ダメ姉は、叔母と語る(後編)
~SIDE:マコ~
「―――いやー、良い事した後のマコの料理と酒は美味いなぁ!悩める若人たちを導く……ハッハッハ!こういうのもたまには良いよな!あ、マコ。カナッペおかわり!あと酒もなー!」
緊急サイン会を無事に(?)終えたその日の夜。私とコマ合作の料理を食べカナカナがお土産として持ってきたお酒を飲みつつ、めい子叔母さんは上機嫌に笑う。
仕事を切り抜けた解放感や気兼ねしなくていい我が家に帰ってきた安心感。それからカナカナやヒメっち、レンちゃんの恋愛話という最高のネタを手にした充実感で相当浮かれている様子の叔母さん。……これ、一応釘さしておいた方が良いよね。
「カナッペはいいけどさ、お酒はそろそろ控えてよね叔母さん。……それと!何度も言うけど間違ってもカナカナたちの恋のお話を小説に書いちゃダメだからね!んな事したら流石の私も全力で叔母さんぶん殴るからね!」
「同感です。叔母さま。ヒメさまたちは皆さん本気の恋をしていますからね。それを茶化したり笑いものにするような事だけは決してなさらぬように」
「んー?ああ、大丈夫大丈夫。あの小娘たちの話はあくまでネタとして参考にするだけだって。本人たちの許可なくそういうの書くわけねーだろが」
「「……」」
「……?なんだよマコ、コマ。何故にオメーらはアタシを睨むんだ?」
……ほほぅ。私とコマの私生活を私たちに赤裸々に綴り、挙句無断で本を出した人がそういう事を言うのか。
信用ならないし、やはり今後叔母さんが新作を出そうとする際には必ず私とコマが検閲するとしよう。
「つーかさ、さっきの話のどこが良い事なのさ。ぶっちゃけ叔母さん適当な事を適当に言ってただけでしょうが」
「あぁん?何を言うか。超的確なアドバイスだったと自分でも感心したぞアタシ」
「えー……」
カナッペとお酒を叔母さんに渡しながら私がそう言うと、叔母さんは心外だと言いたげにそんな事をのたまう。超的確なアドバイスって……そうかぁ?
「まあカナカナたちは満足してくれたみたいだし……傍から聞いてたら良いこと言ってたっぽく聞こえたけどさぁ……あのアドバイスってぶっちゃけ説得力というものが皆無だったでしょ。正直いつ鍍金が剥げてもおかしくなかったからひやひやしながら聞いてたよ私」
「あぁ?説得力だぁ?そりゃどういう意味だよマコ」
「決まってるでしょ。いかにも経験豊富な大人っぽい発言をしてたけど……その発言元の叔母さんって、恋愛経験ゼロじゃないのさ」
これでも売れっ子恋愛小説家の癖に。めい子叔母さんは誰かと付き合った経験どころか、下手すると誰かに恋した経験すらないという残念仕様。
夢を壊したくないし、ファンだったカナカナたちを前にどうしても言えなかったけれど……そんな人に恋愛相談をさせてホントに良かったのだろうかとちょっとモヤモヤな気分だわ私……
「相変わらず失礼な奴だなマコ。誰が恋愛経験ゼロだって?」
「目の前にいる叔母さんだけど?」
「我が姪ながら、相変わらず失礼な奴だな……おいマコ、一つお前に言っておくことがある」
カナッペを頬張りながら唐突に叔母さんがそんな事を言い出す。言っておくこと?なんだろうか。
「いくつになっても成長しないお前とは違って、アタシは日々成長してるんだぞ」
「老化してるの間違いでは?」
「拳骨食わらすぞテメー。……良いか、よく聞け。アタシが恋愛経験ゼロだったのは、今は昔の話なんだ」
「ふーん。…………ん?え、待って。今何と?」
あれ……?叔母さん、なんか今変な事言わなかったか……?
「だからよ、恋愛経験ゼロなのはもう過去の話だって言ってんだよ。何せアタシは―――」
「アタシは……?」
「―――今、恋人いるからな」
「…………ん、んん?」
……おかしいな。私の聞き間違いか?叔母さんに、恋人がいる……だと?
