第89話 ダメ姉は、恋愛相談する
~SIDE:マコ~
カナカナから熱烈な告白をされてから3日経った。カナカナと約束した告白の返事の
一応まだまだ考える時間は十分にあるとはいえあまりのんびりもしていられない。告白されたあの日から、私は僅かな時間を見つけてはカナカナへの返事をどう返すべきか自分なりに一生懸命考えていた。
「―――ハァ……」
「……ねぇマコちゃん。貴女どうかしたの?」
「…………え?」
今日は味覚障害を患っているコマの月に一度の定期検診の日。コマが検査を受けている間は私に出来る事は特に無いわけだし、その開いた時間を利用してどう返事すべきかあれでもないこれでもないと思い悩んでいた私なんだけど……
その私にコマの担当医であり尊敬する数少ない大人の一人であるちゆり先生が、訝し気な表情で唐突にそう尋ねてきた。どうしたと聞かれても……一体何の話だろうか?
「え、ええっと……ちゆり先生?『どうかしたの』とは……どういう意味でしょうか?」
「どうもこうもないわ。マコちゃん大丈夫?もしかして今何か悩み事があるんじゃないの?」
「は、はい?……い、いえいえ何を仰いますやらちゆり先生!悩みなんてこれっぽっちもありませんよ!何せ私バカですし、悩むだけの脳もありませ―――」
「マコちゃんの嘘つき。何か悩むだけの事がここ最近あったんでしょう?」
ただでさえコマの治療に尽力して貰っているわけだし、余計な心配を掛けまいと慌てて取り繕ってみた私だけれど……あっさりとちゆり先生には何かあったと見抜かれてしまう。
「私の前だけでも、五回以上は憂鬱そうな溜息を吐いていたわよマコちゃん。溜息だけじゃなくて……今日私に提出してくれたこの献立表も誤字脱字だらけ。それに……厳しい事を言わせて貰うけど、今回の献立表は今までで一番出来が悪かったわよ」
「……ぁう。ご、ゴメンなさい……」
「ああ、違うわマコちゃん。私別に献立表の出来を怒っているわけじゃないの。ただね……誰よりも何よりもコマちゃんの事が大事なマコちゃんが、こんな不出来な献立表を提出してしまうなんて……これはもう何かあったんじゃないかって私が疑うのも当然でしょう?違うかしら?」
「…………そう、ですよね」
……長年私とコマの事を大事に見守ってくれているだけあって、私の心中などお見通しのようなちゆり先生。先生の前では隠し事なんて出来そうにないわ私……
「それで、何があったのかしら?もし良かったら先生に話してみない?」
「で、ですがその……大した事ない話ですし……わざわざ先生に聞いて貰うような面白い話というわけでは……」
「大した事ないなら話しても問題ないハズよね?」
「そ、それはそうですけど……でもですね……」
「……あのねマコちゃん。もし仮にその話が大した話なら……私が困るのよ」
「え……?」
射抜くような視線で私を見つめながら、ちゆり先生は私に語り始める。
「もしも今マコちゃんが抱えている悩み事が大した話だったら……マコちゃんが辛い目に遭ってしまう恐れがあるのは勿論、妹のコマちゃんも辛い目に遭う事になるのよ」
「コマも……ですか?」
「ええ。以前から何度も説明したわよね。コマちゃんの味覚障害の原因は『心因的な理由』だって。お姉ちゃん想いなコマちゃんは、マコちゃんが苦しい想いをしたり、辛い目に遭ったらコマちゃんもマコちゃんと同じように傷ついてしまうわ」
「……それは……その通りです。コマ、優しい子ですから……」
「そうでしょう?そして……コマちゃんが傷ついて精神が不安定になれば、当然快方に向かいつつあった味覚障害も悪化し兼ねない」
「…………っ!」
そんな先生の一言に私はハッとする。
「コマちゃんの担当医としてはね、そうなったらとっても困るの。それはわかるわよねマコちゃん?」
「は、はい……わかります……」
