ダメ姉は、叔母と語る(前編)

「―――たでーまー!ヒャッハー!ひっさりぶりの、我が家だぁ!」


 そんな第一声と共に、持ってた荷物を放り投げ履いていた靴を蹴り飛ばし、そして自分の身を玄関にぐでーっと転がす一人の干物女。


「……あのさぁ。そりゃ疲れているのはわかるけど。久しぶりに帰ってきて早々に、家を出る前以上にだらしないアクション起こすのやめてくんないかな?」

「ですです。横になるならせめてリビングでしましょうよ……ここ玄関ですよ」

「んだよオメーら。遠路はるばる帰ってきた家主兼保護者に対して随分と冷たい事言ってくれるじゃねーか。アタシはさみしーぞ。かまえー、労われー、尊敬しろー」


 その彼女の一連の残念な行動に、思わず私立花マコとマイスイートエンジェル妹こと立花コマは呆れた声で咎めるけれど。咎められたその人は、反省するどころかゴロゴロと廊下を転がりそんな事を言ってくる。

 ……姪の前でこんな子供のような事をしでかすダメ人間を、家主兼保護者として認めたくないなぁ……


「ま、ある意味いつも通りで安心するけどね……とりあえずアレいこっかコマ」

「はいです姉さま。いきますよ」

「「せーの―――」」


 この人に言いたいことは色々とあるけれど。まあ、最初から小言全開で対応するのもめんどくさ―――もとい、かわいそうだし一旦お説教は中断して。言いたいことをコマと二人息を合わせて目の前の彼女に伝えることに。


「「おかえりなさい、めい子叔母さん(叔母さま)」」

「あいよ。ただいまマコ、コマ」


 そう、長期の仕事が落ち着いて一旦我が家へと帰ってきたその人は。私とコマの大好きで大切な家族であり、私とコマが最も信頼している大人―――めい子叔母さんであった。


「あ゛あ゛あ゛ー……づがれだー……編集め、最後の最後まで扱き使いやがって……何がサイン会だ。何がファンサービスだ。アタシへのサービスはねーのかよ……呪われろー……タンスの角に小指ぶつけろー……」

「ちょっと叔母さん。だから、こんなとこで寝るのやめてって言ってるでしょうが。ほらさっさと自分の足で立つ!リビングまで歩く!」

「自分の家だから、自分がどこで寝ても文句言わせねーぞーマコ……どうしてもリビングまで来てほしけりゃアタシを運べー……」

「あーもう!面倒だなホントこの人!……しゃーない。コマ、悪いけどそっち持って」

「ええ、お任せください姉さま」


 何やら相当にお疲れの様子で玄関に寝転んだまま動く気ゼロな叔母さん。本格的に寝入る前に、とりあえずコマと二人この大きなお荷物という名の叔母さんをリビングまで引きずって運ぶことに。


「はぁー……やっぱ自分の家は良いわぁ……おちつくー……もう一生ここに住むー……外なんか出てやんねー……」

「もともと引きこもり気味だったけど、更に拍車かかってんね叔母さん。そんなに我が家が好きなの?」

「あたぼうよぉ!何せグチグチ言ってくる編集はいない!他人に遠慮することもない!飯がうまい!自由に酒が飲める!何より仕事の事を考えなくてもいい!さいっこうだろうがよぉ!…………あ、そうだマコ。ちゃんとアタシの為にメシと風呂と酒を用意しているよな?な?今から全力で、のむぞーっ!」

