第68話 ダメ姉は、電話する
『電話かけてあげたらきっとコマちゃんも喜ぶわよ。マコちゃんの声を聞いたらコマちゃんも元気が出ると思うし』
『どうかお願いしますマコさん。コマさんに電話をかけてあげてください。あの子は……貴女からの電話を待っているはずなんです』
ちゆり先生、そして沙百合さんに非常にありがたい助言を頂いたその翌日。
「―――さて、今日はここまでですね。それでは4時間目の授業を終わります。礼」
「「「ありがとうございましたー」」」
チャイムが学校全体に鳴り響くと共に、つい先ほどまで理科の授業を行っていた先生が皆に号令をかけこれにて授業が終了。これで本日の午前中の授業は全て終わりとなった。
『ハァー……やっと授業終わった。疲れたぁ……』
『お腹空いたねー。早速お昼ご飯にしようよ!』
『おい、食堂行くなら急ごうぜ。席すぐ取られるぞ』
昼休みに入り授業中のやや緊張した空気は一掃され、教室は賑やかな空気を纏っている。食堂へと急ぐ者、お互いの机をくっつけて気の合う友人たちとお喋りに興じる者……皆思い思いにお昼を楽しんでいるようだ。
そんな彼ら彼女らの楽し気な雰囲気を横目に席を立つ私。さて……時間的にもちょうど良い頃合いだろう。そろそろ私も行かなきゃね。
「ね、ねぇ……マコ。ちょっと良いかしら……」
「ん……?ああ、カナカナか。なぁに?どうかした?」
と、お弁当箱を片手に教室を後にしようとしたところで、隣の席の友人が私に声を掛けてくる。何だろう?もしや何か相談事だろうか?
「あ、あのね……今日もあんたってお弁当みたいじゃないの」
「へ?……あ、ああうん。まあ今日に限らず大体いつもお弁当だけど……それがどうかしたのかな?」
「えっと……ね。だったらさ……その、良かったら昨日みたいにわたしと一緒にご飯食べない……?」
「え?カナカナと一緒に?」
「う、うん……あっ!も、勿論マコが嫌なら良いのよ?ただ……コマちゃんが居なくてマコ寂しそうだったから……さ」
何故だかちょっぴりしどろもどろになりながらも、お昼に誘ってくれる私の親友。実はこの彼女、昨日も『何だかマコが寂しそうだし、わたしが一緒にご飯食べてあげるわ。感謝しなさい』と言って私と一緒にお昼食べてくれたんだよね。
まあ、一昨日の私ってば『コマが居なくて寂しいよぉ……』と皆の前であれ程泣き喚いていたからね……なんだかんだでこの友人も私の事を心配してくれているのだろう。普段はアホだのダメだの貶すけど、こういう時に気遣ってくれるのは本当に嬉しい。私って結構友人たちに恵まれてるよなぁ……
「だからその……わ、わたしで良ければマコとお昼を一緒に食べても……い、良いわよ……?」
「そっかそっか。ありがとね。私なんかの事、そんなに心配してくれてたんだね」
「い、いや……別に心配してたってわけじゃないけど……」
「でもゴメンよカナカナ。折角のお誘いだけど、今日は私一人で食べるね」
「…………え……」
本来ならば昨日のように、この友人のありがたい厚意に甘えてコマが居ない寂しさを紛らわしていたところだけれど……
申し訳ないけれど今私には命に代えてもやり遂げなければならない事がある。気遣ってくれた事には心から感謝しつつも、その誘いを断腸の思いで断る私。
「え、えっと……それはつまり、わたしと一緒に食べるのが嫌って意味……かしら?」
「あ、いやいや違うから。そんなんじゃないから是非とも安心してほしい。……実はさ、生助会のお仕事が大分溜まっててね。やっぱコマが居ないと作業効率がガクッと落ちてさー。お昼休み返上で仕事しないと間に合わないんだよねー」
「あ……ああ、なんだ。そういう事ね。…………(ボソッ)良かった、嫌われてるってわけじゃなくて……」
友人にそれっぽい理由を挙げて嘘を吐く私。……まあ、コマが居ないせいで作業効率が落ちている事自体は嘘じゃないけどね。
「……なら……うん、仕方ないわね。もう……やっぱりマコはコマちゃんが居ないとダメダメなのね」
「ハハハ……返す言葉もないッス。ま、そういうわけでさ。今日はちょっと作業をしながら部室で食べる事にするよ。悪いね、誘ってくれたのに断っちゃって。気を悪くさせたならごめんよ」
「あ、いや……べ、別に気にしてないし良いわよ。……あーあ、でもやっぱり残念。折角またマコのお弁当のおかずを食べさせて貰えるかもって期待していたのに」
「オイちょいと待てい。まさかとは思うけど……残念って私のおかずを食べられなかった事が残念なの!?それは流石に酷くない!?」
