第63話 ダメ姉は、見学する

 とある休日。陸上競技大会の練習を励んでいるコマの為(あとついでに陸上部の連中への差し入れの為)お弁当と簡単なお菓子を作った私。


「おー、やってるやってる」


 重箱に入れた人数分のお弁当とお菓子を大きめのキャリーバッグに詰め込んで、ちょっと早めに陸上部が練習しているグラウンドへとお邪魔する。

 グラウンドでは来る大会に向け、陸上部がユニフォーム姿で一生懸命走り込んでいた。


「さてコマはどこに…………おっ、発見」


 グラウンドを見回してみると、今まさにトラックを走っている我が愛しき妹、立花コマの姿を発見する。うんうん。頑張ってるねーコマ。偉い偉い。


「おーい!コマ―――」

『ハァ……ハァ……まだまだ……!部長さま、もう一本お願いしますっ!』

『焦るな立花コマ君。再開するのはきっちりインターバルを入れてからだぞ』

『はいっ!わかりましたっ!』

「…………っとと……いかんいかん……」


 コマに向かって手を振りながら声を掛けようとして、その自分を慌てて諫める。折角あれだけコマが練習に熱を入れているんだ。集中を乱してしまうのは申し訳ないよね……

 とりあえず邪魔にならないようにグラウンドを見下ろせる場所へ移動する。ちょうどいい木陰を発見すると、持って来ていたビニールシートを敷き座り込みしばらくコマの練習をのんびり見学させて貰う事に。


『中々良いタイムじゃないか立花コマ君。……だがもう少しだけ腕の振り方を改良してみてはどうだろうか?君ならそれだけでまだまだタイムを縮められると思うぞ』

『腕、ですか?』

『そう腕だ。私のフォームに合わせてその場で腕を振ってみたまえ立花コマ君』

『わかりました。よろしくお願いします部長さま』

「へぇ……」


 見学しながら感心する私。非常に失礼な話、この前自己紹介した時は言葉が足りない変な人だと思ったけど……走りの指導者としても、それから部をまとめる長としてもあの陸上部部長さんはかなり優秀な人のようだ。

 要所要所で部長さんは、私のコマを始めとして多くの部員に積極的に声を掛け親身になってアドバイスを送ってくれている。


『脇を締めてわき腹スレスレを通す感じで……腕はしっかり振る。肘を真後ろに引くイメージで……そうそう、そんな感じだ。そのままもう一度走ってみたまえ』

『なるほど……では、行きます……っ!』


 しかもそのアドバイスは非常に的確なようである。部長さんのアドバイスを素直に聞き入れ、コマが早速走りにアドバイスされたことを取り入れると……更に走りに磨きがかかったのがわかる。

 陸上競技と無縁の私の目から見てもその走りの変化が明確にわかるんだ。あの部長さん、ただの変な人じゃなかったんだなぁ……


『よしっ!良いじゃないか立花コマ君!またタイムが縮まったぞ!』

『ほ、ホントですか!?』

『うむ。見たまえこのタイムを』

『お、おぉ……やった……!』

「ふふふっ。コマ、楽しそうだ」


 タイムが縮まったことを喜んでいるコマと部長さん。クールなコマには珍しく、子どものようにはしゃいでいる。

 …………なんて可愛いんだうちの妹は。見ているこちらも思わず笑顔になってしまうじゃないか。


「……ホント、良い顔してるなぁ」


 何というか……すっごく活き活きとしてる感じがする。元々走ることは大好きなコマだし、きっと今とても充実しているんだろう。緊急の助っ人という事で、最初は大会に出場するのは乗り気じゃなかったみたいだけど……充実した環境の中で優秀な指導者の元、本気で走れるのはコマにとって良い機会だったのかもしれない。

 そう考えると不謹慎だけど、助っ人の話を持って来てくれた部長さんとか捻挫した子に感謝だね。


「……例の味覚障害さえなければ……コマも私と一緒に生助会に入らずに陸上部でバリバリ活躍していたのかもね」


 ……それに関しては、ちょっとコマに申し訳ない。6年前のあの日……私がコマをちゃんと看病していれば味覚障害を患う事もなかっただろう。

 そしたらコマも私と二人だけのボランティア部に入部して昼休みに隠れてこそこそ私と口づけする羽目にはならなかっただろうし……今頃陸上部に入部して伸び伸びと走っていたのかもしれない。


