第101話 ダメ姉は、あーんする

「―――いやぁ、私スワンボートに乗るのは人生初だったけど……めちゃ楽しかったねー♪また一緒に乗ろうねコマ」

「……は、はいです姉さま。私もとても楽しかったですし、また一緒に乗りたいです…………が」

「が?」

「……もしも仮に……次に二人で一緒に乗る機会があったとしても、スワンボート内での味覚戻しの口づけはもうこれっきりにしましょうね……」

「え、えぇー!?な、なんでさコマ?誰にも見られずに屋外でムードのあるちゅーが出来る、絶好の場所だったでしょ?」


 スワンボートの中でコマの唇を半ば強引に奪い、コマの味覚を戻すキスを交わした私立花マコ。


「そ、それについては同意しますが……でも、ダメです絶対」

「むぅ……ダメって何故に?」

「だ、だって……」

「だって?」

「…………(ごにょごにょ)今回は何とか抑えられましたが……もしも次に姉さまに先ほどのような情熱的な事をされたら……抑えられずに姉さまをめちゃくちゃに……」

「……?ゴメンよコマ、今何て?」

「…………ナンデモ、ナイデス。ともかくお願いです姉さま。これからも清い身体でいたいなら、ご自身の貞操を守りたいならば……軽率に私にキスとかしないでくださいませ」

「き、キヨイ?テイソウ?ええっと…………ま、まあいっか。よくわかんないけどコマが本気で嫌だと思うなら止めるよ。……んじゃお腹具合的にも今ちょうどいい時間だし、そろそろお昼にしよっかコマ」


 ボート返却時間ギリギリまでは湖の上でキスして手を繋いで他愛のないお話に花を咲かせて。そしてボートを乗り場の係員さんに返却したすぐ後に、私はお昼にしようとコマに提案する。

 今私とコマはデートをしているわけだし、今すぐお昼にするよりも本来ならもう少しボート内でのイチャイチャの余韻に浸るべきところだろうけど……あんまりのんびりもしていられない。だってコマの味覚が失われる前にご飯にしておきたいし、それに何よりコマをお腹空かせたままにするのは忍びないもんね。


「あ、はいです姉さま。私もお腹ペコペコですし、是非ともそうしましょう」

「おっ!それは良かった。よーし、なら早速準備しちゃおうね。コマ、悪いんだけどレジャーシートを敷くの手伝ってもらってもいいかな?」

「勿論いいですとも。では手早く準備いたしましょうか」


 コマに同意も得たところで。大きな桜の木の下に、持って来ていたレジャーシートを広げてお昼の準備を取り掛かる。


「そーいえばさコマ。確かちょうどこの場所で4月にコマとめい子叔母さんとで花見をしたんだよね」

「え?……ああ、確かにそうでしたね。あの日も本当に楽しかったですよね。今日みたいに出かける前に姉さまと一緒に重箱に盛り付けしたり、姉さまとゆったりお散歩したり、姉さまと叔母さまと私の3人で飲んで食べてお喋りして騒いで……」

「まあ、うるさく騒いでたのは叔母さん一人だったけどネ!」(おうそこの駄姉、オメーもあの時は人の事言えないくらいバカ騒ぎしてただろうが byめい子)


 シートを二人係で敷いた後は、そんな感じで談笑しながら作って来た二人分のお弁当や飲み物をシートの上に広げる。


「うるさい酒飲み叔母さんは今おうちで編集さんと仲良く(婉曲表現)お仕事中だし、今日はお姉ちゃんと二人でのんびりおべんと食べようね。そんじゃコマ、コップ持って。乾杯しよう乾杯」

「……ふふっ、姉さま?それは何に対しての乾杯ですか?」

「そりゃ勿論、今日のデートの成功を願って―――かな」

「なるほどです。では姉さま、いきましょうか」

「「せーの、かんぱーい!」」


 準備が完了したら互いのコップに作って来たジュースを注ぎ合って乾杯の音頭を取る。二人同時にこくんこくんと喉を鳴らして注いだジュースを流し込んだ。ふむ……我ながら結構美味い。


