第67話 ダメ姉は、助言される

~SIDE:マコ~



 コマと離れ離れになり今日で二日目。半日以上コマと会えないのは多分生まれて初めてで、実のところかなりツライんだけど……学校の授業や部活動に夢中でのめり込んでいるお陰で今のところ何とかやっていけている私。


「―――すみません、ちゆり先生。それに沙百合さん。休診日なのに突然お邪魔しちゃって……」


 そんな私が本日の授業と部活動を無事に終え、やって来たのはちゆり先生の診療所。毎月恒例の献立表チェックをやってもらうべく平日に……しかもちゆり先生の診療所は本日休診日だというのにお邪魔させて貰っている。


 ……え?何でわざわざ休診日に診療所に来たのか?献立表チェックなんてコマの診察に付き添う時にでもしてもらえば良いじゃないかって?

 …………いやあの違うんだよ?先月先々月はテストとか夏休みで献立表づくりが疎かになってて……至急チェックして貰う必要があったんだよ。……ホントに献立表チェックの為に来たんだよ。……べ、別にコマがお家に居ない寂しさを紛らわす為……そしてちゆり先生と沙百合さんにこの辛さを癒して貰う為に押しかけたわけじゃないんだからね……ホント、そういうのじゃないんだからね……?


「もー、水臭いわね。何を他人行儀なこと言っているのよマコちゃん。いいのよ、マコちゃんとコマちゃんならいつ遊びに来てもなーんの問題もないのよ。ねー沙百合ちゃん」

「ちゆり先生の仰る通りですマコさん。遠慮は一切無用です。マコさんやコマさんならば私もいつでも大歓迎ですよ」

「ほらほら、沙百合ちゃんもこう言っているんだし遠慮なんてしないの。あ、何なら今日泊ってく?お泊りセットならいつマコちゃんたちが泊っても良いようにちゃーんと準備万端よー♪」

「あ、ありがとうございますお二人とも。……それと、泊まりは流石にご遠慮しますね先生。残念ながら一応明日も学校ですから……」


 予約を入れていたわけでもなければ、今日はそもそも休診日。本来なら追い返されても文句なんて言えないところだけれど、ちゆり先生も看護師の沙百合さんも優しく私を出迎えてくれる。

 相変わらず優しいなぁこの方たち……私には最高の妹は居るけど実の姉は居ない。だからもし居るならこういう素敵なお姉ちゃんたちが欲しいわ。


「さてと。それでは折角マコさんがとっても美味しそうなお菓子をお土産に持って来てくれたわけですし……早速三人で食べちゃいましょう。私、お菓子に合いそうな紅茶を淹れてきますね。マコさんと先生はしばらくお話でもしながら待っていてください」

「えっ!?あ、いえそんなお構いなく沙百合さん。献立表をチェックして貰ったら、すぐ家に帰りますんで……そ、それにそのお菓子ってお二人に食べてもらいたくて作ったんで、私が食べるわけには……」


 お茶を淹れるために席を立とうとする沙百合さんを慌てて止める。今日はアポなしで急に押しかけるわけだし、ただ単にちょっとしたお詫び兼お土産のつもりで放課後に学校で作ったモンブランシューを持参しておいた私。それなのにお茶まで出してもらうなんていくら何でも申し訳なさすぎる。


「もう……マコさん?遠慮など必要ないと何度も言っているでしょう?遊びに来てくれたお客様のおもてなしくらい私にさせてくださいな」

「で、ですけど……」

「それにお土産まで貰っておいてお茶も出さないだなんて、ちゆり先生の助手失格です。このままじゃ私、ちゆり先生に後でお説教されて…………(ボソッ)お説教ついでにHなオシオキされちゃいますよ。「沙百合ちゃん、ねえ沙百合ちゃん?止めて、マコちゃんに変な事吹き込むのは止めて。じゃないと後でホントにするわよオシオキ」ここは私を助けると思って任せてはくれませんか?こう見えて私、お茶を淹れるのが得意なんです。お菓子作りの腕はマコさんには敵いませんけど、お茶に関してはマコさんにも負けませんから」


