第64話 ダメ姉は、失神する

「みんなおまたせー!いやぁごめーん、ちょっと遅れちゃったかな?」


 いつものようにコマの味覚を戻し終え、陸上部の連中と合流するべく急いで元居た場所へと走る私とコマ。


「おーそーいー!もー、アタシたちお腹ペコペコだよマコ!アンタいつまで待たせんの!?ホラ、さっさと座りなさいよもー!」

「ったく何やってたんだよ立花……さては俺らを餓死させる気だなオメー」

「やれやれ……ダメ人間の癖に、人に準備させるだけさせといてしかも10分以上待たせるとか随分と良いご身分じゃないの」


 グラウンドに戻ってみると、木陰にレジャーシートを敷きお昼ご飯の準備をしてくれた陸上部の連中が不貞腐れた顔で出迎える。

 午前中にいっぱい走ってお腹を空かせているのか、この通り皆不満タラタラなご様子だ。いやだからゴメンってば……


「あ、あの……遅くなったのは姉さまが悪いのではなく私が悪いのです……申し訳ございません皆さん。随分待たせてしまったみたいで……」

「ううん。謝らなくて良いのよコマちゃんは。どうせアレでしょ?マコがまた仕事の足引っ張ったから遅くなったんでしょ?大丈夫よ、わかってるから」

「休日なのにあたし達の助っ人だけじゃなくて自分の部活のお仕事もしなきゃならないなんて大変よねー。立花さんお疲れ様っ!」

「ささ、コマさん。こっちにどうぞ。コマさんの食事の準備はちゃんと整っていますんで」

「あ……ど、どうもです……」

「ねぇチミたち?私とコマのこの露骨な態度の差は何なのかね?」


 一方コマには御覧のように丁寧に対応してくれる陸上部の連中。双子の姉妹なのにこの人望の差は流石に泣けてくるわ……いやまあ、私もその気持ちはわからんでもないけどさぁ……

 でもお昼を作ってきてやったのは私なんだしもうちょっと優しくしてくれたって良いと思うの。せめてコマに接する時の十分の一くらいの優しさを私にも見せてくれたって罰は当たらないと思うの。


「待っていたよ立花マコ君、立花コマ君。どうやらそちらの仕事は無事に終わったようだね」

「あ、はい。どうもすんません部長さん。お待たせしたみたいですね」

「うむ、気にするな。ともかくお疲れだったな。……それじゃあ二人も戻って来た事だし、そろそろお昼としようじゃないか。全員手を合わせたまえ」

「「「はいっ!」」」


 なんてことを考えている私の横で、陸上部部長さんがこの場にいる全員に向かってそう号令をかける。いかん、泣いてる場合じゃない。慌てて私とコマもシートの上に座り手を合わせる。そして―――


「では諸君、いくぞ。せーの」

「「「いただきまーす!!!」」」


 私とコマ、そして陸上部部員……皆で仲良く『いただきます』の挨拶をして、いざランチタイム開始となった。


『んー♪やっぱおいしいっ!期待してた以上の出来じゃないの!これなら午後の練習も頑張れるわ!』

『へぇ……チキンカツの中にチーズが入ってんのか。ヤバい……これかなり好みかも……』

『え?チキンカツにチーズ!?ど、どれどれ?わたしもそれ食べたい!』

『あぁ!?ちょ、ちょっと!それアタシが狙ってたアタシの生春巻きじゃないの……!?な、なに勝手に食べてんのよアンタ!?』

『いや、別にお前のでもねーだろ……こういうのは早いもの勝ちだよ早いもの勝ち』


 挨拶の直後、私が持ってきた重箱に向かって我先にと一斉に箸を伸ばす陸上部の面々。やはり相当お腹を空かせていたのだろう、一部では早くもおかずの取り合いが勃発しかけている模様。