「んっ…………ああ、これ甘酸っぱくてとても私好みの味ですね。美味しいです姉さま」

「おお、そりゃ良かった。まだおかわりはあるし遠慮せずに飲んじゃってね」

「ありがとうございます。これも姉さまの手作りなのですよね?お料理なら何でも作れて、やっぱり凄いです姉さま」

「いやいやいや。手作りっていってもリンゴとレモンと人参を適当な大きさに切ってジューサーにかけるだけだし誰にだって…………いや、前言撤回。料理ダメダメな叔母さんは無理かもしれないけど……まあ、そんな難しくないよ。気に入ったなら今度コマも自分で作ってみると良いんじゃないかな」

「へぇ……それなら料理下手な私でも作れそうですね。帰ったらぜひ作り方を教えてください姉さま」

「うん、任せといてよ。お姉ちゃんが手取足取り腰を取り―――じゃなくて。ともかく一から教えてあげるね」


 しばしお手製のジュースを飲みながらコマとゆったりと会話を楽しむ私。騒がしいめい子叔母さんの前じゃこんなのほほんとした話は出来ないし何だかちょっと新鮮な気分だ。

 だってあの人ジュースなんざ飲まないし、つーか叔母さんが居たらこんな穏やかな時間は過ごせないもんね。


「そうそう叔母さんといえば。4月に花見した時は酷かったよねぇ。あの人見知らぬおじさん達を巻き込んで飲んで歌ってバカ騒ぎしてさー。まったくいい歳しといて恥ずかしいったらありゃしないって感じだったし」

「ふふっ……ですねぇ。でもですね姉さま。私、叔母さまにちょっと憧れているのですよ?」

「ごふっ!?」


 何気なしに叔母さんの話題を出した私だったけれど、いきなりのコマの衝撃発言に思わず飲んでいたジュースをブチ撒けかける。

 え、え゛……!?い、今コマはなんと言った……?確か『叔母さまにちょっと憧れている』とか聞こえたような……?


「あんなダメ叔母に……憧れる……!?ま、待ってコマ……あの叔母さんのどの辺に憧れるような要素があるのでせうか……!?」

「そうですね……あんな風に周りの目を気にせず自由に思い切り騒げるところが憧れます。私も……恥も外聞もかなぐり捨てて、姉さまと一緒に歌ったり踊ったりしてみたいです」

「あ、ああ……なんだそゆことね。安心したよ……」

「……安心?何の話です?」


 ズボラなとことかグータラなとことか汚部屋なとことか……変なところに憧れているのではないかと不安になった私だけど、なんだそういう事かとホッと胸を撫で下ろす。

 ビックリした……叔母さんの悪影響を受けちゃったのかと思ったわ……間違っても、コマが叔母さんのようにならない事を願うよマジで……まあ私ならどんなコマでも愛せる自信はあるけどさぁ……


「なんでもないなんでもない。……ま、そういう話なら大歓迎!折角だしご飯食べ終わったら私たちもカラオケ店に―――いや、いっそここで二人で歌でも歌っちゃう?」

「あら♪それは良いですね。姉さまとデュエット出来るなら喜んでお付き合いしますよ」

「いいねぇいいねぇ!ならすぐにご飯食べて、そんでもって歌っちゃおうか」


 そんな提案をしながら重箱の蓋を開けコマの好物を中心に、作って来た料理をコマの紙皿の上にひょいひょいと移してあげる私。コマもそんな私を真似して、私の紙皿に私の好物をたくさん乗せてくれる。


「重箱に詰めていた時も思いましたが……改めて、姉さまの手料理は本当に美味しそうですね。素晴らしい出来栄えです」

「えー?コマは何を言ってんのさ。美味しそうに見えるのは、コマが綺麗に盛り付けしてくれたからだよ。私がやるよりコマがやった方が映えるんだよねぇ。流石私のコマの美的センス!イカスゥ!」