 …………まあ、それを今更後悔したり反省しても仕方ない事だし……そう思うなら尚の事、一刻も早くコマの味覚障害を治してあげなきゃね。


『ラスト一本!午前中の締めだ、全員気合を入れて走りたまえ!』

『『『はいっ!』』』


 ……それにしても。


「…………コマ、綺麗だよなぁ……」


 コマの走っている姿を見て、思わずポツリと独り言ちる私。……いや、当然容姿もパーフェクトビューティなコマだけど、今私が言った『綺麗』はそっちの意味じゃないのでそこのところはご理解願いたい。


 じゃあどんな意味かって?それは…………


『―――諸君、お疲れ様。そろそろ昼休憩に入るとしようじゃないか。全員クールダウンをしっかりとって、休憩に入ってくれたまえ』

『『『はいっ!』』』

『午後からはリレーに出るメンバーは私と共にバトンパスの練習。それ以外の者は各々調整メニューをしっかりこなすように。それではこれにて午前の練習を終了する。礼!』

『『『お疲れ様でしたっ!』』』

「っと……もう終わりか」


 そんな事をボケーっと考えていると、陸上部の元気な挨拶が聞こえてくる。いつの間にやら午前中の練習は終了となったようだ。いかんいかん。考え事してる場合じゃない。さーて……私もそろそろ行きますかね。


「お疲れ様コマ!はい、これタオルだよ!遠慮せず使ってねー」

「え……?あ、姉さま♪いらしてたのですね!姉さまもお疲れ様です!」

「うん。コマが練習してるところあっちで見学させて貰ってたよー。コマの走ってるところカッコよくて素敵だった!」

「……そ、そうですか?ありがとうございます姉さま。…………(ボソッ)やった……♪」


 コマの元に急いで駆けつけてタオルを渡しながらそのコマを褒めてあげる私。私に褒められたのが嬉しかったのか、コマはちょっと頬を染めて陰で小さくガッツポーズしている。……ヤダ、ホントうちの妹可愛すぎる……


 と、そんなコマのいじらしい様子に悶えている私のところまで部長さんがやって来てくれる。


「やあ立花マコ君。もう来ていたんだね。来ていたのなら遠慮せず声を掛けてくれれば良かったのに」

「どもっす部長さん。お邪魔してます。いやぁ……皆の練習の邪魔になると思いましてあっちで見学させて貰ってました」

「む?何を言うんだ。うちはいつだって見学・応援大歓迎だぞ。大会は大多数に見られるわけだし、その訓練にもなるからな。次からはグラウンドの中に入ってもっと見やすい場所で見学するといい」


 ありゃ……なんだそうなのか。ならありがたく次応援する時はそうさせて貰おうかな。


「ところで……随分と大きな荷物を持っているじゃないか立花マコ君。何だいそれは?」

「あ、これ約束してたものですよ。嵩張るんで持ち運びやすいようにキャリーバッグに入れてきました」

「約束……と言うと。…………おお!もしやあれかな?」

「はい。約束の差し入れです。全員分のお昼ご飯とちょっとしたお菓子を持ってきまし―――」

「「「おぉおおおおおお!差し入れだぁあああああああ!」」」

「うおっ!?」


 部長さんに持ってきたキャリーバッグの中の重箱を見せた瞬間、陸上部の連中(特に二年生)が大歓声を上げる。び、ビックリした……な、なに?なにごと……!?


「ふふっ……♪皆さま姉さまの差し入れをとても楽しみになさっていたのですよ。『今日のお昼は期待してください。最高のお昼ご飯が届きますよ』と私が皆さまに前もって伝えておきましたので」

「そういうわけだ立場マコ君。立花コマ君からも、それからうちの二年の部員たちからも話は聞いているよ。君は非常に料理が上手いそうじゃないか。今から昼食が楽しみだよ」

「な、何かここまで期待されても困るんですけど……」


 コマはまるで自分の事のように誇らしげに胸を張りつつ私に説明し、部長さんもグーッとお腹を鳴らしながら期待した目で見つめてくる。

 あ、ああ……この大歓声はそういうワケね……一応味に自信はあるけど……ここまで期待されるとちょっと恥ずかしいなぁ……ま、悪い気持ちはしないけど。


「さあ諸君。今回助っ人を引き受けてくれた立花コマ君にも、差し入れを持って来てくれた立花マコ君にもちゃんと礼を言っておくんだぞ」

「「「はーい!ありがとうマコさん!あとタダ飯配達ご苦労ダメ姉。もう帰っていいよー」」」

「ねぇちょっと君たち?どう考えてもついでに、は余計だよね?あと持ってきた人に対して帰れとは何事かね?」


 部長さんにそう言われた陸上部の連中は、コマには頭を下げながらとても丁寧にお礼を告げ。私には感謝の気持ちがまるで伝わらない余計な一言を告げる。

 折角厚意で作ってやったのに全く失礼な奴らめ……いっそ昼食取りあげたろか……


「さて。立花マコ君が折角昼食を持って来てくれたんだ。早速お昼にしようじゃないか。どこか涼しい場所でシートを敷いて食事の準備を始めよう。今から役割分担をするから、諸君らは私の指示に従い準備を始めてくれ」