 ……いやいやいや……そんなに慌てて食べなくても君たちの食欲とか食べっぷりとかはちゃんと考えていっぱい作って来たんだから喧嘩せずに食べなさいな……


「ふふっ……思った通り、大人気ですね姉さまのお弁当♪」

「ああうん……練習後だし皆よっぽどお腹空いてたみたいね……流石にこれ程までにがっつかれるとは思ってなかったよ……」


 まるで夕方スーパーのタイムセールで戦う主婦たちのように、私の重箱目掛けてどっと押し寄せる陸上部たちに呆れかえる私。そんな私ににこにこ笑顔でコマが声を掛けてくれる。


「……いいえ。違いますよ姉さま。確かに皆さん、お腹が空いていたのも事実でしょう。ですが……それ以上にとっても美味しいからこんなに一心不乱に食事なさっているのですよ」

「え?そ、そうかな……?」

「ええ。絶対そうですよ。見てください、姉さまの作った料理を食べている皆さんの表情を」

「あいつらの表情?」

「はい。……ほら、とても幸せそうに見えるでしょう?とても美味しい証拠です。かくいう私も姉さまの美味しいお料理を食べていると……とっても幸せになりますからね」


 そう言って何故か誇らしげに胸を張りつつ、周囲を見回しながら私の作ったご飯を食べてくれるコマ。そう……かな?ちゃんと他の皆にも美味しいって思って貰えているのかな……?

 そりゃマズいって思われるよりかは美味しいって思われる方が当然嬉しいけど……


「コマ先輩!これすっごく美味しいですよ!」

「あら……そうですか?それは良かったです。…………だそうですよ姉さま♪」

「ぅ……」


 そんな話をコマとしていると、隣に座っていた子(コマの事を先輩って呼んでるから……多分一年生かな?)がコマに料理の感想を言ってくれる。

 その感想を聞いたコマはこっそりと私の耳元で『…………ね?私の言った通りでしょう』と呟いてニッコリ笑う。む、むぅ……そうか……美味しいのか……


「やっぱり凄いですね!運動も出来て……勉強も出来て……その上こんなにお料理も上手だなんて!」

「「へ……?」」


 私の作ったおにぎりを頬張りながら、その一年生は更にそう続ける。うん……?お料理も上手……?その発言に思わず顔を見合わせる私とコマ。


「あ……えっと。違いますよ。このお弁当は私が作ったものではありません。……恥ずかしながら、私って料理はまるでダメですので」


 何やら勘違いをしているその子に対してコマが優しく訂正を入れる。……そう。何をやっても天才的なコマだけど、料理に関してだけは味覚障害を患っているせいで残念ながら作れないんだよね。味覚さえ正常ならきっと今頃は私以上に料理上手になってたと思うけど……


「あ、そうだったんですか。それじゃあこれ、コマ先輩のお母さんが作ったんですか?料理上手なお母さんって素敵ですよねー」

「い、いえ……母でもなくてですね……」

「え?じゃあ……お父さんとか?」

「父でもないです……」

「……???えーっと……じゃあお祖母ちゃんとか!」

「ですから違いますって……こちらのマコ姉さまですよ、このお弁当を作ってくださったのは」

「…………え?……え、ええ!?」


 何故かどんどん答えから外れていく一年生に苦笑しながら、コマは私を紹介してくれる。そしてそのコマの一言を聞いた一年生は一瞬私の方を見て、それから再度コマに視線を向けて―――次の瞬間、めちゃくちゃ動揺しだしたではないか。おいキミ、なんだねその反応は?


「こ、この料理を……ダメ姉先ぱ―――マコ先輩が……?」

「なぜにそんなに驚いているのか知らんけど……うん、まあそうだね。一応私が作ったよ」

「そういう事です。……マコ姉さまはですね、とっても料理上手なんですよ♪私の家では毎日毎食、姉さまがお料理してますし」

「う、うそ……ま、マコ先輩ってこんなに料理上手なんですか!?コマ先輩じゃなくてマコ先輩が……!?マコ先輩って……ただのダメな先輩じゃなかったんですか……!?」

「初対面の先輩に対してめっちゃ失礼だな君は!?」


 私が作ったとは夢にも思っていなかったようで、納得がいかないといった様子の一年生。なんて失礼な後輩なんだ……つーかこれってそんなに驚くようなことかね……?