「いえいえ、私の盛り付けなんて大した意味などありませんよ。元々の姉さまのお料理が美味しそうなだけで」

「いやいや、コマの盛り付けがあったからこそ、この料理が輝きを得ていてだね」

「いいえ姉さまが―――」

「ううんコマが―――」


 そんな謙遜合戦を続ける我ら立花姉妹。互いに決して引かず、互いを必死に褒め合っていたのだけれど……ややあって、どちらもプッと噴き出してしまう。


「ハハハッ!もー……ご飯も食べずに何やってんだろうねー私たち」

「ふふふっ!何と言いましょうか……正直不毛な言い争いですよね」


 二人高らかに笑い合う。双子だからってこういうところまで息を合わせて言い争う必要なんてないだろうに……我が事ながらホント何をやっているのやら。

 叔母さんとかが居たら『なにを外で痴話げんかしてんだオメーら』ってツッコまれるところだっただろうなぁ……


「このままじゃいつまで経ってもご飯にありつけないし、もう食べよっかコマ」

「ですね。では姉さま、手を合わせましょう。せーの」

「「いただきます」」


 乾杯をした時と同じく、今度は手を合わせて二人で一緒に手を合わせ『いただきます』をする私たち。


「やはり想像通り―――いえ、想像以上に美味しいです姉さま。素晴らしいです……」

「ん?そうかな?褒めて貰えるのは嬉しいけど……」

「はい。素晴らしいとしか表現できない自分が情けなくなるくらい美味しいですよ。……ああ、幸せです……もう永遠に……姉さまの手料理を噛みしめていたい……」

「こ、コマ……?」

「…………(もぐもぐもぐもぐ)」


 珍しく勢いよく一心不乱に私の手料理を食べるコマ。私が一口食べ終わる前に、あっという間に自分の紙皿の上の料理を平らげてしまった。


「す、ストップ!ストップだよコマ!そんなに慌てて食べなくても、作り過ぎたくらいには作って来てるし誰もコマの分のご飯は取らないよ……?あまり勢いよく食べたら喉に詰まっちゃうし健康にも悪いからちょいと落ち着こう、ね?」

「……っ!す、すみません姉さま……私ったらなんてはしたない……」


 空になった紙皿に、重箱から新たにおにぎりやおかずを乗せ早くもおかわりしようとするコマを慌てて止めて落ち着くように頼む私。


「どしたのコマ?そんなにお腹空いてたのかな?」

「あ、えっと…………はい。お腹も空いていましたし、姉さまのお料理あまりにも美味しくて……こんなに美味しいお料理を食べているのに、もしもまた味覚がなくなっちゃったら勿体ないと思って……つい我を忘れてしまいまして……すみません」


 そんな料理人冥利に尽きる嬉しい一言を言ってくれるコマにちょっとお姉ちゃん感動。そんなに喜んでもらえたら……早起き(午前3時)して作った甲斐があったってもんだ。


「あはは!そっかそっか。ありがとね。でもゆっくりよく噛んで食べようか。何度も言うけど食べきれないくらい作って来たし、それに味覚が無くなってもすぐお姉ちゃんがいつでもどこでもコマの味覚を戻してあげるから心配しないでよ」

「……は、い。ありがとう、ございます……」

「よしよし、コマは良い子だ。んじゃ……そんな聞き分けの良いコマにはご褒美をあげなきゃね。はいコマ、あーん」

「…………え?」


 わかってくれたところで私はコマに近づいて、自分の紙皿からコマの好物の一つであるきんぴらごぼうを箸で取り……そしてそれを落とさないように気を付けつつコマの口元に運び『あーん』をする。

 そんな私の行動に、コマは意味が分からないといった表情で目を白黒させている。


「あれ?食べないの?きんぴらごぼうってコマの好物だよね?」

「あ……の、あのあの……え?えっ?ね、姉さまこれは……なんです……?」

「んー?何って……だから『あーん』だよ。コマに食べさせてあげようかなって思って」

「たっ、たたた……たべさせ……!?」

「だってこうすればコマの食べる量コントロールできるじゃない?それに何より『あーん』するのってデートっぽいし!」

「それは……そう、ですけど……」


 ま、ちょっと行儀は悪いけど……今日はデートしてるわけだし、寧ろこれはデート中のマナーって事で許してほしい。


「そんなわけで。はいあーん」

「で、でも待ってください姉さま……」

「ほらコマ、あーん」

「いやそのあの……ね、姉さま……?」

「あーん」

「誰かに見られたら……その……姉さまが恥ずかしい思いを……」

「あーんッ!」

「…………あ、あーん……」


 私の執拗な『あーん』に根負けし、顔を真っ赤にして雛鳥のように愛らしい口を開けるコマ。繊細なコマのお口を決して傷つけぬように慎重に舌の上にきんぴらごぼうを乗せると、コマはゆっくり咀嚼する。うん、可愛い。


