ダメ姉は、叔母と語る(中編)

 あのダメ人間の最高峰、我らがめい子叔母さんが帰ってきた。


「ホレ、サインはこんなもんでいいかい小娘共?」

「「「はいっ!ありがとうございますコメイ先生っ!」」」


 そんな叔母さんの帰りを、私やコマは勿論の事。小説家である叔母さんのファンだという親友二人、後輩一人も待っていた。叔母さんからサインを貰った三人は、至福の表情でそのサインをうっとりと見つめている。

 ……いまさらながらちょっと不思議だ。グータラで酒乱でコミュ力ゼロな内弁慶で引きこもりで家事NG。そんな叔母さんがこんなにも人を引き付ける物を創作できるなんて世の中わかんないもんだなぁ……


「さぁて!ブツは渡したわけだしよ!そろそろ本題のネタ提供―――じゃなかった。お前さん方の身の上話を聞かせて貰おうじゃないかい!女同士の恋愛について、このアタシに聞きたいこととか聞いてほしいことがあるんだろ?ほれほれ!遠慮せず、コメイ先生に全部話しちまいなよyouたちぃ!」

「叔母さん。本心が全然誤魔化せてないよ叔母さん」


 言い繕ってもその手にあるメモ帳とボイスレコーダーのせいでアンタ本音を隠す気ないだろとツッコミを入れたくなる。この人カナカナやヒメっちたちの恋愛を自分の小説のネタにする気満々じゃないか。

 勢いでカナカナたちに無断で彼女たちの恋愛話を参考に新作の小説書きそうだよなぁ……現に以前私とコマの私生活をネタにした小説も書きやがったわけだし。ま、仮にそうなる前に今後はコマと編集さんでちゃんと叔母さんの書いてる小説の内容、ちゃんと確認しておこうそうしよう。


「……じゃ、私から。麻生姫香です、アドバイス宜しくお願いしますコメイせんせー」

「おうさ、どんとこい小娘」


 我先にと叔母さんに話しかけてきたのは、マイペース乙女のヒメっちだった。普段は割と消極的だけど、恋愛関連の話になると目の色変わるのは相変わらずのようだ。


「……私、大好きな人がいるんです。ずっと長い間大好きでたまらない。恋焦がれている人がいるんです。……世間一般からすると、許されないであろう恋をしているんです」

「許されない恋……?それは……相手が女の人だから問題って事かい?」

「……いいえ。もっと根が深い問題です。だって私が好きな人は―――」

「好きな人は?」

「―――実の、母親ですから」

「実母子百合キタァアアアアア!!!」


 やかましいわこの人。


「なるほど……なるほどなー!そりゃ確かに難しい問題だよなー!女同士で告白するのも相当に難しいって言うのに、それが実のかーちゃんだと告白すんのって尚更問題だよなー!わかるわー!」

「……いえ。告白自体は、もうしました」

「マジで!?やるなぁお前さん!?……で、で!?かーちゃんからの返事は!?」

「……保留中です。返事は、もうちょっと先にして貰える予定」

「やべぇ……初っ端からすっごいネタの宝庫じゃねぇか……!」


子供のように目を爛々と輝かせ、ヒメっちの話に耳を傾け全力でメモる叔母さん。……ヒメっちよ。忠告が遅れたけどさ、この人に相談するのまずかったんじゃないかね?


「……告白の件は良いんです。それよりも……先生に悩み相談したいことは別にあります」

「おお、なんだい?言ってみな小娘」

「……母さんと約束したんです。二十歳を超えるまでは、母さんに手を出さない。手を出した時点で……これから先、母さんとお付き合いできないって約束を……」

「ん、んん?お前さん、なんでまたそんな面倒な約束をしたんだい?」

「……色々ありまして。私も……約束した当初は『母さんと将来付き合える可能性があるなら、それくらい我慢できる』と思っていたんですが……」

「ですが?」

「…………正直、毎日が拷問です……っ!」


 そんな心の叫びと共に、悲痛な表情で血の涙を流すマザコン娘。ひ、ヒメっち大丈夫か?顔が怖いぞ?


