十一月の妹も可愛い(下)

第103話 ダメ姉は、次なる一手を考える

【少し話がしたいです。良かったらそのメモに書かれている電話番号に掛けてください 貴女の母より】


 突然届いた母からの手紙。多分、普通の精神状態でしたら……私も頼れる姉さまか叔母さまに相談していたと思います。ですが……あの日の私は……動揺し、半ば自暴自棄になりかけになっていて。

 姉さまと叔母さまに何も言わず、手紙の指示に従って……その日の夜こっそりとメモに書かれていた番号にかけてしまったのです……


『―――電話をしてくれて嬉しいわ。久しぶりねコマ。元気にしていたかしら』

『……えっと……はい。お久しぶりです母さま。私も、姉さまも……元気です。一応……』

『そう。それは良かったわ。……ああそれと。コマ、貴女……この間陸上の大会で好成績を収めたそうじゃない。遅ればせながらおめでとう』

『……!?なぜ、母さまがそれを知って……!?』


 記憶よりも年老いたように聞こえる数年ぶりに聞いた母の声。その声の懐かしさを感じる間もなく、母は私にそう切り出しました。


『うん、まあ色々ね。今回手紙を送ったのはね、その件も込みで話がしたかったからなのよ』

『……どういう、事ですか?』

『実はねコマ、母さん今度再婚するつもりなのよ』

『…………え?さいこ……え、えっ?再婚という事は……まさか母さま、父さまとは離婚されてたのですか……?』

『今更!?え、嘘!?まさか知らなかったのアンタ……!?あいつとは5年も前に離婚したわ!?めい子は何でそんな大事な事をコマたちに教えてないのよ……!?』


 大事な事と申されましても……知りませんし、正直に申し上げると父や母の事など興味もなかったですし……

 恐らくマコ姉さまも同様に知らないのではないかと……


『ま、まあそれは良いわ。とにかく母さんね、近いうちに再婚するわけなのよ』

『は、はぁ……ええっと。それは……おめでとうございます』

『ありがとコマ。……それでね、ここからが本題なんだけど。ねぇコマ』

『はい』


 一拍おいた母はこう続けます。


『……アンタさ、母さんが再婚したら……一緒に住むつもりはないかしら?』

『…………は、い?』


 それはあまりに唐突で。6年前のあれこれを考えるととても信じられない母の提案。流石の私も耳を疑い言葉を失ってしまいました。


『母さんの再婚相手ね、有名な陸上のコーチなの。この間の大会で、偶然だけどコマの走りを見てくれたそうでね。彼、凄くコマの事を評価していたわ。素晴らしい走りだったって。けれど勿体ないとも言ってたわね。走りに無駄がある、彼女ならもっと速く走れるはずだってさ。この再婚はね、母さんだけじゃなくコマの為にもなると思うの。陸上をやりたいなら、本気でもっと速くなりたいなら……色んな事を教えるってあの人が―――』

『あ、あの……!か、母さま……っ!』


 私の様子など気にも留めずに母は話を続けます。呆気にとられながらも、ふとある事に気付いた私は母さんの長話の腰を折る事に。


『……?何かしらコマ。再婚相手がどんな人か気になるの?爽やかなイケメンさんよ。コマさえ良ければ今度会わせて……』

『そうではなくて。……ね、姉さまは……マコ姉さまはどうなのですか……?母さまが再婚された場合……マコ姉さまも……マコ姉さまも私と一緒に母さまたちと住むのですか……?』

『ぅ……』


 その疑問を口に出すと、饒舌だった母さまは一瞬固まり……そして何故かあたふたとした気配が電話越しに伝わってきました。


『……母さま?』

『い、いや……えっと、えっとね……』

『……』

『マコはその…………元父親の方に引き取って貰う事になっていて……』

『ぇ……』


 その一言に、私は姉さまのカミングアウトを聞いた時と同じく目の前が真っ暗になりかけました。姉さまは……父さまに引き取って貰う……?姉さまとは……一緒じゃない……?一緒に暮らせない……?これから私たちは……離れ離れに……なる……?

