(番外編)ダメ姉は、初めてを綴る

 ―――のちにどれだけ身体を重ねても。どれだけお互いにテクニックを磨き上手になっても。それでもやっぱりたった一度っきりしかない『初めて』は特別だ。私は、この日の事を死ぬまで……いいや、死んでも忘れないだろう。


 そう。これは……私とコマが気持ちを通じ合わせた、あの日の夜の続きのお話。


「……コマ、告白の返事。いつでも良いから……どんな返事でも、私は良いからね」


 軽く唇を重ね合わせた後、5秒も経たずに離す私。あぶないあぶない……後0.1秒離すのが遅れてたら、このまま最後までヤッちゃうところだった。まずはコマのお返事を待たないと……


「……でしたら、今。お答えしますね、マコ姉さま」

「へ?」

「…………こんな私で宜しければ、喜んで……」


 そのお返事と共にコマは嬉しそうに涙を―――6年前から今に至るまで見る事の無かった涙を流し、満面の笑みを浮かべて私の唇を奪い取った。

 時間にしてわずか数秒。普段からやっている味覚を戻す口づけと比べたらほんの一瞬のキスに近い。


「「―――プハッ……!?」」


 だというのに。私も……それから意外な事にコマも。ちょっと触れ合った挨拶程度のキスを交わしただけで、互いに顔を真っ赤にして唇に電流が流されたかのようにパッと離れ。そして懸命に息を整える。


「……ハッ、ハァ……ハァ……!」

「フー……ふッ……ふぅうう……!」

「……な、なんかゴメンコマ……!き、キスが嫌だから離れたわけじゃないんだよ!?た、ただちょっとお姉ちゃん……い、いいい……いつもと、なんか違うっぽくて……」

「わ、私も……です。キス、なら……いつもやってますし……慣れているって思ってたのですけど……」


 ……お、おかしいな……私たちはきっと、同年代の誰よりも今まで口づけを交わしていたハズ。コマの味覚を戻す為。毎日毎日、何千何万回と口づけを交わしてきた……いわばキスのプロフェッショナルと言ってもいいくらいだというのに……

 それなのに、なんで?なんでこんなに……ドキドキするの……!?


「……あ、の……姉さま」

「は、はひ!」

「も、もういっかい……やっても……いい?」

「……うん、私も……やってみたい……」


 何とか息を整え終え、再度チャレンジ。自然に目を閉じ、二人の唇を引き寄せその距離をゼロにする。


「んッ……」

「ん、ふぅ……」


 小鳥の啄みのように。チュッと軽く触れては離れ。


「……足りない、もっと……」

「……私も、です……ください……姉さま……」


 一度だけじゃ足りないと。もっとほしいと貪欲に。


「好き、コマ……好き……」

「愛しています……誰よりも、姉さまの事……あいしてます……」


 愛を囁き合いながら、何度も何度もチュッチュッとキスを交わし合う。それは『コマの味覚を戻さなきゃいけない』という義務感を持ったままする口づけと、何もかも違っていた。

 甘く蕩けそうな吐息。柔らかで瑞々しい唇の心地よい感触。触れた先に感じる震えすら気持ちいい。


「なんだか、夢みたい……」

「……コマ?」


 一体何度キスを交わしたのか。30回までは数えたけれど、数えるのがバカらしくなってきた頃に。不意にコマはぽつりをそう呟き出す。


「ダメだって、思ってたのに。私なんかに、姉さまは相応しくないって……私じゃダメだって諦めたのに。それなのに……何年も思い続けた姉さまと……想いを通じあえて……こ、恋人になれて……こんなに気持ちい、キスができて……」


 まるでふわふわと夢見心地なトロンとした表情でコマは語る。


「……もしもこれが私が見ている夢ならば。なんて幸せで……なんて残酷な夢なのでしょう。……覚めたくない夢です。姉さま?これは夢じゃ、ないんですよね?」

「うん。夢じゃないよ」

「私と姉さま……恋人同士に、なれたのですよね?」

「うん。恋人同士だよ」

「……幸せ過ぎて、不安になります……これは本当に現実の事?証明、してほしいです……」


 震える声でそう訴えかけてくるコマ。そんな弱弱しくて愛らしい我が双子の妹に、私はまた唇を押し付けて応えてあげる。


「んちゅ……ん……」

「あ……っ♡」

「……夢じゃないよ、夢なんかじゃない。だってこんなにキス気持ちいいんだよ?だってこんなにキスするだけで幸せなんだよ?」


 気持ちは分からないでもない。私も……まさか長年想いを募らせてきたコマと恋人同士に慣れて……幸せなキスが出来るだなんて夢みたいな気持ちだもの。

 けれどこれは確かな事、間違いなく現実の話。だってさ、ただの夢だったらこんなにリアルなコマの温もりを感じないだろう。ただの夢だったらこんなに幸せな気持ちを抱くことなんて出来ないだろう。