 そう言って茶目っ気たっぷりにウインクする沙百合さん。うーむ、これは……これ以上遠慮しちゃう方が失礼になりそうだわ。


「は、はい。わかりました……そ、それじゃあその、よろしくお願いします」

「はい。美味しいの淹れますから楽しみにしておいてくださいねマコさん」

「……コホン。あー、沙百合ちゃん。私のもよろしく。とびっきり美味しいやつを頼むわ」

「ふふっ、はーい。お任せくださいちゆり先生。では少々お待ちくださいね」


 そのまま沙百合さんは楽しそうに奥のキッチンへと向かっていく。私はそんな沙百合さんの後ろ姿に見とれてしまう。……沙百合さんみたいな可愛げがあってお茶目で優しいお姉ちゃんって……なんか良いよね……。

 コマも前々からかなり沙百合さんの事は慕ってるようだし、私もああいう素敵なお姉ちゃんキャラを目指してみようかな。


「さぁてと。沙百合ちゃんが紅茶を淹れてる間に私たちは私たちのお仕事済ませちゃいましょうか。マコちゃん、今日は献立表を見せに来たんでしょう?見せて貰えるかしら」

「あ、はいです先生!えーっと……あ、あったあった。これです。先生どうかよろしくお願いします」

「はいはーい。どれどれ……」


 献立表と取り出して先生に渡すと、私から献立表を受け取った先生はいつものように素早く添削してくれる。


「んー……それにしてもなんだか新鮮ね。マコちゃんの傍にコマちゃんがいないって。貴女達との付き合いも長いから、いつも二人一緒にいるのが当たり前すぎてちょっと違和感があるわね」

「あはは……私もそう思います……何というか、コマが隣にいないと落ち着かないんですよね……ホントはちょっとさみしいんです……」


 添削している手は止めずに私に話しかけてくれる先生。そうか……私とコマが一緒にいるのが当たり前、か……えへへ。何かちょっと照れちゃうね。


「でしょうねぇ。コマちゃん早く帰ってこないかしらね。……コマちゃんって陸上の大会に出場するのよね?それっていつからいつまでなの?」

「ああ、明日が予選らしいですね。そんでもって予選を無事に突破出来たら明後日に決勝だそうです」

「そう……なら最悪あと二日も会えないのね……」


 明日がいよいよ予選開始。きっとコマなら宣言通りに素晴らしい結果を残してくれるだろう。……まあ、私としては結果はともかくとして、コマには怪我無く楽しく走って貰えたら十分満足なんだけどね。

 そんな事を考えていた私の隣で、ちゆり先生がなにやら思案顔で赤ペンを唐突に置く。……あれ?ちゆり先生ったらどうなさったんだろうか。まさかもう添削が終わったのかな?


「……それはちょっと、コマちゃんが心配ね」

「へ?コマが、心配……?えっと、それってどういう……?」

「だって昨日からコマちゃんと別れたのよね?という事は……マコちゃんの元から4日間も離れるって事でしょ?……コマちゃんの味覚障害に……というかコマちゃん自身にどんな影響が出るか分からないのがちょっと心配だわ」

「あ……」


 私が懸念していた事をちゆり先生も当然のように気にかけてくれる。うん……そうなんだよね。先生の仰る通り、この4日間がコマの身にどんな影響が出るのかが誰もわからないのは私もちょっと心配だ。


「今までは姉のマコちゃんがずっとコマちゃんの傍にいてくれたから、コマちゃんも心は安定していたわけだけど……何の訓練も無しにいきなり長期間二人が離れ離れになるのはかなり不安ね。何度も言ってきたことだけどコマちゃんの味覚障害の主な原因はによるものよ。精神的支柱であるマコちゃんが傍にいない今、心のバランスが崩れたら下手すると味覚障害も悪化しちゃうかもしれないし」

