六月の妹も可愛い

第25話 ダメ姉は、感心される

 コマと過ごす楽しい五月の連休も、あっという間に終わってしまい気が付けばもう六月。すでに梅雨入り宣言がニュースでされていて、今日も朝からうっとおしいくらいザーザーと雨が無慈悲に天から降り注いでいる。


「―――さて。いつものように出席を取るから、名前を呼ばれた者は大きな声で返事をするように」


 突然だがここで告白しよう。私こと立花マコはこの梅雨というものがあまり好きではない。様々な要素が私に梅雨を嫌いにさせている。


「浅野」「はい」

「石田」「はい」


 まず何と言っても洗濯物が乾かないから嫌いだ。お日様に乾かしてもらいたくても梅雨の間は日が当たらないから安易に外に干せない。部屋干しすると乾きにくいうえ上手く除湿できていないとにおいがキツくなってしまったりして大変なのである。

 また湿度が高いせいでキッチンやお風呂、エアコンの内部や洗濯機の裏側などにカビが生えてくる恐れがあるのも腹立たしい。その予防や対策は簡単な物じゃないし…どれだけ対策しようともカビが発生する時は容赦なく発生しちゃうし…


「木崎」「はい」

「木村…………ん?木村?どうした、木村はまだ来ていないのか?生真面目なあいつが遅刻とは珍しいな」


 あとは梅雨時期になると食べ物が傷みやすいのも嫌いだ。ジメジメしているせいで食べ物が腐りやすくなったり食中毒が起こりやすい為、只でさえ味覚障害を患っているコマのために色々と気を遣って料理しているのに、普段以上に慎重にお弁当や日々の食事作りに気をつけないとならない。

 食べ物と言えば夕ご飯のための食材調達として買い物に出ようとして、滝のように降り注ぐ外の光景を見てしまった日にはもうそれだけで憂鬱になる。いちいち傘は必要になるし買い物した荷物は濡れるし……外に出るのが億劫になってしまうのも梅雨が嫌いな理由の一つと言えるだろう。


「せんせー、木村さんってひょっとしてお休みじゃないですか?昨日も辛そうでしたし」

「ん?……ああ、そう言えばそうだったな。後で欠席の連絡がないかを職員室で確認しておこう」


 ……何だか梅雨が嫌いな理由がどれもこれも中学生と言うよりも主婦っぽいじゃねーかと思われるかもしれないけど、あの家の家事担当である私にとっては死活問題なので許してほしい。


「えー……では次、久保」「はい」

「河野」「はい」


 じゃあ主婦っぽくない梅雨が嫌いな理由は無いのかって?うーん……まぁ、あるにはあるかも。

 この時期は―――度々突発的な大雨に襲われちゃうのがやっぱり嫌いだね。


「佐藤」「はい」

「篠原」「はい」


 突発的な雨に襲われることの何が嫌いかって?例えばそうだね、ここで少し想像してもらおうじゃないか。私とコマが二人で帰り道を歩いていた時に、夕立に襲われてしまったと仮定しよう。


『―――ひどい目に遭ったねコマ…急に降ってくるんだもん』

『そうですね姉さま……それにちゃんと傘用意していましたのに、この夕立には折角の傘も歯が立ちませんでしたし』


 あまりの大雨で用意していた折り畳み傘も大して役に立たず、濡れ鼠になったまま近くの神社に逃げ込む私たち立花姉妹。


『あー……靴の中までびしょびしょだよもう……』

『私もです。嫌になっちゃいますよね。……それに……ほら姉さま見てください。私、こんなに濡れちゃって……嫌ですわ……』

『お、おぉ……!』


 そう言ってコマが濡れた自身の身体を私に妖艶に見せつける。……雨に濡れ肌に張り付く制服のシャツ。その濡れたシャツから透けて清楚な感じのブラ、そしてコマの陶器のように真っ白な傷一つない美しき肌がチラリと見えてしまう。