「そういうわけで。ここは私の為と思ってね、思い切って何があったのか話してくれないかな?当然、曲がりなりにも医者だから患者さんの個人情報は絶対に漏らさないし、それにどうしても話したくない事は話さなくても良いの。……だからね?お願いマコちゃん。話、聞かせてちょうだい」
「……はい」
まるで本当のお母さんのように優しく私の頭を撫でながら、私に何があったのかを話すように促してくれるちゆり先生。
……あー、ダメだ。こういう事されるとダメ。お手上げ。白旗をあげた私は先生に促され、相談してみる事に。
「えっと……これは私の友達から相談された事なんですが……」
「…………ふーん。マコちゃんの、友達から相談された事、ねぇ……?」
「そ、その友達はですね先生……なんでも自分の一番の親友だと思っていた子に……こ、こく……告白をされた……そうなんです」
「まぁ……!それは素敵ね。それでそれで?」
まあ流石に『実は私、告白されまして』―――なんて話をバカ正直に話すのは気恥しいし、あくまで『自分の友人が告白された』と誤魔化しつつ相談を始める。
「でも私―――じゃなくて、その友達はですね。……まさか自分が告白されるなんて夢にも思っていなかった…………らしくて。しかも告白前にキスされて……告白してきた相手は一番の親友で……何より同性の女の子だったんです……」
「うんうん」
「……何が何だか訳が分からなくなって、パニックになっちゃって。……それで、折角ドキドキする素敵な告白をして貰ったのに……私、結局その親友にその場で告白の返事が出来なかったんです……」
「……なるほど。それでマコちゃん悩んでいたのね」
わかりにくい説明だったと思うけど、概ね私の話を理解してくれた様子のちゆり先生。
「その親友は……ありがたい事に告白の返事なら一週間待つよと言ってくれました。私も私なりに今必死にどう返事したらいいか考えているんですが……何分初めての告白ですし……どう返事をすればいいのか全くわからないんです……」
「そうよね。誰だって初めては戸惑っちゃうわよね。わかるわマコちゃん」
「……そんなわけでして。ちゆり先生、良かったら参考までに教えてくれませんか?もしも先生だったら……親しく思っていた人に突然告白されたら……どうなさいますか?何か告白された時の体験談とかありませんか?」
「……私の、体験談?」
ちゆり先生って美人でカッコよくてよくモテる人っぽいし……人生相談は勿論恋愛相談もお手の物のハズ。ここは人生の先輩としても、恋愛のエキスパートとしても頼りになりそうな先生の貴重な御意見を聞かせて貰おうじゃないか。
「んー……そうねぇ。私がもしも誰かに告白されたら……」
「さ、されたら!?」
一体どんなアドバイスをされるのだろうと、ドキマギしながら先生の答えを一言一句聞き逃さないように身を乗り出す私。そんな私の様子を笑顔で眺めながら、一呼吸置いて先生はこう答えてくれた。
「―――私だったら、とりあえず味見をしてみるかな♪」
「ふむふむ、なるほど味見ですか。…………え、あじみ……?」
想定外すぎるアドバイスに固まる私。……あじみ……味見?ええっと、ちゆり先生?……何故急に料理の話になったのでしょうかね?だ、ダメだ……頭の良いお方の考えは、おバカな私には全くもって理解が追い付かねぇ……
「私ってさ、基本的に来るものは拒まずだからね。まずはお試しとして一晩じっくり美味しく味見してみるの」
「は、はぁ……」
「そんでもってイロイロと試してみた後で、カラダの相性が良かったら……
「にごう……?囲う……?」
「あ、そうだ♡なんならマコちゃん、私と一度お試しで付き合ってみない?もし私とお付き合いしてくれるなら……女の子の口説き方からデートの仕方、そして夜のハウツーに至るまで手取り足取り腰取りで懇切丁寧に教えてあげる―――」
『…………ちゆり先生。それ以上ふざけた事をマコさんに宣うおつもりなら、今月はご飯抜きですのでお覚悟を♡』
「―――冗談、冗談よ沙百合ちゃん。今のはちゆりのお茶目な冗談。二号なんて絶対に作らないし、ホントに大好きなのはただ一人だから安心して頂戴な沙百合ちゃん」
