ダメ姉は、妹を演じる(前編)
「―――あら。おはようございますヒメさま。今日もいいお天気ですね」
「……んー?ああ、おはおはー。ホント、良い天気で気持ちいいねー」
朝。一人テクテク通学路を歩きながら登校していると、親友であるヒメさまとばったり出会う私。
「……あれ?ねぇコマ。マコはどーしたの?めずらしーね。今日はマコと一緒に登校してないんだ?」
「え?ヒメさま、マコはどうしたのって……」
「マコ遅刻?先行ってる?それとも……まさかのお休みとか?」
「……ふ、ふふふ。あははっ!」
と、朝の挨拶を済ませた後、ヒメさまは『おや?』といった表情で私に対してそう問いかけてきました。そんな親友の仕草に、問いかけに。思わず私はくすくすと小さく笑いを零してしまいます。
「……?コマ、何?どして笑う?」
「い、いえすみません。ヒメさまがいきなり変な事を言うものですから、おかしくってつい笑っちゃって……」
「……変な事って何の話?私、そんなに変な事言ったっけ?」
「ええ、そうですね。言いましたよ。……うふふっ♪おかしなヒメさま」
「???」
私の言動が理解できていない様子で、不思議そうに首を傾げるヒメさま
「どうしたもこうしたも。マコ姉さまならこちらにいらっしゃるじゃないですか」
「……どこにさ?」
「ここに。今、ヒメさまの目の前にいるではありませんか」
「…………は?」
自分自身を指差す私。当然、ヒメさまは意味がわからないと言いたげに更に不思議そうに首を傾げます。
……よしよし。これは中々イイ感じだ。私たち共通の親友すらも見事に騙せたんだし、これなら今日一日くらいは何とかなりそうだね。
「……あの、コマ?大丈夫?もしかしてかなり疲れてない?もしくはマコ欠乏症にでも罹った……?マコが居なくて脳内にイマジナリーマコを作り出した挙句、『私が、私自身がマコ姉さまだ!』とか言い始めたの……?なんなら今から一緒に病院行く?頭の方の病院に……」
「さ、さり気なく失礼な事を言ってくれますね……全く、やれやれです
まさかまだ私だと気づかないのかな―――ヒメっち」
「…………え?」
そう言って私―――立花マコは。意地の悪い笑みを浮かべながら、親友に事情を説明し始めた。
◇ ◇ ◇
―――時は遡り前日―――
「……ふむ。喉も腫れてて声が出し辛い。熱も38℃台で咳も出てるところを見るとこれは……」
「せ、せせせ先生ッ!ちゆり先生!コマは、うちの可愛いかわゆい天使な嫁のコマは!大丈夫なのでせうか!?」
「マコちゃん。落ち着いて聞いてね。コマちゃんのこの症状は……」
「しょ、症状は!!!??」
「―――風邪ね。ただの風邪」
ある日の朝。二人っきりの夜の激しい運動会が終わり。コマに抱かれ疲れてそのまま寝落ちしていた私こと立花マコ。眩い朝日に照らされて『今日も元気にコマの為に頑張ろう』と起き上がった私だったんだけど……
『ふわぁ……あ、おはよーコマ……今日も良いお天気だね―――』
『ハァ……ハァ……けほけほっ!お、おはよぅ……ございま……けほけほっ!』
『って……こ、コマ!?どしたのその声!?てか、顔真っ赤じゃないの!?』
『す、すみませ……なんだか、ちょっと……熱っぽく……けほけほけほっ!』
『む、無理に喋らないで!ま、ままま待っててねコマ!体温計とか色々持ってくる!……いや、もうちゆり先生呼んでくるから!今すぐに!』
私の隣で同じく寝落ちしていたコマの様子がなにやらおかしい事に気付く。慌てた私は熱を測りつつ、頼れる年の離れた友人にして……尊敬するお医者さんのちゆり先生にTELをして、コマを診て貰うべくお家まで出張診察に来て貰った。
……まあ、そんな私の過剰な心配に反して。診断結果はただの風邪だとお墨付きを得たわけだけど。
「安心して良いわよ。お薬飲んでニ、三日安静にしておけばすぐに治るわ」
「よ、良かった……ありがとうございます先生!わざわざ家にまで来ていただいて、何とお礼を言えばいいか!」
「大げさよマコちゃん。友達として、それと元担当医師としても心配だったから来ただけだし」
先生の診察に心底安堵する私。よ、良かった……これでもしコマの身に何かまた良くない事が起きたら……味覚障害や相貌失認が再発したらと思うと胸が張り裂けそうになるわ……
「さーてと。コマちゃんの容態も確認できたことだし。それじゃ私はこの辺で一度戻るわ。また後でお薬とか持ってきてあげるわね」
「はい!何から何までありがとうございました!それじゃあ―――」
「ぁ……あの、ちゆり先生……まってくださ……ゴホゴホ!」
と、診察を終え診療所に戻ろうとした先生を、かすれた声で呼び止めるコマ。ああ、ちょっとハスキーなコマの声もまた素敵―――じゃなくてだ。
「あ、こらコマ。ダメだよ、無理に声を出しちゃダメ。悪化したらどうするのさ」
「もうしわけ、ありません姉さま……ですが、ちょっと先生に、聞きたい事が……」
「私に?えっと……何かしら?スリーサイズとか好みの女の子のタイプとか?」
「ふざけてないで聞いてください先生……今日の私は、あまりツッコむ気力が……ゲホゲホゲホ!」
必死になって先生に何かを尋ねようとするコマ。ハテ?この状況で聞きたい事とは何だろうか?
