第13話 ダメ姉は、再び決意する

 色々あったけど邪魔者叔母さんは去った。これでやっと最愛のコマとイチャイチャ出来ると言うものだ。サンキュー編集さん。


「やれやれ……叔母さんには困ったものだよねーコマ」

「ええ。流石にお仕事を放置した挙句に編集さまに迷惑をかけるのはダメですよね」


 ……いや、まあ当初の予定通り私・コマ・叔母さんの家族三人で仲良くするのも勿論悪くは無いんだけどね。それはまた別の機会にという事で。

 新学期が始まって色々部活のお手伝いとかで忙しくて二人のんびりできなかったわけだし、今は純粋にコマと姉妹仲良くイチャイチャさせてほしい。


『な、なあシュウ。……アタシちょっと酔いが回ってきたし眠くなってきたんだが……きょ、今日はそろそろ止めにしないかねぇ?』

『何を阿呆な事を仰るのですか。寝言は寝て―――いえ、寝かせませんよ。寝言は仕事終わって言いなさい、めい子先輩。……大体始めてまだ5分も経っていませんでしょうが。どうして貴女はそう毎度毎度仕事をサボって……』


 その分叔母さんはきっと今頃編集さんと仲睦まじく仕事イチャイチャしているだろうし、別に良いよね(全然良くねーよ!? byめい子)


「じゃあまあとりあえず。乾杯しなおそっかコマ」

「良いですね、では姉さま。せーの」

「「乾杯っ!」」


 仕切り直しという事で乾杯しなおす私たち。叔母さんと違い私たちは未成年。当然花見酒ではなく花見ジュースだけれども……これはこれで風情あって素敵じゃないかなって思う。


「っぷはぁ!うーん、美味しいっ!」

「ええ。普通のジュースではありますが何だかいつもより美味しく感じちゃいますね」

「だよね、だよねっ!」


 ま、そりゃそうだ。桜の花とコマという一輪の華を愛でながら飲むジュースだよ?美味しくないはずないじゃないか。調子に乗って一気にジュースを飲み干した私を見てくすくすと楽しそうに笑うコマ。


「姉さま、私お酌しますよ」

「あ、うん。じゃあ折角だしお願いしちゃおっかな」

「はぁい。それではどうぞです姉さま♪」

「おー、ありがとねコマ」


 気遣い上手なコマが空になった私のコップにジュースを注いでくれる。あたかもお酒を注ぐようにゆっくり丁寧に注ぐコマの姿は、ただジュースを注いでもらっているだけなのにすっごく優雅で可憐だ。

 叔母さんがコマや私に時々お酌させたがる気持ち、今なら少しわかる気がする。姉の贔屓目を差し引いても綺麗な女の子にお酌させるのって上手く説明できないけど……なんか、良い。


「いやぁ、ジュースだけどこーんな可愛い子にお酌してもらえるなんて、何だか私お殿様になった気分だよ」

「ふふっ……姉さま。そこはお姫様じゃなくていいんですか?」

「お、お姫様ぁ……?そ、それは……ちょっと私には似合わないと思うの」


 それにどうせやるならお姫様ロールプレイよりもお殿様ロールプレイの方が何かエロそう―――じゃない、偉そうなこと出来そうだし。


「そうですか?私は姉さまがお姫様役でもとっても似合うと思いますけどね」

「いやいや。流石にお姫様って柄じゃないよ。ダメ殿くらいがお似合いだってば。まー、それはさておき。―――うおっほん。くるしゅうないぞコマ。面をあげぇい。天晴れじゃ!……なーんてねっ!」

「ははーっ、ありがたき幸せですマコ殿さま♪」


 私のそんなアホみたいな発言にコマも楽しそうに乗ってくれる。周囲に誰もいないことを良いことに、どこぞの時代劇のような寸劇を身振り手振りを交えながらじゃれ合う私たち。

