ダメ姉は、アルバイトする(その4)
バイトの面接(?)も無事に終わり。制服に着替えて準備完了。本格的にアルバイト開始となる。
「それでは姉さま。私はホール担当ですので……名残惜しいですが行ってきますね」
「うん。はじめての接客、大変だろうけど頑張って!お姉ちゃんも頑張って稼いでくるよ!」
残念ながら働く場所は違っている。私は厨房を、コマはホールを担当する事になっているから一旦ここでコマとはお別れとなってしまう。
コマと一緒にお仕事出来ないのはちょっぴり寂しいけど……でもヒメっちからは『イチャついたら蹴り飛ばす』と予め言われているわけだし、そもそも一緒に働き出したらウエイトレス姿のコマに見惚れてしまい仕事に集中できなくなりそうだからこれはこれで良かったのかもしれない。
「姉さま。バイトの前に一つだけ忠告をさせてください」
「ふぇ?忠告?」
と、別れ際。コマはどうしてかとても真剣な表情でそんな事を言ってきた。
「ヒメさまも姉さまと一緒に働くわけですし、きっと守ってくれるはずなのでそう心配はないとは思いますが……バイトの先輩にはお気をつけて。決して隙を見せないように常に注意をしてくださいね」
「バイトの先輩に気を付ける……?決して隙を見せないようにする……?」
……ええっと、つまりアレかな?バイトの先輩にいじめられないように気を付けなさいって話かな?
「あはは、大丈夫大丈夫!こう見えてもお姉ちゃん、芯は強いと自負してるからね!隙なんて見せないし、いじめなんかには負けないから!」
「いえ……いじめとかも勿論心配ですけど、別の意味でも心配なんですよ……姉さまってば本当に隙だらけですから……標的にされそうですもの…………(ボソッ)いじめと真逆の意味で標的にされちゃいそうで……」
そもそもヒメっちの知り合いの店長さんがやってるってお店だし。あの店長さん、変人だけどイイ人っぽい感じだからいじめがある職場とは思えない。コマがそんな心配しなくても大丈夫だろう。
「不安です……ヒメさま、どうか姉さまの事を宜しくお願いします」
「……ん。まあ、出来る範囲でマコは見守っておく」
『コマちゃーん?まだかしらー?そろそろお仕事の説明をしたいんだけどー?』
「は、はい!すぐに参ります!―――では、頼みましたよヒメさま。それじゃあお二人とも、また後で」
後ろ髪を引かれる顔をしながらも、店長さんに呼ばれてホールへと向かっていくコマ。さて。んじゃあ私たちは厨房に行くとしましょうかねーっと。
◇ ◇ ◇
「―――厨房を担当してる秋月だ。お前らが臨時のアルバイトだな?」
「はい!立花マコって言います!」
「……麻生姫香です」
「「今日一日、よろしくお願いします」」
厨房では秋月と名乗る女性店員さんが私たちを待っていた。
「はぁ……ったく、考えなしに未経験者たちをホイホイ採用させやがってあのアホ店長……アタシは何度も『臨時のバイトなんざいらない。一日くらいなら一人で回せる』って言ってやったのに。……まあ、店長命令なら仕方ないけどよぉ」
「え、ええっと……」
「……なんかすみません」
挨拶をして早々にそう私たちに悪態を吐く秋月さん。どうやら私もヒメっちもあまり歓迎されてはいないらしい。
そりゃそうだ。アルバイト未経験者なのにいきなり厨房で料理を担当するなんて、すでに働いている側の立場になったら不安でしかないよね。
「とりあえずいくら臨時のアルバイトで、いくら初のバイトだからって。給料が発生する以上は容赦なくこき使うし、足を引っ張るような使えない人材ならすぐに追い出すからそのつもりでいるように。……わかったらお前ら返事!」
「「はい!」」
「よし。じゃあ仕事内容の説明だ。一人は主に皿洗いを。一人は調理をしてもらいたいんだが……どっちがいい?」
「……なら。私、皿洗いします」
「わかった。麻生が皿洗いな。……言っとくが、皿割るなよ?割ったら給料から天引くから覚悟しておきな。……それじゃあ立花が調理な。それでいいか?」
「任せてください!」
寧ろ皿洗いとかさせられてしまったら。ドジ踏んでお皿を全部割って怒られる未来が容易に見えてしまうし、ここは唯一の得意なお料理を担当するがベストな判断と言えよう。
「うちはカフェだがちょっとした軽食も提供している。サンドイッチとかオムライス、パスタにドリアといったのが定番メニューだな。基本的に早く、そして簡単に作れるものばっかりだが……だからって、適当に作ったりでもしたらそういうのはすぐ客にバレる。そうなるとうちの店の評判が悪くなる。だから……真剣に作るんだぞ」
