第26話 ダメ姉は、お仕事する

「ふぃー、今日も仕事多いなぁ…」


 我が愛すべき友人たちから『風邪を引かない=バカ』の烙印を押されたその日の放課後。今日も今日とていつもと変りなく、ボランティアパシリ部である生助会のお仕事に勤しんでいる私。今日のお仕事は部室で最愛の妹であるコマと分担して、溜まっていた書類のお片付けだ。


「ねーコマ、そっちの調子はどうかな?」

「……」

「(……おっと?これは話しかけちゃマズかったかな)」


 隣ではコマが黙々と作業をしていて、集中しているせいか私の声が耳に届いていないようだ。

 ぶっちゃけこれって慈善活動なわけだし、絶対にやらなきゃならない仕事じゃないのにこんなお仕事にも一生懸命取り組むなんて真面目で偉いなぁコマ。これは不真面目な私もコマを見習わないとね。


「さーてと。私も休んでいる場合じゃないね。次の書類はなんじゃろなー」


 ちょっとだけ一息入れた後、少しでもコマの手助けになれるようにと再び山積みになっている書類を手に取って、私も生徒のみんなや先生たちの意見書を一つ一つ確認する。

 まずは一枚目。ええっと……どれどれ?


『3-A所属の野球部部長です。雨のせいでグラウンドが使えず困っています。そこで一つお願いがあります。梅雨時期は普段外で活動している運動部にも、体育館やトレーニングルームの利用を許可しては頂けませんでしょうか?どうかご検討ください』


 ふむふむ……なるほど。確かに屋外スポーツの部活はこの時期は活動できないよね。これはちょっと先生たちや各部活の部長さんたちを集めて一度協議しないといけないだろう。

 とりあえず来週の昼休みあたりに全部活の部長さんや顧問の先生たちに召集かけて、その際この件について話し合いをすることにしましょう、っと……これでよし。んじゃ次の意見書に行こうかな。


『2-Bの水泳部部員です。雨の日でもプール使わせてほしいです。どうせ泳ぐなら濡れるし問題ないと思います』


 あー……うん。そりゃそうかもしれないけどね。でもやっぱりこの時期は雷とか落ちてくる可能性もあるし……やっぱり危険だからせめて梅雨明けするまでは出来れば市内の屋内プールあたりで頑張って部活動に励んでほしい。ほい次。


『体育教師の本田だ。旧校舎の物置が雨漏りしているから近いうちに修理よろしく頼むぞ立花』


 ……先生はひょっとしてこの部活を雑用部か何かと勘違いしてないか?つーかそんなの自分でやるか業者に頼んでください先生。女生徒に何頼んでるんすか。はい次。


『一年生です。立花コマ先輩が綺麗で可愛くてドキドキします。どうすれば良いでしょうか?』


 ……ほほう、若いのに中々にお目が高いな後輩よ。立花コマ公式ファンクラブ(会長:立花マコ)に入ることを特別に許可しようじゃないか。次。


『同じクラスにいるクラスメイトです。立花コマさん。どうか僕と付き合ってください』


 忠告しよう。とりあえず夜道に気をつけることだね。次。


『三年のサッカー部部長です。俺と結婚してくださいコマくん』


 先輩と言えど妹は嫁にはやらん。次。


『コマちゃんへ。私にprprさせてください。いやむしろ私をprprしてください』


 ブチのめす。次。


 そんな感じで淡々と意見書をチェックしていく私。……それにしても。


「うちの学校バカばっかり……」


 思わず頭を抱えてしまう私。いや、毎日欠かさずコマへの愛を全力で叫んでいる私が言えたことじゃないかもしれないけど…………何だコレ。ほぼ大半の意見書がコマへのラブレター兼怪文書じゃねーか。

 バカなの?ねぇ、こんなものを生助会の意見箱に入れるとかバカなの?机の中とか靴箱の中じゃないんだからさぁ……


 とりあえずコマ関連の怪文書は見なかったことにして、全部まとめて容赦なくシュレッダーにかけてっと。

 その他の真面目な意見書に目を通して、サインをしたり回答したりして書類を仕分けておくことに。



 ◇ ◇ ◇



「よーし、しゅーりょー!あー、疲れたぁ」


 そんな作業を30分くらい続けて、何とか今日のノルマを達成する私。やれやれ……ホント疲れたよ。ここはあくまでボランティア部だっていうのに、何でこんな面倒で厄介な仕事を毎度毎度先生は押し付けてくるのやら?別にここは生徒会じゃないのになぁ……


