第90話 ダメ姉は、追いつめられる

 ~SIDE:マコ~



「……どうしよう」


 私、立花マコは非常に焦っていた。あっという間に一週間が過ぎ、今日がカナカナとの約束の日……そう、カナカナの告白の返事をすると約束した運命の日を迎えてしまった。


「……答え、出せてない……」


 考える時間はカナカナから十分貰ったハズなのに。恋愛経験豊富なちゆり先生から助言(?)を頂いたハズなのに。それなのに……その約束の日当日になっても、カナカナに何と返事をすべきか、その答えが自分の中で出せないでいる私。

 弁明させて貰うけど、これでもダメなりに私も私でこの一週間必死になってどう答えるべきか考えたつもりだ。家に居ても、学校に居ても……今までにないくらい頭を回転させて返事を考えようと努めたつもりだ。……だけどね。



 ~とある日のマコ&コマ~



『マコ姉さま、申し訳ございません。そろそろ夕ご飯の時間ですし、味覚を戻したいので口づけをお願いしても良いですか?』

『うん、勿論良いよコマ。おいでー』

『はい、ありがとうございます姉さま』



 ~1時間後~



『すみません姉さま。私今とても喉が渇いているのですが……何故か今日はもう味を感じられなくなっているみたいなのです』

『ええ!?味感じられないって……だ、大丈夫なのコマ!?ちゆり先生のとこに電話して、今から診てもらいに行こうか!?』

『あ、いえ。そこまで大げさなものではありませんよ。今日はちょっと調子が悪いだけですから』

『そ、そう……?なら良いけど……』

『ただ……やっぱり味気ないのは辛いので、味覚戻しを手伝って貰っても宜しいでしょうか?』

『あ、ああうん。喉渇いたなら仕方ないよね。わかった、おいでーコマ』



 ~更に1時間後~



『ごめんなさい姉さま。おやつが食べたいので今から味覚を戻させてください』

『うぇ!?も、もしかしてまた味覚感じられなくなっちゃったの……?』

『はい。ですからまたお願いしますね姉さま』

『う、うん……い、いいよー……?』



 ~そのまた1時間後~



『何度も失礼します姉さま。夜食を食べたいので―――』

『ま、またぁ!?こ、コマさんや?さ、さっきおやつ食べたんじゃなかったっけ!?』

『…………ダメ、ですか?そうですか……わかりました、姉さまが嫌というのであれば我慢します……』

『あ……っ!い、いやいや違う!ダメじゃない!全然ダメじゃないっ!え、遠慮せずにおいでコマ』

『はいっ!ありがとうございます姉さま♡』



 ~以下、マコが寝るまで1時間毎に口づけ~



 ―――と、まあこんな感じで。何故か今週に限って、家に居ると愛する妹のコマからいつも以上に何度も何度も口づけをおねだりされ続けた私。

 口づけの間はポーっとなっちゃってまともに頭が働かなくなってしまうから、自宅ではほとんどカナカナの返事を考えられなくなってしまった。それに……


『この本に書かれているレシピ、とっても美味しそうですね姉さま』

『だよねー!いやぁ流石私の尊敬する料理の先生の考案したレシピ!このレシピ帳を読んでたら、足元にも及ばないなって痛感しちゃう―――』

『…………ストップです。マコ姉さま、今言いましたね?』

『へ?言った……?コマ?言ったって何を……』

『NGワードです。言ってしまいましたよね?自分を卑下するような発言を。罰ゲームです姉さま』

『ばつ、げーむ…………罰ゲーム!?え、ちょ、ちょっと待ってよコマ!?今のは『足元にも及ばないからこそ、私もこの先生みたいにもっと料理の腕を上げたいな』って思っただけで、全然、全く、これっぽっちも卑下したとかそういう意図はなくて』