「……ですよね。実を言うと私もそれが気がかりでして。最後までコマの大会参加を渋っちゃいましたよ。『これで味覚障害が悪化したらどうするんだ』って。ちょいと心配なんですよねー……」


 コマ自身が『大丈夫です』と言ったわけだし……コマの事を信じていないわけじゃない。心身共に強いコマならこんな苦難も乗り越えられると信じているけど……でもやっぱりどんな影響が出るのか私は勿論、お医者様であるちゆり先生ですらわからないのは流石に心配だ。


「…………(ボソッ)いいえ、味覚障害が悪化するだけならまだ良いわ。マコちゃんが居ない今……もしこれでコマちゃんのただでさえ危うい心が更に乱れたら……もしかするともっと酷い事に―――」

「ん?あの、先生?今何か言いました?」

「……んーん。何でもないわ。それよりもマコちゃん。そんなにコマちゃんの事が心配なら、いっそのこと電話でもしてあげたらどうかしら?」

「えっ!?で、電話……!?」

「電話かけてあげたらきっとコマちゃんも喜ぶわよ。マコちゃんの声を聞いたらコマちゃんも元気が出ると思うし……それにマコちゃんだってコマちゃんの声が聞けなくて寂しいんでしょう?」


 電話……か。うーん……ホントはしたい、正直今すぐにでも電話してコマの声が聞きたい私なんだけど……


「そ、それはその……勿論そうなんですけど……」

「んー?けどなぁに?」

「…………実はですね、コマを見送る時に私って『寂しくなったり辛かったらいつでもどこでも遠慮なんてせずに電話でもメールでもジャンジャカして良いからね!』ってコマに言ってしまったんです……」

「???それが一体どうしたの?何か問題でもあるかしら?」

「ぅ……で、ですからその……そんな事言ってしまった手前、私の方から電話しちゃったら……まるで『妹に会えないのが寂しくて、つい我慢できずに電話しちゃう姉』―――みたいにコマに思われちゃいそうで……あ、姉としてのなけなしの威厳が地に落ちそうな気がしてですね……」

「……えぇー」


 寂しいし声も聴きたいけど、出来れば向こうから電話がかかって来るまではこちらから電話するのは避けておきたい私。我慢できずにこっちから電話するのは恥ずかしいし……

 …………え?姉としての威厳なんて元から無いだろうって?あ、あるもん……こんな私でもちょっとくらいはあるハズだもん……コマに情けない姉って思われたくないんだもん……


「ええっと……マコちゃん?コマちゃんはそんなの気にしないと思うわよ。変な意地なんか張らないで、かけてあげた方が良い気がするんだけど……。マコちゃんの為にも……コマちゃんの為にもね」

「し、しかしですね……あんな事言っちゃった手前、私から電話するのは姉としての立場とか面子ってものがですな……」

「―――私からもお願いしますマコさん。電話、コマさんにかけてあげてください」

「へ……?さ、沙百合さん……?」


 と、そんな話を先生としていると、いつの間にか紅茶のとても良き香りと共に沙百合さんが現れる。


「……マコさん。きっとコマさんは貴女の電話を待ち望んでいますよ。私……今のコマさんの気持ちが少しわかると思うんです」

「っ!?こ、コマの気持ちがわかる……!?ほ、ホントですか!?」

「はい。……実を言うと私もですね、思うところがありまして今回陸上競技大会に出場すると決めてマコさんの元から離れたコマさんのように、ちゆり先せ―――コホン。大好きな人の元を自分の意志で離れたことがあるんです」


 私と先生に淹れた紅茶を渡してくれながら、ちゆり先生に同調するように私に語り掛ける沙百合さん。


「その当時の私は焦っていたんだと思います。『もっとこの人に相応しい人間になりたい。ちゃんと自立してこの立派な人の隣に立って支えていきたい』……そんな気持ちばかりが空回りして……後先考えずに行きたくもない外国に留学なんてして……医療の勉強に明け暮れてたんですけど……」

