ダメ姉は、ダイエットする(結末編)

 レンちゃんの運動。カナカナのマッサージ。二人とも私の為に色々と手を尽くしてくれたけれども、残念ながらどれも自分には合わずにダイエットは失敗に終わってしまった。



 ぐー……



「うぅ……お腹が……」


 私に残された手立ては、編集さんに教えて貰った3つのダイエットの最後の一つ。食事制限・食事改善だけだ。

 とにかく食べない。何があっても食べない。何も食べない。食べないで痩せて痩せて痩せまくるしか私に道はないだろう。



 ぐー……



「……なんか、こういう時に限って無性に甘いもの食べたく…………い、いや我慢。我慢だぞ私……」


 そんなわけで。この私立花マコは只今絶賛絶食中。コマの為に作る三食の味見はするけれど、それ以外は水しか口にしない生活を送っている。

 お陰でここ最近は授業中も、休み時間も、お家にいる時も。どんな時でもお腹の音が鳴りまくってしまっていて……花も恥じらう女の子としては全く恥ずかしい限りだわ……


「……ねえ、マコ。あんた大丈夫なの……?」

「マコ先輩、顔色が……」

「へ?何?どしたのカナカナ、レンちゃん?」


 授業も終わり休み時間になっても、依然ぐーぐー鳴り止まぬお腹を誤魔化すために冷水器の水を飲もうと教室から出てきた私。

 すると……私の後を追ってカナカナが。それから私を待っていたかのように教室の外からレンちゃんがやって来て。私にそんな事を言い出す。大丈夫って……何が?私の顔色がどうかしたん?


「どしたのじゃないわよ……あんたちょっと自分の顔を鏡で見て見なさいよ。かなり辛そうじゃないの」

「顔色、本当に悪いですよマコ先輩……。昨日もそうでしたが、今日は特に顔色が悪いみたいです……ど、どうなさったのですか?」

「え?そうなん?」


 二人に指摘されて思わず自分の頬を触ってみる。そんなにヤバそうなのか?そりゃお腹は空いてるけど、自分じゃ別に大した事ないように感じるんだけど……


「体調悪いの?辛いの?何なら保健室行くわよ」

「あ、あたしもついて行きますよ先輩!どうか無理はなさらずに……」

「ああ、いや。へーきだよへーき。ちょっとお腹空いてるだけだってば。ちょっと水でも飲めばすぐに回復するよ」


 私を気遣う二人に心配しないで良いと笑う私。けれども二人は納得しないで更に私に詰め寄ってくる。


「お腹が空いてるだけでそんなに辛そうって……あんた、まさかとは思うけど。例の無理なダイエットを続けているわけじゃないでしょうね?」

「ご飯ちゃんと食べていますか?昨日も言いましたけど、朝ごはんを抜いちゃったら身体に悪いですよ」

「あ、あはは……うん、まあ大丈夫。今日はちょっと食べてきたから……」

「「……」」


 朝ご飯どころか3食まともに食べていないんだけどね。この二人には心配されるから朝だけ抜いたと言っている。

 ……だってこの方法くらいしか思いつかなんだもん。


「とにかく一旦保健室へ行くわよマコ。あんた授業中もフラフラしてたでしょうが」

「肩を貸します。先輩、あたしに掴まってください」

「いやだから大丈夫だってば。ほら、元気げんきー」


 大げさに心配する二人に力こぶを作って笑いつつ、二人を振り切って冷水機のある二階へ向かう私。お腹の音を聞かれたら、ホントに保健室に連行されかねない。

 んでもって、保健室に連行されでもしたら……コマにまでダイエットしているってバレちゃいかねないし……


「あ、コラ待ちなさいマコ。話しはまだ―――」

「先輩、そんな状態で走ったら危な―――」


 そんな事を考えながら二人を背にして階段を降りようと視線を下へと向けた……まさにその時だった。


「(…………あ、れ?)」


 不意に、頭が重く感じる。数瞬前まではっきり聞こえていた後ろの二人の声が、急に遠くに聞こえる。目の前が、突然暗くなる。くらくらと眩暈がする。なん、だ……これ……?