 この事は、こんな大事な話は……姉さまもご存知の事なのでしょうか……?知っていて、そして合意されている事なのでしょうか……?


『……まさか』


 そんな事を考えていると、私の脳裏につい先ほどの……姉さまが屋上で吐露したあの話が浮かび上がってきました。


『……うなされて、夢の中で私に助けを呼んでいるコマを見るとね、私もそんなコマにシンクロするように……6年前のあの日を思い出すの。あの日のコマの姿が頭の中でフラッシュバックされるの』


 ……まさか姉さまは……姉さまは母さまの再婚の話をすでに知っていて……そしてその上で私と離れる事を……望んでいるのでは……?

 トラウマになるくらい、私と共に居る事を辛く思っていたならば……この機会に私と縁を切ろうと考えるのはそう不思議でもないですし……


『い、いやその……だ、だってあの子は……マコは(私と)一緒に暮らしたがらないだろうからね……』

『…………一緒に、暮らしたがらない……!?や、やっぱり……!』


 母さまのその言葉で、私の予想は確信に。


『……そうだったのですね……マコ姉さまは……私と一緒に暮らす事を、望んでいないのですね……』

『へ……?あのマコが……コマと一緒に暮らすのを望んでいない……?…………っ!そ、そう!そうなのよ!マコも私たちと一緒にいたくなって思っているみたいなの!』

『そうですか……姉さまは、やはり私の事を負担に思われて……』

『あ、いや……負担には感じてないかもしれないけど……で、でもあの子も妹離れしなきゃいけない時期でしょうし、姉妹離れて暮らした方がきっとマコの為にもなるわ!』

『…………』


 私と離れる事が……姉さまの為に、なる……


『とにかくマコの事は心配しなくて良いわ。元父親あの人は…………マコみたいな子がタイプみたいだし、きっとイロイロと可愛がってくれるはずよ。だからコマは安心して今後の予定とかを考える事だけに専念しなさい。今表示されているこの番号……これがコマの携帯の番号なのよね?何か連絡事項があればこの番号に母さんがかけてあげるからね。とりあえず来月に一度話し合いの場を設けるから、その時に私の再婚相手とご挨拶を―――』


 後半の、母さまの話は全く聞いていませんでいた。……聞こえていませんでした。

 私の頭の中には『姉妹離れて暮らした方がきっとマコの為にもなる』という母さまの声が、ずっと反響していたのだから……



 ~SIDE:マコ~



「―――はぁ……」


 我が最高に最強な素敵実妹立花コマとのデートの翌日。私はそのような素敵な翌日には相応しくない憂鬱なため息を、早朝の教室で盛大に吐いていた。


「……ため息、今ので30回目よ。そろそろ止めてくれないかしらマコ。こっちまで憂鬱な気分になるじゃないの」

「…………へ?あ……カナカナ……」


 そんな私を口では鬱陶しそうに、でも本気で心配してくれているのがわかるとても優し気な声で……隣の席の私の大親友:カナカナがそう告げる。

 30回……いかんいかん。気づかぬうちにそんなにため息漏らしちゃってたのか私……


「何と言うかちょっとダメな顔をしてるわね……一体どうしたのよマコ」

「へ?ど、どうしたのかって……何が?」

「とぼけないの。昨日はコマちゃんとのデートだったハズよね?あんた確か『今回のデートで、コマに告白してくるっ!』ってずっと息巻いてたじゃないの。何があったのよ?」

「あー……いやその……」


 ……どうしよう。カナカナにあんだけ背中押して貰っておいて、『結局昨日も告白出来ませんでした』とは恥ずかしいやら気まずいやらで言えない雰囲気……

 思わず口ごもってしまう私を目にして、カナカナはハッと何やら察したような表情を見せる。マズい、早速勘付かれたか……!?