『冗談に聞こえませんでしたが?…………とりあえず、後で説教です先生』
「…………はい」
先生は一体何の話をしているんだろうと首を傾げながらもとりあえず話は聞いていた私だけれど、その先生の話が終わらぬうちに隣の検査室からナイフみたいに鋭くて背筋が凍っちゃうくらい冷たい看護師の沙百合さんの声が飛んできた。
「ま、まあ今のは冗談だから真に受けないでねマコちゃん。さーてと!緊張も解れたところで真面目に話を戻しましょうか」
「あ、なんだ冗談だったんですね」
『にごうって……ご飯を二合炊くって意味なのかな?』とか『囲うって食卓を?……というか、どうして告白されたって話から突然料理の話に話題が変わったんだろう?』ってちょっと混乱しちゃったけど……あー良かった。私の緊張を解す為のちゆり先生の小粋な冗談だったんだね。
「先に言っておくけど。今から話すお話はあまり参考にならないと思うから、途中までは話半分に聞いておいてねマコちゃん」
「あ、はいです。よろしくお願いします先生」
「ええ、こちらこそよろしく。……私ってね、自分で言うのもなんだけど昔から結構モテてたのよ。学生時代は同性の子から告白される事はザラだったわ。多い時は3日に一回は告白されてた覚えがあるし、それなりの人数とお付き合いしてたと思う」
「み、3日に一回……!?」
私の想像以上に経験豊富だったちゆり先生。参考にならないと先生は謙遜なさっているけれど……めちゃくちゃ参考になるのではなかろうか。これは期待できるね。
「そ、それで?先生はそうやって告白されたらどうしていました?付き合う、付き合わないを先生はどうやって決めていましたか?」
「……そうね。私の場合……付き合う付き合わないは―――」
「…………(ゴクリ)」
「―――直感で決めてたかな」
「…………え」
思わずすっ転びそうになるのを辛うじて耐える私。バカな……参考に、ならなかった……だと……?
「…………ちょ、直感……ですか?え?ホントに……?」
「そ。直感。ラブレターにしろ直接告白されるにしろ、その告白に心を揺さぶられるモノがあったなら……私は迷わず付き合ったわ。……まあ、そんな適当な決め方だったから別れる時もあっさりと、あっけなく別れたりしたけどねー。早い時は一週間で別れたりもしたっけ」
「……そ、そんなお手軽にお付き合いを……?」
……あ、あれぇ?おかしいな……れ、恋愛とか告白とかって……もっとこう、真面目に考えなきゃいけないものだと思ってたんだけど……もしかして私の恋愛観って間違っていたのか……?
「……ごめんねぇマコちゃん。先生の話、やっぱり参考にならなかったでしょ?」
「え、あ……いえその……だ、大丈夫です!大人な恋愛観だなってとても参考になりましたです!」
「ふふっ♪無理しないで良いのよ。マコちゃんが私みたいな不真面目な恋愛をしていた人の考えが理解できないのも当然だから。だって私と違ってマコちゃんは真面目で良い子だものね」
「い、いやその……あの……」
ニコニコ笑顔でそんな事を言うちゆり先生。こ、こんな時私って何て言えば良いんだろうか……反応に困っちゃいますよ先生……
「…………でもね。貴女はそれくらい気楽に考えても良いのよマコちゃん」
「え……?」
と、大変戸惑っていた私に対し、突然ちゆり先生はからかうような表情から一変。とても真剣な顔で私にそんな事を言ってくれる。
「マコちゃんはきっとこんな事を考えているんじゃないかしら。『今すぐにでも答えを出さなきゃ』とか『一週間も待って貰えたんだし、それに見合うような正しい返事をしなきゃ』とか『上手く返事をしないと相手を傷つけてしまう』って」
「……っ」
「その反応、どうやら図星みたいね」
……カナカナに告白された日からずっと考えていた事を先生に言い当てられてしまう。なんで先生は私の考えている事をそんなに正確にわかるんだろう……?