「ッ―――ばっ……マコ!?」

「だ、ダメッ!?マコせんぱ……ッ!?」


 なんとなく、これはマズいと本能が叫び。咄嗟に階段の手すりにつかまろうとした私。けれども私のどんくさ反応速度では間に合わない。伸ばした手は空を切り、そしてその勢いのまま階段を踏み外し……前のめりに倒れそうになる。つーか。ぶっちゃけ倒れた。

 カナカナと、レンちゃんの切羽詰まったような悲鳴が聞こえる。ふわーっと落下していく中、二人が懸命に手を伸ばしてくれるのが見えたけど……残念ながら届かない。


 あー……ヤバい。これはちょっとシャレにならな―――







「―――マコ、ねえ、さまぁああああああああ!!!」


 相当の痛みを覚悟して、とにかく頭だけは守らねばと頭を抱える私。そんな私の名前を呼びながら、一つの影が私を追うように階上から勢いよく飛び出した。

 その影は一度階段の手すりを勢いよく蹴って加速をし、先に落ちている私にあっという間に追いつく。空中で私をキャッチすると……器用に体勢を入れ替えて、そしてズドンッと勢いよく階段の踊り場に着地した。……痛み?衝撃?そんなもの、全く感じなかった。


 あまりの出来事に私は数秒声が出なかった。そんな私を見事救ってくれたその人は、私の顔を覗き込みながらこう言ってくれる。


「……ご無事ですか、マコ姉さま」

「……こ、ま……?」


 最愛の、私のたった一人の双子の妹……コマの顔を見て、ホッとした瞬間。私の意識は完全に闇に落ちていった。



 ◇ ◇ ◇



「―――ん、んん……?」


 そして意識が浮上して。私が目を覚ますと……


「ああ、良かった……姉さま目を覚まされましたね」

「マコ!もう、ホントあんたって子は心配ばっかりかけてくれちゃって……!」

「うぅ……せんぱい、マコせんぱぁい……!良かった、ご無事で本当に良かった……!」

「……おいーっす。生きてて何よりだねマコ」


 コマとカナカナ、レンちゃんとヒメっちに囲まれて保健室のベッドに横になっていた。


「えっと、あの……私、どうなって……」

「倒れたんですよ。保健室の先生曰く、貧血だそうです。しばらく安静にしておいてくださいね姉さま」

「貧血……」


 ……あ、ああ。なるほどあの感覚が貧血か。初めての経験だからちょっとビックリした……


「ええっと……おぼろげにしか覚えてないけど……階段から落っこちる前に、コマが助けてくれたんだよね?ありがと……本当に助かったよ。……コマ、それから皆も。ごめん、迷惑かけて。ごめん心配かけて」

「全くですよ。姉さま、これに懲りたら二度と絶食など―――いいえしないでくださいませ」

「うん……わかった、反省す―――ん?」


 ……あれ?ん?ちょっと待って……?コマ、今なんて言った……!?


「あ、あの……コマさんや?い、今ダイエットがどうのこうのって言わなかった……!?」

「ええ、そう言いましたね」

「ま、まさかその……し、知ってたの……!?バレてた!?ナンデ!?」


 バカな……コマにダイエットしていた事、最初からバレてたの……!?何故にバレた!?Why?


「……そりゃ私がコマに密告したからねー。マコがダイエット決意したその日のうちに」

「ヒメっちぃ!?」


 裏切り者がここに居た。何てことしてくれてんのこのマザコン娘は……!?わ、私に恨みでもあるのか……!?


