第66話 ダメ姉は、寂しがる

 陸上競技大会に出場する為に早朝から元気に出発した最愛の妹:コマを見送ってあげた私。今日からしばらくの間コマとの離れ離れの生活が始まる。

 正直に言うと寂しい気持ちはあるんだけれど、これもすべてはコマの望んだこと……つまりはコマの為だ。コマが一人で頑張ると宣言した手前、私も寂しさなんて我慢して姉として遠く離れたこの場所でコマを一生懸命応援―――


「おはよう皆。今日もいい天気で何よりね」

「「「あ、ああうん……おはよう……」」」

「……?皆どうしたのよ?何で教室の扉の前なんかに立ってんの?中入らないの?」

「いやその……それがさぁ」

「あー……何て説明すればいいのやら」

「ま、まあ百聞は一見に如かず。お前さんも教室の中を見てみな叶井。見れば分かるから」

「は?教室?教室に何かあるわけ?んーと、どれどれ―――」


『ぅあぁあああああ……うぅ、うぉおおおおん……こぉおおおおおまぁあああああ…………っ!』


「って、うわ!?な、何このうめき声……!?」


 ―――なんぞ、出来るはずもなく。クラスメイト達の心配そうな視線が集まる中、机に突っ伏して悲しみに明け暮れてただただ涙を流していた。


「あ、アレって……まさかマコ……!?え、えっ!?な、何?一体何があったの!?」

「ええっと……何があったかはアタシたちもよく分かんないけど……まあ見ての通りよ。マコったらアタシたちが登校してきた時からずっと泣きっぱなしなのよね……」

「俺が立花の次に登校したんだけどさ、少なくとも30分以上はああやって泣きわめいているんだよなぁ……事情を聞こうにもこいつ……子供みたいにずーっと泣きじゃくっててさ。ちょっと声かけ辛くて……」

「そんなに……!?え、ちょっ……ま、マコ……?ど、どうしたのよあんた。なんで呻いてんの?なんで朝っぱらから泣いてんのよ?だ、大丈夫なの……?」

「カナカナは、これが……大丈夫に……見えるとでも……!?」


 半ギレ状態でそう答える私。叔母さんに家を追い出され(というか蹴り出され)仕方なく頑張って行きたくもないコマの居ない学校に登校してみた私だけれど、やはりコマとのしばしの別れが辛すぎる……

 あふれる涙が、嗚咽が留まる事を知らない。うぉおお……うぉおおおおん……っ!こま、コマが居ない……私の目の届く場所にコマが居ないよぉ……


「ぅぁああああん……っ!こま、コマぁ……!コマに会いたいよぉ……!コマがわたしのそばにいないなんて……わたししんじゃうよぉ……っ!!!」

「え?『コマが傍に居ない』って……なんだよそれ?オイ立花、まさかコマさんに何かあったのか?」

「あ、あれ?そういえば今更だけど……いつもだったら朝礼が始まるギリギリまで立花さんってダメ姉の隣でお喋りしているはずなのに……今日は珍しく居ないよね?どうしたの立花さん?」

「ありゃ?言われてみれば確かに。……もしかしてさ。コマちゃんって風邪でも引いてお休みでもしてるとかじゃない?だからマコも泣いてるとか」

「あ、いや。それ多分違うわ。風邪じゃないと思う。確か今日はコマちゃんって陸上の―――あ。ああー……わかった。わたし……マコが落ち込んでる理由がわかったかも……」

「「「えっ?マジで?」」」


 魂が抜け落ちてぐったりしている当事者の私を横目に、クラスメイト達が唐突に推理ショーを始める。ええい、君らに一体何が分かるというんだ……


「ホラ、覚えてない?陸上部の皆がさ、今月は陸上の大会に出るから公欠する間のノートを戻って来たら貸して欲しいって前に言ってたでしょう」

「ん?大会だと?…………おお、そういや今日陸上部の連中見かけないもんな。そっかそっか、あれって今日からだったのか」

「うんそう。確か今日が移動日で、明日が調整日。そんで明後日と明々後日が予選・決勝らしいね。……それでね、皆も知っての通り今回はコマちゃんもその陸上部の助っ人として出場らしいじゃない?だから……今日からコマちゃんとしばらく会えなくて……それでマコはこんなに寂しがってるんじゃない……かしら?」

「ははぁ……なるほどね。だからマコもこうなって―――いや待って。それはつまり……マコがコマちゃんと別れてって事よね?なんでこの子、もうすでに今生の別れでも経験したみたいに泣きまくってんの!?いくら何でも寂しがるの早すぎない!?」

「「「流石のシスコンダメ姉だね……」」」


 …………勝手に人様の事情を推理して、勝手に納得して、そして勝手に呆れかえっている友人たち。なにさその君たちの『何て下らない理由で寂しがってんだ……』的な溜息は。だってさみしいものはさみしいじゃないのさ……