『罰ゲームです』

『い、いやだからこれは罰ゲームを受けるに値しないとお姉ちゃんは思うんだけど……』

『罰ゲームです』

『あ、あのコマさん……?お姉ちゃんのお話、聞いてる?』

『罰ゲームです』

『わ、わかった!私が悪い!私が悪かったし罰ゲームも大人しく受ける!で、でも出来れば人の居ないところ―――ぁ……っ』

『……ん、はっ』

『『『タチバナ、キサマァアアアア……ッッッ!!!』』』


 ……それに。学校に居る時は学校に居る時で、何気なしの失言から即コマから嫉妬している皆に見せつけるように長く、そして濃厚な口づけを強制的に交わされちゃって。

 そのお陰でお昼休みや休み時間中もコマの事で頭がいっぱいになって、学校でもまともにカナカナへの返事を考えられなかった。


 ……ああ、そうそうそれから……学校で罰ゲームと言えばもう一人。


『ねぇマコ。貴女ついさっきコマちゃんからまたキスされていたみたいだけど……ひょっとしてまた罰ゲームを受けていたのかしら?』

『え……あ、ああうん……実はそうなんだよカナカナ。私ったらまた何かコマ的に言っちゃダメな発言をしちゃったみたいでさ……』

『あらあら。それはいけないわね。―――だったら、わたしもマコに罰ゲームしてあげなくちゃならないじゃないの』

『…………ぇ』

『てなわけで、時間も惜しいし今からヤりましょうかマコ♡胸を出しなさいな』

『何で!?何故にそうなるのカナカナさんや!?あ、あの罰ゲームってコマの前で失言したらコマに、カナカナの前で失言したらカナカナに執行されるんじゃ―――』

『甘いわねマコ。一体誰がそんなルール決めたのよ。コマちゃんがやるのなら、わたしもヤらせて頂くわ。さあ、そんなわけで早速ヤるわよー』

『なんという俺様ルール(プチッ)…………って、ぅおおおいカナカナさんや!?アンタ今背中に回ってさり気なく……わ、わた……私の……私のブラ、のホックをぉ……!?』

『外したけど、それが何か?だって揉むのに邪魔になっちゃうでしょ?それにあんたも常々『ブラ邪魔……キツイ……外したい』ってぼやいてたじゃないの。ホレ、これで楽になったでしょ?』

『確かにそうだけどそうじゃない!?あっ、うそヤダこんな皆見てるところでそんな―――みぎゃぁあああああ!?』

『はぁ……これがマコの生の……すっごいわぁ……』

『『『タァチィバァナァアアアアアア……ッッッ!!!?』』』


 コマが私に罰ゲームを執行すれば、こちらも負けじと私に罰ゲーム。まるで何かと張り合うように、最高の親友にして告白相手のカナカナも罰として皆の前で私のブラ外し、そして外したまま私の胸を揉む、揉みまくる。

 そういうことされた日には、私……恥ずかしさで死んじゃいそうになって……一日中カナカナへの返事を考える余裕がまるでなかった。


『よぉ立花さんよぉ。オメェさんさっきコマさんと廊下で堂々と公然わいせつチューしてたそうじゃねぇか。…………ブチコロスぞクソガキが……!』

『立花せんぱーい♪何でもかなえ先輩に胸を揉んで貰ったらしいですねー…………その邪魔な胸、アタシがえぐってやりましょうかアァン……!?』

『いやぁ、あーんなかわいい二人にモテモテとは。ホント羨ましい限りだなぁ立花。…………つまりテメェが消えればあの二人はフリーになるってぇ事だよな?ソウダヨナ?』

『『『というわけでぇ…………恨みしかないから今すぐシネェエエエエエエタチバナァアアアアアア!!!』』』

『コロスだのシネだの、中学生が発していい発言じゃないと思うだけどな!?お、落ち着け皆!一旦冷静になって―――』

『『『わかってるわかってる。…………レイセイニ、キサマヲ、コロスッッッ!!!』』』

『わかってないでしょそれ!?えぇい、死んでたまるかぁ!』


 更にそれに加えて……この一週間は修羅と化した学校中のありとあらゆる生徒から逃げ回らなければならない羽目になった私。

 一週間も経てば少しは沈静化するのではと期待していたのに、コマとカナカナが罰ゲームを執行する度に彼ら彼女らの憎悪は増してゆき……今では適当な用事を取ってつけてはコマとカナカナを私から引き離し、そして怨嗟の声を高らかに上げつつ建前無しに本気で私の生命を絶ちに来ている。