「あー、そっか。そこのダメ姉の唯一の特技である料理の腕前を、一年生はまだ知らないんだっけ?なら驚くのも無理はないね」

「まぁ、このダメ人間の普段のダメな言動見てたら……全然そうは思えないから意外だろうけどさ、こいつ家事だけはマジで凄いんだぞ。意外だろうけど」

「そーなんだよねぇ……変態でシスコンで気持ち悪くて成績も運動も見るに堪えないダメ人間の癖に、マコって料理だけは何故かプロレベルで上手いんだよね。まあアレね。どんなダメ人間にも一つくらいは取り柄とか長所もあるってことよねー」

「ハッハッハ!お褒めの言葉ありがとうマイフレンズ。…………どうやらキサマら全員、食後のデザートは食べたくないらしいナァ……!」

「「「んなっ!?」」」


 驚いている一年生に対して二年の友人共が余計な一言付きで答えてくれる。ねぇ、前々から気になってたけどさ……何で君たちは褒めてる最中ですらいちいち私の事を貶さなきゃ気が済まないの?もしやそういう病気なの?

 とりあえず君たちの為に用意しておいた分のデザートは、コマと他の部員の皆さんに食べてもらうからそのつもりでいる事だね。


「というわけだよコマ、それに三年生の先輩たちと一年生たち。あの連中二年生はどうやら私の作ったデザートは食べたくないらしいし、遠慮せずにこいつらのデザートは全部食べちゃって良いからねー♡」

「ま、マコ待って!?い、今の冗談!小粋な冗談よ!?謝る!謝るから……だから食後のデザートが無しとかそんなご無体なことはナシでお願い!?」

「いやーマコ姐さんの手料理マジ最高っス!マコ姐さんってば料理の天才っスね!これは是非ともマコ姐さんの作るデザートもご相伴にあずからせて貰いたいなー!」

「りょ、料理だけじゃなくて何でもできる素敵で可愛いマコちゃん!どうかアタシらにデザート食べさせてくださいお願いします!」

「ホンっト調子良いな君たち……」


 デザート没収の刑を告げた瞬間慌てて私に縋りつく友人共。バカめ、いくら取り繕おうとももう遅いわ。キサマらは私やコマが美味しくデザートを食べているのをただ指をくわえて物欲しげに眺めるが良いわ。


「立花マコ君、感謝するぞ。噂通り―――いや、噂以上に美味い。これは部の士気も上がるというものだ」

「あ、そうですか?そう言って貰えるなら作った甲斐がありますけど……別にわざわざお礼を言われるほどの事じゃないですよ」


 泣いて謝りながら縋りつく連中を無視して私も自分の作った料理を摘まんでいると、部長さんが私のところまでやって来てお礼を言ってくれる。

 さっきの連中のように貶されるのは論外だけど逆にこんな風に畏まって礼を言われるのは却って申し訳なくなっちゃうね。……ぶっちゃけ今回の差し入れはコマと口づけを交わすための口実作りとして作ったわけだし。


「いいや、ちゃんと礼は言わせてくれ。この人数分の料理を作るのはさぞかし大変だったのだろう?しかもただ作るだけじゃない。食べてみてよくわかったよ。この料理は栄養バランス等もしっかりと考えている上、冷めても美味しいようにちゃんと工夫がなされている。綺麗に盛り付けてあるから彩りも良く、それだけで食欲が増進されるというものだ」

