ダメ姉は、妹になる(前編)
~SIDE:コマ~
チチチチチ……
とある日の休日。遠くから、そんな小鳥たちの囀りが聞こえてきます。
「おはよー!起きて!朝になったよー!」
カーテンをシャッっと開け朝の陽光を差し込ませながら、天使のように優しい声で夢微睡みの淵にいた私を目覚めさせようとするのは―――私の血を分けた双子の姉妹で、世界で一番好きな人。
「ぁふ……おはよう、ございます……」
「今日もいい天気!気持ちの良い朝だよ!ご飯も出来てるし、一緒に食べよ♪」
「はい、いつもありがとうございます」
元気いっぱいの私の好きな人。そんな彼女の素敵な声を聞いているだけで、夢うつつの中を泳いでいた私の意識はすぐに浮上しました。
「改めまして……おはようございますねマコ姉さま」
「うんっ!おはようっ!今日も一日よろしくねコマお姉ちゃんっ!」
はっきりと覚醒した私は、目の前の双子の姉―――立花マコ姉さまに挨拶をし直します。姉さまもそんな私に合わせて明るい笑顔で挨拶……を……
「……ん?」
「……へ?」
…………瞬間訪れる強烈な違和感。あ、れ?何か今、妙な事を言われた……ような?
「……コマ、お姉ちゃん?」
「……マコ、姉さま?」
そうして私と目の前の彼女は、鏡合わせのように同時に首をかしげます。お、お姉ちゃん……お姉ちゃん!?
「え、あの……どうなさったのですかマコ姉さま?今、私の事を……お、お姉ちゃんって言いませんでした?」
「いやいやいや。コマお姉ちゃんこそどうしたの……?妹の私に、姉さまって呼んじゃうなんて……」
「「…………?」」
「本当にどうしたのお姉ちゃん……?お姉ちゃんは、コマお姉ちゃんの方でしょう?……ひょっとして寝ぼけてない?それともお熱ある?」
「えっ、と……あの……」
「大丈夫?今日はちょうどちゆり先生のところで定期健診受けるわけだし、その時熱がないか調べて貰った方が良いんじゃないのお姉ちゃん……」
何かの間違いか、それとも何かの冗談かと思いましたが……少なくともマコ姉さまは冗談で言っているようには見えません。
となると……え?ホントに私、寝ぼけている?これは夢?それとも……もとから私が、姉さまの姉だった……?私が姉……え?じゃあ姉さまが妹?姉さまなのに、妹……?姉、姉とは一体……?
「お姉、ちゃん……?」
「だっ……大丈夫、ですよ。ちょっと……はい。寝ぼけていた……だけです」
「そっか。あんまり無理はしないでね。……そんじゃ、朝ご飯一緒に食べよ!ご飯食べたらおめめも頭もすっきりすると思うよ!」
不安そうに私の顔を覗き込む彼女に、これ以上いらぬ心配をかけまいととりあえず話を合わせる私。するとほっとしたように胸をなでおろし、彼女は満面の笑みを浮かべながら私の手を引きます。
「おねーちゃん♡愛情たっぷりの妹ご飯、どうぞ召し上がれっ」
「はぅ……っ!」
…………にっこりと笑い、そんな殺し文句を言い放つ姉さま……いいえ、私のカワイイ妹。思わず心臓を持っていかれそうになりました。もう、姉だろうが妹だろうが……なんでもいいや……
◇ ◇ ◇
「―――うん。異常はなし。コマちゃんの味覚障害、完璧に克服したわね」
「ありがとうございますちゆり先生」
マコ姉さ―――マコの美味しい朝ご飯を食べてから。私は久しぶりに私の元担当医兼、年の離れた尊敬できる悪友のような存在。ちゆり先生の診療所を訪れ、定期検診を受けました。
長年私を……そしてマコを苦しめていた味覚障害は、マコや先生方の協力もあり今ではすっかり影も形も見えません。見事完治したようで何よりですね。
「治って本当に良かったねコマお姉ちゃん!これでもう、本当に……私の大好きなお姉ちゃんが味覚障害で苦しむことなんてないんだよね先生!」
「ええそうよ。ふふっ……マコちゃんはお姉ちゃんのことが好きなのね。良いわぁ、うらやましいわぁ。私もこんな姉思いの愛らしい妹が欲しかったわ。ねぇ沙百合ちゃん?」
「そうですね。私も、マコさんみたいなかわいい妹が欲しかったです」
……それにしても。朝の段階で、姉さま―――マコの認識がおかしいのか私がおかしいのか客観的に判断出来なかったのですが……ちゆり先生も沙百合さまも。どちらもごく自然にマコの事を私の妹と認識しているようです。
となると……やはり私がおかしいのでしょうか……?