『くしゅん……!』

『あ……大丈夫ですか姉さま?』

『うん、ゴメンちょっと身体冷えちゃったみたいだね…』


 生唾を飲んでそんなコマの身体に見入っていたせいか、濡れている身体や髪をタオルで拭くことをすっかり忘れていた私。急に身体が冷えたのか思わずくしゃみをしてしまう。すると私のコマは心配そうに私に近づいて……


『では姉さま。私が温めて差し上げますね―――

『あ、うん。ありがと……え、えぇ!?ひ、人肌でってもしかして……』

『ええ。お察しの通りです。…………さぁ姉さま、脱いでくださいな』


 ごく自然な……そうコマといい雰囲気になってゆき……そして―――






「高木……む?なんだ高木も休みか。今日も休みが多いな。……なら次だ。えー、立花。…………立花?おい、まさかあの健康優良児の立花もいないのか―――」

「―――そして二人は裸のまま抱き合い、お互いを温め合い……ヒートアップして温め合うだけでなくお互いの身体を求めあって…………ふぉおおおおおお!ゴメンよ梅雨さん、嫌いって言ったの嘘!雨好き!突発的な雨とか大好物です!梅雨サイコォオオオオオオオオオ!」

「……立花」

「「「……」」」


 やっぱゴメン、前言撤回!梅雨好きだわ私!コマの心も体も濡れ濡れ透け透けにしてくれる梅雨様に、心から感謝だわっほぉおおおおおい!!!


「…………立花。おい、立花マコッ!」

「はい先生!梅雨って良いものですよね!」


 テンションが上がったまま、話しかけられた先生に同意を求める私。先生はしかめっ面でこう返答する。


「……ほー?そんなに梅雨が好きか立花」

「はい!超好きっス!コマの次に好きです!」

「……そうかそうか。立花は…………梅雨が好きなのか」

「へ?」


 ……あれ?朝礼……?先生の言葉にハッと我に返ってみると。


「「「(…………こいつ…またデカい声でなんか変なこと言ってやがる)」」」


 と、言葉にせずともわかってしまうクラスメイト達の心の声が聞こえてくる。まるでかわいそうな子を見るような目でみんなの視線が私に集中。……あ。ひょっとして、いつの間にか朝礼が始まってたりする……?

 気が付けば抑えきれぬコマへの愛が漏れ出して、クラス中の皆に私の妄想が聞かれてしまった模様。おまけに知らぬ間に始まっていた朝礼を全く聞いていなかった上に、その朝礼も中断したせいで先生がブチ切れている。ああ、何かこれ凄いデジャヴ。


「5秒以内に選べ立花。これから大人しく説教されるか…それとも今から罰としてグラウンド10周してくるか」

「え、えーっと……」

「先生としてはそんなに元気が余っていて梅雨と雨が好きなら、今すぐにでも叩きつけるように雨が降っている中、一人楽しくマラソンをしに行ってもらっても一向に構わんのだがなぁ。……で、どうする立花」

「…………是非、説教の方でお願いします」


 そんなわけで。教室の外では雷を伴う雨が降り注ぎ、教室の中でも先生の怒りの雷と説教の雨が降り注ぐ。そんな素敵な(?)梅雨の朝であった。



 ◇ ◇ ◇



「―――えー、そういうわけでだ。今日も体調不良等で欠席している者たちがいる」


 しばらく私に説教した後、溜息を吐きながら朝礼を再開する私たちの担任の先生。


「まあ立花のように朝から気味の悪い妄想をする無駄に元気なごく一部の例外バカ者もいるが「気味の悪い!?無駄に元気!?」6月は季節の変わり目な上に、湿度が高い分普段よりも余計に体調を崩しやすい。皆も体調管理には十分気をつけてくれ」