「……あ、あー。それってあれかな?空想上の恋人ってやつ?」
「ちげーよ。リアルの恋人だよ」
「そっかそっか。えーっとね叔母さん。知らないかもしれないから残酷な真実を教えてあげるけど、モニターの向こう側の存在は恋人とは言わないんだよ?」
「だからリアルの恋人って言ってんだろが」
ひょっとしたらあまりに恋愛経験ないからとうとうおかしくなってしまったのかもしれない。そう思い一つずつ確認していく私だけれど。叔母さんは恋人がいると言い張ってくる。
は、ハハハ……いやいやいや。この叔母さんに恋人とか……流石に何かの悪い冗談だろう。
「叔母さま?ちなみにお相手はどなたですか?私たちの知っているお方なのでしょうか?」
「んー?知ってるも何も。シュウだよシュウ。―――編集だよ。いろいろあって最近付き合いだしたんだけど、それがどうかしたのかい?」
「あー。やっぱりそうでしたか」
「っ……!」
編集さん……だと……!?叔母さんのそんな発言を聞いた瞬間、私は急いで携帯を取り出して編集さんにコール。数秒もかからないうちに編集さんは出てくれる。
『お疲れ様ですマコさん。どうなさいましたか?』
「へ、へへへ……編集さん!?た、単刀直入に聞きます!なんかうちのダメ叔母が突然『編集と付き合ってる』とか意味不明な発言をしだしたんですが……嘘ですよね!?酔って現実と妄想の区別がつかなくなってるだけですよね!?そんな事実、ないですよね!?」
挨拶もそっちのけで事実確認を行う私。た、頼みます編集さん……『違いますよ』と言って下され……!
『あっ……あー……えっと、その…………も、申し訳ございませんマコさん』
「ど、どうして謝るのですかね編集さん……!?ま、まさか……」
『……本来ならば場を整え、正式に伝えるつもりだったのですが。私……貴女方の叔母さまと、お付き合いさせていただいています』
そんな淡い期待を抱く私に、編集さんは衝撃の発言を食らわせてくる。い、いや待てちょっと待て……!?マジ話なのコレ!?叔母さんと編集さんになにがあったんだこの数か月!?
「へ、編集さん!私、編集さんに言いたいことがありますっ!」
『……はい。本当に申し訳ございません。マコさんにとって大事なご家族であるめい子さんを奪うような形になるなんて―――』
「正気ですか!?」
『……へ?』
「もしや叔母さんに何かしらの弱みを握られたとか、脅迫されたとか……催眠術や洗脳、薬の類は使われていませんか!?本当に、貴方の意思で付き合っていますか!?」
場合によっては身内とはいえ、叔母さんを警察に突き出すことも考えねばならない。
『え、ええっと……私は正気ですし、真っ当な方法でめい子さんとはお付き合いし始めたと思っていますが……』
「だったら悪いことは言いません!編集さんにはもっといい人がいるはずです!?か、考え直した方が良いと思います!あの、めい子叔母さんですよ!?」
「おいマコ。黙って聞いてりゃさっきからほんっと失礼だなお前……ブチ転がすぞ」
だって……生活能力もコミュ力も女としての魅力も……色んな意味でダメダメなこの人と、優しくて真面目でかっこいい編集さんが付き合うだなんて……編集さんに失礼ってもんだろう。
とりあえずお世話になっているわけだし……何としてもよく考え直すように説得しなければ……!
~SIDE:コマ~
『い、良いですか編集さん!叔母さんを嘗めてはいけません。この人たぶん編集さんが考えてる数千倍はダメ人間なんですよ!?今日だって帰って来て早々に玄関で―――』
めい子叔母さまと編集さまがお付き合いをしていると分かってから。私のマコ姉さまはご飯の途中でしたが青ざめた様子で編集さまに電話をかけ説得を始めました。
「ったくマコの奴……我が姪ながら失礼すぎるにもほどがあるだろ」
「ふふ……まあ浮ついた話もなければ、叔母さまも編集さまもそういう素振りが全然ありませんでしたから。姉さまがビックリするのも仕方ないことなのでは?」
「そうかねぇ?そういう事を言ってるお前さんは、あんまし驚いてないっぽじゃないかい」
お酒を煽りながら私にそう尋ねてくる叔母さま。んー……これでも多少は驚きましたけどね。
「だって割れ鍋に綴じ蓋的な意味でお似合いでしょう?作家と編集で、甘え上手と奉仕上手で、百合作家と百合男子。正直お二人の場合は時間の問題なんじゃないかなって内心思っていましたから。ともかくおめでとうございます」
「ありがとよ。……お前はマコと違って、アタシとシュウが付き合い事に関して、なにか思う事ってないのかい?」
「今も言いましたがお似合いだと思っていますし、二人が両想いなら私が口にはさむような事は何もないかなって思っています。それに……」
「それに?」
「―――これで編集さまが叔母さまを貰って下されば、叔母さまのお世話はすべて編集さまにお任せして、その分姉さまとイチャイチャ出来るから万々歳だなって思ってます♡」
「…………基本マコの事しか考えてないところ、ブレねぇよなぁお前も」
何を仰いますやら。私の姉さまへの愛がブレることなどあり得ませんでしょうに。
「あ。ブレないで思い出した。そーいやさコマ」
「はい?何でしょうか叔母さま」
「今日のサイン会してて気になったんだけどよ。お前さん―――あのカナエって子とレンって子に甘くねーか?」
「…………はい?」
突然話題が変わってしまい、ちょっと付いていけなかった私。私が……かなえさまとレンさまに甘い……ですか?