「……全く。あんたってコマちゃんと別れて一日どころか数時間も経ってないハズよね……?そりゃ寂しい気持ちはわからなくもないけど……マコはさぁ、もうちょっと堪え性ってものを―――」

「こま……コマぁ……おねえちゃん、さみしいよぉ……ねえ、おねえちゃんにコマのお顔をもっとよく見せて……コマの声をよく聞かせて……コマの香りを嗅がせて……」

「―――ちゃんと人の話を聞きなさいよマコォ……!こっち見ろォ……!」

「あいたぁ!?」


 寂しさを少しでも紛らわすために、携帯待ち受け画面にしているコマの写真に向かって語りかけていたら親友のカナカナに頭を強く叩かれた。い、いたい……いきなり何すんのさ……!?


「暴力はんたーい。いきなり何してくれんのさ。……ねーコマ。コマもそう思うよねー?この人ったら酷いよねー」

「写真の中のコマちゃんに話しかけてんじゃないわよマコ……いつもとはまた違う意味で気持ち悪いわよあんた……」

「……え?写真の中のコマ?ハハ、カナカナは一体なにバカな事言ってんのさ。…………コマハ、ココニ、イルジャナイノ……」

「だからしっかりしなさいってば!?本格的におかしくなってるわよマコ!?」

「ダメだ……立花のヤツ、相当重症だぞ……そのうちイマジナリーコマさんを脳内に作って一人で脳内コマさんと話をし始めそうなくらい病んでるぞ……」

「ヤベーよ……ダメ姉、目がヤベーよ。正気じゃねーよアレ……精神科に今すぐ連れてくべきじゃないか……?」


 ……?クラスメイト達が皆私を見てドン引きしてる気がするのは何故だろう?ねえコマ?私何か変な事でも言ったのかな?言ってないよね?


「……ハァ。ったくもう、世話が焼けるわね…………しっかりしなさい立花マコ!アンタがずっとそんな調子じゃ、!」

「んな……っ!!?こ、コマに……きらわれる……っ!?な、なんでさ!?なんでそうなるのさカナカナ!?」


 いきなり友人からそんなことをため息交じりに言われて、正気に戻って憤慨する私。き、嫌われるだとぉ……!?い、一体何の根拠があってそんな酷い事を言うんだこやつは……!?


「だってそうでしょ。紆余曲折はあったでしょうけど……最終的にはアンタだってコマちゃんの事応援するって言ってあげたハズよね?今朝だって、ちゃんとコマちゃんの事を送り出してあげたんでしょう?」

「う、うん……それは、まあそうだけど。それが何さ……?」

「だったら何を今更ウダウダ寂しがってんのよ。寂しがる前にやる事あるでしょうが」

「や、やる事……?そ、それって……?」

よ応援。寂しがる暇があるなら、コマちゃんの事ちゃんと応援してあげなさいよね。ったく……碌に応援もせずに、ただ駄々っ子みたいに泣きじゃくるとか……写真に向かって話しかけるとか……コマちゃんがそれを知ったら絶対にアンタの事を失望しちゃうわよ」

「……ぅ」


 今朝の叔母さんみたいに私の事を励ましつつ檄を飛ばす友人。ぐぅ……それは……確かに仰る通りで……


「大体さぁ……マコがそんな様子じゃ、コマちゃんもアンタの事が心配で実力発揮出来ないわ。あんたさ、一応あのカッコよくて凛々しいコマちゃんの姉なんでしょ?」

「…………う、うん」

「ならもっとしゃんとしなさい!どの道、あんたは直接現地で応援出来ないわけだし。もうマコに出来る事って言ったらコマちゃんの頑張りをここで応援しつつ、寂しさを我慢してコマちゃんに負けないように、自分のやらなきゃならない事を頑張るだけ―――そうでしょ?違う?」

「…………っ!」


 友人の言葉にハッとする。そうだ。結局今私に出来る事ってもうそれくらいしか無いんだよね。……やれやれ。何情けないことをやってたんだ私は。コマは今も様々なハンデを負う中で、それでも一生懸命目標に向かって頑張っている頃だろうに……

 ならば寂しがっている場合じゃない。現実逃避している場合でもない。コマが居ないからって……姉として恥ずかしい姿を晒すわけにはいかないじゃないか。


 コマが帰ってくるまで……私は私のやるべきことをちゃんとやろう。そう、これは神が私に与えた修行……いずれ来るかもしれない妹離れの修行と思えば……


「そう、だね。その通りだ。……ありがと、私のやるべきことがわかったよ……!私、コマの分までお仕事も勉強も頑張る!そして―――コマの事、応援するよ!」

「「「いや草葉の陰じゃダメだから……それじゃマコ死んじゃうから。普通に応援すれば良いから……」」」


 ……しまったちょっと言い間違えた。陰ながら応援する、が正しいのか……


「……ま、まあとにかく元気出しなさいなマコ。…………その、さ。あんたがずっとそんな調子じゃ……こっちまで調子狂っちゃうじゃないの……全くもう」

「か、カナカナ……う、うん!」

「おい立花。今日の放課後ヒマか?ヒマならちょっと俺らとカラオケに付き合えよ。歌でも歌ってストレス発散しようぜー」

「マコマコー、今日はマコの大好きな家庭科の授業があるよー。しかもなんと!待ちに待った調理実習の日だよー。嫌な事はぜんぶ忘れてさ、一緒にパーッと料理を楽しもー!ねっ!ねっ!」