 ああ、ホントに楽しい。出来る事ならこのままずっとコマとこうしてイチャついていたいくらいだよ。


「コマちゃんや、ホレもっとちこうよれー。その愛らしい顔をワシに見せるのじゃー」

「っ!」


 ついつい調子に乗って自分のすぐ隣をポンポンと叩き、時代劇に出てくるエロいお殿様気分でそんな事までコマに要求しちゃう。


「……は、はいです姉さまっ!え、えーいっ!」

「お、おぉ……っ!?」


 半分くらいは冗談だったんだけど、嬉しそうに頷いて私の隣にすすっとすり寄ってきて……しかも私に甘えるように肩を預けてきたコマ。ちょ……ま、まって。マジでやってくれるの……!?…ていうか……む、胸も当たって―――


「ど、どどど……どう、したのコマ?こ、コマが外でこういうことするなんて珍しい……よね?」


 私から変な発言をしておいて何だけど、コマの予想外の行動に驚いてしまう。動揺を必死で隠し平静を装いながらそのように尋ねる私。


 確かに私や叔母さんの前ではこんな風に甘えることは珍しくはないんだけど……普段はクールビューティで凛々しく、良い意味で近寄りがたい存在と学園のみんなに評価されてるうちのコマ。人目のあるところでこういう事をするのは本当に珍しい。

 ……お、おまけに。こんな風に大胆に抱きついてくれるなんてどうしたことだろうか?私としては死ぬほど嬉しいけど……コマは恥ずかしくはないのかな?


「そ、その……ご、ごめんなさい……さっきも言ったように最近何かと忙しくてあまり姉さまと一緒に遊ぶ時間が取れなかったので……つい甘えちゃいました。……あ、あの。迷惑でしたか……?お嫌でしたらすぐに離れますけど……」

「っ~~~~!」


 嫌などころか、大歓迎。私としては姉としてコマにはもっともっと甘えられたいんだもの。


「嫌なわけないじゃんかー!もー、コマはホントに可愛いなぁー!」

「あ……っ……え、えへへ……♪」


 歓喜相まってそんな嬉しい事を言ってくれるコマを抱きしめて髪をわしゃわしゃと撫でてみる。流石に嫌がるかもと思ったけど、気持ちよさそうに為すがまま私に撫でられ続けるコマ。なんか小動物チックで可愛い……


 そのままコマを撫でつつ、風に舞う桜の花びらを眺めることに。叔母さんの暴走のせいで中断していたけど……ようやく花見らしい花見になってきた気がする。

 と、しばらく会話もなくボケーっとコマを撫でつつ桜の花吹雪を眺めていると、撫でられていたコマが私の横顔を(いや、正確にはその隣で優雅に咲いている桜を、かな?)見ながらぽつりと呟く。


「綺麗……です。姉さま」

「うん、ホントだねぇ。桜超綺麗だよねー」

「…………い、いえ……あの違う……桜ではなく…………(ボソッ)その…姉さまが綺麗だって……意味でしたのに……」


 しまった……こんなに綺麗な風景なんだし、デジカメ持って来れば良かったなぁ……叔母さんのせいでバタバタと花見の準備する羽目になったから写真撮ることまで気が回らなかった。うーん失敗失敗。この際もう携帯のカメラでも良いかな?どうせなら一番綺麗な桜とコマを並べて写真撮りたいや……

 なんてことを考えていると、コマが何か決意したような表情で私の手を取りきゅっと握ってくる。


「ん?どうしたのコマ」

「……コホン。あのですね、姉さま。さっきの話の続き……何ですけど。話しても良いですか?」

「へ?さっきの……話?」


 えっと、それはいつの……そして何の話の続きだろうか?いかん、お姉ちゃん鳥頭でゴメンねコマ……


「ホラ、叔母さまが私たちに尋ねていたじゃないですか。『お前たちが考える花見の楽しい事とか面白い事って何だよ?』と」

「んーと…………あ、あぁアレね。そういやしてたねそういう話」


 たっぷり十秒くらいかけてようやく思い出す私。そうそうそうだった。何か突然花見飽きただの言いだした叔母さんに、そんな話題を振られたんだったね。

 確か私がカラオケで叔母さんが酒。そんでもってコマが野点とあと一つ何かを―――


「……あ。そう言えばコマ、花見の楽しいことについて何か他に言いかけてたっけ?もしかしてその話の続きかな?」

「そ、そうです!まさにそれです!その話の続きですっ!」

「おお、それはちょっと聞きたいかも。良かったら教えてもらえるかなコマ?コマにとっての花見の一番の楽しい事ってなぁに?」

「は、はいっ!……私の思う、一番の花見の楽しいことは……ですね」

「うんうん」


 確かさっきコマが『コマの思う一番の花見の楽しいこと』を言いかけたところで、ちょうど編集さんからメールが届いて中断してたんだった。コマの推す花見の楽しさって何だろう?