『(カーンッ!)腹痛起こして悶えろ立花』

『(カーンッ!)歩く度小指をタンスの角にぶつける呪いにかかりなさいマコ』

『(カーンッ!)バナナの皮で滑ってたん瘤作っちまえ立花……!』

『…………なぁお前たち。いつからこの教室は黒魔術同好会に変わったんだ……?担任として、私はお前たちをどう説教すれば良いんだ……?』


 おまけに唯一安全と思われる授業中も授業中で、私を呪ってやろうとするクラスメイト共の、藁人形に五寸釘を打ち込むカーンッ!という音に気が削がれ……落ち着いて授業中にカナカナへの返事を考える事が出来なくて……


「…………お陰でこの一週間、考える暇も余裕もまるでなかったわけで……」


 お家や学校ではコマやカナカナのおねだりや罰ゲームを受け、登下校・休み時間・昼休み中は嫉妬した連中主催の地獄の鬼ごっこに強制参加させられて―――

 そんなスリリングな毎日を過ごしていたら、精神的にも肉体的にも憔悴しちゃってとてもじゃないけどまともに告白の返事を考えることなど出来なかったのである。


「…………つーか私、よく心折れなかったなって自分でも思うわ……」


 私じゃなかったら登校拒否ってたぞ普通。ホント前世で一体どんだけ悪いことしたら、刃物を持った全校生徒を相手に一日中追い立てられる羽目になったり藁人形に五寸釘を打たれたり脅迫状を送られたりするんだろうねー……


「って、んな事は今はどうでも良いんだよ。それよりも何よりも、大事なのはカナカナへの返事をどうするかだ……」


 とはいえこんなのはぶっちゃけただの言い訳にしかならない。これで今日の放課後カナカナに、


『こういう事情があったから、告白の返事はまだ出来ないんだ。そういう事だからまたの機会にお願いねカナカナ♪』


 ……なんて、笑い話にもならないし死んでもそんな最低な返事はしたくない。猶予を与えてくれたカナカナに対する侮辱になるだろうし、何よりもあれだけ胸が高鳴る素敵な告白をされたならば、それにふさわしい答えを出さないとカナカナに申し訳がたたないじゃないか。


 そんなわけで今もこうしてわずかな時間を見つけては、殺気立つ連中の隙を伺いつつ身を隠して放課後カナカナになんと答えるべきか模索する私。

 ええっと……まず私自身がカナカナの事をどう思っているのかだけど―――


「―――あー、いたいた。マコだー」

「っ!」


 と、そうやって告白の返事を考えようとした矢先、私の名を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。しまった……もう追手が来たのか。ホント、考える暇どころか休む暇、息を整える暇もありゃしない……!

 心の中で泣き言を言いつつもいつでも逃走出来るように準備する私。脚に力をググッと貯めながら、一体何人の追手が来ているのか把握しようと後ろを一瞬チラリと確認した私の目に映ったのは。


「やほーマコ。うぃーっすうぃーっす」

「…………って、なんだヒメっちか……び、ビックリした……」


 そこにいたのは私を追う狂気と嫉妬と殺意に狂った哀れな連中では無く、むしろその逆。この学校内で数少ない私の味方であり、もう一人の親友の麻生姫香―――ヒメっちであった。


「……今日も楽しく鬼ごっこしてるっぽいね。誰も真似できないようなとっても刺激的な日々を送ってるみたいで羨ましいねマコ」

「…………ハハ……労いの言葉ありがとねヒメっち……何ならヒメっちもこの鬼ごっこ参加してみる?楽しいよぉ……」


 ちょっぴり間の抜けた口調で私の隣に腰かけて、のんびり私を茶化すヒメっち。この鬼ごっこが楽しそうに見えるなら。ちょっとでも羨ましいと思うなら。是非とも代わって欲しいぞヒメっちよ。私は喜んで譲るから。思う存分楽しんで貰って構わないからね、このリアル鬼ごっこを……

 乾いた笑いを浮かべながら皮肉を込めてそう答えると、ヒメっちは難しそうな表情で私を見つめる。……?どうしたんだヒメっち?何か私の顔に付いてるのかな?