「み、みんなも……」


 いつもだったら大変に失礼な奴らだけれど、珍しく優しく私を励ましてくれるクラスメイトズ。

 …………君たちのその優しさを、普段からもう少し私に見せてくれたって構わないのよ?とか思わんでもないけど……感謝するよ。


「……うん、とりあえずありがと。ちょっと元気出たよ。……そだね。私もコマが居なくても頑張らなきゃね。…………いよっし!気合入った!コマが居ない今だからこそ、私に出来る事やらなくちゃね!」

「そうそう、その意気よマコ。やーっとあんたらしくなったじゃないの。それでこそマコよ。弄りがいが無いマコなんてつまんないものね」

「立花はやっぱウジウジしてるより……うっとおしいくらいうるさいのが丁度良いよなー」

「無駄に元気が有り余っているのがダメ姉の唯一の良いところ(?)だもんねー」

「……あのさぁ諸君?人が元気になった途端に貶すのは止めてくれないかね?つーか今日くらいは私に優しいままでも罰は当たらないと思うんだけど?」


 ……ホントにこいつらは……元気出た今なら気にしないし別に良いんだけどさぁ……


「ま、まあそれは置いておくとして。……ねえ皆。ちょいとお願いがあるんだ。聞いてくれるかな?」

「「「お願い?」」」

「うん。今日ね、調理実習あるじゃない?その調理実習なんだけど……下ごしらえから調理まで、全部私に任せてくれないかな?」

「えっ、全部!?い、良いのマコ?それは流石にちょっと大変だと思うんだけど……」

「うん良いよ。ぶっちゃけ料理は慣れてるし、作るのが20人程度増えたところで何も問題なんてないよ」


 つーか、寂しいのを紛らわすにはそれくらい忙しくなきゃやってられないもんね。こうなりゃこの4日間はコマに会えない寂しさを忘れるくらい、無我夢中で授業や部活に忙殺されてしまおうじゃないか。そうすりゃ4日間なんてあっという間だろうし。


「ん……そう?なら……折角だしマコに任せちゃおうかしら。わたし、マコの作る料理好きだし」

「お、おぉー!聞いたか?立花の手料理だってよ。俺さ、前から立花の作る料理食べてみたかったんだよなー。美味いと聞いてたしよ」

「やった♪マコのご飯、美味しいもんねー。今からとっても楽しみ!」

「うむす!期待して待っていてよ!励ましてくれた分、皆にはこの立花マコが絶品の料理を作ってあげるからねー!」

「「「おー!ゴチになりまーす!」」」


 『私が調理する』と聞いてクラスメイトの歓声が湧き上がる教室。これはこれで丁度良い。コマにお料理を作ってあげられないという寂しさは、ここで発散するとしよう。やっぱ料理は誰かの為に作らなきゃつまらないもんねー。


「(…………コマ、コマも頑張ってね)」


 友人たちと会話をしながら、遠く離れた最愛の妹に向けて心の中でエールを送る私。

 ……ねえコマ。そっちも大会とかご飯とか、色々大変だと思うんだ。……だけどさ、お姉ちゃんこっちで頑張ってるよ。だから……コマも一生懸命頑張るんだよ。







 ……ああそうそう。ちなみにこれは余談なんだけど。


「…………あ、あのねぇ立花さん」

「……はい」

「そりゃさ、相変わらず先生もビックリするくらいとっても美味しく料理作るのは感心するわよ。貴女の料理の腕は先生だって認めているわよ……正直先生より上手かもって思ってるくらいだし」

「……はい」

「……だけどね、いくら料理が上手って言ってもね…………自分のグループの分の調理どころか、全グループの調理を一人でやっちゃうのは……先生も流石に困っちゃうわけよ。これじゃ皆の調付けられないじゃないのよ……一体どうすりゃいいのよコレ……」

「…………すんません先生、ちょっと調子に乗りました……」


 宣言通りに調理実習で張り切って皆の分の料理を作ったら……家庭科の先生に結構ガッツリと叱られました。

 ……ぜ、前途多難なようだけど……いつも通り、いいやいつも以上に叱られっぱなしの生活だけど……コマ、私はこっちで頑張ってるからねー……コマもがんばれー……

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