焦らない、気負わない……常に笑顔で台詞を噛まない転ばない……)」


 コマと店長さんの助言を心の中で反芻する。気負わず、笑顔で。そして……台詞を噛まず転ばない。これが一番重要だったね。よ、よーし!やるぞ!やってやるぞ!

 大きく息を吸い込んで、まずは最初の出迎えの言葉を発する。


「いらっちゃいまちぇ!」

「「~~~~~ッ!!!」」


 よりにもよって。第一声から噛んだ件について。


『~~~~~ッ!!!ね、姉さま……姉さまかわいい……!』

『~~~~~ッ!!!ま、マコちゃん……狙ってやってないよね……?あ、赤ちゃん言葉に……』


 出迎えたお客さん二人も。それからカウンター越しに私を見守ってくれているコマと店長も。必死に笑いを堪えてくれている。もうやだやめたいこの仕事……

 い、いやダメだ!ちょっとやそっとの失敗くらいなんだっていうんだ!コマも言ってたじゃないか!笑顔があれば乗り切れるって!


 気を取り直し、ニコッと笑ってもう一度はじめからやり直し。


「いらっちゃいまちぇ!」

「「『『~~~~~ッ!!!』』」」


 …………気を取り直して言い直したはずなのに再び噛む私。どうやら相も変わらず。私は学習能力などないダメ人間のようだ。


「だ、だだ……大丈夫、大丈夫だよ。私たち……何も聞いてないし」

「だ、だからもう一度だけがんばってみよっか?ね?ね?」


 二度も噛んでしまい羞恥に震え顔を赤くして俯く私に、お客さんであるお姉さん二人が必死に励ましてくれる。優しいお姉さんたちが最初のお客でよかった……下手したらトラウマになるところだった……


「し、失礼……しました。お、お客さま……二名様でよろしかったでしょうか……?」

「う、うん!よろしかったよ!」

「そうそう!そんな感じで頑張ろうね!」

「ありがとうございます……で、ではお席をご案内しますね……」


 お姉さんたちに励まされつつ、どうにかこうにか窓際の席に誘導し。そしてメニュー表を手渡すとお姉さんたちから逃げるようにダッシュでカウンターへ戻る私。


「…………ただいま」

「お、お帰りなさい姉さま……が、がんばりましたね……!さ、最初はみんな、あんな感じですから大丈夫ですよ……!」

「お、お客さんからの印象……悪くないみたいよマコちゃん。こ、この調子でガンバ♡」


 私から目を逸らし、唇を噛んで笑うのを堪えながら慰めてくれるコマと店長さん。アホな私を笑わないでくれる優しさが、今はかえって心苦しい。

 いっその事、大笑いしてやってください……ダメな私を笑いものにしてください……


「姉さま。次はお冷をお客さまに持って行ってあげてください」

「あっ!いけない、忘れてた!す、すぐ行くね!」

「マコちゃん。今度こそ落ち着いて、転ばないようにねー」

「き、気を付けますっ!」


 コマが(目を逸らしながらも)用意してくれたお冷を持って。もう一度お客さんであるお姉さんたちの元へと戻る。

 よ、よし……今度こそ失敗しないようにしよう。噛まないのは勿論の事、転ばないのも大事だ……!やるぞ、今度こそやってやるぞ……!


「お、お客さま方!先ほどは大変失礼しました!お冷をお持ちしまし―――」



 ツルっ



「「「あっ」」」


 …………こと、ここに至り。私も流石に気づく。下手に意気込むのはNGだという事に。噛んじゃダメって意気込み過ぎると見事に噛みまくり。

 そして私が転んじゃダメだと意気込み過ぎると当然―――


「…………重ね重ね、本当に……失礼しました」

「い、いいのいいの。私たちは一滴も浴びてないし……」

「そ、それよりホラ!早く着替えておいで。風邪引いちゃうよ?」

「…………はい」


 盛大に滑って転んで運んでいたお冷を、頭から見事にかぶってしまう。もぅやだ……おうち帰るぅ……


「姉さま大丈夫ですか!?す、すぐにお着替えしましょう!手伝います!」

「コマ、ありがと……あと店長さんごめんなさい……私やっぱし接客向いてないと思うんで厨房に戻りたいんですけど……」


 コマに着替えを手伝ってもらいつつ、店長さんに早々リタイアを申し出る私。


「んー?そうでも無いと思うわよぉ?マコちゃんってば早速お客さんの心を鷲掴みにしちゃったみたいだし。受けがすっごく良いっぽいし、もうしばらくは今みたいな感じで接客お願いねー」

「まだ続くんですか!?」


 けれども店長さんは一体何をとち狂ったのか。一連の流れを見ていたにも関わらず、そのまま私を接客させると言う。

 今みたいな感じでって……店長さんは何を見ていたんだ?私、失敗しかしてないじゃないか……







『―――さっきのあの子、超可愛かったよね……なんだか見てて微笑ましくなっちゃうよね……』

『わかるわぁ……頑張り屋だけどちょっぴりうっかり屋さんな女の子良いわよね……癒されるわぁ』

『ぱっと見た感じ、小学生くらいに見えたけど……いくつくらいなんだろうね?』

『流石に小学生は働かせるわけないと思うけど……ひょっとしたら店長さんのお子さんがお手伝いしてるのかもよ?『私もママのお手伝いする!』って言ってさ』

『ヤダなにそれ超萌える!お小遣いあげたい!』

『めげずに注文とってくれないかなぁ……私あの子気に入っちゃった♡』


「ドジっ子天然ロリウエイトレス……これはこれでお客様に萌えて貰えてるみたいだし、まったく問題ないわね!」

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