ダメ姉は、妹を演じる(中編)
~SIDE:マコ~
『―――マコとコマちゃんって、双子の割にあんまし似てないよね』
以前、私はクラスメイトたちとこんな会話をしたことがある。
『え?そ、そうかな?性格は確かに正反対なのは認めるけど……容姿は割と似てないかな?一応私とコマって一卵性双生児なんだけど……』
『似てない似てない。そりゃ顔はまあまあ似てる気はするけど……それ以外は全然似てないよ』
『だよねー。だってコマちゃんは誰もが羨むサラサラなストレートヘアーじゃない。んでもってマコは手入れ何て一切してない見るに堪えないぼっさぼさな伸ばしっぱって感じでさ』
『妹の方は背も高くてすらっとしててスタイル抜群。対して立花の場合はちっこくて胸に駄肉背負ったぽっちゃり系。一目で見分け付くよな』
『む、むむむ……確かにコマのようなパーフェクト容姿と私の残念ダメ容姿とじゃ、比較するのもおこがましい……月と鼈だけど……似てないかなぁ?』
『似てないね。ま、例え髪を整えたり、胸と身長。あと言葉遣いとかをどうにかしても……マコには隠しても隠し切れないダメっぽいオーラがあるから見分けるのなんて余裕だろうけどねー』
『『『アハハ!言えてる言えてるー!』』』
『……ハハハ。キサマら全員、喧嘩売っていると見た』
その時はクラスメイト全員が一丸となって、私に対して失礼極まりない事を宣っていたのだけれども……
◇ ◇ ◇
~クラスメイトたち~
「あ、立花さんおはよう!いやぁ、今日も美人さんだねー」
「あらら?今日のコマちゃん、あのダメ姉と一緒じゃないんだね。珍しい」
「何!?あの厄介なシスコン姑役が居ない!?こ、これはコマさんに告白のチャンスか……!?」
~先輩&後輩たち~
「立花先輩お疲れ様です♪この前は勉強教えてくれてどうもありがとうございました!」
「立花コマ君。先月の助っ人はとても助かったよ。いっそ陸上部に入ってくれると卒業する私としては心残りが無くなって嬉しいのだがね」
「こ、コマさん!きょ、今日のお昼休み……ちょっと二人っきりで話がしたいんだけど良いかな!?」
~先生ズ~
「おはよう立花君。……む?姉の方はどうしたんだ?まさかアイツ……サボりか?」
「立花コマさんごめんなさい。ちょっと今手伝って貰っても良いかしら?」
「立花さんおはよう。今日のスピーチコンテスト、頑張ってね。先生応援してるから」
◇ ◇ ◇
ところがどうした事だろう。ちょっと髪を整えて、胸にさらしを巻き、シークレットインソールを履いて言葉遣いをコマに似せただけでホレこの通り。
あれ程私とコマの見分けがつくとバカにしながら言っていた連中も、コマを慕う先輩後輩たちも、天敵である先生たちでさえも。誰一人として私とコマの入れ替わりに気が付いていないのである。
「ま、ヒメっちでさえ見破れなかったわけだしそれも無理もないよねー」
「……うん。マジ凄いね。全然違和感ない。てか、ホントにあなたはマコなの……?マコを語っているだけで、実は私の目の前にいるのは本物のコマで……私をからかっているってわけじゃないよね?今日エイプリルフールじゃない……よね?」
「あはは。だから私マコだってば。証拠だって更衣室で見せてあげたでしょー?」
「……確かにさっきさらし巻いてたの見せて貰ったからマコだってわかってはいる。いるけど……あまりに違和感なさ過ぎて、目の前のコマがマコだって事実に違和感大……ああ、ダメ……なんかまた混乱してきた……」
このように。成り替わりの協力を得るために事情を説明した親友にさえ、未だに私がコマなのではないかと本気で疑われる始末だもんね。
「……それで。マコは本当にコマとして一日過ごすんだよね?大丈夫なの?」
「まあ何とかなるよ。というか、何とかする。その為にこんな無茶な事をしているわけだし。とりあえず私たちの事を良く知るヒメっちを騙せたんだし、自信もついた。今日一日何とかやり過ごして見せるよ」
本日の私の使命は至って単純。風邪を引いたコマに成り替わり、コマの株を下げることなくコマを演じ切る事だ。……あ、ちなみにこれは余談だけど。その風邪引きのコマは偶々お仕事がお休みだった沙百合さんに土下座でお願いして、今看護兼監視役として看て貰っている。