 とりあえず失礼な事ほざいた連中を締めあげてやろうと目論んでいた私の隣で、部長さんが部員たちに指示を飛ばす。

 あ……マズい。連中を締め上げてる場合じゃない。私がわざわざ陸上部に差し入れを作って持ってきた本来の目的を果たさなきゃね。


「あの……部長さん。すみませんけどお箸とか紙皿並べるのは部長さんたちに任せても良いですか?ちょっと私とコマ、席を外したいんですけど……」

「む……?まあそれはお安い御用だが……どうしたんだい立場マコ君。何か用事でもあるのかね?」

「ええその……ちょっとイロイロありまして。ねーコマ?」


 そう言いながら、朝打ち合わせをしていた通りにコマとこっそり目配せする私。


「そうなのです。私たちこの後生助会の部室に行かなきゃならないのです部長さま。……席を外しても宜しいでしょうか?」

「生助会の部室に行かねばならない……?それはまた何故かね?」

「申し訳ございません。実は来週までに片付けなければならない生助会の書類仕事が残っていまして……忘れないうちに済ませておきたいのです」

「そーそー。やらなきゃいけない仕事が残ってるんですよ」


 コマも私の目配せに小さく頷いて、私の話に合わせてとても上手い言い訳を部長さんにしてくれる。流石コマ、違和感なく二人でこの場から離れられる素晴らしい話術だね。


「なるほどそう言う事か。すまないね、立花コマ君に助っ人として来てもらっているせいで業務が滞っているのだな。……それは時間がかかる仕事かね?もしそうなら助っ人や差し入れのお礼に、この私が手伝おうじゃないか」

「あ、いいえ。姉さまが一緒ですから10分もあれば終わらせられると思いますよ」

「そういう事です。ですから部長さんたちは準備が出来たら私たちの事は気にせずに先にご飯食べててください。私もコマもすぐ戻りますんで」


 ……勿論これはコマとあの部室で口づけを交わすために吐いた嘘。実の姉妹がキスしているところを誰かに見られちゃったらコマに悪い噂が立ってしまう。……だから何としても誰かに見られることが無い二人っきりになれる場所……そう、鍵付き&カーテン付きの生助会の部室でコマの味覚を戻さなきゃならないんだけど……


「そうか……休日だというのに仕事とは君たちも大変だな。ともかく了解した。準備は私たちに任せて行きたまえ二人とも」

「「はい!」」


 私たちのそんな息の合った誤魔化しに、部長さんは特に疑問を持たずに快く送り出してくれる。良かった……上手く誤魔化せて……

 なんか騙しているみたいでちょっと心が痛むけど、こればかりは許してください部長さん。そう心の中で謝る私。


「マコ。お昼ご飯作ってくれたお礼に10分だけ待っておいてあげる。アタシたちお腹空いてるんだし急いで戻ってきなさいよ」

「コマちゃんの分は取っておくけど、アンタの分は急いで戻らないと食べちゃうかもしれないから早く戻りなさいマコ」

「10分で戻るって言ったわけだし、立花が1分遅れるごとにマコのおかずを一品貰うからそのつもりでいろよなー」

「あーはいはい。分かってるってば。んじゃ悪いけどご飯の準備とかはよろしく。……ささ、行こっかコマ」

「はいです姉さま。それで皆さま、申し訳ございませんが後はよろしくお願いします」


 陸上部に所属していた私の友人たちの軽口を受け取りつつ、コマの手を引き部室へ急ぐ。……さてさてさて。あの連中ならホントに遠慮なく私のご飯まで食べてしまいそうだし、何よりコマもあれだけいっぱい走ってお腹もペコペコだろう。急いで済ませて戻んないとね。



 ◇ ◇ ◇



「ふぃー……これで良しっと。コマ、たくさん走ってお腹空いちゃったでしょ?早く済ませてお昼ご飯にしようねー♪」

「あ、はい……そう……ですね」


 予定通り生助会の部室に辿り着いた私とコマ。念のため鍵をかけ、誰にも今からする行為を見られないようにカーテンを閉めて準備OK。これでいつでもコマと口づけが出来るね。


