ダメ姉は、妹を酔わせる(後編)
「―――ウイスキーボンボン、ですか?それはまた珍しいお菓子ですね。私、今まで食べた事ないですよ。というよりも見るのも初めてです」
「あ、コマも?実は私もなんだー♪」
編集さんにお土産として送って貰ったのは……ちょっと大人なスイーツのウイスキーボンボン。夕食後リビングでいつものようにコマと談笑していた私は、話しの切りの良いところでコマにその送られてきたウイスキーボンボンを見せてあげる。
……さて。
「ふふふ♪なるほど、お酒の形をしたお酒の入ったチョコレートですか……いかにもめい子叔母さまが好きそうなお菓子ですよね」
「だよねー。叔母さんって酒飲みの割に甘いものもイケる口だし、これも好物だったりするかもね。私たちより叔母さん向けのお土産っぽいよねー」
コマに私の企みがバレないように、まずは普通にお喋りを続ける私。
「綺麗な包み紙に包まれていてお洒落ですし、食べずに小物として置いておくのも悪くないかもですね」
「あはは。ダメだよコマ、一応食べ物なんだし食べないままなんて勿体ないじゃないの」
コマと微笑ましい会話を行いながら、私はこれから行う作戦を頭の中で復唱していた。そうだ、私がコマを押し倒す……とびっきりの作戦を。
……めい子叔母さんは言った。
『ホント変態の癖に肝心なところでヘタレるよなぁお前』
……と。悔しいけれどそれは事実だ。この私は、いざ本番になるとヘタレてしまう残念姉だ……
『そんなん勢いでヤっちまえばいいだろうに』
叔母さんはこうも言った。……確かに、本能に任せ勢いでヤったら……私でもコマをリードできるかもしれない。コマを攻める事が出来るかもしれない。
だがしかし。前述の通り私はヘタレ。おまけに妹の事が大好きで、大好き過ぎて大事な妹を押し倒すことに躊躇してしまうシスコンだ。多分通常の私なら、ギリギリのところでまたヘタレるのがオチだろう。
「(だからこそ……このウイスキーボンボンに賭ける……ッ!)」
ウイスキーボンボンと言えば、ご存知子どもでも食べられるお酒の入ったお菓子。そうだ、子どもでも食べられるけれど、お酒の入ったお菓子なのである……!
そしてお酒には人を酔わせ理性を飛ばし、性欲を高める効果がある。
「(そう……これを使って、私はコマを……押し倒す!)」
ああ、誤解しないで欲しいのだが。流石にウイスキーボンボンでコマを酔い潰してから寝込みを襲う―――的な外道な事は考えていないので安心して欲しい。あくまでウイスキーボンボンは機会ときっかけを掴むための補助道具に過ぎない。
作戦はこうだ。まずコマと二人でウイスキーボンボンを普通に食べる。『これおいしいね!』『いくらでも食べられそうだ!』『ほらほら!たくさんあるしコマも遠慮せずに!』とか言って私が調子に乗って(勿論調子に乗った振りだけど)ウイスキーボンボンをどんどん食べてコマにも食べさせて、次第にお互いほろ酔い状態になる。
そしてその状態のまま、アルコールに酔い理性のタガを外して―――そして酔った勢いのまま、酔いが回り動きの鈍ったコマを抱く!攻める!押し倒す!そして脱ヘタレを目指すのである!!!
…………アルコールの力借りる前提で作戦立ててる時点でヘタレだろうって?それは触れないで欲しい。と、とにかく『ウイスキーボンボン美味しく食べてコマも美味しく押し倒そう作戦』……本番開始だ!
「ね、ねえコマ?せっかく編集さんがわざわざ送ってくれたわけだし……今から一緒にデザートとしてこれ食べない?」
「え?これを、ですか?」
内心ドキドキビクビクしながらコマにウイスキーボンボンを勧める私。
「い、いやあの……ほ、ホラ!料理を日々研究している私としては、どんな料理でもお菓子でも一度は味わってみたいなって思っているわけで!で、でも……子供でも食べてOKとはいえ初めてお酒を飲む―――と言うか食べるわけだし、ちょっと怖くてね。良かったらコマも一緒に食べてくれると嬉しいかなって……」
この作戦の最も重要な事は、コマにもウイスキーボンボンを口にして貰う事。食べて貰わねば話は進まない。
ここでコマに『お酒はまだ私たちには早いですよ』なんて言われたら今回の作戦は全て水の泡になっちゃうけど……さてどうなる……?