 ……こ、ここで『姉さまと一緒にいることが一番楽しいです』―――なーんて言われちゃった日には、嬉しすぎて鼻血で空飛べるかもしれないけど……


 ほんのちょっとだけそんな言葉が出てくることを期待をしながらコマの言葉を待つ私。その私を前にコマは私の手を今一度強く握り一度大きく深呼吸をして、ちょっぴり頬を染めながら一言。


「私は……ですね。やっぱり………その。こっ……こんな風に、……恋をして、好きになった人と一緒に……そう、一生涯を共に過ごしたいと思える人と一緒に……肩を寄せ合って花見をするのが……最高だと、思っていますっ!」

「…………んな!?」


 まるで胸の内をさらけ出すように気合の入った一言を私に告げるコマ。え、えっ……!?こ、恋……?それに大好きな人……!?ま、まさかそれって……つまりは…っ!


「こ、コマ……?そ、それってもしかして―――」

「は、はい!そうです!今姉さまが想像した通りの意味です!」

「―――今私とコマがやってるみたいに、肩を寄せ合って花見が出来るような、早く欲しいってこと……!?」

「はいっ!…………は、い?」


 ……そ、そうか。うん、そうだよね。家族と一緒より―――ましてこんなシスコン変態姉と一緒より、いずれコマに訪れるであろう素敵な恋人と一緒に花見をする方が楽しいに決まってるよね……

 いや、そりゃわかっていたさ……私にワンチャンあるなんてありえない事くらい……べ、別にショックなんて受けてないんだからね……!?


「あ、いえっ!全然違いますよ姉さま!?どうしてそんな発想が出てくるのでしょうか!?そ、そういう意味では決してなくて……」

「大丈夫だよコマ!コマにもきっとすぐにコマの事を一番大事にしてくれる素敵な人が現れるよ!」


 気を取り直して心の中で血の涙を流しつつ、せめて頼れる姉らしく励ますようにコマに力を込めてそう返す私。


「で、ですからそうじゃなくてですね!…………(ボソッ)い、今の意味って……私がこんな風に肩を寄せ合えるのは……世界広しと言えど……姉さまだけですって意味なのにぃ……ぁぅ……」

「あ、あれ?どしたのコマ?なんか落ち込んでない…?」

「……いえ。だいじょうぶです。ねえさまの手強さは6年前からよーく知っているのでお気になさらずに……」


 大丈夫と言っている割には、何だか残念そうに見えるんだけど……コマはホントにどうしたんだろうか……?

 何故かガクリと力が抜けたように私に肩を預けてきたコマを受け止めつつまた頭を撫でてあげる。


「…………(ブツブツブツ)編集さまのアドバイス通りでした……姉さまに遠回しな言い方じゃダメ。……もう少しストレートに……わかりやすく伝えるべきでしたのに……本当にここぞという時にダメなんですよね私……反省です……」

「コマ……?なんか落ち込んでない?ホント大丈夫なの…?」

「……はい。大丈夫です。もっと頑張りますからね私」

「うん?ええっと……そっか!なんかよくわかんないけど頑張ってねコマ!」

「はいっ!立花コマ、頑張りますっ!…………(ボソッ)頑張って……絶対に姉さまを振り向かせてみせますから……」


 うん、やっぱり何を頑張るのかとかよくわかんないけど……コマ、元気が出たっぽいからいいか。やっぱコマは元気が一番だよね!

 なにやら決意の炎を目に宿したコマの頭を再び優しく撫で始めながら、ふと昨日考えていたことをもう一度思い返す私。


 ……私は一体、いつまでコマと一緒にいられるだろうか。社会人・大人になっても?それとも大学生くらいまで?もしくは高校卒業まで?……あるいは、中学卒業まで?……コマが望んでくれるなら、私はいつまでも大好きなコマの傍を離れないだろう。


 けれど逆に、コマが私の傍から離れたいと願うなら……?