「どうコマ?おいし?」

「…………そうですね。自分で食べるよりも10割増しに美味しく感じます……」

「ハハッ!10割増しは言い過ぎ言い過ぎ。でも美味しいって思ってくれるなら良かったよ。さ、コマ。次はこれをあーん!」

「は、はひ!ぁ、あーん……です……」


 雛鳥にご飯をあげる親鳥になった気持ちで優しく『あーん』してあげる私。最初は渋っていたコマも(頬をリンゴよりも赤く染めたまま)されるがままに口を開いてくれる。


「ところで……今更だけどさ、コマ。折角のお昼だってのに……私の手作りお弁当でホントに良かったの?」

「…………?と、言いますと?」

「普通デートってさ、雰囲気のあるお洒落な料理店でお洒落なお料理を食べながら甘いひと時を過ごすってものなんでしょ?それなのに……なんでわざわざあんな要求をしてきたのかなってお姉ちゃんちょっと不思議に思っててね」


 『あーん』を続けながら、私はずっと気になっていた事をコマに尋ねてみる。姉として、そしてコマにデートに誘った一人の女として。本日の私とコマのドキドキ☆姉妹デート……企画立案計画実行etc.―――基本的にほぼ全てが私一人でプランニングしたものだったのだけれども。

 実は今日私とデートするに当たって、一つだけコマから条件を付きつけられていた私。その条件とは……


『お昼ご飯は姉さまの手料理が食べたいです』


 ―――というものであった。


「こんなのいつでも作れる家庭料理だし……プロの料理の方が美味しいはずでしょ?どうしてコマは私の手料理何かに拘ったの?」

「……」

「もしかしてコマは私に遠慮してるんじゃないのかな?お金の事なら心配いらないよ。それにこういうデートに相応しいようなお洒落なお店だってピックアップしてるし、コマさえ良ければ今からでもデザート食べにそこに行くのもありだと思うの。以前ヒメっちがヒメっちのお母さんとデートしたって言ってたフランス料理のお店とかすっごく雰囲気良かったらしくて―――」

「―――そんなの、必要ありません」

「え?」


 甲斐性なしな私に気遣ってくれているのかもしれない。お高いお店は敷居が高いと思っているのかもしれない。

 そう判断した私はコマに良いお店を紹介しようとしたけれど……かぶりを入れて静かに私の勧めを拒絶するコマ。


「別に、遠慮しているとかじゃないのです。もし仮に、そういう人目のあるお店に行くことになったら……味覚を戻す口づけをするのが今以上に難しくなってしまい兼ねませんし」

「それは……うん、それはそうだけど。でもやっぱ折角のデートにはそれにふさわしい高級なお料理を食べた方がだね」

「……何よりも。私にとっては……」

「コマにとっては?」

「……私にとっては、この世で一番のご馳走は……。マコ姉さまの手料理さえあれば、他には何も必要ありません。姉さま以外のお料理なんて、今は食べたくありません」

「っ……!」


 コマの素敵に無敵な殺し文句に私の胸はキュンと高鳴る。や、やだ……なんなの?うちの妹、なんでこんな事を素面で言えるの?もしかして計算してる?計算して私をキュン死させようとしてんの?だったら大成功よ……

 だって今お姉ちゃん、動悸がめちゃ激しくなって心臓発作が起こるかと思うくらいドキドキバクバクしてしまっているんだもの……


「そ、そっか!ちょ、ちょっとだけその事が今日は心配だったけど、コマが私ので良いって言ってくれるなら私も超嬉しい!なら遠慮せずにじゃんじゃか食べてね!勿論デザートもちゃんと作って来てるから!」

「は、はいっ!ありがとうございます姉さま」

「じゃ、じゃあコマ!あーん♪」

「あ、あーん♪」


 気恥ずかしさを隠すように、私はコマの口元に別の料理を箸で運んで『あーん』をする。コマも依然顔を真っ赤にしたまま口を開いて『あーん』を受け入れてくれる。


 ……ああ、良い……今すっごく良い感じだ。……正直本日のデートスケジュールにおいてこの昼食タイムが一番不安だったけど……結果的にコマとの仲を更に親密に出来た気がする。

 よ、よぅし……!この勢いで午後からのコマとのデートも頑張って良い雰囲気で乗り切って……そして最高のタイミングで告白しちゃおうじゃないか!頑張れ私、頑張るぞ私ィ!







「…………(ボソッ)ええそうです。姉さま以外の……他人の作った料理なんて、食べたくありません。今は……出来るだけ多く姉さまの手料理を食べて、姉さまの味を覚えておきたいですもの。……だって―――






―――だって……姉さまの手料理を食べる機会は……もう残り少ないでしょうから……」

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