「……だって。マコがダイエットとか必要ないっぽいし。それに加減を知らないマコだから、痩せねばとか張り切り過ぎて無茶やって。そんで身体壊しそうだなーって思って。実際身体壊しかけたでしょー?」

「そ、れは……その……」

「……コマに言っておけばさっきみたいな事あっても対応してくれそうだったし。良かったね、コマに助けられて」


 ぐうの音も出ねぇわ……


「私もヒメさまと同意見です。姉さまにダイエットなど必要ないと思っています。……まあ、姉さまの意志を尊重したかったですし、運動やマッサージならば健康面・美容面に良い事もあり、あえて今日まで姉さまがダイエットをしていることは見て見ぬふりをしていましたが……」

「あの、コマ……?もしかして怒ってる……?」

「…………ええ、怒っています。無いです。絶食だけは無い。なんて無茶な事をしているのですか姉さま。あんなのダイエットじゃありません。あれはね、リバウンドのリスクが高く、ダイエットに非常に不向きなのですよ?身体に悪いに決まっているでしょうに。栄養を取らないと身体は自分の中の栄養素を使おうとします。必要な栄養素まで不足すれば身体が壊れても当然の事です。今回は貧血だけで済んで良かったと思うべきでしょうね。……大体、育ち盛りの私たちですのに体重の事を気にしてどうだと言うのですか―――」


 久しぶりに、コマにガチの説教を頂く私。本気で怒っている様子のコマは、マシンガントークで私を叱りつける。

 周りの皆もコマを止める様子はなく、寧ろコマに同調するように『うんうん』と頷くだけ。……コマにも、それから友人や後輩にも心配かけたんだし当然の報いではあるのだけれど……


「で、でも……太っちゃったし……コマに買って貰った大事なお洋服が入らなくなっちゃったし……これ以上太ったら。コマに、皆に嫌われちゃいそうだったし……」


 怒られながら私は言い訳染みた事をポツリと呟く。その一言にコマは溜息一つ吐いて……そしてこんな事を言ってくれる。


「……あのね、姉さま。服ならいつでも新しいのをいくらでもプレゼントします。何でしたら、その服を仕立て直せば良いだけの事じゃないですか」

「そ、そう?」

「……ええ、そうです。服なんて、いくらでも替えが効くんですよ。でもね―――」

「でも……?」

「姉さまは……姉さまだけは替えなんて効かないんです。姉さまが壊れたら、姉さまが倒れたら……その代わりになれる者などこの世のどこにもいないんです。もしも今日私が間に合わなかったら……姉さまに何かあったらと思うと……私は……」


 悲痛な声で、表情で。私に真剣に訴えかける。……ああ、なんてことだろう。コマの為に痩せたいと決意したのに。私のそんな決意がコマを悲しませることになり兼ねなかっただなんて……私、考えもしなかった……


「それにね、姉さま。太ったくらいで姉さまの事を嫌いになったりなんかしませんよ。私は……いいえ。ここに居る全員は。ちょっとやそっと姉さまが太ろうが。気にするような人は一人たりともいませんよ」

「コマちゃんの言う通りね。わたしも気にしないわ。わたしって見てくれでマコの事を好きになったわけじゃないもの」

「先輩は先輩です!見かけがどうなってもあたしの尊敬する先輩を、失望したり嫌いになりません!」

「……マコはマコだし」

「み、みんな……!」

「「「むしろマコ(姉さま)(先輩)は、ぽっちゃりしている方が可愛いし……ダイエットなんてして欲しくないっ!!!」」」

「……だ、そうだよマコ。ヨカッタネー(棒)」

「みんなぁ!?」


 コマ、カナカナ、レンちゃんの三人が口を揃える。ぽ、ぽっちゃり……


「とにかくです。……もう無理なダイエットは今日限りにしてください姉さま。良いですね?」

「は、はいっす……」

「もしダイエットしたいと思ったなら、せめて一言私に相談してください。姉さまが無理をしないように、私も手伝いますから……ね?」

「……うん、わかった。本当にごめんねコマ」


 こうして。私のダイエット作戦は、すべて失敗に終わってしまった。……ただまあ。終わってしまったけれども。

 コマに、カナカナにレンちゃんにヒメっちに。皆に愛されている事がわかって……とても幸せな思いをした私であった。







「―――あ、ところでさマコ」

「んむ?何かねカナカナ?」

「聞きそびれてたんだけどさ。ちなみに太ったってぶっちゃけ何キロぐらい太ったのよ?」


 保健室で皆が持って来てくれた食料をありがたく食べていると、カナカナが何気なくそんな事を聞いてきた。ん?何キロって……


「えっとね、その……い、一キロ……」

「「「「…………え?一キロ?」」」」


 私のその一言に、全員が顔を見合わせる。おや?皆どうしたのだろうか?