「……案の定、随分と追いつめられてるねマコ」

「へ?あ、ああうん。そうだねぇ……今日も登校の時から追いつめられて散々だったよ。登校途中からすでにみんなが臨戦態勢でさ、もうお昼ご飯食べるどころかトイレに行く暇すらない。もうホント極限まで追い詰められてて―――」

「……そっちじゃない。思考が袋小路に追いつめられてるよマコ。何か今、悩んでることあるんでしょ?」

「…………っ!?」


 予想もしていない方向から、殴りつけられたような衝撃が私を襲う。い、いきなり……なに、を……?何で、悩んでるって……わかるの……?


「あ、あはは……ははははは!な、何変な事を言ってるのさヒメっち?この能天気単細胞ダメ姉の私に、悩みなんて……」

「マコには……いつも助けられてるし。そのお礼って言うのもなんだけど、マコの一人の親友としてちょっとだけアドバイスしとくね」

「いや、だから私悩みもないしアドバイスされるようなことも別にないんだけど……」


 この親友に余計な心配を掛けまいとそう言ってみる私だけれど、聞く耳持たんと言いたげに私を無視して話を続ける天然娘。

 今更だけど、私の周りの連中って人の話聞かない奴ら多いな……人の話聞かない筆頭の私が言えた事じゃないけど……


「まー、アドバイスって言っても大したことじゃない。私が言えるのは一個だけ。マコは今、どう答えを出すべきか必死になって考えている頃だと思うんだけどさー」

「う、うん……」

「それね…………

「…………は?」


 無駄……?無駄って……何が無駄?


「考えるだけ、無駄って事。マコは余計な事ウダウダ考えるより、自分の直感に身を任せてその場で答えるべき」

「…………えぇー……」


 一体どんなアドバイスを授けてくれるのだろうと少しだけ期待した私に対して、親友の送ってくれたアドバイスは『考えるだけ無駄。直感で答えろ』と来た。

 あ、あれ……?なんかこのアドバイスと思えないようなアドバイス……この前ちゆり先生にも言われたような……


「あ、あのヒメっち?普通はね、答えを出さなきゃいけない場面に出くわしたら……ちゃんと考えるのが当たり前の事じゃないかな……」

「うむ。確かに普通はそう。でもねマコ。マコに良い事を教えてあげる」

「良い事?い、一体何さヒメっち」

「―――バカの考え休むに似たり。おバカな子がどれだけ難しい事考えても、良い答えが出るわけが無い」

「それって私がバカだって言いたいのかね我が親友よ!?」


 何気に失礼な事言われてる気がする……い、いや私も自分がバカだって自覚はあるけど酷くね……!?親友のそんな容赦ない一言に傷ついていると、にへらと笑いながらヒメっちはこう続けてくれる。


「……マコはね。おバカな癖に優しすぎ。そして余計な事まで考えすぎ」

「え……?」

「きっと本当は初めからマコは自分の中にちゃんとした答えを持ってるハズ。なのに何処までも優しいから、『どう答えれば相手が一番傷つかずに済むか』とか余計な事を考えちゃう。だから悩む。苦しむ。そんでもって迷走する」

「え、あの……ヒメっち……何の話を……?」


 一体何の話をしているのだろうと困惑する私。そんな私などお構いなしにヒメっちはマイペースに語り続ける。


「でも、そういう事考える必要ない。というか……そういう気遣いは却って相手に失礼。そんな気遣いされる方が、多分相手は辛いと思う。……マコは、自分の正直な気持ちを、思いのままに答えるべき」

