第102話 ダメ姉は、タイミングを外される

 ……私の大好きなマコ姉さまが叶井さまの告白のお返事をしたあの日。ええそうです。マコ姉さまのトラウマ話をこの愚かな私が盗み聞いてしまった、10月のあの日の事です。


『自分が原因で、知らず知らずのうちに姉さまを精神的にも肉体的にも長い間苦しめ続けていた』


 その事実を知ってしまった私は、当初の覗きの目的―――マコ姉さまと姉さまに告白した叶井さまがどのような関係になったのか―――を確認する前に、逃げるようにその場を離れました。

 急ぎ家路へつきながら、私は自分自身のあまりの鞭さ、軽率さ、愚かさを……これ以上ないくらい呪います。


 知らなかったとはいえ、知らなかったでは済まされない程に最愛の姉さまに辛く苦しい思いをさせていた。地獄のような日々を6年もの間過ごさせてしまった。穢れなど知らぬ純真で無垢な姉さまを卑屈な性格に変えてしまった。

 あまつさえ、その姉さまの卑屈さを利用し『卑屈な発言をすれば罰ゲーム』などと自分勝手に強引に姉さまと約束させ……己の欲求を満たすための材料にしていた。


 穴があったら入りたい……いえ、穴があったらそこを墓標にして死んでしまいたい。なんと姉さまに謝罪をすればいいのでしょうか?何をすれば姉さまは赦してくださるのでしょうか?こんな愚かな私に、赦される資格などあるのでしょうか……?これから私はどうやって姉さまと接していくべきなのでしょうか……?


 胸の内に黒く淀んだ感情が溢れます。痛恨、懺悔、後悔と自己嫌悪に押しつぶされて、私は頭がおかしくなってしまいそうになりました。


 …………そんな折でした。まるで示し合わせたようなタイミングで……私と姉さまの母親から一通の手紙が届いたのは。



 ~SIDE:マコ~



 昼食が済んだあともこの私、ダメ姉こと立花マコとラブリーエンジェルシスターである立花コマは大いにデートを楽しんだ。

 例えば……



 ―――公園―――


 作り過ぎたかもと不安だった私の手作りお昼ご飯も、コマはデザートまで完食してくれて……食後は仲良くお喋りしたり、ひと気が無いのを良い事に二人で鼻歌を思うがまま気ままに歌ったり。


 ―――ゲームセンター―――


 ユーフォ―キャッチャーやダンスゲームを共に遊び尽くしたり、『以前デートした時のような二人のデートの証が欲しい』とコマに請われてプリクラを(何百枚も)撮ったり。


 ―――アクセサリーショップ―――


 『コマにはこういうアクセサリーが似合う』『姉さまにはこっちのアクセサリーが似合いますよ』と互いにアクセサリーを付け合いっこして褒め合戦をしたり……


 と、まあそんな感じで辺りが暗くなるまで全力でデートを楽しんだのである。


「―――すっごく楽しかったです姉さまっ!今日は本当にありがとうございました!」

「いやいや。お礼を言うのはこっちだよコマ。今日はデートに付き合ってくれてホントにありがとねー。お姉ちゃんも超楽しかったよー♪」


 満面の笑みを浮かべて私の手を取りお礼を言ってくれるコマ。私企画のこのデート、どうなる事かと期待半分不安半分だったけど……概ね上手くいったみたいで何よりだ。最近のコマは何やらちょっぴり落ち込み気味だっただけに、久々にコマの素敵な笑顔がいっぱい見れてお姉ちゃん幸せよコマ。


「ではそろそろ家に帰りましょうか姉さま」

「えっ!?も、もう帰るの!?」


 もう心残りは無いと言わんばかりに、私の手を引いてさっさか帰り道を歩こうとするコマを慌てて引き留める私。ちょ、ちょっと待って欲しいコマ。私的にはこれからが本番なんだよ……!