 例えば今のコマの話じゃないけれど……コマに恋人が出来た時。他にもコマに自分だけのやりたい仕事・行きたい学校が見つかった時。コマが私離れしたいと思った時―――いつその時が来るかはわからないけれど、それは多分遠い将来じゃない。


 そして……その時が来たら私は涙を呑んでコマから離れなければならない。自分で言う事じゃないけれど……過保護でシスコンで実の妹の身体に欲情しちゃう変態姉なんて、百害あって一利なし。私の存在はありとあらゆる意味でコマに悪影響が出かねない。


「(その為にも……出来ればその時が来る前に、コマの味覚障害を治してあげなきゃね)」


 これは姉として、あの時コマの味覚障害を引き起こすきっかけを止められなかった者として……そしてコマの事を好きになった者としての義務だ。コマと6年間欠かさずやってきた口づけが出来なくなること。果ては6年間ずっと一緒だったコマと離れることになるのは……本音を言うと死ぬほど嫌だけれど。

 でも私の一番の幸せは、コマが一番幸せになってくれること。コマに幸せになってもらうため、なんとしてでもコマとの甘い口づけの誘惑から己を律し、その呪縛を解いてやらねばならない。……遅くてもコマの進路が決まる中学卒業までにね。


「―――さま、姉さま……?」

「……へ?な、なぁにコマ?」

「いえその……急にとても物憂げな……とても寂しそうな表情なさっていましたから私心配で……大丈夫ですか?どうかなさったのでしょうか?」


 ……私はどうにも隠し事がダメのようだ。すぐに顔に出てしまうタイプっぽい。気が付くと心配そうに私の顔を覗き込むコマが私の目の前に。

 ……本当にコマは姉思いの良い子だ。だからこそ、コマには幸せになってもらいたい。幸せになってもらわなきゃ、私も困る。


「あー……いや。桜があまりに儚く散っていく姿見てると何だか物寂しさを感じてさぁ……あはは、桜の雅な気に当てられちゃったかな?何か私らしくないこと言っちゃってるねー」

「あ、そうだったんですね。いえいえ。アンニュイな姉さまもまた素敵ですよ」


 誤魔化すつもりで咄嗟に口に出したけど、マジで桜の気に当てられて寂しさを感じていたのかもしれない。……いやはや本当に私らしくもないや。

 つい昨日も決意したじゃないか。何が何でも、どんな手段を使おうともコマを治してあげるんだって。今更何を迷う必要があるんだ。


「ねえコマ」

「?はい、何でしょうか?」

「……私もさ、頑張るね」

「…………?あ、はい。頑張ってください姉さま。姉さまなら、きっと大丈夫です」

「うん、ありがとね」


 桜の木の下で今ここに再び誓う。何が何でもコマの味覚障害を治す……そしてコマに絶対に幸せになってもらうと。頑張れ私。……そして一緒に頑張ろうねコマ。


「……ところで姉さま、何を頑張るのですか?」

「え?あ、えっと……それは……その。ほ、ほらアレだよ!新学期も始まったばっかりだしね。お姉ちゃんは色々頑張んなきゃって思ったわけなのですよ!」

「ああなるほどです。……また忙しくなるでしょうねー。私も頑張らないといけませんね」

「えー?コマはちょっといつも頑張り過ぎだと思うなぁ。偶にはしっかり休んだり、甘いものとか食べて英気を―――あ、そだ。ねえコマ。桜のシフォンケーキあるけど食べる?」


 話題を変えるためにさりげなくコマにデザートを勧めてみる私。今日のデザートはさっき編集さんにも分けてあげた桜をイメージしたシフォンケーキだ。

 作った自分が言うのもアレだけど、結構自信作。……あ、でもさっきあれだけあったお弁当食べたばかりだし流石にコマも今は食べたくないかも……?