「……けど?」

「…………結果から言うと、心身ともに病んでしまって散々でしたよ。好きな人に会えないことが、好きな人と言葉を交わせないのが辛すぎて……勉強に集中出来ず、慣れない外国の生活に疲れ果ててしまいましてね」

「あ、あの……沙百合ちゃん……?そ、その話ってもしかして……」


 まるで過去を偲ぶように懐かしそうに沙百合さんは話してくれる。そして隣で私の作ったシュークリームと沙百合さんの淹れてくださった紅茶を飲んでいた先生が何故か動揺しだす。


「寂しいならさっさと帰国するか電話の一つでもすれば良いだけの話なのに、それでも自分から頑張ると言い出した手前……プライドが邪魔して電話も掛けられなかったんです。……そのせいで徐々に心も身体も折れかけて、倒れる一歩前でしたよ」

「だ、倒れる一歩手前って……それ、沙百合さん大丈夫だったんですか!?」

「……ええ。結構危なかったんですけどね。でも……その私の大好きな人が気まぐれに電話をかけてくれて……電話を掛けた時点で私がもう限界だって悟るや否や、わざわざその人は現地まで駆けつけてくれたんです。……そして有無を言わさずに私を日本へ連れて帰って……それで事なきを得ました。『どうしてこんなになっても連絡してくれなかったのよ!?』っていっぱい怒られちゃいましたけど……あの時は本当に嬉しかったなぁ……」

「…………(ボソッ)あの……やめて、沙百合ちゃん。そういう話はあんまり他の人に喋らないで……恥ずかしいから……」


 頬を染めて嬉しそうに話す沙百合さん。へぇ……沙百合さんにそんな事があったのか。何か良いなぁ……自分の好きな人に助けて貰えるなんてとっても素敵な話だよね。

 ……ところで、どうして隣のちゆり先生も頬を染めて恥ずかしそうにしてるんだろうか?


「すみませんマコさん、突然変な話をしちゃって。えーっと……つまり何が言いたいのかって言うとですね。……多分コマさんも当時の私と同じことを考えていると思うんです」

「コマも……沙百合さんと同じことを、ですか?」

「ええ。……私とコマさんって、ちょっと似ているところがありますからなんとなくわかるんですよ。大好きな人に褒めてもらいたいからと、勝手に色んなものを背負い込んで……ホントは寂しい癖に大好きな人を失望させたくないからと、その寂しさをひた隠しにして。その結果自分をどこまでも追い込んでしまう……そういうところ、私とコマさんは似ているんです」

「……コマが、そんな事を……」


 沙百合さんに言われてちょっと納得してしまう。……そう言われると、確かにコマはそういう傾向があるかもしれない。

 雨と雷にトラウマを刺激されて倒れてしまった6月も、コマは倒れるまで私や叔母さんにその辛さや恐れを相談してはくれなかったし……


「恐らくどれだけ寂しくてもコマさんからは決して電話をしないと思います。なまじマコさんと離れる直前にマコさんに『寂しかったら電話をして』と言われていますから……余計に意地を張っていると思うんです」

「コマも私みたいに意地を張っている、と……」

「ええ。だからこそ、コマさんの一人の友人として言わせてもらいます。……どうかお願いしますマコさん。コマさんに電話をかけてあげてください。あの子は……貴女からの電話を待っているはずなんです。ですからどうか……」

「沙百合さん……」


 私の手をキュッと握って真摯な瞳で私にそう助言する沙百合さん。握った手の温もりから伝わるコマを大事に想ってくれる人の強い気持ち。

 ……嬉しいなぁ……こんなに優しい人にここまで言って貰えたら、その助言を聞かないわけにはいかないじゃないのさ。


「……そうですね。……姉の私が妙な意地を張っても仕方ないですよね。……決めました、電話は私から掛けてあげることにしますね」

「マコさん……!ありがとうございます、私の要らぬお節介を聞いてくださって……」

「……い、いえ……お礼を言うのは私の方ですって。沙百合さん、それにちゆり先生。こちらこそアドバイス本当にありがとうございます。なんか私もすっきりしました!とりあえず明日が予選ですし、今電話してコマに余計な同様とか緊張を与えたらマズいんで……今日のところはコマに後でメールをすることにしますね。電話は予選が終わる明日のお昼に予選の結果を聞くついでに掛けてあげようかと」