「……許されるなら、今すぐにでも母さんとキスしたい……!溺れるようなキスをして、そのまま押し倒したい……!実の娘に押し倒されて涙目になる母さんを思い切り愛でて抱きたいんです私……!」

「ああ……その気持ちはちょっとわかりますよヒメさま。私も……禁欲日は姉さまを抱きたくて抱きたくて辛抱たまりませんからね……無理やりキスして脱がして縛って私の手で、舌で姉さまを狂わせたいって思っちゃいますからね……」

「コマさんや?変なところで共感覚えるのやめて頂戴な」


 今更だけどさ、私を含め私の周りの人間って性欲強すぎる連中多すぎないかな……?一応私たち、まだ中学生なんだけど……いや、むしろ中学生だからか?


「……コメイせんせー……私、どうすれば良いんでしょうか?やっぱり我慢するしか、方法はないのでしょうか?」

「ふむふむ。なるほど、お前さんの気持ちはよくわかった。良い話を聞かせてくれた礼に、一つアドバイスを進ぜようじゃないかい」


 ヒメっちの悩み相談を受けた叔母さんは、アタシに任せろと言わんばかりに自信たっぷりにヒメっちにそう告げる。

 ……何故だろう。不安しかないぞ。


「いいかい小娘、そういう時は逆転の発想だよ」

「……逆転の、発想……?」

「そうさ。かーちゃんを抱くのがダメなら―――かーちゃんに抱かれれば良いのさ!」


 良くねーよ。なに私たちの親友にとんでもないこと教えてんだこの人は。


「向こうから押し倒してくれば、あとはこっちのもんさ。ありとあらゆる手を使って、押し倒されるんだよ」

「……そ、その発想はなかった……!ど、どうすれば良いんですかせんせー……!?」

「例えば事故を装ってさりげなく自分の胸や尻を触らせる。風呂上がりの姿を見せつける。普段とは違う服を着てドキッとさせる―――後でメモを渡すから、片っ端から試してみるといい」