「「…………えっと」」


 その問いかけに、私とコマは叔母さんをズルズルと引っ張りながら顔を見合わせて気まずい気持ちで目をそらす。あー……


「え?何だよお前らその微妙な反応は……?ま、まさかあれだけ何度も『用意しとけ』って念を押したのに用意してないのかマコ!?メシも風呂も酒も!?」

「あ、いやそうじゃないの。もちろんコマと二人で美味しいご飯も作ったしお風呂も沸いてるし、お酒もほどほどに用意はしているよ」

「ですが……その。あ、あはは……」


 残念だがね、叔母さん。帰って来てすぐに申し訳ない、申し訳ないと心から思っているんだけれども。


「叔母さん。悪いけどご飯もお風呂もお酒も後回しだよ」

「あぁ!?な、なんでだよ!?」

「すみません叔母さま。今から―――

「……はぁ?仕事ぉ?」


 心苦しい気持ちを抱えつつも、そう言って私とコマは叔母さんをリビングに投げ入れる。


「「「お待ちしておりました!!!サインください、コメイ先生っ!!!」」」

「…………は?」


 そのリビングに叔母さんを待っていたのは―――鼻息荒く興奮した表情で、手に持っていた叔母さんが書いている小説とサインペンを叔母さんに突き出す顔なじみの三人の美少女。


「…………えーっと?マコ、コマ?この小娘共は一体全体……なんなんだい?」

「んーとね、なんといえば良いのやら」

「まあ簡潔に申しますと。私と姉さまの友人であり、後輩であり、ライバルであり……」

「そして、めい子叔母さんの……熱心なファン共です」


 そう。親友のカナカナと、同じく親友のヒメっちと、それから後輩のレンちゃんであった。



 ~マコ回想中~



 時は遡り前日。


『カナカナ、ヒメっち、レンちゃん。ごめんよ、明日みんなで遊びに行く予定だったけどさ……来週以降に延期しても良いかな?』

『申し訳ございません皆さま……ちょっと私と姉さまに急な予定が入ってしまいまして』


 めい子叔母さんから『明日帰る。メシと風呂と酒をちゃんと用意しておくように』―――なんてメールが届いたその日。

 私とコマはいつものメンバーに明日の放課後の予定のキャンセルを伝えつつその事について謝っていた。


『予定……?まあ延期自体は良いけど、明日何かあるのかしらマコ、それにコマちゃん?』

『あー……うん。実はしばらく仕事で家を留守にしてたうちの叔母さんが急に久しぶりに帰ってくるって言いだしてね。その介護―――もとい、世話をしなきゃいけないんだよ』

『半年近く留守にしていましたからね。明日は家族団欒、ちょっとした宴会をしようかなと思いまして』

『なるほどね。そういう話なら仕方ないわよね』

『……家族を大事にする、これ大事』

『ですです!遊びに行くのはいつでも出来ますし、明日はご家族の方と思う存分楽しんでください先輩っ!』


 私から皆に『遊ぼう』と提案しておいてその予定を延期させてしまったというのに、三人とも特に不平不満を漏らすことなく笑顔で『大丈夫』と言ってくれる。ありがたい……今度ちゃんと埋め合わせはするからね。


『それにしてもマコの叔母さん、ね。……マコ、その叔母さんって何か好物とかあるの?』

『へ?叔母さんの好物?……お酒だけど、それがどうかしたの?』

『OK、お酒ね。じゃあ今度美味しいお酒のお土産持ってご挨拶に行かせて頂戴な。『姪っ子さんを……マコさんをわたしにください』って言ってあげるから♡』

『ぶっ飛ばしますよかなえさま♡何ちゃっかり外堀埋めようとしてるんですか』

『あはは……』

『……それは置いておくとして。ねー、マコ。コマ。マコたちの叔母さんって半年も家を空けるなんて、何のお仕事してんの?』


 コマとカナカナのいつもの口喧嘩を横目に見ていると。ヒメっちがそんな事を問いかけてきた。


『物書きのお仕事だよ。普段は家で引きこもって書いてるんだけど……サイン会とか、雑誌インタビューとか、あと資料集めに編集さんと全国を飛び回ってたんだ』

『え……サイン会!?す、凄いですね先輩の叔母さんって!?もしかして売れっ子な小説家さんなんですか?』

『どーだろね。一応ドラマ化したり一部の読者にカルト的人気だったりはするらしいけど』


 ちなみに私とコマも叔母さんが書いてるやつを愛読書として読ませて貰ってる。身内びいきみたいになっちゃうけど、割と読みやすいし面白いんだよねこれが。


『そんなに有名ならわたしたちも読んだことがあるかもね。その叔母さんってなんていう作者さんなの?』

『そうですね、おそらく皆さまも名前くらいは聞いたことがあるかもしれませんね』

『えーっと、女の子同士の恋愛物とかを主に書いてる人で―――ペンネームはコメイっていう作者なんだけど……』



ガタタッ!×3



『『わわっ!?』』


 そう口にした次の瞬間、カナカナもヒメっちもレンちゃんも。突如として椅子を倒す勢いで立ち上がり、そして私とコマの前に並び……どういうわけか土下座をし始めたではないか。