「まあ、慣れたから別に良いけどね。……さてと。コマー?そっちはもう終わったかな?一応私の方のノルマは今終わって―――ん?」

「……」

「あれ?コマ?」


 心の中で愚痴りながら、改めて作業をしていたコマに声をかけてみる私。けれども…………さっきと同じようにコマからの返事が来ない。いや、と言うかこれ……


「(……ひょっとして、始めた時からほとんど作業が進んでないんじゃ……)」


 コマの様子をよく見てみると。仕事をしている手も止まっているし、おまけに書類もまだ全く処理できていないっぽい。私の方が早く仕事終わるなんて珍しいな……


「コマ?ねぇコマ。大丈夫?私の声、ちゃんと聞こえてる?」

「……」

「うんそっかー、全然聞こえてないかー」


 どうしたんだろうと声を掛けながらコマの愛らしい顔を覗き込んでみると、何だか横目で窓の外を眺めながら珍しくぽけーっとしているコマ。

 ふむ……油断しているコマも中々キュート―――じゃなくて。


「(すぅ……)コーマー!」

「…………っ!?わ、わわっ!?ね、姉さま!?」


 何だかいつもと様子がおかしい気がする。ちょっと心配になって目の前でコマの名を呼んでみると、流石に気が付いてくれたようで飛び上がる勢いでやっと反応してくれる。驚かせちゃったかな。ゴメンねコマ。


「え、えっと……姉さま、どうかなさいました?」

「どうかなさいましたって言うか、コマこそどうかしたの?声かけても返事が返ってこないしさ」

「声、かけて……?え……?」

「あ、それと一応こっちの仕事は終わったよ。なんか大変そうなら……私もコマの分の仕事、手伝った方が良いのかな?」

「しごと……え……?あ、ああ嘘!?わ、私ったら何を……!」


 私のその言葉にハッとして自身の手元を見るコマ。そこにはまだほとんど片付いていない書類がてんこ盛り状態。そして一方の私の方は雑ながらも全て整理完了している。

 いつもはコマの方が早く仕事を終えて私の仕事も手伝ってくれているんだけど、普段と立場が逆転しちゃってるねこりゃ。


「大丈夫?平気?もしかして疲れちゃった?だったら私に仕事任せちゃって良いよ?」

「す、すみません姉さま……仕事もせずにボーっとしちゃってて!だ、大丈夫です!す、すぐに終わらせますので!」

「あ、いや待ってコマ。そんな急がなくてもいいのに」


 バタバタと慌てて書類整理に戻ろうとするコマ。だけど何だかやっぱり調子が悪いようで。


「こ、これを承認するにはハンコと私のサインが必要だから、まずはハンコを……あ、あぅ……ハンコが見当たらない……!?え、えっと……確かこの辺に仕舞って……あ、ああ!?しょ、書類が崩れて……!?」

「こ、コマさーん?大丈夫なのホント……?」


 通常時ならこの学校の誰よりも仕事が早いはずなのに、ちょっとした書類を読むのにも私より時間がかかっていたり、サインのし忘れをしていたり、書類の山を崩してしまったりと…何だか全く集中できていないコマ。

 やだ……ドジっ子なコマとかマジ萌える―――でもなくてだ。今日は全然コマらしくないし何か変じゃないか?


 よくわからないけどコマ、これってやっぱり相当疲れてるんじゃないだろうか?うーむ……だったら。


「……ねえコマ」

「は、はい姉さま!わかっています!急いで終わらせますので!で、ですからお願いです、失望しないでくださ―――」

「ううん、そうじゃなくてさ。仕事中止。今から

「はいわかりました!おやつですね!…………え?おやつ…?」

「うむす、おやつだよ。今日はもう仕事お終いにしよう。残りの今日の部活はお茶飲んでお菓子食べる時間にしちゃおうねー」


 そう言ってパッとコマの手元にあった書類を無理やり奪い取ってから、仕事が終わったらコマと一緒に食べようと予め作っておいたおやつの入った風呂敷を鞄の中から取り出す私。


「で、ですが姉さま。私まだ仕事をほとんど手を付けてもいません……それなのにおやつなんてそんな……」

「あはは。良いって良いって。こんなの明日にでも適当にやればね。大体さぁ、こんな面倒な仕事なんて適当にやればいいんだよ。誰もコマの事怒ったりしないよ。問題ない問題ない」

「いえ、ですがその……」


 コマに笑いかけながらそんなことを口走る私。どうせこんな書類サボっても『お前さては適当に仕事したな立花ァ!』ってな感じで、後で先生とかに怒られるのは私の方だろうしちょっとくらい手を抜いたって全く問題ないのである。