「へ……?あ、あの部長さん……」

「おまけに事前に陸上部全員のアレルギーの有無やそれぞれの味の好みについて私に尋ねてくれたな。善意の差し入れだというのに、そこまで考えてこれ程の美味な料理を作ってくれたんだ。……細かな気遣いも含め、本当に感謝しているよ。ありがとう立花マコ君」

「い、いえそんな……これって私が好きでやってる事ですし……そんな改まって感謝されるのは……照れるといいますか……」


 ……ちょっと、ビックリ。正直初顔合わせの時の印象は最悪だったけど……部活中に思った通り、若干天然さんなだけでこの部長さんって結構凄い人なのかも……ただ料理を食べただけじゃこんな感想は普通出てこないよね。

 いやはや……コマ以外の人にこんなに評価されたのは久しぶりなせいでちょっと気恥しいや……


「それにしても本当に美味いな。立花マコ君、君は料理は手慣れているのかね?」

「ええまあ。これでも趣味で毎日作ってますんで多少は手慣れているかと」

「そうか。……それは

「は?羨ましい?」


 他の部員に負けじと部長さんも箸と口を動かしながらそう呟く部長さん。ハテ?コマが羨ましいとは一体何の話だろうか?


「うむ。だって立花コマ君はこんなにも美味で素晴らしい料理を毎日食べているのだろう?それはとても羨ましい事なのだよ。……アスリートにとっては食事もトレーニングの一種だ。常日頃から栄養面やカロリー等をしっかりと考えてある料理を食べるという事は、それだけでより逞しい身体づくりが出来るというものだ。だからこそ、こんなにも栄養バランスや味、彩などを計算された物を毎日食べられるという事は……これ以上に羨ましいことは無いというわけさ」

「へぇ……そういうものなんですか」


 ちょっと高度過ぎて私にはよくわからない話だけど……でも食事で身体を作るというのは少しだけ理解できるかもしれない。私もコマの味覚障害を食事面でサポートしているわけだからね。


「……立花コマ君の速さの秘密がわかったよ。ああ、本当に羨ましいな。…………おお、そうだ。なあ立場マコ君、君はマネージャーになる気はないかね?」

「へ?ま、マネージャーですか……?」


 私の料理をじっと見つめて何やらブツブツと呟いていた部長さんが、唐突にそんなことを言いだす。マネージャー……陸上部の……?


「ああそうだ。マネジャーだよ。立場マコ君の事を少し観察して思ったんだが……君はクラスのムードメーカー的存在で、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション力があり、また細かくさり気ない気配りも出来る。その上これ程までに部の士気が上がる料理もお手の物ときた。実にマネジャーに向いていると思うんだ。どうかね?君さえ良ければ是非我が陸上部のマネージャーとして、その能力を発揮してもらいたいのだが」

「え、えっと……すみません。高評価して貰えるのは嬉しいですけど……私もう生助会に入ってますし、何より家の家事が忙しくてマネージャーなんて出来っこないですよ」

「む……それは残念だな。まあ、忙しいなら仕方ないか。ならば妥協して―――私の専属マネージャーにならないかい『…………ぁ?』立場マコ君?」

「すみません。部長さんは一体何を妥協したんですかね?」


 …………わからん。寧ろ部のマネージャーになるよりもハードルが上がった気がするぞ。


「むぅ……それもダメなのかね?こんなに美味しい立花マコ君の手料理は、私も毎日でも食べたい―――」

「…………ダメです」

「「っ!?」」


 と、部長さんがなにやら言い切る前に私の背中がゾクリと冷たくなるほどの鋭い声で一言ダメ出しがかけられる。声の発生源は私と部長さんの真後ろから。恐る恐る振り合えって見ると……