「うん、そうね。私もそれが良いと思うわ。コマちゃんも喜んでくれるわよきっと♪」

「そ、そうですかね?喜んでくれるなら良いんですけど……」

「ふふっ、ええ。コマさんならすっごく喜びますよ。今か今かと待ちわびているでしょうからねー」


 頼れる大人二人に助言され、自分の方針をあっさり変えることに。よくよく考えたら私の姉としての威厳とかプライドとか、あってないようなものだし……プライド捨てるのとコマの声を聞くのとを天秤にかけたら……素直に電話してコマの声を聞く方がよっぽど良いよね。



 ◇ ◇ ◇



 ~同時刻 SIDE:コマ~


「ハァ……」


 陸上競技大会に助っ人として参加する為……愛しき姉さまの傍を自分から離れた私、立花コマ。明日がいよいよその大会の予選なのですが……


「……ふむ。立花コマ君、ちょっと良いかね?」

「…………え?部長さま……?あの、どうなさいました……?」

「それは私の台詞だな。今ので夕食を始めてからちょうど10回目の溜息だぞ。どうかしたのかね?」

「え……!?た、溜息……ですか?そ、そんなに溜息吐いてたんですか私……?」

「自分でも気付いていなかったのかね?これはかなり重症のようだな……」


 隣に座っていた陸上部の部長さまにそう指摘されてしまいます。……じゅ、10回も……?……そんなに私って溜息なんか吐いていたのですか……?自分の事のハズなのに全然気づかなかった……


「朝食も昼食も、それから今も。あまり食が進んでいない様子だが……もしや体調でも悪いのかね?それとも明日の予選を前にして緊張しているのかね?」

「い、いえ……大丈夫です。ちょっとボーっとしてただけで……何でもありませんから……」


 話しかけてくださる部長さまに慌ててそう答える私。

 …………嘘。部長さまの手前、言えるわけありませんけど……何でもないなんて嘘です……


「そう緊張せずとも、君がいつも通りの力を発揮出来ればリレーも個人も予選は軽々と突破できるさ。ならばこそ、今はちゃんと食べて明日に備えるんだぞ立花コマ君。食べねば肝心なところで力は発揮できないからな」

「あ……はい。そうですよね……い、いただきます……」

「うむ、しっかり食べたまえ。しかしここの料理もまた美味だな。君の姉、立花マコ君と良い勝負が出来るんじゃないか?ハッハッハ!」

「…………そう、ですね」


 それでも部長さまに心配をかけないように、そして怪しまれないように……何でもないていを装う為、止めていた手を動かしてとりあえず再び夕食を再開してみることに。

 一口、口に入れてみると……姉さまの作る料理に負けず劣らずの美味しい料理の味が口の中いっぱいに―――広がる事は無く。


「(…………やっぱりつらい……)」


 ……味覚障害ゆえに夕食を口にしながら、心の中で一人静かに呟く私。これは……想像以上に辛いですね。……ご飯の味がわからないのも勿論辛いですが……それよりも何よりも、姉さまと二日も会えないのが本当にツライ……

 覚悟していたつもりでした。覚悟を決めて、自分の意志で姉さまの元を離れたつもりでした。ですが……姉さまとたった数日会えない事がこんなに辛いとは……


「(……姉さまも……今頃はお夕飯の時間でしょうか……?)」


 気付けばまたもやここにはいない姉さまに思いを馳せる私。……姉さまの声が聞きたい。出来れば、今すぐにでも。その感情に駆られてしまい……食事中はマナー違反である事は重々承知の上で、懐に忍ばせていた携帯電話をこっそりと取り出します。