あの様子だとコマったら『姉さまに無理はさせられません……やはり私が出ます!』と堂々と出陣してきそうだったからね……沙百合さん、妹をよろしくお願いします。
「午前中は通常授業。午後からは市民ホールでスピーチコンテスト。つまり学校にいる間は授業さえ乗り切れば良いって事なわけ。余裕よ余裕」
「……その授業はどうやって乗り切る気?言っちゃ悪いけどマコってかなりおバカな子じゃない。授業中に先生に当てられたらヤバくない?」
「あのね、もうちょいオブラートに包んでくれないかねヒメっちよ……」
そりゃバカなのは事実だけどさぁ……
「それに関しても問題ないよ。ま、泥船に乗った気持ちで見てなってヒメっち」
「……泥船じゃなくて大船、ね。それじゃ沈んじゃうよマコ」
「あれ?そうだっけ?ま、似たようなもんでしょ」
「……不安」
~SIDE:ヒメ~
自信ありげに胸をドンと叩いて泥船に……もとい大船に乗った気持ちで見ていろと言われたものの。流石の私、麻生姫香はとても気が気でなかった。なにせいくら双子で外見はそっくりとは言え、中身は―――頭脳とか能力とかに関してはまるで正反対なマコとコマ。
コマは学年一の成績で、マコは学年ワーストワンの成績だし……もしも授業中に『立花コマさん、ここの問題は分かりますか?』と先生に当てられでもしたら最後。すぐさま入れ替わっている事がバレてしまい兼ねない。
「(……不安しかない)」
そうでなくともマコの事だし期待(?)を裏切らずに絶対何か面白いやらかしをしちゃって、一時間目から即バレしちゃいそうな気がする。
ここは親友だし。普段色々とマコたちにはお世話になりっぱだし……この私がマコをなんとか助けてあげなきゃなるまい。なんてことを考えていたんだけど……
~一時間目:国語~
「えー……それでは立花コマさん。起立をして先生がいいと言う所まで読み、その後でその箇所について現代語訳をしてください」
「はい、わかりました。『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。』」
「そこまで。それでは現代語訳をお願いします」
「はい。えー、『春は明け方がいい。だんだんと白くなっていく山際が、少し明るくなって、紫がかった雲が横に長くかかっているところがいい。』です」
「素晴らしい訳でした、ありがとうございますコマさん。座って大丈夫ですよ」
「はい。失礼します先生」
「……あれ……?」
~二時間目:社会~
「よし。それじゃあ前回の授業の復習をしてみようか。前回の授業から江戸時代に入ったわけだけど……うん、じゃあ立花。江戸幕府成立の流れを簡単でいいから説明してくれないかな?」
「わかりました。まず1600年。東軍、徳川家康が西軍、石田三成に勝利します。これがかの有名な関ケ原の戦いです。そして1603年、徳川家康が征夷大将軍に任命され江戸幕府を開くことになります」
「その通り。実にわかりやすい説明だったぞ立花」
「ありがとうございます先生」
「……お、おぉ?……」
~三・四時間目:家庭科(調理実習)~
「凄いですね立花さん!キャベツの千切りがこんなに早く、綺麗に出来る人初めてみましたよ!」
「な、なんかまだ調理中だけど……コマさんの班の鍋からすでに食欲そそる良い香りがするね……」
「すっごい手際良いね。なんか料理のプロって感じだ!」
「ふふ……ありがとうございます皆さま。これでも私、料理上手なマコ姉さまやヒメさまに日々鍛えられていますからね」
「…………」
◇ ◇ ◇
「―――納得いかない」
「へ?」
「……どういうことなのマコ?」
「え、ええっと……何がかなヒメっち?」
自分の想像に反したマコの行動に対して、ポツリと不満を漏らす私。
「……いくらコマに成りすまそうともマコはマコ。私、マコなら絶対何か大ポカやらかすって思ってた。ボロが出て、慌てふためいて、致命的なミスをやらかすハズと思ってた。なのになんで普通にコマとして……完璧超人な才女として振舞えてるの?」