「そ、そりゃそうよ。アンタと一緒にお昼食べたい理由がそれ以外にあるとでも思ったのかしら?」
そんな軽口を叩きつつも、ちょっぴりがっかりしている様子が見て取れる私の友人。そりゃ気を利かせて誘ったのにあっさりと断られたら嫌な気持ちにもなっちゃうよね。
ホントごめんよ……でもちょっと今日だけは私、どうしてもやらなきゃならない事があるんだよ……
「あ、そうだ。その代わりと言っちゃなんだけど……はいコレ。あげる」
「え?あの……マコ、これって……?」
「マフィンだよー。私の自信作。おやつに食べようと思って作って来たんだ。誘ってくれたお礼にあげるよ。良かったらそれ食べて」
「…………マコの……手作りマフィン……」
物を使ってお詫びするのはちょっと気が引けるけど、それでも折角誘ってくれた感謝の気持ちと謝罪の気持ちを込めて。とっておきのマフィンをその友人にプレゼントする私。
確かこの子、甘いものが好物だったハズだしこれで今日は手を打って貰うとしますかね。
「あ……えっと……その。ありがとマコ……」
「んーん。カナカナこそ私を誘ってくれてありがとね。もし別の機会があったらまた誘ってよ」
「う、うん……考えとく……」
マフィンを渡すとやはり私の見立て通り、頬を仄かに赤く染めてちょっと嬉しそうにしている彼女。うむ、喜んでいただけたようで何よりだ。
「さて、と。私そろそろ行くわ。あんまりのんびりしてたらお昼休み終わっちゃうし」
「あ、うん……そうね。それじゃマコ、お仕事ちゃんと頑張りなさい」
「へーい。サボらず頑張りまーす。んじゃ、また後でねカナカナ」
友人とそのまま手を振って別れ、生助会の部室へと急ぐ私。……話し込んでて少しだけ時間オーバーしてしまった事だしちょっと急がねば。
◇ ◇ ◇
旧校舎三階の一番奥、そこに私とコマが所属している『生助会』の部室がある。
「ふぃー……到着っと」
途中先生や生徒たちにしつこく絡まれたり生助会への意見書を手渡されたりしたけれど、やっとの思いで部室に辿り着いた私。
その部室の鍵を開けて中に入ると、部屋の中は薄暗くがらんとしていてなんだか物寂しい雰囲気を纏っている。ただでさえカーテンを閉め切ってあるから余計に暗く感じるこの部室は……まるでいつも私の隣にいるコマが居ないせいで、部屋も私と同様に寂しがっているようで……
「っと……いかんいかん。変な感傷に浸ってる場合じゃないね」
友人のありがたいお昼の誘いに嘘を吐いてまで断ったんだ。一分一秒無駄には出来ない。本当の目的の為、急いで部屋の中に入り中から鍵をかけて準備完了。これでいつでも掛けられる。
そう……お昼を誘ってくれた彼女に『仕事が残っているから』と誤魔化した私だけれど……実を言うと仕事をするためにこの部屋に来たわけじゃない。私がこの部室まで足を運んだ理由はただ一つ。ちゆり先生と沙百合さんに昨日助言された通り、我が麗しの妹コマに電話を掛ける為である。
「校内で電話したら没収されちゃうもんなぁ……」
うちの学校では一応携帯電話・スマートフォン等の持ち込みは許されているけれど、それでも授業中は勿論学校内での使用は禁じられている。もし教室で掛けようものなら、マイティーチャーに即捕縛・即没収・即説教のトリプルコンボを決められる事になるだろう。
だからこそ、電話している姿を誰にも見られないように部室までやって来た私。この生助会の部室は鍵がかけられる上にカーテンを閉めれば外から中の様子は見られない。そもそも昼休みにこんなところに来る酔狂な輩はほとんどいないわけだし……ここならば安心して電話が出来るのである。ホント、改めてこの部室って便利な場所だよなぁ……としみじみ思ってしまったり。
「ええっと……リレーも個人ももう終わってるはずだよね……」
電話を掛ける前に、念の為コマに予め貰っていた今日の陸上競技大会のスケジュール表を確認する。電話したのは良いけれど、コマが今競技の最中とかだったら困るからね。
「……OK。今なら電話しても問題ないハズ」
確認良し。この時間ならコマも競技を終えてお昼休憩中だろう。……まあ今大会真っ只中だし電源切ってたり食事をしていてコマがこの電話に気付かないかもしれないけど……それでもとりあえずダメ元で良いから掛けてみよう。コマ、気づいてくれると良いんだけど……
そんな事を考えながら携帯を取り出して、電話帳からコマの番号を呼び出してみる。すると―――
Pr… ピッ!