「これが夢じゃないって分かった?ちゃんと、安心した?」

「……いいえ。正直……まだ、不安です」

「そっかぁ。だったら……どうすればいい?どうすればコマの不安はなくなるかな?」

「……きす、ください。いっぱい。いっぱい……」


 『来てください』と言わんばかりに両手を広げ、愛らしいおねだりをするコマ。こんな殺人級のおねだりに応えない姉が、恋人がいるだろうか?否、いない!いいよ、いくらでもキスをしてあげる。コマの余計な不安を、かき消して塗りつぶして……幸せにさせてあげるから……!

 私は即コマを引き寄せて、そのまま間髪入れずにコマの唇にキスの雨を降らせてあげる。


 はじめの頃は固く結ばれ緊張し閉じきっていた唇。その緊張を何度も何度もキスを重ね、少しずつ融かしてゆく。


「……ぁ、んぅ……」

「はぅ、はぁ……んちゅ……」


 焦らず、時間をかけてじっくり丁寧に。幾度となく重ねていくと、いつの頃か閉じられていた唇も隙間が生まれる。キスをする度に零れるコマの切なげな吐息が顔にかかり、その感覚さえも気持ちいい。

 唇の緊張が解れていくと同時に、身体の緊張も解れてきたのだろうか。コマの全身の力が抜けはじめ、寄り添うように私に身体を預けてくれる。


「……コマのドキドキ。すごく感じるよ」

「……姉さまの胸の鼓動、わかります……」


 寄りかかってきたせいで自分の胸とコマの胸が、キスするように重なり合う。二人の胸は押し合い潰れ、まるで一つになりたがっているように形を変える。お陰で互いの熱が。互いの鼓動が。否応なく相手に伝わってしまう。


「(ここまで来たら、もう……いいよね?だってホラ?恋人同士になれたわけだし……い、良いんだよね?)」


 恐る恐るではあったけど。私はいっぱしの恋人のようにコマの腰に腕を回してそのまま抱きしめる。コマは一瞬ビクッとした様子だったけど。けれどそれも一瞬の事。嬉しそうな表情で負けじと私を抱きしめ返してくれた。

 抱きしめ合いながら当然キスも続ける。触れ合うだけだったキスも、互いに調子を取り戻してきたかのようにいつものごとく―――いいや、いつも以上に大胆に。『味覚を戻す』という言い訳も何もない、本気で相手を求めあうキスへと移行していく。


「れろ、れぇろ……じゅる……」

「んぁ……ちゅ、ちゅぅぅ……ちゅ……」


 口の端から漏れる唾液を舐め、唇に広げるように舌先で伸ばす。そのままの勢いでお口の中へと舌先を侵入させると、相手の小さくて愛らしい舌とご対面。ツンツンと挨拶をし合ったのち、ぬるぬると互いの舌が口の中でワルツを踊るように蠢き合う。


「コマ、こま……!」

「ねえ、さま……!」


 舌が絡み合うと同時に、私たちもギュッと力強く抱きしめ合う。抱きしめ合いながら無我夢中で舌を伸ばし合い、舐めては舐め返され、吸っては吸われ返され……蕩けるような甘い唾液を交換し合う。

 部屋中にじゅるじゅるグチュグチュと卑猥な水音が響いている。……部屋どころか、家中に聞こえているかもしれないと思うくらいの大音量。もしかしたらめい子叔母さんに聞こえているかもしれない。


「(でも……いいや。もう……知らない)」


 けれどもキスを止められない。止める気などさらさらない。聞かれてしまっているかもしれないこの状況も厭わずに。ただただ互いを求めあい、想い合い、貪り合う。

 はじめの初々しさなど何処へやら。激しいキスのせめぎ合いで今や互いの顔中、私とコマの二人分の唾液でドロドロに。唾液で濡れて光るその唇は恐ろしいくらい妖艶で、密に群がる蟲のように二人は夢中でむしゃぶり合う。唇で唇を食み、ちゅうちゅうと唇ごと唾液を吸い付いてこくりこくりと飲み込む。


「コマ、好き……好き!大好き……!」

「わ、私も……大好きです!愛しています……!」


 キスの息継ぎの間に、相手への想いをぶつけ合う。大好きの気持ちを伝える度に、大好きの気持ちを貰う度に。舞い上がる。本当に、恋人同士になれたんだと実感して……胸が熱くなる。鼓動がますます速くなる。