「是非お願いします。姉さまのデザート、私大好きですし♪」

「おぉー、そりゃ光栄だよ。ありがとコマ」


 なんて心配したけど、そこはコマも女の子。デザートは別腹らしい。


「口に合うと良いけどねー。それじゃあ―――はいどうぞコマ」

「ありがとうございます姉さま。……わぁ…!今回もまた見事ですね。桜色でこの季節ぴったり。それに可愛らしさも感じられて…素晴らしいの一言ですよ」

「花見に合うかなって思って大急ぎで作ってみたんだけど……そう言ってもらえると作った甲斐があるよ」


 適度な大きさに切り分けてコマにシフォンケーキを渡してあげることに。


「ささ、遠慮せずにどうぞコマ」

「はーい、では頂きます姉さま」


 一料理人として、自分の自慢の料理を自分の一番大好きな人に食べて貰えるのは至上の喜びだ。コマの食べる姿を見つめ―――否、目に焼き付けようと目を光らせる私。

 そんな私の熱れるな視線を一身に受けながら、上品に一口食べてくれるコマ。さて、お味はどうだろうか?美味しいって言ってもらえると嬉しいんだけれど……


「あら……?」

「え……?」


 と、私の予想に反してコマは『美味しい』という表情でもなければ『不味い』という表情でもない不思議そうな表情を見せてくれる。え、何その反応……?ま、まさか不味かったとでもいうの……!?


「ど、どうしたの…?美味しくなかった…?」

「……いいえ、ですがこれは……もしや」


 も、もしかしなくても失敗してしまった……!?叔母さんみたいに塩と砂糖を間違ってしまってたり……!?な、何たる不覚…どこかでミスってたのか……!?

 で、でも学業等はともかく料理に関して失敗することはそうそうないと自負していたしいつも細心の注意をしているのに……一体どこで失敗を……!?


 そう狼狽える私をよそにどうしたことかおもむろに腕時計に目をやるコマ。時間を確認すると納得した表情になる。


「ごっ、ごめんなさいコマっ!?美味しくなかった?私、ひょっとしなくても叔母さんレベルのミス犯してた!?な、殴って良いよ!?何なら靴も舐めるし、コマのいう事ならなんでも聞く―――」

「いえ姉さま。姉さまが悪い事なんて一つもありませんよ。これはその……私の問題みたいですね。これ見てください姉さま」

「と、時計?……と、時計がどうかしたの……?」


 コマはやんわりとパニックになりかけていた私を諫めて、私にも時計を見せる。私もとりあえず言われるがままにそれを見てみると……


「……早いものですよね。もう経っちゃってたみたいです」

「一時間経った……?ハッ!?も、もしかしてコマ……み、味覚が……?」

「ええそうです。何の味も感じられません……すみません姉さま」


 よ、よかった……どうやら私に原因があったわけじゃないらしい。……いや、これはこれで良くはないけど……

 コマの腕時計はすでに14時過ぎを示している。家を出たのが13時くらいだったから……つまりこれは制限時間越えタイムオーバー。私とコマの例の口づけによる味覚戻しから一時間経ってしまったという事であり……コマの味覚も失われてしまったことを意味する。


 口づけによる味覚戻しの持続時間は約一時間。一時間経てばまた私と口づけの必要があるコマの特異体質。私はコマと合法的に口づけできる口実が出来るから寧ろドンと来い何だけど……コマとしては好きな時に好きなものを食べるには私といちいち口づけしないといけないコマの体質。

 ……うん、やっぱ不便だよねコレ。そういう意味でも早いとこコマのこの味覚障害治してやらねばなるまいて。


「コマが謝る必要ないよ。気にしないで。それより……そっか。味がわからないんじゃしょうがないようね。それじゃあデザートは帰ってから食べようか」

「……そうですね。姉さまのデザート、とても楽しみでしたから……ちょっとだけ残念ですが仕方ありません。わかりまし―――あっ」


 もう一度強くそのように決意をする私の横で、コマが何か名案を思いついたかのようにきらきら笑顔を見せる。かわいい。


「……姉さま、立ってください。こっちです。来て」

「へ?な、何コマ?こっちって……」

「良いから何も言わず私に着いて来てください姉さま♪」


 突如荷物を置いたまま、私の手を引いて公園の奥へ入り込むコマ。え?な、何だろう急に?