「了解ですっ!」
要は手を抜いちゃったらお客さんも満足しないって話だよね。……他の事はともかく、料理に関しては手を抜くつもりはこれっぽっちもないから問題ない。いつだって、真剣勝負よ。
「とりあえずメニュー表に載ってる料理、一通りアタシが今から作るから。材料や必要な道具、作り方はそれを見て一回で覚えろ。……出来るか、立花?」
「やってみせます!」
「いい返事だ気に入った。それじゃ―――いくぞ」
~一方その頃のコマ~
『―――てな感じかなー。基本は笑顔で♡あとは注文をしっかり聞いて、注文を繰り返して確認。注文通りのお料理を用意するだけでどうにかなるわよぉ』
『…………ハァ』
『って、あらら?コマちゃん、聞いてる?大丈夫?』
『あ……はい。すみません大丈夫です。仕事内容は一通り頭に叩き込みましたので……』
『ため息吐いてるけど……何か不安な事でもある?ちゃんとお仕事できるか心配だったりするのかな?』
『……いえ。そっちは言われた通りにやればどうにかなるとは思っています。……そっちの心配ではなくて。姉さまの方が心配でして……なんだか嫌な予感が……』
『あー、そっちねー。……うーん。どうかしらね。マコちゃんが担当してる厨房ってさ、アキちゃんって子が先輩としてマコちゃんを指導してるはずだけど……あの子スパルタだし、ちょっと頑固者だし。確かに不安になるかもねー。マコちゃん、アキちゃんに付いて行けるかしら?』
『……いえ、そっちの心配でもなくてですね……』
『???だったらどっちの心配?』
~30分後~
「―――立花」
「はい!」
「ざっとこんな感じで作るんだけど。どうだ?出来そうか?一回でちゃんと覚えられたか?」
「はい、行けそうです。先輩が要所要所で『ここはこうするんだ、そこはそうするんだぞ』って分かりやすく教えてくれましたし!ぶっきらぼうに見えて、先輩ってかなり気配り上手さんですよね!」
「そ、そう……か?な、なら実践してもらうぞ。……ダメな時はちゃんとダメ出しするから覚悟しておくように」
「望むところです!」
~そこから10分後~
「―――立花さん」
「はい!」
「どう?ちゃんと出来た?」
「んーと……こんな感じでどうでしょうか?」
「へぇ……思ってた以上にしっかり出来ているな。じゃあちょっと味見させて貰おうか」
「どうぞどうぞ。料理に妥協や気遣いは無用です、ダメならじゃんじゃか指導してください!」
「じゃあ遠慮なくいくぞ。…………ん?んん……?」
「ど、どうですかね?」
「…………アタシより、上手くない?」
~さらに10分後~
「―――立花ちゃん」
「はい!」
「麻生に聞いたんだけど……立花ちゃんってさ。あの料理研究家の清野先生のお弟子さんって話、本当?」
「へ?え、ええそうですよ。今も先生には学校でビシバシ鍛えられてます」
「そっかぁ、なるほどね。道理でこんなに美味しいお料理が作れるハズよ。……ふふ。良いわよね清野先生。先生の書いた料理本、料理への情熱を感じるし作ったら実際とっても美味しくて……アタシ、先生のファンなのよ」
「わかります!良いですよね、先生の料理!私も日々、先生みたいなお料理が作れるように精進しているんですよ!」
~そして5分後~
「―――マコちゃん」
「はい!」
「あのさ。実はね、これを見て欲しいんだ」
「これ、パフェ……ですか?美味しそうですね、秋月先輩が作ったんです?」
「ああ。これさ、メニュー表には載ってない所謂裏メニュー的なやつなんだけど……近いうちにメニューに加えてみたいと思っているところなんだ。それでさ、ものは相談なんだけど……ちょっと食べてみてくれない?料理上手なマコちゃんに是非ともアドバイス貰いたいんだよね」
「え……い、良いんですか?私、臨時のバイトなのに……そんな重大な事を任せちゃって……」
「いいんだよ。マコちゃんが料理上手だってよくわかったし。マコちゃんならいいアドバイスくれそうだから。な?だから頼むよマコちゃん」
「わ、わかりました!」
◇ ◇ ◇
最初に秋月先輩と挨拶を交わした時には。『臨時のバイトなんていらない』とか『使えないなら追い出す』とか言われていて。正直上手くやれるか不安だった私だったけれど。
「マコちゃん、大量オーダー入るけど……大丈夫!?いけるか!?」
「いけますっ!」
「いい返事!じゃあごめん、大変だろうけど和風パスタにオムライス、あとフレンチトーストは任せた!」
「任されました!」