「……なるほど、参考になります……!」

「ヒメっち、悪いことは言わない。あんまりこのダメ人間の話を参考にしちゃダメだ」


 ああ、親友が毒されてゆく……


「……ありがとうございましたせんせー!アドバイスに従って、私頑張ってみます!」

「うーし、頑張んな!……あ、そうそう。アドバイスの結果どうなったのか、あとでアタシに教えてくれよな!どう転んでも美味しいネタになるだろうし!」


 私の忠告は届かなかったようで。叔母さんの大変頭の悪いアドバイスを真に受けてしまったヒメっち。すまないヒメっちのお母さん。


「おヒメの相談は終わったわよね?それじゃあ次はわたし……叶井かなえの話を聞いてくださいコメイ先生」

「おしこーい!遠慮せずバンバンこーい!」


 次に名乗り出たのはカナカナ。……カナカナの想い人と言えば、それはつまり……


「先生。わたしの好きな女の子はですね、ちょっと天然でダメなところもいっぱいあるおバカな子なんです」

「ほうほう」

「口を開けば妹のことばかり。デリカシーもなくおしゃれっ気もなし。最近大分マシにはなってきましたが、勉強も運動も依然ダメダメなダメ人間の頂点なんです」

「ほう、ほう……?妹の事ばかり考えてる、ダメ人間の頂点……ね」

「けれど……わたしが知る限り、誰よりも優しくて、誰よりも明るくて、誰よりもかわいい。そんな素敵な子なんです」

「……(ニヤニヤ)へぇー。なるほどねぇー」

「…………なんだよ叔母さん。なんで私の顔を見てにやついてんのさ」

「べーつーにぃー?」


 カナカナの会話の途中で何かを察したように私を見てあざ笑う叔母さん。くそぅ……なんか一番厄介な人に弱みを握られた気がするぞ……


「それで、わたしの相談事なんですが……その前に先生。マコから聞いたんですけど、確かお酒がお好きなんだとか」

「んー?そだね。大好きだよお酒♡」

「そうですか。それは良かったです。……これをどうぞ。お近づきの印に……」

「おぉ!?良いのかい!貰えるなら遠慮なく貰うぞアタシ!」

「ちょ……だ、ダメ!ダメです叔母さま!?それをもらってはダメ!叔母さまを買収する気満々ですよその人!?」


 叔母さんに高級そうなお酒を差し出すカナカナ。それを嬉しそうに受け取ろうとした叔母さんを、隣にいた我が愛しのコマが全力で阻止する。


「やーね、コマちゃん。ただ一ファンとして先生に贈り物を渡そうとしているだけよわたし?別に買収したり外堀埋めようとかそんな気はないわよ」

「そんな気がない人が、そんな高価すぎる物を贈り物として持ってくるわけないでしょうが。それ持ってとっとと帰ってくださいかなえさま……」

「……チッ。まあいいわ。お酒の件は置いておくとして。先生、話を戻しますね。わたしの相談事を聞いて貰えますか?」

「ああ、話してみな」


 カナカナは姿勢を正し、先ほどまでの陽気な態度から一変。真剣な顔で叔母さんに相談を始める。……ありがたくも気恥ずかしい話だが。カナカナの想い人というのは……この私だ。

 その私がカナカナの話を聞いていて良いのだろうか……?まあ、本人が『マコは聞かないでいて』って言ってこないって事は聞いてもいい話なのかもしれないけれど……


「わたしの好きな人はですね、先生……別の人が好きなんです」

「あー……まあそうだろうね」

「一度わたしはその人に告白して。見事に玉砕したわけです。けれど……振られたのに、色々あってまた彼女に惚れ直しちゃいまして。それほどまでに魅力的な人だったんです」

「……そうかい」

「多分、これが私の最後の恋。わたしは死ぬまでこの想いを抱き続けると思います。叶わぬ恋だと分かっていながらも、想い続ける。好きでい続ける。……先生。先生から見て、この恋は……間違いだと思いますか?」

「……カナカナ」

「かなえ、さま……」


 普段は冗談めいた風で私に接しているカナカナ。けれど私もコマも知っている。カナカナがどれだけ本気なのかを。……カナカナには悪いと思っているけれど。カナカナ自身が口に出した通り、コマに向けている以上の感情を……私がカナカナに向けることは無いだろう。


「あ、あの……コメイ先生。あ、あたし……柊木レンも……実は叶井先輩と同じような相談をしたかったんです。あたしも……恋しちゃいけない人に恋をしてるんです……」

「レンちゃん?」


 カナカナのその相談中に、レンちゃんも身を乗り出してそんな事を口に出してきた。


「あたしの好きな人……お料理上手な可愛い女の先輩ですけど。とっても凛々しくてかっこよくて素敵な人なんです。あたしが傷ついたら自分の事みたいに真剣に怒ってくれて。いっぱい慰めてくれて……ホントに、ホントに優しい人なんです」


 レンちゃんと言えば、以前最低男に恋して失恋して、それがきっかけで私と仲良くなったんだけど……その後の恋愛話は聞かされていなかった。そっか……レンちゃん、今恋してるのか。知らなかったわ。

 やれやれ。一体どこのどいつなんだ?こんな可愛い後輩に惚れられてしまった幸運でタラシな先輩は?