『これだけは言わせて!寂しくなったり辛かったらいつでもどこでも遠慮なんてせずに電話でもメールでもジャンジャカして良いからね!』


 思い出すのは別れ際、姉さまが言ってくれたそんな台詞。……姉さまならば、言ってくれた通り私が電話を掛ければワンコールもしないうちに出てくれることでしょう。そして私のこの胸の内を察して、きっと私を優しい声で励ましてくれることでしょう。


「(ねえ、さま……)」


 その甘美な誘惑に負け、震える指でボタンをプッシュ。お気に入りにしている姉さまの番号を呼び出して、一思いにコール―――


「(…………ダメです。我慢なさい私……)」


 ―――しようとしたところで、何とかギリギリ踏みとどまります。……ダメ……もっとしっかりしなきゃ……今回ばかりは姉さまに甘えるわけにはいきません。姉さまに頼らずとも、自分の力で頑張ると決めたから。


「(そして……姉さまに必ず勝利を届けると誓ったから……)」


 今までずっと姉さまに甘えてばかりだった私。ですが、あの姉さまに相応しい妹になるためには……そろそろ変わらなきゃいけません。今回姉さまの元を離れたのは、その第一歩を踏み出す為。ここで姉さまに甘えず頼れず、頑張って結果を残せば……何かが変われる気がするから。

 もし私から電話をしてしまったら、その時点で自分に負けてしまった事となり私の誓いは破られてしまうでしょう。だから、私から電話は掛けることは許されません。


「(……携帯、もういっそ大会が終わるまで電源を切っておこうかしら……)」


 未練がましく携帯電話を眺めていた私ですが、苦しい気持ちを胸の内に押し殺します。

 こんなものが手元にあるから迷ってしまうわけですし……迷いを断ち切るべく電源を切ってしまおう。そう考えた矢先……


『コマー、メールだよ。コマ―、メールだよ』

「……え?」


 突然、その携帯電話から姉さまの声―――というか、姉さまの声が録音されたメール着信音が鳴り響きます。

 電源を落とそうと電源ボタンを長押ししかけた指を慌てて離し、メール受信ボックスを開いてみる私。そこに届いたのは……


『FROM:姉さま やっほーコマ。お姉ちゃんだよ!(^^)! コマは元気かな?コマがいないこちらの生活は、本音を言うとちょっと寂しいです(>_<) でもコマもいっぱい頑張ってるだろうしお姉ちゃんもがんばるね……。あ、そうそう!明日はいよいよ予選だね!怪我だけには気を付けて、伸び伸び楽しく走ってね('◇')ゞ生で応援できないのは残念だけど、遠いこの場所でコマの事を全力で応援しています。貴女の姉の立花マコより♡』


 届いたのは、姉さまからの励ましのメールでした。中身は自分の簡単な近況と、明日の応援メッセージ。

 200字にも満たないたった数行の文ですが……そこに込められた、姉さまの優しい気持ちの籠ったエールは、私の胸を読むたびに熱くさせてくれます。


 ……姉さまは、やっぱり凄い。どうしてこう姉さまは……私が寂しさでおかしくなりそうなタイミングで……そのタイミングを計ったかのように……こんな……こんな素敵なものを送ってくださるのでしょうか……?

 もう、困りますよ……これ以上は惚れようがないというのに……まだ貴女に惚れろというのですか……?


「……ふふっ♪」

「む?急にどうしたんだい立花コマ君?何だかつい先ほどよりも顔色が良くなったように見えるのだが」

「あら?そうですか?…………それは多分、気合が入ったからでしょうね。それより部長さま、お代わりお願いします。しっかりと食べて明日に備えなきゃ、ですよね?」

「おぉ……?何だ。元気が無いと思ったが、随分と良い食べっぷりじゃないか。良かろう、たっぷり食べるんだぞ」


 姉さまからこんな素敵なエールを送って貰ったんです。予選とはいえ明日も油断せずに勝ち抜いていかねば。

 ……姉さま、心温まるメールを送っていただきありがとうございます。私、姉さまの為に……絶対勝って見せますからね……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る