「それってどういう事でしょうか?」
「ヒメカって子はマコに恋愛感情が一切ないから安全だし、お前があの子と仲良くしているのはわかるよ?けどよ……あの二人は違うだろ。あいつらパーフェクトにマコに対して好意を持ってるじゃねぇか」
「…………わかりますか?」
「そりゃなぁ。あれだけマコ好き好きオーラを出しておいて、わからんのは多分当の本人くらいなもんだろ」
まあ、姉さまは他人の好意にちょっぴり鈍感ですからねー……
「話を戻すけどさ。マコに害する奴は勿論、マコに好意を持っている奴は……昔のお前ならどんな手を使ってでも排除していただろ?それなのに今のお前は排除するどころか家にまで呼んで、アタシに会わせてサイン会を企画してやったり恋愛相談までさせるほど仲が良いっぽいだろ。恋敵に塩を送るなんて……お前にしてはスタンスがちょっとブレてるように見えてだな」
……いえ。恋愛相談に関して本音を言うと。私としては、叔母さまには『マコにはコマがいるから諦めなー』と説得してもらいたかったんですけどねー……まあそれは置いておくとして。
「だって……マコ姉さまがあの二人の事を大好きですから」
「へ……?」
私のその答えに、一瞬呆けた顔を見せる叔母さま。
「私の場合は……ちょっと極論になりますが、姉さま以外の人間はどうでも良いんです。姉さまさえ一緒にいてくれればそれで良いんです。姉さまさえ望むのであれば、友人も……家族さえも捨てられると思います」
「家族さえって……素でこえーなお前。アタシ捨てられるのかい?」
「ですから極論ですって。ホントに捨てるわけじゃないですよ。……まあ、それくらい姉さましか興味がないって話です」
……けれど、姉さまは違います。
「姉さまは周りのみんなが大好きなんです。かなえさまが、レンさまが、ヒメさまが、叔母さまが……そして私が。誰か一人でもいなくなったりしたら……本気で悲しむでしょう」
「……マコは、まあそうだろうな」
「そういう他の人にも優しいところも含めて、私は姉さまのすべてを愛していますからね。だから……姉さまが悲しむような事はしません」
まあ、かなえさま辺りはいつ寝首を掻いてくるかわかりませんので、常に牽制はしてますけど。
「へぇ……随分余裕だなコマ。マコと両想いになって慢心してないかい?」
「慢心していますとも。誰がどうアプローチしようとも、姉さまは私の事を一番好きでいてくれるってちゃんとわかってますからね」
「ハハッ!言うようになったねぇ!……ま。その慢心もマコを盗られまいといっぱいいっぱいだった以前に比べたら、成長してるって証だろうし良いんじゃねーの?」
ケラケラ笑いつつ、叔母さんはそう言ってきますが……私は首を振りこう返します。
「ただ……その一番の地位に、胡坐を掻くつもりはありませんよ私」
「ん……?と言うと?」
「姉さまの気持ちはわかっています。……姉さまに愛想を尽かされたり、嫌いになられるような事は絶対にないと理解しています。けれど……その姉さまの気持ちに甘えたら、ダメだって思うんです」
私は知っています。それこそ……父さま、母さまのような……共に幸せになる努力を怠った結果、冷え切った関係になってしまった悲しい人たちを、私は知っていますから……
「だから彼女たち―――かなえさまとレンさまの存在は私にとっても貴重でした。姉さまの本当の魅力を知っていて。姉さまを本気で好きでいてくれる存在というのは。姉さまに好きでいて貰える努力を怠るなという適度な危機感を常に与えてくれますからね」
何せあの二人って私から見ても素敵な人たちです。姉さまも少なからず彼女たちに好意を持っていますし……『私だけが姉さまの魅力を知っている』『私だけが姉さまに好かれている』―――なんて。そんな甘っちょろい隙を見せた時点であの二人の場合は姉さまをかっさらってしまいかねません。
「そういう意味でも彼女たちを排除しようとはしませんよ私。姉さまと共に歩む幸せな未来の為にも、彼女たちの存在は不可欠ですから。自分への戒めの為、あの二人は利用するだけ利用させて貰いますよ♡」
「…………」
そう言って私が笑うと、叔母さまはやれやれといった表情でこう呟くではありませんか
「……前言撤回。やっぱお前さん、全然ブレないわ。筋金入りのシスコンだわ」
何を今更。
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