「良いですね、私も興味ありますし……一緒に食べちゃいましょうか」
「(っしゃあ!!!)」
心の中でガッツポーズ。これで一番の難関はクリア。あとはウイスキーボンボンを適度に食べて…………そのあとで、コマを美味しく頂くだけだ。
「そんじゃせっかくお酒の形をしたお菓子を食べるわけだし……コマ、乾杯!」
「ふふ、はい姉さま。乾杯です」
包み紙を剥ぎ、中から出てきたチョコレートを手に取って。まるで本当にお酒を飲むように、二人でこつんとそのウイスキーボンボンを打ち付け合い冗談交じりに乾杯の音頭を取ってから……パクリと一口食べてみる。
舌で転がすと普通のチョコレート。だがしかし、一噛みすると中からドロリと苦みのあるお酒が滲み出て口の中に広がってくる。甘さと苦さ、相いれない存在が口の中で混ざり合い……溶け合って。独特だけど嫌いじゃない。大人の深い味わいが楽しめる、とても美味しいものだと素直に思えた。
…………だけど。
「(あ、れ……?)」
おかしい。どういう事だこれは……?確かに美味しい。それは認める。けれども……期待した効果が一向に現れないではないか。
不思議に思ってもう4,5個一気に食べてみる私。だけど……
「(…………酔え、ない?)」
お酒を飲んだことはない。だから酔う感覚が分からなかっただけかと最初は思ったけれど、どうやらそうじゃないらしい。
どれだけ食べても私の身体に変化は無い。身体がポカポカするわけでもなく、頭がクラクラするわけでもなく、食べる前と比べて気分が良くなったわけでもなく。勿論理性や貞操観念がどこかへ飛んで行ったわけでもなく。全く酔っぱらえていないのである。
「(…………作戦、失敗かコレ?)」
よく考えてみればいくらお酒が入っていると言っても、ウイスキーボンボンは子どもでも食べられるように作られているお菓子なわけで。何個食べようとそう易々と酔えるわけがないのでは……?
し、しまった……流石に浅はかな作戦だったか……?
「あ、あはは……独特な味だけど、これ中々美味しいねーコマ」
「……」
作戦失敗を悟り、内心めちゃくちゃ落胆してはいるけれど。コマにそれを勘付かれるのは困る。極力明るい声を出してウイスキーボンボンの感想を言ってみる事に。
「お姉ちゃん、ウイスキーボンボン食べて酔わないかちょっと心配だったけどどうやらいらぬ心配だったみたいだね。これなら安心していっぱい食べられそうだ!」
「……」
「さあコマ!コマも遠慮せずに食べてよ。まだまだいっぱいあるし……」
「……」
「……?あの、コマ?聞いてる?」
「…………」
と、話している途中で自分が一方的にペラペラしているだけで、コマと会話のキャッチボールが出来ていない事に気付く私。あれ?どうしたんだろうコマ?
「コーマ?どうかした?もしかしてウイスキーボンボン美味しくなかったのかな?」
「…………」
「コマ?…………っ!?ちょっ、コマ顔赤っ!?」
反応がない妹の顔を覗き込んだ私は驚愕する。どういうわけか、愛するコマの顔がめちゃくちゃ赤くなっているではないか。
いや、よく見れば顔が赤いだけじゃない。フラフラと頭が左右に揺れていて、目はトロンと焦点が合っていない感じで……明らかに異常なのが素人目からもわかる。
「今すぐ体温計で熱を……いや、悠長に体温なんぞ計ってる場合じゃない。ここは先に救急車呼ぶべきか……!?と、とにかく待っててコマ!すぐお姉ちゃんが何とかして―――」
突然の事に若干パニックになりつつも、大事な妹で最愛の人の為にすぐさま行動に出る私。とりあえず119番で救急に連絡を……!
スパーンッ!
「…………へ?」
立ち上がり、固定電話機を置いている廊下まで走ろうとした直後だった。どういうわけか軽い膝への衝撃と共に、突如として私の両足が地面から離れ私の身体が宙を浮く。
「~~~~~!?お、落ち―――」
一瞬の浮遊感。そして直後襲う落下感。天井を仰いだまま、床へと自由落下する私。な、何……?なに、いきなりなんなのぉおおおおおおお……!?