「……?ええ帰りましょう。もうかなり暗くなりましたし遅い時間ですし、叔母さまも心配されているでしょうからね」

「い、いやー……それに関しては大丈夫だと思うよ」


 何せあの叔母さんなら心配するどころか『え?なに?オメーらデートなのにもう帰って来たの?うっわ……つまんねぇなこのヘタレ共め。朝帰りくらいしろよなー』くらいは言いそうだし。


「叔母さんは置いておくとして。ねえコマ。もしコマさえ良ければさ……ちょっと寄り道していかないかな?」

「え?寄り道……ですか?今から?」

「そうそう、今から寄り道。……その……だ、ダメ?」

「…………いいえ。ダメなハズないですよ。折角の姉さまとの貴重なデートですし、最後までどうか楽しませてください」

「う、うん。任せてね。素敵な場所に案内してあげる。最後まで……楽しませてあげるからね……」


 私の精一杯の上目遣いなおねだりにコマは快くOKしてくれる。そんなコマに心の奥で感謝をしつつ拳を握り自分を奮い立たせる私。

 ……さてと。気合入れていきましょうかね。



 ~マコ&コマ移動中~



「―――いやぁ、ゴメンね歩かせちゃって。着いたよコマ」

「……?え、ええっと……姉さま?」


 帰り道から少しルートを外れ、コマの手を引いて歩くこと数十分。私たちが辿り着いたのは近所の河原だった。


「…………あの、申し訳ございません姉さま。着いたという事は……ここが姉さまのいう素敵な場所……なのですよね?」

「うむす。そだよー」

「私の目には特に変わったところは無いように見えますが……ここで何かあるのでしょうか?」


 目的地に着いたことをコマに知らせると、意外そうな表情を見せるコマ。『素敵な場所に案内する』と宣言した手前、立ち寄ったこの場所はコマの言う通り何の変哲もないところで拍子抜けされるのもまあ無理は無いだろうね。


「うん。まあちょっとお待ちよコマちゃんや。そうだね……あと30秒くらい待って」

「さ、30秒ですか?は、はぁ……」


 腕時計で時間を確認。うむす、中々グッドなお時間だ。愛らしく頭の上にハテナマークを乗っけているコマを横目に、私はカウントダウン開始。30……20……10……


「さん、にー、いち……ゼロ!」

「…………え」


 そしてその私のカウントダウンがゼロを迎えた瞬間。それは突如として起こった。

 眩い光が辺り一面を照らし、薄暗い夕闇を払ったのである。


「こ、これは……一体……?」

「えへへー♪どうどう?ビックリした?こんな時間までお外にいる事ってあんまりないからコマが知らなかったのも無理ないけどね。この時期、この時間になるとここら辺一体ってライトアップされるんだよ」

「そう、だったんですか……なんと鮮やかな……」


 驚きながらも目を輝かせるコマに説明してあげる私。尤も、かくいう私も教えられるまではこの事は知らなかったんだけどね。……ん?誰から聞いたのかって?


『え、え?コマさんと……デート…………で、ででで……デートですかッ!?しかもデート後に告白!?告白ですと!?ま、マコさんがとうとう覚悟をお決めに……!?そ、それでしたらマコさん!デートの最後にこの場所へ行くのはどうでしょうか!?雰囲気もあって告白場所にもピッタリなんですよ!』


 数日前、偶々叔母さんとの打ち合わせで家に来ていた編集さんに軽い気持ちで『実は今度コマとデートするんです。ついでにその時コマに告白するんですよ。編集さん、この近くでなんかデートに良さげなとこってないですかねー』って相談して正解だった……編集さんマジでありがとうございます……!


「綺麗です!素敵です姉さま!すごいすごい!」

「でしょでしょー。喜んでくれて良かったよ。サプライズ大成功だね」


 寒々としていたこの殺風景な河原は、一転色鮮やかな灯りに照らし出されてパーティ会場のように華やかに煌く。そのギャップがまた心惹かれる感じ。ピカピカ点滅するイルミネーションは、デートの締めに相応しい素晴らしい夜景を私とコマに提供してくる。

 普段クールビューティーなコマもこの夜景を相当気に入ってくれたご様子。私の手を握ったまま子どものようにぴょんぴょんと飛び跳ね喜んでくれる。そんなコマを見ていたら何だかほっこりしちゃってつい見惚れてしま―――って、いかんいかん。本来の目的忘れちゃダメだろ私……


