ダメ姉は、妹を強制する(前編)

 ~SIDE:コマ~



 多くの学生の鬼門であり、越えるべき壁。人によっては最大の敵とも言える―――学力試験。私たちが高校生になってはじめて執り行われた学力試験は、勉強会を開いた甲斐あってか私も。それから愛おしいマコ姉さまも(あとついでにヒメさまやかなえさまも)堂々の全科目百点満点という素晴らしい結果になりました。

 さて。試験が終わったその週の休日である本日。勉強に付き合ってくれたお礼にと、最高の結果に終わった祝賀会も兼ねて二人っきりでデートしようと提案してくださったマコ姉さま。


「……えへへ。姉さまとの、デート。久しぶりの……二人っきりのデート♡」


 姉さまとのラブラブデート……断る理由などありません。這ってでも土下座をしてでも行きたい私は当然のごとくその場で即OKしました。

 指定された待ち合わせ場所に先に着いた私は、ドキドキしながら姉さまが来てくれるのを待ちます。テスト期間中は勉強会を開いたおかげでデートする暇などありませんでしたし、デートどころか余計な恋敵たちが周りでウロチョロしていたせいでまともにイチャイチャもできませんでしたから……今日は本当に嬉しいです。思う存分姉さまと楽しみたいところ。さあ何処へ行きましょう?何をして姉さまと遊びましょう?ああ、想像するだけで幸せな気持ちになっちゃいます……!


「―――コマ!お待たせっ!」

「あ……姉さま♡」


 デートに思いを馳せながらのんびり待っていると。この世で一番素敵な人、双子の姉のマコ姉さまが荷物を抱えて駆け寄ってくれました。


「ゴメンね、準備に手間取っちゃって遅くなった。……随分と待ったでしょう?」

「いえいえとんでもありません!大丈夫です!これっぽっちも待ってなどいませんよマコ姉さま!」


 お弁当まで作ってきてくれた上に、遅くなるどころか待ち合わせ時間10分前に現れたマコ姉さまの優しさに感謝をしながらそう労う私。

 するとどうした事でしょう。にこやかに私のもとへと駆け寄ってくれたはずの姉さまは、突如スッと目を細め……


「…………コマ。約束は?」

「え……?」


 一瞬にして不満そうな表情で私を睨みます。あ、あれ?


「…………ねえ、約束は?その態度はどういうことなの?ねえ、ねえコマ?」

「あ、あの……姉さま?どうかなさったのですか?」

「姉さまぁ?それに……敬語ぉ?」

「……あっ」

「ねぇコマ。コマは私と一つ約束をしたよね?まさか忘れたの?私との約束、守りたくないの?そんなに嫌だったの……?私、約束通りテスト頑張ったのに……それなのにコマは約束をそんな簡単に破っちゃうの……?」

「い……いいえ違いますっ!?違うのです!そ、そう言うわけでは決して……」


 不服そうな顔でジトっと私を睨む姉さま。『約束』……その単語を聞いて思い出します。あ、ああしまった……ついうっかり忘れていました。


「じゃあほら!分かっているならさあ!約束通りに!ね?ねっ!?」

「…………わ、わかりまし―――じゃない。え、ええっと……コホン」


 姉さまに強く促され、気を取り直してTake2。恥ずかしさを堪えながら私は……


「だ、大丈夫。これっぽっちも待っていないよ…………ま、マコ……お姉ちゃん……」


 約束通り姉さまに、(引き攣った)笑みを見せながら、敬語を捨てて姉さまをお姉ちゃんと呼んでみることに。


「そう!それっ!私はそれを待っていた!やーん♪コマちゃん、さいこぉ!!!」

「…………あ、あはは……」


 その答えに大変満足してくれた様子のマコ姉さま―――いいえ、マコお姉ちゃん。歓喜のあまり私に飛びついて抱きついてくださります。

 ……さて。その呼び方はどうしたのか、とか。いつもの敬語は何処へ行ったのか、とか。色々と疑問に思われることだと思います。ええっと……実はこれには少し、理由があってですね―――