「……マコちゃん。私にはマコちゃんがどんな子に告白されたのか、その告白した子の事をマコちゃんがどう思っているのかはわからない。だから……私から貴女にアドバイス出来る事と言えば一つだけ」
「一つ……ですか。それは一体……どんなアドバイスなんですか?」
「考えすぎない事。それだけよ」
え……それだけ……?
「マコちゃんは真面目でとても優しい子だから。その親友ちゃんの事を大切にしているんだって伝わって来たから。その子の為に一生懸命になって考えて考えて、夜も眠れなくなるくらい考え込んでいるんだろうなって私には容易く想像できちゃうわ。でもね、そんなに必死になって考える必要はないのよマコちゃん。もうちょっと気楽に、そして恋愛を楽しみなさいな」
「れ、恋愛を楽しむって……で、でもですね先生!?カナカナは一生懸命になって告白してくれたんですよ!?なら、私もその告白に応えるためにも、ちゃんと考えないと―――」
「……マコちゃん。先に忠告しておきます。その子の為を思うなら……尚の事、貴女の場合は考え過ぎちゃダメよ」
反論する私を制して、先生はぴしゃりとそんな信じられないことを言う。考え過ぎちゃダメって……なんで……?
「……マコちゃんは沙百合ちゃんに似てるのかもね」
「へ?あ、あの沙百合さんと……私が、ですか?全然似てないと思うんですけど……」
……あの生真面目で気遣い上手な看護師の沙百合さんと私が似てる……?先生はもしかして、私の性格をなにか勘違いされているのではなかろうか……
「いいえ、かなり似てると思うわ。マコちゃんも沙百合ちゃんもね。誰よりも優しくて、誰よりも責任感が強い子。だからこそ気負ってしまって色んな事を考え込んでしまうタイプね。そりゃあ相手を想って一生懸命になる事は大事だと私も思うわ」
「ですよね?だったらどうして考えちゃいけないなんて―――」
「……でも。でもね。人生の先輩として言わせて貰うわ。そうやって無理に色んな事を考え込んで切羽詰まって出した答えってさ……大抵、ロクな答えじゃないのよマコちゃん」
「…………」
まるでそんな答えを出された事があるように、先生は感情を込めて私に忠告してくれる。
「マコちゃんは勘違いしているわ。大事なのはね、相手になんて返事をするか考える事じゃない。本当に大事なのは……貴女自身が、相手の事をどう想っているのか―――これだけよ」
「私自身が……どう想っているのか……」
「だってこれって貴女の為の恋愛なのよ?誰かに気を遣う必要なんて一切ないの。思うままに、自分の気持ちを素直に相手に伝える……ただそれだけで良いのよマコちゃん。もう一度言っておくわ。決して無理に考え込まないで。自分の本当の気持ちを、相手にぶつける……それだけで良いんだからね」
「は、はぁ……」
「……ごめんね。こんなアドバイスにならないような可笑しな話になっちゃって。でも……今私が言った事は頭の隅にでも残しておいて。一番大事な場面で、致命的なミスをしない為にも……お願いよマコちゃん」
「は、はいです……!ご教授を賜り、本当にありがとうございますちゆり先生!」
アドバイスをくれた先生に感謝する私。……正直、今日のちゆり先生が言っている事のほとんどを私は理解できていない。
でも……ちゆり先生の言う事だから、きっとこれは大事な話なのだろう。言われた通り、先生の話を頭の中に入れ込んでおく私。
…………それにしても。考えすぎるな、か。……い、良いのかな……?そんなのカナカナに失礼なんじゃないかな……?