 ていうか、叱られ慣れている私が叱られることよりもだ。


「と言うわけで久しぶりにお姉ちゃん命令を実行しまーす。コマは仕事お休みして私と一緒に今からお茶をすること!拒否権は認めませーん。そういうわけだからコマ。いいね?」

「は、はい……」


 そんなことよりも、疲れているコマに無理して仕事をさせちゃう方が私にとっては許せない。何だかちょっと強引だし、コマのやる気を削いじゃって悪いとは思うけど…疲れているっぽいコマはしっかり休ませておきたい。

 そんなわけで年に一度の『お姉ちゃん命令』を実行に移しコマを休ませることに。


 うん?ところで『お姉ちゃん命令』って一体何なんだって?うむ、説明しようじゃないか。これは簡単に言えば姉である私が妹のコマに対して行う絶対命令権の事。一年に一回限定だけどこれを使うとコマは私の言う事を絶対にきかなければならないという、私たち立花姉妹が作った姉妹間のルールの一つなのである。

 ……一応念のために言っておくけど、やましいこととかヤラシイことには使ったことなんてこれまで一度も無いからね?ホントだよ?


 ちなみにコマも同じく私に対して『妹おねだり権』なるものを持っていて、これを使われたら私はコマの言う事を聞かねばならない。まあ尤も。ドシスコンな私はコマの言う事なら何だって聞くつもりではあるけれど。


「……すみません姉さま、気を遣って頂いて」

「気を遣う?何の話かな?ただ私はコマと一緒におやつしたいだけだよ。―――それよりさコマ。おやつの準備手伝ってもらってもいいかな?私お茶淹れてくるから、お手拭きとかお皿とか出しておいてね」

「は、はい。今度はちゃんとしますね」

「ありがとー、んじゃよろしくね」


 私のその命令を受け、素直に仕事する手を止めておやつの準備に取り掛かってくれるコマ。これで良しっと。コマが大人しく仕事を休んでくれたことに少しホッとしながら、お茶するためにお湯を頂くべく給湯室に向かうことに。



 ◇ ◇ ◇



「はーい、お待たせコマー♡」

「……」


 先生に『お茶を飲みたいから給湯室使わせてください』と頼んで(あ、これ余談だけど……頼んだら『ダメだ。給湯室使わせろだなんてお前は何を考えているんだ立花』と怒られて、『コマも飲みたがっているんです!』と先生に伝えたら『ならば良し』とあっさりと使わせてくれた)、お湯を入手後、一分もしないうちにコマの待つ部室に戻る私。


「ごめんねぇ、ちょっと手間取っちゃって。さぁ、一緒に楽しいおやつの時間にしようねー♪」

「……」


 さーて、楽しいコマとのおやつタイムだと、心浮かれながら部室の扉を開けてみたんだけれども。その私の目に映ったのは……


「…………」

「って、あらら。またコマ外を見てる…」


 一応ちゃんとおやつの準備は終えているようだけど、再びぽけーっと窓の外を眺めて放心しているコマの姿。私が戻ってきたこともはっきりとは認識してなさげだ。

 ……なんだろう?今日はやけにコマ外の様子が気になっているみたいだけど……外に何かあるのだろうか?


「コマ。どうかした?お外は何か変わった事でもあったかな?」

「…………外、は……雨が、降っていますね……」

「ん?ああうん、そうだねー。梅雨だし今日も随分と雨が降るねぇ」

「……雨ですね……」

「雨だねぇ」


 一先ず私もコマの隣に座って、休憩ついでにコマと一緒に窓の外を眺めることに。コマの言う通り雨はざあざあ絶え間なく天から降り注ぎ大地を濡らし窓を叩いている。

 あまりの雨量に道路は水たまりどころか川のようになっているし…朝以上に雨脚は強くなっているみたいだ。これ以上酷くなる前に早めに帰った方が良いかもしれないなー、なんてふと思ってしまったり。


「…………今夜は、……いいけど……」

「ふぇ?コマ、今何か言った?」

「…………あの。姉さまは……ですね」

「うん?なぁに?」


 と、そんな中突然ポツリとコマが何か呟き始める。


「姉さまは……その。雨は……お好きですか?」

「へ?雨?」

「はい……雨、です」


 視線はまだ窓の外に向けながら、私にそんな質問をしてくるコマ。雨が好きかって?んー……雨かぁ……


「そだねぇ。洗濯物は乾かないし、今日は雨のせいで怒られたし……声高く好きとは言えないけど」

「けど……?」

「けどまあ、死ぬほど嫌いってわけでもないかな。雨だって、良いところはちゃんとあるわけだし」

「……雨の、良いところ……?」


 コマの質問の意図は分からないけど、思ったことを素直に口にしてみる。


「雨の良いところって……例えば何でしょうね……」

「んーと、そうだね。そりゃ列挙すると沢山あるけど……一番はアレかな。―――雨のお陰で外に出られないから、こういう日はコマも運動部の助っ人に駆り出されることも無いでしょ?」