「あー……コホン。サプライズついでに……コマ、はいコレどーぞ」

「……え?これは……?」

「まあ、とりあえず開けてみてよコマ」

「あ、はいです」


 気を取り直してバックからある物を取り出してコマに手渡す。それを手に取ると私に言われた通り包装を丁寧に解くコマ。


「……ブローチ?」


 中から出てきたのは……この日のために私が用意しておいたユリの花を模した白いブローチだった。


「これ……コマに似合うかなって思ってね。えーっとその何と言うか……きょ、今日私とのデートに付き合ってくれたお礼的なプレゼント的なアレでさ」

「ね、姉さまからのプレゼント……ですか……!?」

「う、うんまあ一応ね。それでさ……コマさえ良ければこれ、貰ってくれるかな」

「はい、喜んで……ッ!ね、姉さまからの……姉さまからのプレゼント……!」


 プレゼントという言葉に頬を紅潮させるコマ。早速胸元に付けて手鏡を見て頬を弛ませて喜びを表現してくれる。


「このブローチ、ずっと大事にしますね姉さま。毎日付けますし毎日お手入れしますから」

「あはは!大げさだよコマ。でもまあ喜んでもらえて何よりだ」

「見れば見るほど綺麗ですね。これ、すっごく精巧な作りですよね。もしかして先ほど入ったアクセサリーショップでご購入されたのですか?お高かったでしょう?」

「へ?…………あ、いやゴメンよコマ。これは私の手作りで……」

「…………ふぇ?」


 私のそんな一言にフリーズするコマ。あれ?何か私、マズい事言ったかなコレ……?


「てづくり……手作り?姉さまの……手作り?」

「うむす。正真正銘ミーのお手製ですよー。…………あ、いや勿論素材とか(中に入ってるコマには)は手作りじゃないけどね」

「…………(ブツブツブツブツ)こ、このブローチを……こんなに素敵なブローチを……マコ姉さまが……マコ姉さまが私の為に手作り……」

「あの……コマ?どしたの?」


 私の手作りと分かってから、ぷるぷると震えが止まらないコマさん。ひょっとして……お、怒ってる?私が作ったって事が気に入らないのかな……?


「そ、その……コマ。気に入らないなら捨てちゃっても……」

「…………姉さま」

「は、はいっ!」

「…………これ、大事にします」

「あ、そう?それは良かった―――」

「何があろうとこれから先毎日肌身離さず大事に身につけます。一生大事にします。これを姉さまだと思って大事にします。他の何よりも……自分の命よりも大事にしますからね……!」

「い、いや……それそんな大したものじゃないから……お願いだから命大事にしてね……」


 何処まで本気か分からないけど、コマは真剣な顔で胸に付けたブローチを愛おし気に撫でながらちょっと過激な事を宣言する。ある意味でも兼ねてプレゼントしたのに、こんな物をコマの命より大事にされたら本末転倒だよ……

 ……ま、そんな風にコマが大事にしたいって思える程にプレゼントが嬉しかったって証明みたいで私も嬉しいけどね。花が咲いたような満開の笑顔を向けられて、私まで笑顔になってしまう。


「……姉さま」

「ん?なぁにコマ」

「ありがとうございます。本当にありがとうございます姉さま。これ程までに見事な夜景、そして素敵なプレゼント……どちらもいくら感謝してもしたりませんよ。私、今日のデートを一生忘れませんからね」

「そ、そっか!それは良かった!」


 頬を更に赤く染め、幸せ絶頂と言った具合に目をとろんとさせながら何度目かわからないほど感謝の言葉を口に出すコマ。

 ……この素晴らしき夜景と心を込めた贈り物のコンボ……どうやら私が考えていた以上に効果があったらしい。私とコマの間に甘くとろけるような空気が流れてきた。


「(…………ここだ。告白するなら……今ここしかない……!)」


 その空気を感じ取った瞬間、直感的に今が告白すべきベストなタイミングだと理解した私。夜景のロマンティックさと心を籠めて作ったプレゼント攻撃のコンボにより、現在のコマの心はかなり無防備のハズ。ここで畳みかけるように告白すれば、きっと―――


「あ、あのさコマ!」

「……?はい、何でしょうか姉さま」

「え、ええっと……あの、その……さ。私……実はコマにずっと言いたかったことがあったの」

「…………(ビクッ)」


 決意が鈍らぬうちにそう切り出す私。


「い、言いたかった事とは……なんでしょうか姉さま……?」

「ぁ……あ、えと……ええっと、ね……」


 その瞬間、先ほどまでの幸せそうな様子とは打って変わって何故だかコマの表情は強張り……冷や汗を流しつつ私を見つめて聞く体勢に。そんなコマを見ていると自然とこっちまで強張ってしまう。

 手のひらに、額に、背中に冷や汗が出てくるのがわかる。頬に熱を感じ、鏡を見るまでも無く顔が真っ赤になっているのがわかる。ドキドキバクバクと胸の鼓動が高鳴って、心臓が口から飛び出しちゃいそうなくらい緊張しているのがわかる……