「それじゃ、今後の方針についてコマちゃんと話があるから……マコちゃんは沙百合ちゃんと待合室で待ってて」
「あ、はいです!じゃあお姉ちゃん、またあとで」
そう言って看護師の沙百合さまに連れられて、マコは診察室を先に出ます。……ちょうどいいです。ちょっと先生に聞いてみるとしましょうか。
「さてコマちゃん。今後の事で何か聞きたいことは無いかしら?」
「あ、はい。……いえあの……聞きたいことは、ありますけど……味覚障害の事ではなくてですね……」
「……?よくわかんないけど……私に答えられることなら、何でも答えるわよ?」
「……ありがとうございます。ではその……お尋ねします」
「はいどーぞ」
「私……いつからマコの姉になったのでしょうか……?」
「…………はい?」
そんな私の質問に、先生は固まってしまいました。……はい。いきなり何を言ってるのって気持ちはわかります先生。ですが真剣な質問なのですよ……
「いつから……いつからって、それは生まれた時からなんじゃないの?…………あー、でもアレか。双子だったらどっちが姉でどっちが妹になるのかって難しい問題よね。戸籍法では先に生まれた方が兄・姉になるけど、昔はお腹の上にいた子を上の子にするって話もあったっていうし―――」
「い、いえ。そういう話では無くてですね…………私って、前々からずっとマコ姉さま……マコの姉だったのでしょうか?」
「……?えーっと。まあ、私が知る限りでは昔からずっとコマちゃんはマコちゃんのお姉ちゃんだったわね」
この先生の反応から見るに……やはり私の認識がおかしいようですね。なんだか私も……ずっと前々から姉さまが妹だった気がしなくも……ないような……?
「それがどうかしたわけ?」
「……いえ何も。すみません、変な質問をして」
「ん。いいのよ、気にしないで。それじゃあ話を戻すけど……」
それから先生と軽い受け答えをして、早々に診察室から出る私。
「お疲れ様お姉ちゃん!もう先生のお話は終わったの?」
「え、ええ。お待たせしました」
「んーん。全然待ってないよ」
待合室に入ると、先に待ってもらっていたマコが主人を見つけた子犬のようにパタパタと私の元へ駆けてきました。
「ね、ね!お姉ちゃん!思ったより早く検診が終わったよね!」
「そう、ですね。大分時間があるかと」
「だったら前みたいにこの後私と一緒にデートに行かない?またゲームセンターで遊んだり、おいしいものを食べに行ったりしようよ!」
私にすり寄りながら私にそんな提案をしてきたマコ。……妹にデートに誘われる。とても甘美なお誘いです。いつもの私ならノータイムで了承していたところですが……
「あー……その。ごめんなさい。私今日の午後は……バスケ部の助っ人をお願いされていまして……」
「ぇ……」
マコにふさわしい理想的な妹―――いえ、理想的な姉として振舞うために。かっこいいところを見せ続け、マコに365日毎日私に惚れて続けて貰えるために。こういうイベントには定期的に参加し続けている私。
申し訳ないとは思いつつも、今日は助っ人の方を優先したい。そう思い断腸の思いで断った私。そんな私の一言に、マコはというと……
「……お姉ちゃん、私とデートするの……嫌?一緒にいてくれないの……?」
「…………」
まるで迷子の子どものように私の服の袖をきゅっと握り……上目遣いをしながらそう言ってきたではありませんか。
そんな妹を前にして。私は無言で懐から携帯電話を取り出すと―――
「―――あ、もしもし?突然すみません、立花コマです。今日の助っ人の件ですが……申し訳ございませんが辞退させてもらいます」
有無を言わさず助っ人を断り、マコとデートする事を決めました。
……だって仕方ないでしょう?天使のように可憐で美しい世界最高の妹に『一緒にいてくれないの?』なんて言われて助っ人を優先できる人がいますでしょうか?いいえ、いるはずありません。
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