 ……しばらくずんずん公園の奥にある雑木林の中と進んで……かなり入り込んだ人の気配がしないところまで辿り着く私たち。こんな誰も来そうにない、竹林に囲まれた寂し気な場所にコマは一体何の用だろう?


「……うん。この辺りなら大丈夫ですね」

「あの、コマ?一体どうしたの?」

「……姉さま。きっとここならば私たち以外は誰も来ないと思うんですよ」

「あ、ああうん。そりゃそうだろうね。ここただの林だもの」

「……それに。この位置と角度的にもここまで来ない限りは……私たちの姿は誰にも見られないと思うのです」

「う、うん……多分そうなんじゃないかな」


 なにせこの辺は何も変哲も面白味もない雑木林だし……誰も好き好んで桜も一本も生えていないようなこんな殺風景な場所に入って来ようだなんてそうそう思わないだろう。ならばどうしてコマはこんなところに私を連れ出したんだろう……?


「……でしたら、大丈夫ですよね」

「んーと、何がかなコマ?」


 そんな不思議がっている私に、コマは嬉しそうに小悪魔ちっくな笑みを浮かべる。


「姉さま一つお願いがあります」

「おっ!私にお願い事?いーよいーよ!遠慮せずどんどん言ってちょうだいコマ!」

「ありがとうございます姉さま♡……では。私とここで…………その。口づけを……してくれませんか?」

「口づけ……?あ、ああなるほどね!お安い御用だよ!口づけすればコマの味覚も…………戻る、からデザートも食べられ…………は?」

「ですから、ここで、口づけをしてください。ね、お願いします姉さま」

「…………ん、んん……?」


 …………ここで、口づけ?数分かけてその意味するところを考える私。それって……つまりは……!?


「って!?こここ、ここで!?こ、ここで口づけをしたいってこと!?」

「はい。ここで」

「いや、いやいや!?だ、だってコマ!ここ……外だよ!?い、いつもみたいに他の誰にも見られない、入って来れない密室とか私たちのお家の中とかじゃなくて……外なんだよ!?」


 無い頭をフル回転させてようやく理解する私。え、ちょ……まって。待って……!?

 た、確かに屋外でコマと口づけするのは……野外プレイみたいで背徳的で絶対興奮するだろうし、やってみたいなー……なんて妄想していた私。だ、だけどそれはあくまで妄想なわけで……


「大丈夫ですよ姉さま。今言った通り誰にも見られる恐れはありません。それにもし仮に誰かが近くまで来ても……すぐに音や気配でわかりますから安心してくださいな」

「だ、だからそういう問題でも無くて……いや勿論その問題もあるんだけど……」


 お弁当の量が足りなかったのか、それとも私のデザートがそんなに楽しみにしてくれていたのか。今すぐにでも味覚を戻したいらしいコマ。コマにしては珍しく積極的に口づけを要求する。

 その気持ちはわからないわけじゃないし何のしがらみも無ければ今すぐ口づけをしてやりたい。……で、でも…誰かに私たちが女同士―――しかも姉妹同士で口づけしているのを誰かに見られたら。そして最悪それが私たちの事を知っている誰かだったとしたら……私はともかくコマの社会的立場はどうなるのさ……!?そのリスクを考えると……


「あ……もしかして姉さま。やっぱり……私とするの……お嫌……ですか?」

「(嫌じゃないから困ってるんだよコマぁ……っ!)」


 シュン……とした表情になるコマに心の中で叫ぶ私。


 つい先ほど私は『コマの味覚障害を治す』と誓ったばかり。毎日毎日コマの唇を貪りつくしている私がこんな事言っちゃダメだろうけど……このコマとの口づけは極力朝・昼・夕の三食以外でするのは控えるべきだ。

 ……そうでないとこの行為に依存してますますコマが私離れ出来なくなるし、私もコマ離れ出来なくなり……最悪自分を押さえられずにコマに手を出して、口づけ以上の性的なことをしでかす恐れがあるわけで。それに一度でも誰かに見られる恐れのある外で口づけなんかやっちゃうと、きっと私もコマも歯止めが効かなくなりそうで……


「……ねえさま…ダメ、ですか……?」

「ぅ……」


 舞い散る桜の花びらよりも鮮やか手綺麗な桜色の唇。捨てられた子犬のように私に期待をしている潤んだ瞳。繋いだ手から伝わってくるコマのぬくもり。密着したコマから伝わる花のような気持ちの良い香り―――ああ止めてコマ……!そんなにお姉ちゃんを惑わさないで……

 だ、ダメだ……!しっかりしろ立花マコ!お前は先ほどの誓いを忘れたのか!?コマが大事なんだろう!?コマに幸せになって欲しいんだろう!?……だったらここは心を鬼にしてでも、姉としてしっかりと『こんなところで口づけなんてダメだ』と叱るべきじゃなかろうか。そうと決まれば腹をくくれ私……!