 ~コマ回想中:4日前~



『一日でいい、お願いコマ。どうか……どうか!私の、、振舞って!』

『…………はい?』

『ちゃんと、妹として、振舞って!』

『…………???』


【試験で全科目赤点回避が出来たなら、一つだけ姉さまの言う事を何でも聞く】


 ―――その条件を文句なしにクリアした姉さまが、試験後私にお願いしてきたもの。それは……『妹として振舞え』という理解するのが大変難しいものでした。

 妹として……振舞う?ええっと、これはちょっと困りました……日本語なのに姉さまの言葉の意味がよく理解できません……


『いや、あのマコ姉さま?振舞うも何も。私、正真正銘……ちゃんとした姉さまの妹なんですけど……?』

『それはわかってる!コマは私の唯一にして絶対のカワイイカワイイ双子の妹だよ!でもね……そうだけどそうじゃないの!』

『と、仰いますと?』

『前々から言いたかったんだけどさ。コマはね……妹としての自覚が足りないと思うんだよ!』

『自覚、ですか……?そんな……わ、私的にはこの世界の誰よりもこの私はマコ姉さまの妹であるという自覚と誇りを持っているつもりなのですが……』

『ちーがーうーのー!……あのねコマ。コマは知らなかったと思うけどね。妹っていう存在はね―――姉に、思い切り甘えるものなんだよっっっ!お姉ちゃんと同じものを欲しがったり、お姉ちゃんよりも自分を優先させようとしたり、お姉ちゃんに構われ過ぎてついツンな行動をしちゃったり、それでいていざという時にお姉ちゃん、お姉ちゃんってどこに行ってもあとからついて来てべったりしたり―――お姉ちゃんに無理難題を際限なく投げつけてワガママ言って困らせて。そしてこれ以上ないくらいに甘えちゃう……それが妹ってもんなんだよ!分かるっ!?!!??』

『は、はぁ……』


 余程『妹』に対して謎のこだわりがおありなのか、私を前に妹たるもの姉に対してどういう行動をすべきなのかを熱く真剣に語り始めるマコ姉さま。そ、そういうものなのですか……妹というものは?

 いや、でも姉さまの言うようなワガママな妹って……気に障るようで嫌われるのでは?従順で素直な妹の方がありがたいのでは?ちょっとよく分かりません……


『そういう意味ではコマ。貴女はね……立花コマという一人の人間としては完璧超人だけど!でもね!?立花マコの妹としてはまだまだなんだよ!コマはもっと、もっともっとこの私に……妹として振舞うべきなんだよ!甘え足りないの!もっと甘えて!どんどん妹としてお姉ちゃんに甘えてよぉ!』

『そ、それは大変申し訳ございませんでした。以後気を付けます……そ、それで?具体的に私はどうしたらよいのでしょうかマコ姉さま?』

『まずその呼び方!【マコ姉さま】はNGです!呼ぶなら―――【マコお姉ちゃん】って呼んで頂戴!それと敬語もダメ絶対!……それじゃなんだかよそよそしいじゃんか!?家族で双子の姉妹で、しかも婦~婦なんだよ私たち!?』

『え、ええぇー……』


 そ、そんな……マコ姉さまを気安くお姉ちゃんと呼べと……?しかも、敬語無しで……?


『そ、それはちょっと……これまでの積み重ねもありますし、すぐには呼び方とか話し方とか変えられませんよ?』

『だから今回のご褒美の話に繋がるの!……ねえ、コマ。突然だけど今度の日曜日にさ。お姉ちゃんと一緒にデートしようよ。今回のテスト無事にクリアできた祝賀会と勉強に付き合ってくれたお礼も兼ねて。一日、私とデートするの。良いかな?』

『勿論ですとも!是非ともお供させてください!』


 そんなものはわざわざ確認するまでもありません。勿論良いに決まっています。二つ返事で了承した私。するとそんな私に姉さまは、笑顔である条件を突き付けてきました。


『ただし、そのデート中は……コマ。私に対しては【マコ姉さま】ではなく【マコお姉ちゃん】と呼んでほしい。ついでに言うと、敬語も禁止。そしてデートの間は極力妹として私に接する事。いいね?』

『…………え』



 ~コマ回想終了~



 ……と言うわけで。本日のマコ姉さまとのデートは、敬語無しのタメ語に……姉さまではなくお姉ちゃん呼びという縛り……加えて如何にも妹キャラがやるような言動を取るようにと約束させられてしまった私。

 敬語はもはや身体に深く沁みついていますし。お姉ちゃん、だなんて馴れ馴れしくて畏れ多い呼び方は正直言うと思っていた以上にかなり難しいです……


「(……とはいえ、約束ですものね)」


 それでも約束を破るわけにはいきません。折角姉さまが勉強を頑張ってくださったご褒美なんです。姉さまがそれで喜んで下さるのであれば、私にはまったくもって似合わないようなキャラだとしても……頑張って演じていくしか……

 でもなぁ……


「じゃ、早速デートに行こうかコマ!」

「はいです姉さま♡」

「…………コマ?」

「……あっ」

「…………(ジトー)」

「え、ええっと……う、うんわかったよお姉ちゃん……」

「えへへー♡よーし、いい子いい子。じゃあ張り切って行こー!」


 ……始まる前から前途多難。姉さまとのデート自体は非常にワクワクドキドキ楽しみではあるのですが……今日はこれ、中々にハードな一日になりそうです……

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