 そう名指しでちょっと泣きたくなりそうなことを言いながら、先生は手に持っていたプリントをみんなに配り始める。酷い、元気なのは良いことじゃないですか先生……

 まあそりゃ確かに限度はあるでしょうけど。


「ちょうど保健の先生からこの季節の過ごし方について予防や対策が書かれたプリントが届いている。よく読んでおくように。朝礼は以上だ。では、今日もしっかり勉学に励んでくれ」


 配り終えると私への説教で時間が押してしまっていたらしく、そそくさと教室を出て職員室へ小走りで向かう先生。はぁ……やっと終わった……


「やーい、マコったらまーた怒られてやんのー」

「朝っぱらからアンタまた奇行に走っちゃってもう……アンタの大好きなコマちゃんにアンタの奇声聞こえてない事を祈りなさいな」

「ただでさえこんなに蒸し暑くてジメジメと湿度高くて気持ち悪いのに、更にげんなり気持ち悪くなるような妄想を大声でシャウトすんなよな立花。お陰で不快指数が上がった気がするじゃんかよぉ」

「いやぁ、6月になってもダメ姉は相変わらずダメだわな」

「……はいはい。朝から変態姉な私が悪うございましたよっと」


 朝礼が終わるといつものように私の席に集まって、口々に私を茶化し始めるクラスの友人たち。くそぅ……こやつらめ、言いたい放題言いやがって。

 まあ悪いのは私だから反論できないけどさぁ……


「と、ところでみんな。話変わるけどさ。先生の言う通り何か今日は休んでる子多くない?木村っちに高木くん、あと昨日からひめのんも休みでしょ」

「ん?ああ…そうだな。3人も休んでいるし、それに……マスクしてる奴らも多いよな」


 とりあえずこれ以上弄られるのを避けるため、話題を変えるためそんなことを言ってみると、友人の一人が教室を見渡して同調してくれる。私や他の友人たちもつられて教室を見渡すと……確かにゴホゴホ咳をしている人や何だか元気が無さそうな人がちらほらと見える。