「こ、コマ……?」

「た、立花コマ君……?どうしたのだ急に……」


 そこには我が最愛の妹、コマが笑顔で立っていた。


「……姉さまが、部長さま専属マネージャー……?毎日姉さまの手料理を食べたい?…………ふ、ふふふふふ……ダメじゃないですか部長さま。……そんな……まるで……そう、まるでプロポーズみたいな事を言っちゃダメですよ。……また変な勘違いをされてしまいますでしょう?……と言いますか、まさかとは思いますが、今本当に姉さまに対してプロポーズしたわけじゃないですよね?違いますよね?ね?」

「うむ……何の話かよくわからないが恐らく違うぞ立花コマ君。軽い冗談だ。だからそんな迫力満点のスマイルを私に向けるのは止めてくれたまえ。何故か寒気が止まらないのだが……」


 あの部長さんもたじろぐ程のコマの形容しがたい笑顔。……何故だろうか。ここ最近、コマのこの素敵な笑顔を見るとちょっぴりゾクゾクしてしまうのは……?


 それはまあちょっと横に置いておくとして。ついさっきまではあんなに楽しそうにご飯食べてたのにコマは一体どうしたんだろうか?笑ってはいるけど……どうにも怒っているように見える気がする。もし怒っているなら何に怒ってるんだろ……?


「???えっと……コマ?大丈夫?もしかしてなんか怒ってない……?」

「……あ。い、いえ……別に姉さまに対して怒っているわけではありませんからご安心ください。ただその……姉さまは……マネージャーのような感じなので……部長さまにはお渡しできないって宣言しただけですから……」

「私が……コマ専属……?」

「え?…………あっ」


 この私が……コマ専属のマネージャーですと……?や、ヤダ……ちょっと待って。なにそれ……


「ち、違うんです姉さま!?い、今のは言葉の弾みと申しましょうか……ぶ、部長さまの言葉につられてしまっただけで、『姉さまを私専属にしたい』などといういかがわしい意味とかでは決して―――」

「超良い響きじゃないの……!コマ専属マネとかなんかカッコいいじゃないの……!」

「……そ、そうですか…………(ボソッ)良かった……姉さまが天然さんで……」


 なんか良いよねコマ専属マネージャーって響き。まるで誠心誠意コマの為だけに尽くします的な感じがしてとても良い……


「どっちかと言うと……専属マネージャーというよりマコはコマさんの召使いだよね」

「いや、コマちゃんの奴隷だろ。もしくはコマちゃんの下僕」

「寧ろ立花さんの犬じゃない?」

「あ、あのね君たち……」


 そして懲りない友人たちの私への侮蔑。君たちはさぁ……私がコマの召使い?奴隷?下僕?おまけに……犬だとぉ……?

 ……悔しい。ちょっとそれもアリかなって思えてしまってなんか悔しい……



 ◇ ◇ ◇



 と、まあこんな感じで皆とわいわい楽しくお昼ご飯を楽しんだ私。それにしても……ちょっと運動部の食欲を舐めてたかも。これでも料理はかなり多めに……余裕をもって人数分の1.5倍は作って来たはずなのに、陸上部に全部綺麗に平らげられてしまうとはね……


「―――うん、美味しい♪姉さま、お菓子の方もとっても美味しいですよ。流石です姉さま」

「そう?そりゃ良かった。結構気合入れて作ったからコマにそう言って貰えるとすっごい嬉しいよ」


 食後のデザートは梨のコンポートを乗っけたタルト。梨は今が旬なわけだしタルトはコマの好物の一つでもある。目論見通りコマも十分に満足して貰えたようで何よりだ。


「ふむ。しっとりとしたアーモンドクリームが梨によく合う。これまた美味だな立花マコ君」

「これも……マコ先輩が……?こんなに美味しいのを……マコ先輩が作ったの……?」

「はぁ……このタルトのさくさく感マジでたまらん……下手な菓子屋のタルトよりもよっぽど美味いわ……ホント料理に関しては立花って凄いよな。そこだけは素直に感心するよ」