「い、いやなんでって言われても……てか何をヒメっち怒ってんのさ……?」
「……なんとかしてマコのフォローしてあげようと息巻いてた私がばかみたいじゃない。正直一時間目の国語で当てられた時『ああ、これマコ終わったな』って思ってたのに……なんで何事もなかったみたいに自力で切り抜けられてんの?やっぱホントはコマなんじゃないのあなた……?」
「だから私、マコだってば……」
こちとらマコが先生に指名される度に心臓が掴まされるような気分を味わっていたというのに、どういうわけか難なくコマとして授業に参加出来ているマコ。外見や立ち居振る舞いを成りきることはまだしも……なんなの?キミ、アホの子じゃなかったの?いつからそんなに勉強できる系の女になったの?私の知っているマコはどこいった……
そんな訝し気な私の視線を受け、マコは説明を始める。
「だって今日の午前の授業は国語と社会、それに二時間使っての家庭科の調理実習でしょ。家庭科……しかも調理実習に関しては言わずもがな。私の唯一の得意教科だから目を瞑っていても切り抜けるし、国語と社会はほとんど当てられる事は無いからそう心配する事は無い。……まあ、今日はどっちも運悪く当てられてしまったわけだけど……」
「……その割にはおすまし顔のまま余裕で対処できてたじゃないの。一体どんな秘策で乗り切ったのさ」
それが不思議でたまらない。そんな私の疑念にどうという事はないといった表情で答えを告げるマコ。
「秘策も何もないよ。単純明快」
「……というと?」
「休み時間のうちに教科書とコマから拝借したノートを丸暗記して、どんな問題当てられても対処できるように一言一句を頭の中に詰め込んでおいただけだよ」
「…………は?」
なんかとんでもない事言いだしたぞこの娘……
「…………丸暗記?」
「丸暗記。コマの教科書とコマのノートを舐めまわすように隅から隅まで読んで、全部覚えた」
「…………休み時間のうちに?」
「休み時間のうちに。まあ私の脳の容量的に、覚えても一時間も記憶は持たないけど……それだけあれば十分授業はやり過ごせるし問題ないよね。いやぁ、鬼門の数学や体育が今日の授業に無かったのは幸運だったよ。この二科目ばかりはただの暗記やコマのモノマネだけじゃどうしようもないもんねー」
朗らかに『助かったー♡』とか宣う目の前の親友に唖然とする。そりゃ確かに単純明快だけどさ、自分が今凄い事言ってるってわかってるのかな……?全部覚えたって……
「…………ドン引き」
「えっ!?何で引く!?引く要素あったっけ!?……あ、ああいや違うんだよヒメっち!コマの教科書とコマのノートを舐めまわすように、とは言ったけどホントにコマの教科書とノートを舐め舐めしたりはして無いからね!?流石にそこまで変態じゃないからね私!?」
私が引いている理由を別の意味として捉えたようで慌てて弁解するマコ。……そうじゃなくてだね。普通そんな短時間で完璧に教科書ノートを一言一句簡単に覚えられるもんじゃないと思うんだよ私……
「……ねえマコ」
「何かねヒメっち?」
「……なんでその異常なまでの暗記力をさ、普段のテストで活かさないのさ?」
「はい?」
そんな私の問いかけに、マコは首を傾げながらこう答える。
「いやいやいや。コマとかヒメっちならともかく。そんなの無理に決まってるじゃん。たった数十分で教科書の中身全部丸暗記とか、どう考えても無理ゲーでしょ」
「……???その無理ゲー、現に今マコ出来てるよね?」
「ん?そりゃ出来るよ。だって……」
「……だって?」
「自分の為にやるんじゃなくて―――コマの為にやっているんだもの」
「…………」
「コマの為なら私、教科書一冊くらい死ぬ気で覚えるし、覚えられるに決まってるじゃないの」
……とても澄んだ瞳でそう言い切るマコ。私、絶句。凄いを通り越して、ちょっと怖い。親友の妹LOVEが、ちょっと怖い。
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