 そういやこの季節は天候不順で風邪にも気をつけないといけないんだったっけ……あー、やっぱ私梅雨は嫌いだ。梅雨のせい(?)で先生に怒られたし。


「ホントだね、やっぱり風邪とかも流行ってるんだ。コマと叔母さんにも風邪には気をつけてもらわないといけないなぁ……」

「……実はわたしも……ちょっと昨日から喉の調子悪いわ……家族の風邪が移っちゃったかも……」


 と、ぽつりと呟くと私の隣の席に座っていた友人も私たちの会話に参加する。


「ありゃ……カナカナ大丈夫?」

「んーまあ一応ね。……ただ正直喉がかなり痛くてさ……」


 その友人もどうやら風邪気味らしく、マスクをしているうえに何だかいつもより声がかすれていて随分と調子が悪いようだ。

 んー……ホントに大丈夫かコレ?見るからに今にも倒れそうだけど……


「ふーん……喉、ねぇ……あ。そうだ思い出した。ねぇカナカナ。私のど飴持ってるし何個か分けてあげよっか?」

「え……い、いいのマコ……?」

「うん、いっぱいあるしどうぞどうぞ。どうしても辛いならそれを舐めなよ。少しは楽になると思うよ」

「あ、ありがと……せ、折角だし……頂くわ……」

「いいよいいよ。遠慮せず持っていってよ」


 あまりにも辛そうだし、ちょうどコマ用にと買っておいたのど飴をおすそ分けしてあげること。


「てかさ、カナカナ。何だか滅茶苦茶辛そうだけど……ホントに大丈夫なん?よく見たら顔も赤いみたいだしさ」

「どれどれ……?うわ、マコの言う通り真っ赤じゃないの!?」

「かなり具合悪そうだな。熱も高いし……叶井、保健室行くか?」


 周囲のみんなも心配そうにその友人に声をかけてくれる。……何だかんだでうちのクラスはみんな優しい。良い奴らだ。


「いや、今はいい……ただ明日は病院行ってくるかも。あとゴメン、授業始まるまでちょっと寝とくわ……」

「そっか。わかったよ。じゃあ授業始まったら私がカナカナ起こすから。それまでゆっくり寝てていいからねー」

「ん……ありがとマコ……」


 小さく私に感謝の言葉を呟いてからそのまま机に突っ伏して眠り始める友人。とりあえずお大事に。

 その友人が少しでも眠れるように声のボリュームを一つ落として他の友人たちと会話を続ける。


「……カナカナ。なんかかなり辛そうだね」

「そうだな。叶井ってさ、この時期は雨も降りやすくて偏頭痛もあるって言ってたし……その上風邪も引いた日にはたまったもんじゃないだろうぜ」

「ああそりゃキツイわ。あたしも雨降るとよく頭痛くなってさぁ…その上喉からくる風邪とか最悪だよね。憂鬱になるわ」

「わかる……わかるわ。あのイガイガした喉の痛みとガンガンした頭の痛みが混ざり合うとか勘弁してほしいよねー」


 そんな感じで周りの友人たちみんなが風邪をテーマに語り始める。……うーむ、困った。何だかとっても疎外感感じちゃう。

 ……風邪、風邪かぁ……だしなぁ……


「ふーん。何かみんなの話聞いてると風邪ってめちゃ辛いみたいだね」

「……?そりゃそうでしょ。辛いに決まってるじゃないの。マコだって風邪引いたら辛いでしょう?」


 友人の一人が『こいつ何を当たり前の事言ってんのさ』と不思議そうな表情で私を見る。そう言われても私にとっては当たり前じゃないからなぁ……


「あー……いやその、ね……」

「何よマコ」

「そのね……私ってさ……今まで風邪引いたことなんて無いから、辛いって気持ちが実はよくわかんないんだよね。そっかぁ……やっぱり風邪って大変なんだねー」

「「「…………は?」」」


 さっき先生から配られた保健だよりを眺めながらポツリと呟くと、風邪について語り合っていた友人たちは―――いや、それだけじゃない。教室にいた友人たちも、おまけに授業が始まるまで寝ると言ったのど飴をあげた隣の友人も一斉に私の方を振り向く。……え?何?どうしたの皆?


「ちょ、ちょっと待て立花。今なんて言った?」

「……?なんてって、私風邪なんて引いたこと無いから辛いって気持ちがよくわかんないって……」

「か、風邪引いたこと無いの?一度も?」

「うん。無いよ」


 病院もコマの付き添いとして行くくらいで自分で病院を利用したことは今のところ一度も無い私。病気なんて罹ったことなど覚えている限りでは一回も無い。

 あるとしたら栄養学の勉強し過ぎで知恵熱を出しかけて、ぶっ倒れそうになったことがあるくらいかな?


「ま、マジで?マジでマコって風邪引かないの?」

「そだね。多分生まれてから一度も無いね。超が付くほど健康優良児なんだよ私」


 その私の返答にざわっと教室中でどよめく声が聞こえてくる。ふふふ、どうやら皆普段からバカにしている私を見直してくれたようだね。

 そう、これでも私は叔母さんからコマ共々健康オタクと呼ばれるくらい体調管理にはうるさい。


 毎日の手洗いうがいは当たり前。コマのために勉強した栄養学の知識を活かした食事で身体を作り、規則正しく眠りそして起きる。これをいつも続けているお陰で風邪なんかに負けない身体を手に入れているのである。


「それは……マコ凄いな……」

「ハッハッハ!どーよ、少しは見直してくれた?感心した?」


 そう胸を張って自慢すると、クラスのみんなは大いに感心したように頷いてこう返す。


「「「うん、感心した。凄いな―――って本当に風邪を引かないんだ」」」

「ハッハッハ!…………絶対言うだろうなって思ってたよこのヤロウ……!」


 自分でも内心では『言われるんじゃねーかな……』と思っていた言葉を、クラスメイト全員から遠慮の欠片も無く口を揃えて言われる私。そろそろ私、泣いても良いかな?

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