「コンポートにしてるお陰で梨本来の甘さと香りがより引き立っててすごく良いよね。美味いなぁ……出来ればもっと食べたいかも」


 他の連中の反応も割と良さげ。皆美味しそうに食べてくれているようだ。……ああ、ちなみにさっき私の事貶しまくった連中にはデザート没収の刑を執行するつもりだったけど……必死に『食べさせてください!』と土下座までされた上に、コマや部長さんに説得されて渋々没収はしない事になった。

 ……やれやれ。私もなんだかんだで甘いよなぁ……


「ね、ねえマコ?もし良かったらさ……また差し入れで持って来てくれないかな」

「えぇ……また作れと?」


 陸上部の友人が遠慮がちに私にそうおねだりしてくる。むぅ……正直この人数分の料理とかお菓子作るのって結構手間なんだけどなぁ……

 まあ、大会も近いわけだし差し入れすると部の士気高揚にも繋がるっぽいし……それにこんなに期待された目で見つめられると『嫌だ』とは流石に言えないか。今度コマの差し入れついでにまた持って来てやりますかね。


「あー、はいはい……じゃあ気が向いたら大会前の餞別として作って来るかもしれないから、期待せずに待っておいてよ」

「「「おぉー!!!」」」

「じゃ、じゃあマコ!次はわたしパンナコッタ食べたい!アンタ作れるでしょ?」

「お、俺はマカロン!」

「ならアタシはシフォンケーキがいい!」

「いや、だから気が向いたらって言ってるでしょ!?そう気軽にリクエストされても困るわ!?」


 そう言った瞬間、この場にいる全員が歓声を上げて好き勝手に次々とリクエストをしてくる。……しまった。これはちょっと安請け合いだったかもしれん……


「ふふっ……♪本当に皆さんに大人気ですね姉さま。皆さんに頼られる姉さま……私はとっても誇らしいですよ」

「は、ハハハ……人気、なのかねこれ……?何か頼りにされてるっていうよりも良いように召使い―――いや飯使いをさせられてるだけな気がするんだけどね私……」


 そりゃ作った料理を褒めて貰って次を期待されるのは悪くないけどさ……


「しっかし……マコもよくコマちゃんが大会に助っ人として出場する事を許したよねー。これって少しは妹離れも出来始めてるって事なのかな?」

「うん?妹離れ……?」


 と、そんな話をしていると友人の一人がそんなことを言いだす。ええっと……何の話だろうか?


「いやさぁ……わたしさ、てっきり超弩級シスコンのマコの事だし部長がアンタにコマちゃんの助っ人の件を頼みに行った時『ハァ!?そんな大会に出たらコマと会えない時間が増えるでしょうが!コマが大会に参加するのは断固として反対!お断り!さっさと帰れ!』って駄々をこねて出場させないとばかり思ってたんだー。だからマコがあっさりコマちゃんの大会出場をOKしてちょっとビックリしてる」

「あ、あのねぇ……」


 ……その友人の一言に呆れてしまう。私ってどんだけシスコンと思われてんだろう……?一応その自覚はあるけどさぁ……


「いやまあ……そりゃあ私もコマと一緒に過ごせる時間が少なくなるのは嫌だけどさ……コマが出場したいって言っているのを止められるわけ無いでしょ?」

「あー……なるほどね。あくまでコマちゃんの事が最優先って事なんだね。……なるほどなるほど。何だかんだでマコって良いお姉ちゃんしてるじゃないの。いよっ!姉の鑑!輝いてるねぇ!」

「うむす。もっと褒めたたえるが良いぞ」


 そりゃコマにちょっと会えなくなるのは寂しいし正直嫌なんだけど……コマが本当にやりたがっていることを私の私情で止めさせて、それが原因でコマを悲しませることになったら……その方が私は嫌だもの。コマの幸せこそ私の幸せだからね。


「それにさぁ。コマと一緒にいられないだけしょう?それくらいならいくら私でも我慢出来るに決まってるじゃないの。どんだけ堪え性がないって思ってんのさ」

「「「え……?放課後とか……休日……だけ?」」」


 そんな私の一言に、話をしていた友人―――だけでなく。他の陸上部の連中も、部長さんも。更にはコマまでもが私にそう聞き返す。

 ……え?な、なに皆のこの反応は……?私何か変な事でも言った……?