「(だ、ダメだ……頑張れ私、弱気にだけは絶対なるな)」


 恐れるな。告白する事がゴールじゃあないだろ。それがどんな結果であっても……告白してからが私とコマにとっての対等な関係になれる、スタートラインに立てるってもんだろうが。だったらこんな場所で途惑ってる暇などありはしない。


「あ、あのね!コマッ!私、ずっと前から……ずっとコマに言いたくて、けれどどうしても言えなかった事があるの!」

「……言いたくて、でも言えなかった事」

「お姉ちゃんって、ヘタレだから。すーぐ何かにつけて逃げちゃうダメ人間だから……ずっと言えなかったんだ。でも……でもね。ついこの間このままじゃ私にとってもコマにとっても良くないって分かって……だ、だから今日言う、今言うね!」

「…………は、い。言って……ください。私に遠慮なんて……無用です。姉さまの思いの丈、全部受けとめる覚悟は……出来てます」

「ありがとう。じゃ、じゃあ言わせて貰います……!」


 一度だけ、掃除機みたいに大きく息を吸い込んで……そして身体の中のすべての空気を吐き出すように深呼吸。

 …………うっし。覚悟完了。自分自身を今世紀最大に鼓舞して、自分の想いを告白する……行けるか?うん、行ける。行け私……!


「ずっと言えなかったんけど、私……私、コマの事が―――」



 PRRRR! PRRRR! PRRRR!



「「……」」


 最悪のタイミングでまるで狙っていたかのように鳴り響くコマの携帯。び、ビックリした……

 い、いかんいかん。電話なんかに気を取られるな私。電話なら無視しておけばそのうち切れるだろうし、今はコマへの告白が最優先。


「……コホン。わ、私……コマの事が……」



 PRRRR! PRRRR! PRRRR!



「……こまの……事が……」



 PRRRR! PRRRR! PRRRR!



「…………こ、こまの……こまの……」



 PRRRR! PRRRR! PRRRR!



「「…………」」


 コマの携帯から発せられる、決して鳴り止まぬ大音量の呼び出し音。二人の間に流れていた甘い空気が、気まずい空気へと一瞬で早変わり……


「…………こま。こまのけーたい、なってるよ……」

「は、はい。すみません姉さま……その、火急の用事かもしれないので……出ても、宜しいでしょうか……」

「…………ドウゾ」

「ほ、本当にすみません!一旦出て……す、すぐに折り返し連絡をして貰えるように頼みますので……」

「…………いや、もう……色々と疲れたし今日はいいです……それよりコマ、はやく電話に出てあげてね……」

「はいです……姉さま。また別の機会に姉さまのお話を聞かせていただくので……本日は申し訳ございません……で、電話に出ますね……」

「…………イーヨー」

「ありがとうございます……で、ではちょっと失礼して―――(ピッ!)も、もしもし……ええそうです、コマです」


 一言私に謝ってから、慌てて物陰に隠れながらずっと鳴りっぱなしだった携帯に出るコマ。一方告白する絶好の機会を見事に逃した私は、項垂れながら一人涙を堪える。

 ……恐らく。少なくとも今日この場でもう一度コマに告白は出来ないだろう。もうそんな雰囲気じゃないって事くらい、空気読めないダメ人間の私でも察せられる……


 おのれ……お、おぉのぉれぇ……!?よりにもよって何故このタイミングで電話かよぉ……!?折角の念入りに計画したデートが、プレゼントが……全部水の泡じゃないかよぉ……!?一体どこのどいつだ水を差しやがったバカ野郎は……!?呪うぞ畜生め……


「…………ん?あれ?そういえば……」


 コマとの電話の向こうにいる見知らぬ誰かに恨みつらみを発しながら、ふととある事に気付く私。

 ……普段コマの携帯の呼び出し音は『コマー、電話だよ。コマー、電話だよ』という私の声の入った呼び出し音(ちなみに私の携帯の着信音・メール着信音はコマの声が録音されてるやつ♡)が鳴るハズなのに……今電話してきた奴の電話は普通のシンプルな呼び出し音だったような……?てことは今電話している奴の電話だけ、コマが意図的に普通の呼び出し音にしているって事になるけれど……


「……よっぽど嫌いな奴からの電話、だったりして」


 ……うん、多分嫌な奴だ。きっとそうに違いない。なにせ私とコマのラブラブな雰囲気に横やりを入れてきやがった奴なわけだしね!一体誰かは知らないけど……もし今コマと電話してる奴が現れたら……問答無用でぶん殴ってやろうそうしよう。







「―――(ピッ!)も、もしもし……ええそうです、コマです。大変お待たせしてしまい申し訳ございません…………

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