「……気遣いが、失礼……?思いのままに……」

「もう一回言う。マコは余計な事考えちゃダメ。思いのままに答えてあげて」


 そこまで語ると、どこか満足したように立ち上がるヒメっち。


「話はこれでお終い。じゃあねマコ。今言った事は放課後までちゃんと覚えておくように。健闘を祈るよ」

「え、ちょ……待ってよヒメっち!?今の話、一体どういう意図が……そ、それに何で私が悩んでいるって―――」

「……ああ、それからマコ。もう一つだけ助言。

「へ?うしろ……?」


 突然現れ私が悩んでいるとあっさり見抜き、そして言いたい事を言うだけ言って満足げに立ち去ろうとする親友に諸々のもっと詳しい説明を求めようとする私。けれどヒメっちはそんな私の背後を指差して注意を促す。う、後ろ?後ろに何が―――


『『『ミィーツケタァ……』』』

「…………ヤバい」


 振り返った私の目に映ったのは、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべたコマとカナカナのファン連中。ありとあらゆる刃物や鈍器を携えて、全力疾走でこちらへ向かう姿は怖すぎて夢に出てきそう。

 ヤバい、マジでヤバい。このままじゃ私、下手なホラー映画よりも悍ましい、サスペンスでスプラッタでバイオレンスな結末が待っているわ……


「と、とりあえずヒメっち!よく意味がわかんなかったけど助言さんきゅー!んじゃ、また後でね!」

「おー。せめて放課後までは頑張って生き残るんだよーマコ」


 告白の返事を考えるのも大事だけど、まずはヒメっちの言う通り放課後までに生き残らないと話にならない。ヒメっちにとりあえず別れを告げて、脱兎のごとくこの場から離れる私。


『『『タチバナさぁん、あそびましょぉおおおおおお!!!』』』


 えぇい、今日は滅茶苦茶大事な日だって言うのに……ホントしつこいぞキサマら……!?



 ~SIDE:コマ~



「―――(ブツブツブツブツ)大丈夫、だいじょうぶです私……やれる事は全部やりました……最善を尽くしてきたじゃないですか。……マコ姉さまが叶井さまの返事を考える暇を与えぬように、家でも学校でもありとあらゆる手段を用いて邪魔してきたじゃないですか……言い訳を作って事ある事にキスをして……あれで大分姉さまの正常な思考を妨害出来たハズ。……きっと今も姉さまに告白の返事を考える余裕は無い…………今日の告白の返事は、きっと姉さまは上手く出来ないハズ……上手くいけば返事は延期……そうやってまた次の一週間も同じように妨害して……そうやって告白自体を無かったことにして、してしまえば…………いえ、ですがあの責任感の強いマコ姉さまの事……きっと叶井さまを想って何かしらの返事を今日返してしまうかも……それがもし、もしも……何かの間違いで叶井さまと付き合う事になったら私……わたしは…………わたし、は……」

「……やれやれ。こっちはこっちで相当追いつめられてるねコマ」

「…………ぇ?あ、ああヒメさま。お帰りなさい。用事とやらは済みましたか?」


 休み時間中、今日の放課後の事を想うと居てもたってもいられなくなり、震えながらも自分を何とか落ち着かせようとしていた私、立花コマ。

 その私に『ちょっと用事があるからしばらく外すね』と、休み時間になった途端に教室をふらふらと出たヒメさまが戻って早々声を掛けてくださります。


「んー。一応言いたい事は全部言ってきた。後は本人次第だと思う」

「……?は、はぁ……よくわかりませんが用事が無事に済んだようで何よりですね」

「ん。何より何より。……ごめんよコマ。何か私に頼みたい事があったんでしょ?もう用事は済んだし話してくれて構わないよ」

「あ……は、はい!ありがとうございますヒメさま!」


 『用事が終わったらヒメさまに頼みごとがあるので聞いてくれませんか?』と、ヒメさまにお願いしていた私。律儀にもちゃんとその話を覚えていてくださったヒメさまに感謝しつつ、私のお願いをまずは話してみる事に。