「……?は、はい……それは、そうですけど……それのどこが良いところですか……?」

「すっごく良いところじゃないの。だって……こういう日はコマと二人で楽しくお仕事出来るんだから。今日みたいにコマと雨音を聞きながらのんびり過ごす時間を作ってくれる雨は……私大好きだよー」

「……!」


 まあ、今朝『雨は嫌だ』『梅雨嫌いだ』と言った私だけど、雨だって良いところはたくさんあるもんね。

 そんな感じのことをそれっぽく適当に言ってみると、何故かコマは目をまんまるにして驚いた表情を見せる。あれ?何だろうこの反応は?


「……姉さまは、凄いですね」

「…………は?」


 突然褒められた。いやコマに褒めてもらえるのは嬉しいけど何で……?


「普通は、ですね……最初に姉さまも言った通り……雨っていろいろと大変で、『雨って嫌だなー』って思うだけで終わると思うんです……」

「え、そうかな?」

「そうですよ。でも……姉さまは、私なんかとは違って……ただ単に嫌だって思うだけじゃなくて……ちゃんと雨の良さも理解してて……それも凄く素晴らしい考えをお持ちで……凄いです……」

「う、うん?そっ、そうかな?……あ、ありがと褒めてくれて……」


 どの辺が琴線に触れたのかはよくわからないけど、私の発言の何かに心底感心してくれるコマ。……ごめんねコマ。お姉ちゃんは咄嗟だったから実は今の思ってたことを適当に言っただけなのよ……そんなに大して考えてないのよ……なんて今更言えない空気に。


「…………(ボソッ)そう、ですよね……悪いのでは……ないですよね……いい加減……私も……、しないと……」

「そ、それよりコマ。疲れてるのかな?何だか色々集中できてなかったし…調子も悪そうだったけど…」

「え……?あ、いえその……。だ、大丈夫ですよ!す、少し昨日遅くまで起きていて……そのせいで今ちょっと寝不足なだけだと思います」


 そのようにしどろもどろに答えるコマ。睡眠不足?……ああ、だから今日ぽけーっとしていることが多かったのか。


「そうなの?ありゃ……もしかして不眠症とかじゃない?困ったね……もし辛いなら今からでも病院に―――」

「いいえ。本当に大丈夫です。帰ってしっかり眠ればきっと良くなります。……それより姉さま。私、姉さまの作ってくださったおやつ、そろそろ食べたいですけど……良いでしょうか?」


 準備してくれたおやつを指差し、おねだりするコマ。んー……あまりにも疲れているなら正直早めに帰って休ませるべきだろうけど……


「きっと、姉さまの愛情がいっぱい詰まったおやつを食べれば私もシャキッとすると思います。……食べちゃ、ダメですか?」

「う、うんわかった。それじゃあ食べたらすぐに帰ってお家で休もうねコマ。あんまり無理しちゃダメだからね」

「はい、わかっています」


 コマもおやつも楽しみにしているようだし、ちょっとだけコマの様子が気がかりだけど本人も大丈夫と言っているし……それならきっと大丈夫……だよね?

 現にぽけーっとしていた先ほどと違って、今はいつも通りコマも元気に素敵な笑顔を見せてくれているし……うん、この様子なら多分大丈夫だろう。


「ところで姉さま。今日のおやつは何ですか?」

「えっとね、今ちょうど6月だし6月らしい和菓子を作ってみたよ。京都の和菓子の『水無月』っていう奴でさ、何でもホントは6月30日に食べるらしいけど…ちょっと試しに作ってみたんだー」


 まあ、念のため部活もおやつ食べ終わったらすぐ切り上げて、さっさと帰ってコマをちゃんと休ませれば良いか。


「そ、それじゃコマ。その……こっ、恒例のやつ……する?おやつするならやっぱり……味覚戻ってないと楽しめないよね?」

「は、はいですっ!では、早速いつもの口づけ……お願いしますね姉さま♪」


 その後はいつものように部室内で口づけを交わし(勿論言うまでも無く、コマの唇は大変美味でした♡)、コマの味覚を戻した後はイチャイチャしながらお茶とおかしを楽しんだ私たち立花姉妹であった。






 …………後になって思う。この時ちゃんとコマの異変に気付いて対応するべきだったと。

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