バイトを始めて一時間くらいが経った頃には、すっかり戦力として認めて貰えたようで。厨房という名の戦場で肩を並べ二人で料理を作っていた。
「いやぁ……マコちゃんが来てくれてホント助かった。バイト未経験の高校生雇ったって聞いた時は正直期待なんてしてなかったし。寧ろ邪魔者が増えるんじゃないかと思ってたんだがな。……即戦力で聞き分け良く、こんなにも料理上手で……しかもこんなにも可愛い子が入ってくれるだなんて……良い意味で予想外だったわ―――グラタンにクレープ、パフェ。あとホットココアにエスプレッソ、ブレンド出来たぞ!」
「あはは、恐縮です先輩―――私も和風パスタとオムライスとフレンチトースト出来ました!」
『二人とも仕事はやーい!ありがとー♡』
最初のちょっぴり不愛想な印象はどこへやら。とってもフレンドリーに話しかけてくれるようになった先輩。
「よし、お疲れさんだなマコちゃん。ちょっと休みな。次のオーダーまでもう少し時間がかかるだろうし」
「はーい」
「肩凝ったりしてないかい?腰は痛くなっていないかい?なんなら先輩が揉んであげよう」
フレンドリーに話しかけてくれるどころか。肩とか腰とかまで揉んでくれるまでに。ありがたいけどくすぐったいです先輩。
「ところで、さぁ……マコちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「んぇ?なんですか先輩?」
「マコちゃんってね……彼氏とか、いる子だったりする?」
「は……?」
と、肩とか腰とかついでにお尻とか揉みながら。先輩は唐突にそんな事を問いかけてきた。急にどうしたんだろうか?
「いや、いませんよそんなもん。彼氏とかいそうな風に見せますか私?」
まあ、彼女はいますが。つーか彼女通り越して嫁がいますが。
「へぇ……そっか。ふーん……ふ、ふふ……そっかぁ……ならこれは……チャンスかもなぁ……」
正直に答えると。どうした事か目を爛々と輝かせて嬉しそうに笑う先輩。なんかよくわかんないけど、先輩が楽しそうならヨシ!
「ねえ、マコちゃん?突然だけど今度のお休み暇だったりする?」
「へ?今度の休み、ですか?」
すっ……と私の手を取り先輩にそう問いかけられる私。今度の休みはコマとの記念日の為に予定は入れられないんだど……
「もし……もし暇ならさ……是非ともアタシの家に遊びに―――」
と、そこまで言いながらさらに私に迫ろうとする先輩
ブオン―――ッカァアアアアン!!!
「「ッ!??」」
―――だったんだけど。突如として飛来する何かが私と先輩の鼻先を掠め、そして甲高い音と共に壁に激突する。
一体なんだと壁の方を見てみると。その壁には私と先輩の間を仕切るように。遮るように銀のトレイが突き刺さっていた。
…………うん?トレイが、壁に……突き刺さる……?
「…………マコ姉さま、それと先輩さま。お二人ともいけませんよ……お仕事中に、余計な雑談はNGです」
「こ、コマ……?」
トレイが飛んできた方を恐る恐る振り向いてみると。にこにこ笑顔で仁王立ちして、私と先輩を見つめるウエイトレス姿がとってもキュートな我が妹がそこにいた。
…………あ、あはは……コマったらうっかりさん♪すべって転んで事故でトレイを飛ばしてしまったみたいだね。
…………うん。きっとそうだ。きっとこれは事故。そうだと思う。そうだと思え立花マコ……!
「…………うふふ。すみません姉さま。姉さまには厨房で働いて貰いたいと最初にお願いしましたが―――前言撤回します。今度は私と一緒に、ホールで接客して頂いてもよろしいでしょうか?すでに店長さまには話は通しておりますので」
「は……ハイ……」
「ありがとうございます姉さま♡……ああ、申し訳ございません先輩さま。というわけですので、姉さまは今からホールでお仕事になります。ご安心ください。引き続き、ヒメさまには厨房で働いていただくので……それで構いませんよね?」
「お、おぅ……」
どうしてかわからないけれど。そう言うわけで。コマの迫力に圧倒され、言われるがままホールへ向かう事となった私であった。
『―――うーん。あの頑固で人を寄せ付けないハズのアキちゃんがあんなにもマコちゃんに執着するだなんて……これは相当の女の子キラーと見たわ!マコちゃん、恐ろしい子……!』
『……一番恐ろしいのは。マコに近づくと見るや否や、牽制としてトレイをぶん投げてそのトレイを壁にめり込ませるコマだと思う』
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