~SIDE:コマ~
「…………ちゆり先生。それ以上ふざけた事をマコさんに宣うおつもりなら、今月はご飯抜きですのでお覚悟を♡」
『―――冗談、冗談よ沙百合ちゃん。今のはちゆりのお茶目な冗談。二号なんて絶対に作らないし、ホントに大好きなのはただ一人だから安心して頂戴な沙百合ちゃん』
「冗談に聞こえませんでしたが?…………とりあえず、後で説教です先生」
『…………はい』
私が患っている味覚障害のいつもの定期検診の日。この日の私はこの診療所の看護師さまであり尊敬する数少ない大人の一人である沙百合さまに、自身の検査の合間を縫って、とある相談をしていたのですが……
「(ブツブツブツ)…………全くあの人は……!『愛人になる?』などと中学生になんて頭の悪い話をしているのですか……!セクハラで訴えられますよ普通……!……マコさんが純粋で純真で、あまりそちら関連の話を理解できていなかった事が不幸中の幸いですが……それにしたって真剣に悩み相談をしている子に対して言って良い冗談では―――と言いますか、そもそも今のちゆりさんの話、本当に冗談でしょうね……!?もしも冗談じゃなく、この私に隠れてコソコソ
「あ、あの……沙百合さま……?大丈夫……ですか?」
隣の診察室から聞こえてきた、私の担当医である女医のちゆり先生の良からぬ発言に私以上に激怒した沙百合さま。ブツブツと何やら呟きつつどんよりとした黒いオーラを発しておられます。
…………こういう所、沙百合さまと私って似ているのかも……
「あ……す、すみませんコマさん。お見苦しいところを見せてしまいましたね……私ったらなんて恥ずかしい……」
「い、いえ!良いのです……お陰で私が先生に怒る手間が省けたといいますか……あ、あはは……」
私の存在を忘れて静かに怒っていた沙百合さまでしたが、恐る恐る声を掛けてみると我に返ってくれました。
「ええっと……それでコマさん?すみません、どこまで話していましたっけ?」
「あ……はい。そのですね……マコ姉さまが姉さまのクラスメイトの女の子に告白されたって話なのですが……」
「ああ、そうでしたそうでした。……放課後、屋上でそのクラスメイトさんがマコさんにキスを添えて告白したんでしたね」
「…………ええ、そうなんです……」
私が沙百合さまに相談していた話の内容は、他でもありません。マコ姉さまが叶井さまに告白された件についてです。
「この3日間、私……叶井さまの事を恋のライバルとして注意深く見てきました。……それでわかったんです」
「何がわかったんですかマコさん?」
「…………悔しいですが。彼女は姉さまに告白するにふさわしい、素敵な女性という事をです……」
叶井かなえさま―――彼女の事を調べるうちに。彼女の事をライバルとして接するうちに。彼女の素敵なところがどんどん見えてきました。
「明るくて、優しくて、クラスメイトの皆さんからも慕われて。そういう快活なところはマコ姉さまと似ていて……私には彼女が輝いて見えました。私が最も欠けている部分を、彼女は持っていたんです……」
「欠けている部分……?コマさんの欠けている部分ってなんですか?」
「……私はですね沙百合さま。これまで……姉さまに良いところを見せようと必死になってお淑やかな優等生を演じていました。でも……本当は叶井さまみたいになりたかったんです。……あんな風に、姉さまと本当の意味で打ち解け合って、本音を言い合える関係になりたかった。……『味覚障害が治るまでは告白しない』―――なんてみっともない言い訳なんかせず、叶井さまのように堂々と姉さまに告白する勇気が欲しかった……」
「……コマさん」
私は……叶井さまの事が心底憎いです。腹立たしく思っています。でも……それ以上に彼女に対して心底憧れているのです。