「はいはい。ごめんねコマちゃん。それで聞きたい事って何かしら?」
「……その。明日ですけど…………学校に行っても、良いでしょうか……?」
「「ダメ」」
先生への質問だったけれど、思わず私も先生と一緒になってコマの申し出を却下する。全く……何を言い出すんだうちの嫁は……
「コーマ?今先生に言われたばかりでしょ。ニ、三日は安静にしておきなさいって。無理をして更に酷くなったらどーするのさ。なんなの?コマは私を心労で倒れさせる気なの?あんまり心配させないで頂戴な」
「マコちゃんの言う通りよ。真面目なのは感心するけど限度があります。休める時はちゃんと休みなさい」
「ですが……明日は、頼まれていたスピーチコンテストが……それに、他にも生助会のお仕事とか色々あって……けほけほっ!」
息も絶え絶えにコマはそう訴えてくる。……いや、コマさんや?他の仕事はともかく、そんな喉の状態じゃスピーチコンテストなんてどう考えても無理に決まっているじゃないのさ……
「とにかく、休むわけには……いかないんです。おねがい、します……行かせてくださ―――ゴホッ……!結果には、拘りません……!私を推薦してくださった先生方、生徒の皆さん、それに……姉さまの為にも……出場だけでもしないと示しが……」
「ダメよ。仮に明日までに熱が下がったとしても医者として、そんな喉を酷使するような場面に患者を行かすわけにはいきません。明日は大人しく寝ていなさいコマちゃん」
「で、でもぉ……!」
普段はとっても大人びた凛々しいコマなのに。今日は風邪を引いているせいか子どものように駄々を捏ねて……なにこれ可愛い。思い切り甘やかしてあげたい。
でもこの場合……甘やかす=コマの明日の登校を許すという事になるし……いくらなんでもそれはお姉ちゃんとしては許すわけにはいかないし……
「(さてと。どうしたものかね)」
無い頭をクルクル回して考える。こんな状態のコマを学校に……コンテストになんて絶対に出すわけにはいかない。でもそれだと責任感の強い、強すぎるコマはそれでは納得しない。きっと出なければ先生たちに迷惑をかけてしまうと考えるだろう。
どんな形であれ、結果がどうあれ。とにかくコンテストに出場して役割を果たしたいと思っているみたいだし。
…………ふむ。結果がどうあれ……か。ならばこうするとしよう。
「ね、姉さまお願いします……明日だけ、明日だけで良いんです……ね、熱も咳ももう平気ですし―――けほっ!」
「だからダーメ。先生とお姉ちゃんの言う事は聞きなさいコマ」
「ですが、今言った通り、明日休むわけには……」
「それに関しては大丈夫だよ。明日の件は、どうか私にどーんと任せて頂戴な」
「……ねえ、さま?」
「……マコちゃん?」
胸をドンっと叩き、大丈夫だ任せろと声高らかに宣言する私。よーし。偶にはお姉ちゃんらしい事、しちゃいましょうかねー。
「あ、あの……大丈夫とは、任せてとはどういう……?」
「んーと。つまりそれって先生たちに話をつけるって事かしら?『妹が出れなくなったから、他の人を代打で出してください』って感じで。まあ、それが一番無難よねー」
「だ、ダメですよそんなの……ごほ、ごほっ!そんな、急に……赤の他人に代理なんて立てられるわけが……今回のスピーチ、かなり難しい内容ですし……」
「うん知ってる。コマの練習ずっと見てたから、難易度高いスピーチを要求されるって知ってるよ私」
「だったら……!」
分かってるよコマ。だからこそ、お姉ちゃんに任せて欲しいんだよ。
「大丈夫。私がコマの代わりになるよ」
「「……え?」」
「いや、ちょっと違うね。ここはこう言うべきか。私が寸分違わず―――コマを演じてみせるから」
「「…………え?」」
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