「ねえ、さま…?」


これもすべてはコマのため。一度大きく深呼吸して、コマと向き合う私。さあ言うぞ……しっかりと『ダメだ』と言ってやる……っ!


「……こ、コマっ!」

「は、はいっ!」







「喜んでっ!」

「っ!はいっ♡」


 …………あれ?



 ◇ ◇ ◇



 ……ここは近所の住人ならば誰もが使うであろう公園の中の、少し入り組んだ木々の中。

 そう遠くない場所では、酔っ払いのおじさんたちの賑やかな宴会の音が聞こえてくる。人気も無くて誰も近づく気配はないけれど……もしかしたら何かの拍子に誰かがやって来るという可能性も絶対に無いとは言い切れない。


「……んぅ……んんっ…あ、っ…」

「あ…ふっ……っ、くぅ……はぁ…っ♪」


 ……そんな状況下で、二つの影が重なり合う。お互いの唇と唇を重ね合い、舌と舌を吸い合って……唾液が混ざり混じり合う水音が耳に届いてくる。


「…あ、の……こ、こま…ま、まだ戻らな……んにゃっ!?」

「……ぷはぁ…んくっ…………ふぅ。……ええ、まだです。リンゴジュースもすでに尽きてますしやっぱり時間かかりそうです。ごめんなさいね姉さま。……ですから……んっ♡姉しゃま…もっと……ね」

「ひ、ひゃんっ…!?……んぅ…ん…」


 ……おかしいな。絶対にこんなところではやらないと数秒前に決めたのに。昨日も今日もあれだけ誓っておいたのに。気が付くとコマと口づけを交わしている私。

 その事実をまるで他人事のように感じながらも、コマに自分の口の中を唾液ごとことごとく吸い取られ、唇も舌も歯も歯茎も口蓋もことごとく舐め取られる。お陰で舌は痺れ身体はガクガク、息も絶え絶えで放心してしまう。


「……緊張なさっているんですね。胸の鼓動が凄いですよ。……姉さま、かわいい」

「ぁ、う……」

「立っていられませんか?でしたらもっと私に身を預けて良いんですよ……ホラ、遠慮せずどうぞ姉さま♪」


 せめて外でしているわけだから、少しでも周囲に気を配らなきゃと思い聞き耳を必死に立てていても、どうしてもコマとの口づけに気を取られてしまう。そのせいで誰がいつ来るかわからない緊張感、誰かにもし見られでもしたらという不安感、いつも以上にイケナイことをしているという背徳感。そして勿論全身で最愛のコマを感じ取るこの高揚感が私の中で嵐のように暴れている。

 その嵐は私の心臓をこれ以上ないくらいかき乱す。ああ、ダメだ……も、もう立っているのもやっとでコマに支えてもらわないとヤバ……


「はぁ……はぁ…あっ……はぁ…ふぅん…ぁ、う…こまぁ…」

「んちゅ…ん、ふ…………ぁ、ん…ふふっ♪」


 色々考えすぎて頭がボーっとなりながらも、一つある事を思い至る私。


 ……これ、コマの味覚障害を治す前に、だ。私のこの堪え性の無さと流されやすさと押しの弱さ。そしてコマに欲情してしまう邪な気持ちをどうにか先に治すべきじゃないか、と。


 桜ももう全て散り終わりかけている、そんな四月の某日。昨日今日に渡りあれほど決意しておきながらコマとの口づけに溺れてしまう。

 嗚呼……これからまた始まるコマと過ごす一年もこんな調子じゃ先が思いやられる、結局いつものダメな私であった。

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