『も、もしもし!?ね、姉さまですか!?』
「う、うおっ!?」
呼び出し音がワンコールも鳴り止まぬうちに電話に出てくれたコマ。流石の私もまさかこれ程素早くコマが電話に出てくれるとは思ってなかっただけに、思わず声を出して驚いてしまう。び、ビックリした……
『ど、どうしました姉さま!?もしや姉さま、何かありましたか!?』
「い、いや何でもないよ。ハハハ……ちょっとビックリしただけだから……」
『ビックリ……?ええっと、それって一体……』
「あー……大丈夫大丈夫。気にしないで。それよりもいきなり電話しちゃってゴメンねコマ。今電話しても大丈夫?」
気を取り直してそうコマに尋ねてみる私。一応さっきも確認したけど、スケジュールがズレて競技中だったりしたら大変だもんね。
『え、ええ勿論です!姉さまならばいつでも掛けてくださって構いませんからっ!」
「ん?そう?なら良いんだけど……」
「…………あら?と言いますか……姉さまこそ電話して大丈夫なのですか?今姉さまって学校に居るのですよね……?校内での使用は禁止なのでは……』
「えへへー。そうだね。今生助会の部室にいるよ。先生たちにバレたら怒られちゃうから……こっそり部室の中で電話しているんだー♪いやぁ……コマの声が無性に聴きたくなっちゃって……我慢できずにコマについ電話しちゃった♡あ、先生たちにはナイショにしててねコマ」
『まあ……!そうだったのですか……ふふっ、姉さまったら。でしたら見つからないようにお気をつけてくださいまし』
「はーい。気を付けまーす」
そんな他愛のない会話を笑い合いながら交わす私たち立花姉妹。ああ……良い……やっぱりコマとお話するの楽しい……たった数秒程度のやり取りなのに、もうすでにあれ程辛かった3日間会えなかった寂しさやモヤモヤが何処かへ吹き飛んでしまったようだ。あーあ、こんな事なら意地なんて張らずに3日間電話すれば良かったなぁ……
さて……もう少しこの幸せな時間を堪能したいところだけど、私もコマも昼休みの時間は有限だ。あまり長居時間お喋りしているとあっという間に時間切れになってしまうし……先に要件を済ませてしまおう。
「ところでコマ。今日は予選だったよね?もう今日の競技は終わったんでしょ?どうだったかな?」
『ぅ……』
予選の結果を聞くついでに、コマの今の
『…………』
「ん?あれ?コマー?もしもーし?聞こえてる?」
『あ……は、はい聞こえてますよ姉さま……よ、予選の結果の話、でしたよね……ええっと……一応、リレーと個人のどちらも……無事に予選突破出来ました』
「おぉー!さっすが私のコマ!おめでとうっ!凄いっ!」
おずおずとコマは遠慮がちに報告してくれる。うむうむ。やっぱり私がコマの調子を心配するまでも無かったみたいだ。予選くらい軽く突破しちゃったか。お姉ちゃんコマの頑張りがとても嬉しいよ。良かったねコマ。
ただ……そうか。これで明日の決勝が終わるまでコマに会えないのが確定になっちゃったかぁ……
ぐぬぬ……コマが決勝まで進めたのは嬉しいけれど、お陰でもうしばらくコマと直接会えないのは寂しい……神よ、このジレンマどうすれば良いのですか……!?
『……ありがとう、ございます姉さま。……ただですね、そう褒められたことでは無いのですよ……』
「へ?」
と、こっそりそんなくだらない葛藤をしていた私をよそに、静かな声でコマが呟く。褒められたことじゃない?はて?何の話だろう?