「(こんなの……初めて……)」


 今までやってきた、味覚を戻す口づけが気持ち良くなかった―――なんてことは言わない。姉妹の絆というものを感じる口づけ……あれもあれで気持ち良かったと認める。……けれど、想いを通じ合えた今のキス程じゃなかった。ここまで満たされるものではなかった。

 恋人同士になった途端にこれだ。キスをするだけで満たすと同時に満たされる。まるで愛の永久機関。幸せ過ぎてダメになりそう……


「ん、んんぅ…………プハぁッ……!」

「はぁ、ハァ……ねえ、さま……」


 一体どれくらいキスを交わし合ったのか。キスのし過ぎで唇も顎も痺れてきた。流石に疲れが見えてきて、名残惜しさを感じながらも私とコマは重ね合わせていた唇をゆっくりと離す。

 その気持ちの表れなのか。いつも以上に濃いどろりとした唾液でできた透明の橋が私とコマの間に架かった。


「……どうコマ?ちゃんと、恋人同士になれた実感……持てた?」


 抱きしめながらコマに安心できたのか尋ねてみる。するとコマは小さく首を振って……


「……まだ、です。まだ……足りません」

「ん、そっか。じゃあ……どうすれば足りる?どうすればコマは満たされる?」

「……言っても、いいんですか……?ちょっと、嫌な思いをさせる事……言うかもしれませんよ……?」

「いいよ。なんでも言って」


 念願の恋人になれたんだ。遠慮しないで、ワガママでも何でも言って欲しい。コマがどれだけ不安になっても、私が必ず……満たしてあげるから。

 その気持ちを込めてにっこり笑うと。コマは観念したように、私の耳元でこんな事を言う。


「……姉さまに、抱いてほしい。姉さまを、抱きたい……です」

「……?抱くも何も……今も普通に、抱きしめ合ってるよね?」

「そっ、そうじゃなくて!……そ、の……あの…………こ、恋人として……」


 顔を今まで以上に真っ赤にして、うつむいてしまうコマ。…………ん?あれ?この反応って……そんでもってこの状況で恋人として『抱いてほしい』『抱きたい』の意味って……


「…………あっ」


 しばらく考えてようやくコマの言った意味に気づく私。ば、バカか私は……!?これくらい察しろよ……!?一生懸命お誘いしてくれたコマに恥かかせてどうすんだよ……!?


「本当に恋人になったのなら……いい、ですよね?」

「あ、えとあの……その……あ、あはは……」


 あれほど毎日『コマを抱きたい!』『コマと○○○したい!』とか公言しておきながら。いざその本番になるとパニックになってしまう私。え、あの……マジで?いいの?その……そういう意味、だよね?

 ど、どどど……どうしよう?こういう場合、何からすればいいの?シャワーか?シャワー浴びてくればいいの?下着とか揃えなきゃダメだったり?ヤバイ……この日の為に前々からこっそり予行演習とかしていたはずなのに……頭から全部吹っ飛んだんですけど……!?


 そうワタワタしている私を前に。コマは泣き出しそうな顔で続ける。


「……姉さまが、どうしても嫌と仰るのでしたら……無理にはしません。私、姉さまが本気で嫌な事は、絶対にしたくないです」

「こ、ま……?」

「……でも、やっぱり私……姉さまと……恋人になれた証が……ほしい……ほしいんです……だから、だから……!」

「コマ……」


 その一言で私は一瞬で冷静になれた。


「……ね、コマ」

「は、はい……!」

「私、初めてだしさ。多分、きっと……上手に出来ないと思う。自信もないし、ガチガチに緊張してるし。心臓もバクバクだし。ほら、その証拠に……」

「……っ!」


 ガタガタと震えるコマの手を、そっと取り。そのまま自分の無駄に大きな胸へと導いてあげる。


「……わかるでしょ?キスしてた以上にドキドキしてるの」

「は、はぃ……どきどきで、ふわふわで……はわ、はわわ……!」


 そのまま胸を触らせて、自分の鼓動を確かめさせる。コマは目を白黒させながらも、恐る恐る私の胸に触れ、軽くふにふにと揉んでいた。


「こんなドキドキした状態じゃ、お姉ちゃんとしてコマをリードとかできそうにないと思う。大事な初めてが……もしかしたら台無しになるかもしれない。でも―――」


 胸を触らせながら、私は座っていたベッドに横たわり。そしてシャツのボタンを一つずつゆっくりと外しながら……コマに告げる。


「―――それでも良いなら、来て。私の初めてをあげる。コマの初めてを貰ってあげる」

「は……はいっ!」







 あ、これどうでもいい余談だけど。私のそんな余計な心配をよそに。このあとケダモノとなったコマにリードされ……それはもう、素敵できもちいい……初めての夜を迎えることができました。

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