「そ、そのマコの反応……もしかしなくてもあんた……」

「い、いやその違うんすよカナカナさん!?い、一応いい雰囲気までいったんだけど、予想外の邪魔が入ってそれで―――」

「もしかしなくても……コマちゃんに振られたのね!?そうなんでしょ!?って事は現在進行形で傷心中なのね!?な、なら任せなさいマコ!わ、わたし……わたしがマコの心も―――身体も慰めてあげるから!」

「そのネタはもう良いから。振られてないからね私。あとステイ、ステイだカナカナ。それ以上はRが18な指定を受け兼ねない」


 だから何故振られている前提で話すんだカナカナ……そして、何で心底嬉しそうに手をワキワキさせて私の胸を揉みつつ私を押し倒しかけているんだカナカナ……ここ一応教室だぞ……?


「もー……冗談でも教室で迫るのはやめてよねカナカナ。折角ここ最近先月のコマとカナカナとの私の三角関係の話題が沈静化されかけてたのに……その話題が再熱しかねないじゃないのさ」

「何を言うか。冗談じゃなく私は何時だって本気よマコ。何時だって本気であんたにアタックしているわよわたし」

「なお質が悪いわ!?」


 何とかカナカナを押し止めながらツッコむ私。おかしいなぁ……以前の私とカナカナはボケとツッコミの関係だったのに……ここ最近は立場逆転してないか……?


「で?結局どうしたのよマコ。何か悩み事があるって顔してるけど……昨日のデート、上手くいかなかったの?」

「……いや。デート自体は上手くいったんだけどね……」

「けど何よ」

「……いざコマに告白しようとしたら……最悪のタイミングで邪魔が入って、結局告白出来なくてさ……」

「あらら……何と言うかあんたらしいわね。大事なところで邪魔が入るのって」


 下手にカナカナの前で誤魔化しても無駄だと再認識して正直に昨日の事を報告する事に。


「それに加えて……もう一個悩みが出来ちゃったんだよ……」

「もう一個の悩み?」

「……うん。実は……昨日のデート後でね、コマの様子も更に悪くなっちゃったみたいでね……何かコマ、調子崩しているっぽい……?」

「……え?あんたとのデート後に調子崩したって……あのコマちゃんが……?」

「そうなの。……今朝とか特にひどくてさぁ……」



 ◇ ◇ ◇



『『…………』』

『……ふぅ……』

『(お、おいマコ……どうなってんだコマの奴。なんでおめーとのデートが終わった後の方が調子悪かったここ数日以上に調子悪そうなんだよ……!?あと何で味噌汁をフォークで食ってんだよアイツ……!?)』

『(わ、私に聞かれても困るよ……!き、昨日は大分コマの事連れまわしちゃったし、疲れちゃったのかな……)』

『(ねーよ!あのコマだぞ?マコとの普通の買い物でさえ嬉しさのあまり体力が全快するような女だぞ?デートとかした翌日にゃ、浮かれて宙を舞えるくらいテンション上がっててもおかしくは―――)』

『…………すみません、マコ姉さま。叔母さま……』

『ふぇ!?な、ななな……何かなコマちゃんや?』

『ど、どうかしたかコマ?まだ食事の途中だぞ?』

『……その。今朝は少し体調が悪いので……朝食はこれくらいにしておきます。残りは帰ってちゃんといただきますので……』

『『…………』』



 ◇ ◇ ◇



「―――と、まあそんな感じで。コマったらご飯一口程度しか食べられなかったみたいなんだよ……」

「ま、マコの手料理をあのコマちゃんが一口しか食べずに残すって……相当ね……」


 今の私と同じように、ため息ばかりを吐き出して。私の手料理はほとんど口にしてくれなかったコマ。コマの身に一体何が起こったというのだろうか……

 昨日はあの告白前までは……厳密に言うと告白直前のあの電話がかかってくる前までは、あんなにもコマは楽しそうにしていたっていうのに……あの電話の後から……何といえばいいのか、落ち込んでいる……?辛そうにしている……?とにかくそんな感じなのである。