「あ、あの……マコ姉さま……?も、もしやご存知ないのでしょうか……?」

「えっ?ご、ご存知ないって……何がかなコマ?」

「い、いえ……ですからその……」


 何やら気まずそうに次の言葉を言い淀むコマ。他の連中も困惑した表情で私を見つめてくる。


「だから何さ皆?どうしたっていうの?めっちゃ気になるし、ここまで来たら最後まで言って欲しいんだけど?」

「ぅ……それは、その…………ま、まあどの道……遅かれ早かれわかる事か……」


 その続きを促す私に対して友人の一人は意を決してこう続けてくれる。


「え、えっと……マコ。じゃあ話すけど……とりあえず気をしっかり保って聞くのよ?」

「うん。いいから早く続きをお願い」

「わ、わかった。……そのね。今度あるコマちゃんも出場する予定の陸上競技大会の事なんだけど……」

「なんだけど?」

「…………その大会の開催場所ってさ、ここから新幹線を使って5時間近くかかる場所で行われるのよ……」

「あ、そうなんだ。そりゃまた遠いところだねぇ」


 なるほど。つまり気軽に応援に行けるような場所じゃないって事か。交通費かかっちゃうのは痛いなぁ……まぁ、コマが出場するなら例え世界の果てで開催されようと応援に行くって決まってるけどネッ!


「あー……しかもな立花。話しはそこで終わりじゃないんだよ」

「え?まだあんの?」

「ああ、つーかここからが本番だ。……実はな。大会の予選、それから決勝はな―――







あるんだよ……」

「…………は?」


 ちょっと、待って?平日……?その言葉に段々と事の重大さに気付き始める私。そ、それじゃあまさか……応援とかは……


「だから出場する俺らも、応援兼サポート役の一年たちも……それから勿論助っ人のコマちゃんも公欠扱いで……直接大会に関係ないお前さんは、残念ながら応援には行けないと……思う。だってさ、その日は平日なんだし……普通に授業を受けなきゃならないだろ?」

「…………」

「それと……移動日や前日の調整日、あとは予選に……上手く予選を突破したら次の日が決勝だからさ―――マコは最低でも3日。決勝まで進んだら4日間コマさんと会えない事になる……わね。えっと……それをちゃんと理解してるかなマコ……?も、もしかして本当に知らなかった……?」

「…………」


 …………最低3日……最長で4日もコマと会えない……?それは、つまりその間……コマに触れることも口づけする事も出来なければ……直接コマのその姿を見る事も、直接その声を聞くことも……出来ないと……?

 は、ははは……そうか、そうなんだ……コマとそれ程長い時間会えないのかぁ……そういうことか……ははははは……


「ま、マコ姉さま……?大丈夫……ですか?何だか顔色が……」

「…………」

「あ、あの……姉さ―――」



 ドサッ!



『っ!?ね、姉さまっ!?しっかりなさってください!?』

『お、おい立花マコ君!?一体どうした!?』

『ちょっ!?だ、だから気をしっかり保ちなさいって言ったのに……』

『オイオイオイ……!?立花の奴、泡吹いて失神してないか……?つーか、息してるかアイツ!?』

『ヤベェ……とりあえず急いで保健室に―――い、いやダメだ!よく考えりゃ今日は休日だから保健室開いてねぇ……!?」

『と、とにかく誰かAED!AED持ってこい!今すぐにだッ!それと急いで救急車を!早くッ!』

『ね、姉さましっかり!目を開けて……お願い姉さま…………姉さまぁあああああああああ!?』


 その事実を理解した瞬間、私の意識はブラックアウトした。

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