「え、ちょっと待って。待ちなさい……一キロ?一キロぉ?」

「あの……マコ先輩?一キロって……それだけ、ですか?」

「……マコ。一キロくらい、私たちの歳なら誤差も良いところじゃないの。やっぱ太ってないじゃない」


 そんな皆の反応に、私は慌てて手を振って反論する。


「いや、間違いなく太ったよ私!?言ったでしょ!私、コマから買って貰った服が―――胸が入らなくなっちゃったんだって!」

「「「「胸、が……?」」」」

「そうなんだよ!もうね、着ただけで胸のボタンが弾け飛んで大変だったんだよ!?」

「「「「…………」」」」


 私がそう言うと、何故か全員顔を見合わせる。そしてスッとカナカナは立ち上がり……無言で保健室の戸棚をゴソゴソと物色し始めた。


「……後輩ちゃん。あとおヒメ。マコを捕まえておいて」

「えっ?」

「あ、はいです叶井先輩」

「……らじゃー」

「ぬぁ!?な、なになに!?何なの皆!?」


 そしてヒメっちとレンちゃんに私を拘束させ、自分は戸棚から取り出したメジャーを持って……どういうわけか私の胸をメジャーで測り出したではないか。


「…………こ、これは……!」

「急にどうしたのさカナカナ?何してんの……?」


 測り終えると驚愕した声を上げるカナカナ。わけがわからない私はカナカナに何をしているのか問いかけると、カナカナはこんな事を言い出したではないか。


「…………落ち着いて聞いてマコ。あんたやっぱ太ったんじゃないわ」

「え?で、でも服が入らなく……」

「太ったんじゃなくて―――……!」

「……へ?」


 ……何ですと?


「これ見なさい!4月に測った時よりも更に大きくなってるじゃないの!?ま、まだ成長してんのあんた!?」

「え、ええっと……あー、ホントだ……」

「わ、わー……マコ先輩おっきいなーって思ってたけど、数値で見るとホント凄いですねー……」

「……文字通り、桁違い」


 太ったんじゃなくて、胸が大きくなった……?つまり、服が入らなかったのはつまりはそのせいなの……?


「一体何すれば短期間でこんなに大きくなるのよ……マコ、心当たりある?」

「こ、心当たり?」

「例えば……バストアップトレーニングやったとか。そういう心当たりよ。サプリを飲んだとか胸を揉んだとかそういうのないワケ?」

「いやあのカナカナ?……寧ろ私バストダウンしたいって常日頃から思っているんだけど?そんなトレーニングなんて、するわけな―――あっ」


 そこまで言いかけて、ふとある事を思いつく。……もしかして、アレか?アレのせい……か?


「……その『あっ』はなにマコ?もしかして……心当たりあった?」

「あ、いやあの……その。わ、私自身は特にそういうトレーニングはしてないんだけど……」

「「「だけど?」」」

「…………その。ここ最近は特に……コマに……む、胸をいっぱい……弄られてた、かも……?」

「「「…………」」」

「……(サッ)」


 私のその一言に、皆の視線がコマへと降り注ぐ。


「ほほぅ……胸を、ねぇ?」

「つまり、マコ先輩がダイエットを決意せざるを得なかった元凶って……」

「……コマって事では?」

「…………」

「さてコマちゃん。何か言いたい事はあるかしら?」

「…………えへへ♡」


 ちょっぴり冷や汗をかきながらも。誤魔化すように笑顔を見せるコマは……それはそれは可愛かった。

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