「実は今日の放課後……マコ姉さまが叶井さまに告白の返事をするそうなのです」

「うん知ってる。…………耳にマコ―――じゃない、タコが出来るくらいコマに聞かされたからそれはもう知ってるよ。で?」

「……以前もヒメさまに、叶井さまが姉さまに告白する場面に付き添って貰いましたよね?」

「ん、そだったねー。二人で告白を覗き見してたねー。……それで?」

「…………お願いですヒメさま。今回もどうか、私と一緒に姉さまと叶井さまを監視してはいただけないでしょうか……ッ!姉さまの返答次第では、ヒメさまが隣に居ないと私……何をしでかすか分かったものじゃないですし……!」


 思い切り頭を下げて以前と同様にヒメさまに付き添いをお願いする私。もしもの時、私を鎮めてくださる誰かが居なければ……私、どうにかなってしまう恐れが非常に高いですし……

 その私の必死なお願いに、ヒメさまは満面の笑みを浮かべてこう答えてくださります。


「うん、♡今回はパスさせて貰うね」

「ヒメさまぁ!?」


 そんな笑顔で拒否されると泣きたくなってしまうのですがねヒメさま……!?な、何故!?どうして……!?


「だってさぁ……前回は叶井さんがマコにチューしたところ見た暴走するコマを取り押さえるのがホント大変だったんだもん。取り押さえている私ごと叶井さんを屠ろうとするわ、私にまで殺意を向けるわ、挙句最終手段で使ったスタンガンも全く効かず、逆に私からスタンガン奪い取って叶井さんを追っかけようとするわで……」

「ぅぐ……」


 笑顔のままではあるものの、さり気なく額に青筋を立てて先週の出来事を語るヒメさま。あ、あら……?ひょっとしなくともヒメさま……先週私が暴れた事、まだ怒っていらっしゃる……?


「それにね。今日はうちの母さんが早く帰ってくる日だもん。悪いとは思うけど何が何でも私はそっちを優先させて貰うからそのつもりで」

「う、うぅ……」


 ……それを言われるとヒメさまに強くお願いできない私。お母さま想い―――というよりも、お母さまに本気で恋をなさっているヒメさまはお母さまを中心に世界が回っています。それはこの私が、姉さまを中心に世界が回っているのと同様で……そういう事情なら無理に頼むことが出来ないじゃないですか……


 ……困りましたね。つまり今日は私一人で姉さまと叶井さまの二人を監視しなくちゃいけないという事じゃないですか……そう思うと途端に先ほど同様に震えが止まらなくなる私。

 ……怖い。耐えられるでしょうか……?もし、もしも……万が一にも……姉さまが叶井さまに『付き合って良いよ』―――なんて返事をしたら……私は……わたし、は……


「…………(ボソッ)それにね、結果が分かり切っている勝負をわざわざ野次馬みたいに見る趣味なんてないもん私」

「え……?あ、あのヒメさま……?今何か仰いましたか……?」

「……んーん。何でもない。それよりもさ、コマ。アレ……止めなくて良いの?」

「アレ……?」


 そんな話の最中、唐突に廊下を指差してそう私に尋ねるヒメさま。止める?何を……?首を傾げながらヒメさまの視線を私も追ってみると―――


『『『まぁてぇえええええ!!!死に晒せや立花ァアアアアアア!!!』』』

『し、死んで……たまるかってんだぁあああああああ!』


 ―――涙目交じりに廊下を駆けてく、私の大好きなマコ姉さま。そしてその後ろをとても怖い形相で追う学校中の皆様方。…………あ。


「確か……今の時間はコマがマコをガードするはずだったよね?良いの?あの状況のマコを放っておいちゃっても」

「…………ね、ねねね……姉さますみません……ッ!?私ったらついうっかり……い、今すぐ助けに参りますから!ごめんなさいヒメさま!は、話はまた後で!」

「ほいほーい。そんじゃ行ってらっしゃーいコマ。休み時間が終わるまでには戻っておいでー」


 慌てて姉さまの後を追う私。……お、おかしいですね。姉さまに叶井さまへの返事を考える余裕や暇を与えぬようにと学校中の皆さんを焚きつけた今回の姉さまとの口づけ騒動。

 上手くいったのは喜ばしい事ですが、上手くいきすぎて焚きつけた張本人のこの私まで叶井さま対策が出来なくるくらい余裕も暇もなくなっているような気が……?

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