「朝食だけじゃなく夕食もほとんど食べてなかったし……かなり心配なんだよね。これはもう……正直告白どころの話じゃないというか……」

「(ピクッ)……マコ。あんた何言ってんのよ。まさか……『だからコマに告白するの止めようかと思っている』―――なんてこの前みたいなヘタレ全開な事、言わないでしょうねぇ?」


 その話を聞いて、カナカナは少しムッとした様子で私にそう尋ねてくる。……んんん?告白するのを止めようかと思っていないかですと?

 …………やれやれ。我が親友は一体何を言っているのやら。


「まさか!。こうなりゃ意地でも想いを告げる、伝えてみせる。告白どころの話じゃない―――だからこそ、告白するよ。自分の気持ちを伝えた上で、コマが何を悩んでいるのか、コマの不調の原因は何なのか、コマは一体何を隠しているのか……何が何でも暴いてみせるさ!」

「……へぇ」


 もう何度もカナカナには背中を押して貰っているんだ。これ以上、カナカナの手を煩わせるわけにもいかないだろう。


「うん、それでこそ私が好きになったマコね。まあ頑張りなさい。コマちゃんに振られてもわたしが胸を貸してあげるからさ」

「え……?残念ながらカナカナには貸せるほどの胸が―――」

「うふふ……マーコ♪あんたそれ以上何か言うつもりなら、覚悟できているわよね♡…………今ここで、ブチ犯すわよ……!」

「…………すんません、今のは軽いジョークですハイ」←土下座中


 そんな心温まる(?)親友とのコミュニケーションを図りながら、次なる一手を考えてみる私。

 さーて、どうしたもんかねぇ。昨日のデート……あの電話さえなければかなりイイ感じに事が進んでいたわけだし……デート自体はかなりアリだと思うわけで。


「んーむ……今度は行った事のない遊園地とかにコマを誘ってみるのも良いかも。……ねぇカナカナ?この近くに遊園地とかどっかにあるっけ?」←土下座中

「遊園地?そうねぇ……5駅くらい先に今度テーマパークがオープンするって聞いたことがあるわよ」

「おぉ!そりゃ良い事聞いた。帰ってそのテーマパークについて早速調べてみるかな。あと他にデートに合いそうな場所は……」←土下座中


 そうやって朝礼が始まるまで、カナカナと二人どんな場所がデートに相応しいか話し合っていた私。


『―――マ、コマ……どうしたの……!?』

『きゃ、きゃあああああああ!?た、大変!…………さんが急に倒れて……!』

『だ、誰か保健室に……!せ、せんせー!先生、大変です!?』


 と、そんな中突如隣の教室からどよめく声が聞こえてきた。……む?何だろうかこの騒ぎは。


「……?何だろ?なーんか隣の教室騒がしくない?」←土下座中

「そうね……誰かが倒れたって聞こえたけど……」


 一旦土下座を解除して私がカナカナと一緒に首を傾げる間にも、その騒ぎはますます大きくなってくる。

 そして……ガラリと大きな音を立て私たちの教室の扉が開かれると。


「……マコ!大変、大変なのマコ……ッ!」

「ぅお……?ど、どうしたのヒメっち……?」


 普段とってもクールで物静かな隣のクラスのもう一人の親友……ヒメっちが、血相抱えて現れたではないか。


「何かあった?そんなに慌ててどうしたのさ?」

「……マコ、大変なの。聞いてほしい事がある」

「聞いてほしい事?ほいほいなんじゃろか?」


 えらく真剣に私に話しかけてくるヒメっち。私も慌てて姿勢を正して真剣に聞く体勢に。緊張した面持ちのヒメっちは、一度息をフーッと吐いて……こう続けてくれた。


「……どうか落ち着いて聞いて。…………コマが、倒れた」

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