『予選突破と言ってもですね……実を言えばかなり危うかったのです。リレーに関しては部長さまたちが頑張ってくださったお陰で何とか突破出来ましたし、個人も予選出場枠ギリギリで……』
「そ、そうなんだ……」
沈んだ声でコマがそんな報告をする。どうやらかなり落ち込んでいるようで、電話越しでも今のコマの表情が容易に想像できてしまう。
『今日は自己ベストには程遠いタイムでした。部長さまたちの足も引っ張ってしまいましたし……こんな調子では多分明日の決勝も……』
「んー……そっか。専門家じゃないし私にはちょっとよくわかんないけど、もしかしたら体調が悪かったり緊張してるのかもしれないね」
『……かもしれません。自分ではよくわかりませんけど……』
「あー……えっと。……ま、まあでも大丈夫っ!コマなら明日はきっと良い走りが出来るよっ!だから自信もって走っておいでよ!お姉ちゃん応援してるからさ!」
全く根拠のないアドバイスを送る私。落ち込んでいる時にこんな適当なアドバイスですらない事しか言えなくてごめんよコマ……
『…………姉さま……本当に、そう思いますか……?』
「え?あ、うん。勿論っ!私は走りに関してはずぶの素人だけど……コマの練習を見学させて貰った時にも思ってたよ。コマらしく頑張ればきっと良い走りが出来るって。だからコマなら大丈夫だよ」
『…………どうでしょう。姉さまは……恐らく私を……過大評価していると思いますよ……』
「……は?」
予想外のコマの返答に固まる私。過大評価……?ええっと……何の話をしてるんだコマは……?
「あの……コマ?一体どうしたの?何かあった?」
『…………私……ダメです。ダメなんです……』
「ダメ……?いや、コマがダメって……そんな事は無いでしょう?ダメダメなのはこの私の方なんだし」
『…………違うんです。そうじゃなくて…………やっぱり私って……姉さまが傍に居ないと全然―――』
苦しそうに何かを吐き出すように言葉を紡ぐコマ。そのコマが呟いた言葉の真意を問おうとした私だけれど、
『立花コマ君ー!すまんがこれから明日のスケジュールの確認及び打ち合わせを始めるのだが……ちょっとこちらに来てくれないか』
『…………あ……は、はい部長さまっ!今すぐ参ります!―――も、申し訳ございません姉さま。ちょっと呼ばれてしまいました。もう行かなくちゃ……』
「えっ!?こ……コマ?あの、まだ話の途中……」
『……折角お電話を頂いたのにすみません姉さま。ま、また後で掛け直しますから……!し、失礼しますっ!』
「あ、ちょ……コマちょっと待っ―――」
最後までコマの言葉を聞く前に電話の奥でコマが誰かに呼ばれたみたいで、慌てて電話を切ってしまうコマ。
止める暇もなく電話を切られた私は、ツー、ツーと通話の切れた携帯を耳に押し当てたまましばらく困惑していた。
「…………こ、ま……?」
……何だろう、今のコマの感じ。ちょっと暗かったよね……?それに落ち込んでいるといえば落ち込んでいるっぽいんだけど……結果が思わしくなかったから落ち込んでるだけじゃなくて―――もっとこう、何か別のところでも落ち込んでいるような……?
「んー……」
さっきのコマの反応を踏まえて、少し考えてみる。あのコマの珍しく漏らした弱音、何だかそれが私にはSOSを発信しているように聞こえた気がする。
……いや、ただ単純にコマが今日の結果に納得していないってだけの話かもしれないし、私が考えすぎなだけで取り越し苦労かもしれないけれど……
だけど……もし私の想像正しいならどうだ?………もしそうなら、私はこれからどうすれば良い?コマの姉として、一体何を為すべきだ?
「……ふむ」
考えてから自分の中である決断をする私。……うん、決めた。もしもこれで私の取り越し苦労に終わったとしても……あの時みたいに後で後悔するよりかは、恥をかく方が何万倍もマシだもんね。
善は急げとよく言うし、まずはとりあえず懐からお財布取り出して中身をチェック。
「ひーふーみー…………よし。まー、これだけあれば十分行けるでしょう。足りなきゃどっかで下ろせば良いだけだし。んじゃあとは職員室に行って先生に…………ああ、叔母さんにも一応連絡しとかなきゃいけないか……」
ブツブツと今からやる事を少し整理する。お金はあるし、乗り方もわかる。なら残りの問題は……上手い事先生を交渉してここから抜け出すだけかな。
多分、これでまた先生にも叔母さんにも―――そしてコマにも怒られるだろうなと苦笑いをしながらも、決意が揺らがないうちに職員室へと走る私。
……大丈夫。待っててねコマ。お姉ちゃん、今行くから。
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