ポスッ
「……あれ?痛く、ない?」
落下の衝撃を堪えようと目を瞑った私。だけど、覚悟していた落下の衝撃も痛みも一切なく。私は何かに……いや、誰かに支えて貰っていた。
「…………」
「あ……こ、コマ……」
恐る恐る目を開けてみると、私の身体はコマにお姫様抱っこで支えられていた。床に落ちる前にコマが私をキャッチしてくれたらしい。た、助かった……
「あ、ありがとねコマ。助かったよ。いやぁ、なんかお姉ちゃんいきなり転んじゃって……」
「…………(スタスタスタ)」
「……?あの、コマ?もう大丈夫だから降ろしてくれないかな?お姉ちゃん、今からコマの為に救急車を呼ばないと……」
「…………(スタスタスタ)」
「こ、コマ?立花コマさーん?聞いてる?お姉ちゃんの声届いてる?」
恥ずかしいし、何より様子のおかしいコマにこれ以上お姫様抱っこなんて無理はさせられない。そう思い降ろして貰えるように頼む私。
だけどコマは私の話など全く聞いていない様子で……私を抱っこしたままリビングを出て二階へと上がろうとする。
「(…………ん、んん?ひょっとして今の……コマか?膝カックンの要領で足払いされて……んでもって、こうなったのか?)」
この家には私とコマしか今はいないし……あの膝への衝撃は人為的なものだった気がする。なら……コマがやったとしか考えられない。困惑しつつも冷静に分析する私。
「(……でも、なぜに?)」
コマに何をされたのかは分かった。だが……どうしてコマがこういう事をしているのかが全くわからん……
コマの腕の中で疑問符をいっぱい飛ばす私をよそに、コマは悠々と二階の自室……コマのお部屋まで私を運ぶ。部屋まで辿り着くと、問答無用で私をベッドにポーンと放り投げた。
「わわっ……も、もー!コマどうしたのさ一体?」
「…………」
「何か言ってよー!お姉ちゃんビックリしちゃうでしょー?」
「…………」
「ね、ねぇコマ……ホントどうしたの……?」
身体を起こして不満交じりにコマに問いかける私。けれどもやっぱりコマは無言のままだった。心配になり、もう一度顔色を確認しようとコマの顔を覗き込むと。
「…………(じゅるり)」
「ヒッ!?」
目付きは鋭く、そしてギラギラと光っていて。口元は獲物を見つけた捕食者のように舌なめずり。漏れ出す艶めかしく吐息は興奮を―――いや、明らかに発情しきって。普段の優しい雰囲気と打って変わって妖艶な笑みを浮かべたコマが、私を見つめていた。私を……狙っていた。
本能にヤバいぞと告げられて思わず後ずさりしようとしたけれど、コマは素早い動きで馬乗りになり、私の両手を簡単に塞いで……
「あ、あのあの……こ、コマさんや?ひょっとしなくても貴女……」
「…………イタダキマス」
「酔っていらっしゃ―――ひ、ひゃぁあああああああんん!!!?」
……普段は私の体調やムードなどを考えて、リードしつつもある程度自重をしてくれていたらしいコマは……お酒に酔うとそれはそれは凄かった。何をされたのか私の口から言うのは憚れるけど……とにかく死ぬほど恥ずかしい事をいっぱいされた…………それと、死ぬほどきもちいいこといっぱいされた……
あとになって分かった事だが。この私、立花マコは……どうやら体質的にめい子叔母さんに似ていたらしく。お酒にめっぽう強い―――というか強すぎるタイプだった。ザルを越えたワクでウワバミ。どんな酒でもイける、どれだけ飲もうと酔い潰れない……のちに叔母さん以上の酒豪となる。
逆に妹であり最愛の人、立花コマは……あの母さんに体質が似ていたらしく。お酒にめちゃくちゃ弱い下戸―――というよりほんのちょっとのお酒でも、飲んだらたちまち理性のリミッターが外れるタイプだったらしい。
要するに。ミイラ取りがミイラになったというわけで。……この日私はイき過ぎて失神してしまう寸前に、こう誓った。これからは、何があっても絶対コマにお酒は飲ませないぞ……と。
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