実の姉妹の私以上に仲の良い姉妹みたいに姉さまと親密で……羨ましかった。あんな風に姉さまと気兼ねなく本心を言い合い、心置きなくスキンシップし合えて羨ましかった。そして……あんなに堂々と自分の想いを姉さまにぶつけられる勇気が羨ましかった……
……正面から戦ったら、きっと私は叶井さまに惨敗する事でしょう。戦う前から気持ちで負けていては終わりですが……彼女には、勝てる気がしません。…………ですが。
「きっと姉さまは……叶井さまのような方が好きなんだと思います。だって……叶井さまと一緒に居る時の姉さまは……本当に楽しそうだったから。私みたいな根が暗い、すぐに嫉妬する最低なダメ人間なんかよりもずっとお似合いだから」
「何言ってるんですかコマさん。そんな事は決して……」
「でも……負けたくないんです私……ッ!」
……ですが、勝てる気がしないからと言って……負けたくはありません。
「姉さまの幸せを願うならば、理想の妹として叶井さまのような素敵な方と姉さまを結ばせるべきなのでしょう。でも……でも私、誰にも姉さまを取られたくありません……!物心付いた時から―――いいえ。きっと私、母さまのお腹の中にいる時から……姉さまの事を好きだったんです!誰よりも何よりも好きなんです!私には、姉さましかいないのです!」
「……」
壁の向こう、隣の部屋には張本人のマコ姉さまも居るというのに。声が聞こえそうなくらい大きな声で自分の気持ちを沙百合さまに吐露してしまう私。
そうです……取られたくない。私の隣には……ずっとずっと、姉さまに居て貰いたい……!
「……だから私、ここ最近はどんな汚い事も平気でやっていました。外堀を埋める為、新聞部を利用して私と姉さまの関係を暴露したり。牽制の為に罰ゲームと称して皆さんの……叶井さまの前で姉さまとキスしたり。それから……姉さまに叶井さまの告白の返事を考えさせないように、家では何か理由を付けては『姉さま、味覚を戻したいので口づけをお願いします』とおねだりして姉さまを困らせたり……」
「…………」
「……最低ですよね私。気持ち悪いですよね……実の姉に本気で恋して。その姉に告白する勇気もない癖に、他の誰かに告白された途端……取られないようにと嫌な奴になってしまったり…………本当に、我儘で最低な―――」
「―――私も、同じですよコマさん」
「え……?」
と、嫌な自分をさらけ出していた私に対して、しばらく静かに話を聞いてくださっていた沙百合さまが私の手を握りつつそんな事を言ってくださいます。
「他の誰にも取られたくない。自分だけを見ていて欲しい。自分だけに最高の笑顔を見せて欲しい。……あの人を独り占めにしたい」
「沙百合、さま……?」
「……そう思う事は、当たり前じゃないですか。だって一番大好きな人なんでしょう?もう世界中でこの人しかいないって思えるくらい大好きな人なんでしょう?私もそうですよ。同じ気持ちです。大好きな人を他の誰かに取られたくはありません。今までもそうでしたし、これからもそう思い続けると思います」
握った手に力を入れて、私を奮い立たせる魔法の言葉をかけてくださる沙百合さま。ここしばらくモヤモヤしていた私の憂鬱な気持ちが、段々と晴れていきます。
「良いんですよ、我儘でも。譲る必要はないんです。もっと自分に素直になって……トコトン我儘を通して良いんです。その大好きだってキラキラと輝いている気持ちを否定するよりもずっと良い事ですから」
「沙百合さま……」
「……私にはアドバイスらしいアドバイスはこれくらいしか出来ません。でも……コマさんの今やっている事は間違ってないって思います。モテる女を好きになった者として、私はコマさんの事を全力で応援しますよ。……頑張ってくださいコマさん」
「…………はいっ!」
力強く、そして心強いエールを貰った私。……ありがとうございます沙百合さま。私、頑張ってみますからね……!
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