「よーし。なら早速しよっか。さあコマ、おいでー」

「……は、はい」


 来たまえコマ、お姉ちゃんの唇はいつだってウェルカムよ。そんな事を考えながら手を広げて、いつものようにコマを迎え入れる私なんだけど……


「……?コマ。どしたの?味覚、戻さなくていいの?」

「あ……いえ。勿論戻したい……です……けど……」


 これは一体どうしたことだろうか。いつもなら飛び込む勢いで私に抱きついて口づけをするコマなんだけど、何故だか私に近づくのを躊躇っているかのように……近づくどころかススッと距離を取っているではないか。


「……あの、コマ?何で私から離れようとするのかな?」

「え、えっと……べ、別に離れていません……よ……?」

「そう……?まあいいか。それじゃ、今日は私から行くね」


 10分で戻ると言った手前、あまり陸上部の連中を待たせるのも悪いだろう。そう思った私はコマに近づこうとズイッと一歩前に出てみたんだけど……


「……(ズイッ)」

「……(ススッ)」

「…………(ズズイッ)」

「…………(スススッ)」

「「…………」」


 磁石の同じ極同士が反発するように、私がどれだけコマに近づこうとも俊敏なコマはすぐさま身をかわして……常に2m近く距離を取る。

 ナニコレ?追っかけっこ?まさか私コマにからかわれてるのか……?


「…………えーっと……コマ?近づかなきゃ口づけ出来ないんだけど……」

「う……ご、ごめんなさい……で、でも……でもぉ……」


 泣きそうな顔で私から離れるコマ。むぅ……ヤバい、こういうちょっと嗜虐心をくすぐるようなコマも凄いそそる……

 いや待て落ち着け私、何を考えてんだしっかりしろおバカ。そんな事考えるよりコマの様子がおかしい理由を問うのが先だろうに。


「ホントに一体どうしたの……?ご飯食べたくないの?それとも……ハッ!?も、もしかして私と口づけするのが嫌に―――」

「ち、違いますっ!?それだけは絶対にありませんっ!ありえませんっ!わ、私が姉さまとのキスを嫌がるだなんてそんな事……」


 嫌になったのかな、と聞こうとすると力強く否定するコマ。良かった……それを聞いてちょっと安心。…………でも、ならば何故に私から離れようとしてるんだろうか……?

 疑問符を頭に装着しながらコマをじーっと見つめると、コマはあわわと挙動不審気味に私から目を逸らしていたけれど……しばらくすると観念したように蚊の鳴くような声で小さく呟く。


「あ、の……姉さま……私、実はすっかり失念していた事があって……ですね」

「うん?失念してた?何を?」

「……私、今日いっぱい走ったんです……」

「うん、そだね。見てたよー♪コマが走ってるとこ。もう超カッコよかった!……それで?それがどうかしたん?」


 コマがいっぱい走った事とコマが私から離れようとする事の因果関係が全然見えてこない。コマは何をそんなに嫌がっているんだろう……?


「……その。いっぱい走ると、汗をかくじゃないですか」

「ん?うん、まあそうだろうね」

「……それに……今日はまた一段と暑いじゃないですか」

「だよねー!9月なのにまだまだ8月並みの暑さだよねー!……で、それがなぁに?」

「…………」


 ダメだ……ここまで言われてもやっぱりわからん。流石に察しが悪すぎる私に業を煮やしたのか、コマは一度大きく深呼吸をしてからこう続ける。


「…………で、ですから……その、ですねっ!」

「うん」

「…………わ、私……想像してた以上に!……制汗剤使っていたのに……今私かなり汗臭くなっちゃってるんです……!」

「……はい?」

「……だから……ちょっと……今は姉さまに近づかれたくないなって……思ってて……」

「…………」


 顔を真っ赤に染めて、恥じらいながらコマは言う。……そこまで言われてようやっと納得する。ああそういう事ね……そういえばなんか以前もこんな事があったっけ。やれやれ……全くこの子は……


「せ、せめて口づけするならシャワーを浴びたいので……すみません姉さま、ちょっと待たせることになりますが今から陸上部のシャワー室を借りに行っても良いですか……?」

「……コマ」

「え……?あ、はい。どうしましたか姉さ―――」

「とーう!」

「きゃっ!?」


 コマが油断した隙を狙い、一気にコマの懐まで飛び込んで思いっきりコマを抱きしめる私。抱きしめてみるとコマが言っていた通り、コマの身体は蒸気を当てられたように汗で蒸れていて。