 これには私もコマもわけもわからず固まってしまう。


『え、え?何?何なのカナカナ、レンちゃん!?』

『きゅ、急にどうなさったのですかヒメさま……!?』


 戸惑う私たち立花姉妹を前に、三人は口をそろえてこう懇願する。


『『『大ファンです、先生にどうか会わせてください!!!』』』



 ~マコ回想終了~



「―――というわけで。どうしてもこの三人に会わせてほしいと頼まれたんだ。サインと握手、あと出来れば自分たちの話を聞いてほしいんだとさ」

「そういう事ですので叔母さま……お疲れのところ悪いのですが、姪を助けると思って緊急サイン会をお願いしたいなー……なんて思いまして」

「あ、ああ……そういうこと、ね…………は、ハハハ……ハァ……」


 私たちを睨みつけるめい子叔母さん。『恨むぞテメェら』―――そんな叔母さんの心の声が聞こえてくるようだ。

 元々コミュ障気味な叔母さんはサイン会とか超苦手な人。折角仕事を忘れて久しぶりの我が家でパーッとしたかったと思っていたところにこの嫌な意味でのサプライズは相当に堪えるのだろう。まあ、がんばれ。


「お会いできて光栄です先生!わたし、先生の本いつも楽しく読ませてもらってますっ!」

「……コメイせんせーの書く本、色々と参考になる」

「最近先輩方にお勧めされて読み始めましたけど、素敵なお話ばかりで大好きです!流石は尊敬するマコ先輩の叔母さまですっ!」

「あー……えっと。その……ま、マコとコマの友達なんだって?あー……い、いつもこの二人と仲良くしてくれてありがとね……あと、あー……ええっと……アタシの本のファン?そ、それも……その、ありがとう……な」


 引き攣った笑みを浮かべる叔母さんを三人娘が囲んでまくし立てるように話を振る。叔母さんは三人のテンションに押され気味の様子で、しどろもどろにしか受け応え出来ていないみたいだ。いつも傲慢なとこばかり見てるから、こういうオドオドしてるの叔母さんってのはレアだなぁ……叔母さんには悪いけど見ててちょっと面白い。


「それで……えと……あの……その、ワリィけど……ついさっき仕事終わったばかりで今余裕ないし…………サインとか話とかは、別の機会にして貰うのは……ダメかな?…………(ごにょごにょ)サイン会とかシュウが作った台本ないと……アタシちょっと乗り切れそうにないし……何話せばいいかわからんし……」


 三人はテンションが上がりすぎているせいか、叔母さんのささやかな要求が耳に届いていない模様。半分涙目でそんな情けない事をボソボソと呟く叔母さんが、なんとも哀れで見てられないわ。


「先生の書いている小説、わたし読んでいていつも勇気づけられています」

「……私も。特に女性同士の愛とか素敵に描写されてるとことか……好き」

「あたしもです!何というか……そういう話ってとても身近に感じます!」

「へ?勇気づけられる……?女性同士の愛が好き……?身近に……?それってどういう……」


 けれど次の三人の一言で、叔母さんの目の色が変わる。


「何せわたしたち」

「……女の人に」

「恋してますから!」

「―――サインならいくらでも書いてやろう小娘たちよ。だからお前さん方の身の上話、詳しく聞かせて貰おうか」

「「叔母さん(叔母さま)……」」


 この三人が自分の小説のネタになると分かった途端。手のひらをくるりと返し、死んだ魚のような目から一転キラキラした目でメモの準備をしながらサイン会を開催する叔母さん。ホントこの人現金だよなぁ……

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