「……ほほぅ。罪作りな女もいたもんだな」

「……?叔母さん?どして神妙な顔で私を見るの?」

「いいや。なんでもないさね。あー、悪い。続けてくれ」

「はい。……そんな素敵な人ですから、当然あたしが好きになる前から……素敵な人とお付き合いされていたらしいのです」


 レンちゃん……それはまた厄介な恋をまたしてもしているわけなんだ……


「悔しいですけど、その先輩と恋人さんって……両想いで。あたしが入り込む隙間なんて全然ありません。……そもそも、あたしと先輩じゃ……色んな意味でつりあってません。あたしの恋が実ることなんて……万に一つもないって……わかってます。……でも」

「……そっちの小娘同様に、諦められないと?」

「……はい。大好きなんです……あの時、抱きしめて貰って……『ああ、これがあたしの本当の恋だったんだ』って理解できたんです。もうあたし……これから先、この人しか好きになれないって……そう思えてしまったんです」


 震える声で想いを吐き出すレンちゃん。私は口を出せずにただ無言で話を聞くしかできなかった。


「先生。あたしも聞きます。こんな恋ってダメじゃないでしょうか……?間違っていますでしょうか……?すっぱりと諦めて、別の恋を探したほうが……あたしの為にも、それから先輩の為にもなりますでしょうか……?」


 叶わぬと分かりながらもそれでも想い続ける恋。それは……間違いか、間違いじゃないのか。到底私が気軽に口をはさんで良い話では無い。黙って叔母さんの一言を、カナカナやレンちゃんと同じく待つ。

 そんな私たちを前にして。叔母さんはやれやれといった表情で盛大に溜息を吐くとこう切り出したではないか。


「自分の恋が間違いか、間違いじゃないか?バカバカしい。なーに言っているんだい。逆に聞くがお前さん方……仮にアタシが間違いだって言ったとして。その恋を諦められるのかい?きっぱり忘れて別の恋を始められるのかい?」

「……いえ。無理ですね。諦められない、諦めきれません。誰に何を言われても、わたしは彼女を想い続けます」

「あ、あたしも……先輩以外の人を好きには……なれないと思います」

「ならそれが答えなんだろ」

「「……ぁ」」


 叔母さんの指摘に、ハッとした表情を見せるカナカナとレンちゃん。


「恋愛に正解不正解なんてあるわけねーだろ。好きになっちまったら、仕方ないじゃないか。好きならそれで良い。そこからどんなアプローチかけるかはお前さんたち次第だ。ただ恋焦がれるだけなのか、叶わぬと分かった上で踏み込むのかはな」

「で、ですが……」

「その人には、もう好きな人が……」

「まあ、そうだな。それを気にするなって言っても無理だよな。……けどよ、自分たちの気持ち偽ってその恋をなかったことにするのはダメだ。そんなことしたら……心に疵が残る。一生後悔する。だから恋に正直に生きろ若人共よ」


 まさか応援(?)されるとは思っていなかったようであっけに取られているカナカナとレンちゃん。ま、まあ叔母さんの人生観はちょっと変わってるからなぁ……


「それで、良いのでしょうか?」

「好きな人に、迷惑かかりませんか……?」

「良いも悪いも迷惑も何も関係ねーよ。失恋から始まる恋があってもいい。横恋慕から始まる恋があってもいい。恋っていうのはそういうもんさ」

「……叔母さま。横恋慕はダメです、絶対にダメです」

「ともかくだ。ヒメカ、カナエ、それにレン。色々と難しい恋をしているようだけどさ。……誇っていいと思うぞ。そんな甘酸っぱい青春のような恋をしている自分たちをよ。立場上力にはなれないけれども……そんなお前たちをアタシは笑わない。応援してるぞ。頑張りな」

「「「は、はいっ!ありがとうございましたコメイ先生!」」」


 珍しく綺麗に締めくくっためい子叔母さん。そんな叔母さんを前に私は正直困ってしまう。……いやはやまいったな。


 三人に甘酸っぱい青春のような恋の相談をされてる当の本人は、恋愛のれの字も知らない恋人いない歴=年齢の恋とかナニソレ美味しいの系干物女だけどね、と。叔母さんが恋愛相談始めてからずっと言いたかったことが言えない雰囲気じゃないかコレ……

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