 そして……制汗剤の香りに交じって漂うコマの甘酸っぱい匂いが私の鼻腔を刺激する。


「つーかまえたー!ふはははは!もう逃げられないよーコマ!」

「や……っ!ヤダ、ちょっと……ね、姉さま……!?な、何……を……!?」

「観念しなさいなコマ。ほら、皆に10分で戻るって言っちゃったわけだしシャワーなんて浴びてる時間は無いよ。急いで口づけしようねー♡」

「は、放してください姉さま……!?ね、姉さままで私の汚い汗で濡れちゃいますし……臭いも不快でしょう……!?お、お願いです姉さま……放して……!」


 まさか近づかれるどころか抱きつかれるとは夢にも思わなかったのだろう。大慌てでコマは私の抱擁から逃れようとジタバタ抵抗する。

 けれどそんなコマに負けじと私もコマを抱く腕に力を入れて、コマを絶対逃がさないように強く抱く私。逃がさん、逃がさんぞコマ……


「こーら。暴れないのコマ。……もー、なんでコマはそんなに嫌がるの?汚くなんて無いし不快だなんて思わないよ私」

「う、嘘です!そんなの……絶対嘘……!は、放して……」

「嘘じゃないよ。だってこの汗って……コマがいっぱい頑張った証拠じゃない。それを嫌に思うわけがないじゃないの」

「…………え?」


 必死に私を引きはがそうとしていたコマが、私のそんな一言を受け固まる。予想外の言葉だったようでお目目をまんまるにしてポカンと私を見つめ、今私が言った事の意味を無言で問いかけてくる。

 そんなコマの頭を撫でてあげながら話を続けてあげることに。


「うん。嫌になんて思わないよ。全然不快になんて思わないよ。というか、今更じゃないの。昔はよく二人でいっぱい汗かいて……そんで一緒にお風呂入って汗を流してたしさ」

「で、ですが……汚いものは汚いですし…………(ボソッ)それに、姉さまと一緒にお風呂入ってた頃は自分の体臭とか気にしてなかっただけで……今は普通に恥ずかしいですし……」

「逆にね、とても綺麗だなって思うよ私」

「…………は?」


 再び私の一言でコマが固まる。……なんか、今日のコマって感情の起伏がいつになく激しくて可愛いなぁ……


「あのね、コマが走ってるの見てた時にね……コマが流した汗がコマが走る度にキラキラ輝いてたんだよ。……それがなんか宝石みたいだなって思ったの」

「……ほ、宝石……?」

「うむ。……いや、このコマのかいた汗は……私にとっては輝く宝石以上に価値がある物だよ。だってこれは……コマが頑張ってた勲章みたいなもんじゃないの。あっつい中を一生懸命練習したからこその汗でしょ?私的には誇りに思っちゃうよ」

「…………」


 そんな私の素直な気持ちを伝えてあげると、コマはまた私から目を逸らす。……ん?あ、あれれ……?も、もしかしてコマ……引いちゃった……?しまった……汗臭いって話だっただけに……ちょっと私ったらクサイ台詞を吐きすぎちゃった……?コマに気持ち悪いヤツだって思われた……?

 い、いやまあ確かに汗が勲章とか宝石以上の価値だとか何言ってんだお前って話だけど……


「…………(ボソッ)姉さまの、こういうドキッとしちゃう事を簡単に言ってのけるところ……ホントに好きです……大好きです……」

「あ、あの……コマ?ご、ごめん。変な事言っちゃって……と、とにかく!別に私は汗とかは気にならないよ。だから心配しなくて大丈夫っ!」

「……わかりました。姉さまにここまで言って貰えたのであれば……私も覚悟を決めましょう。……お待たせして申し訳ございませんでした姉さま。口づけ……お願いしてもよろしいでしょうか?」


 私の拙い説得に応じてくれたコマは、まだ恥ずかしいのか頬をいつもよりも赤くして熱っぽい瞳を潤ませて私に口づけをおねだりする。さて……これ以上陸上部の連中を待たせちゃ流石に悪い。コマも納得してくれたっぽいし、急いで味覚を戻してあげようね。


「勿論良いよー。んじゃ……コマ、おいでー」

「はい姉さま……失礼します……」

「「ふ……んん……っ」」


 改めてコマを迎え入れる私。覚悟を決めたと言った通り、さっきと違ってコマも遠慮なく私に抱きついてから自分の唇を私の唇と触れ合わせ……あとはいつものようにコマの味覚が戻るまで舌を重ね合わせた私。


 …………これはコマには言えない余談だけど。いつもとは違ったコマのとても刺激的な香りに包まれての口づけは……正直に告白すると嫌どころかいつも以上に滅茶苦茶興奮しました。最高でした。

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