第12話 ダメ姉は、花見する(後編)
「……にしてもコマ遅くないか?何してんだアイツ」
コマが席を離れて約5分が過ぎた。私にお酌させながら、まだ戻ってくる気配の無いコマに対してそのように呟く叔母さん。……マズいな。流石の叔母さんもそろそろ何か変だと気付き始めたか。
これで『ちょいとコマ探しに行こうかね』とか言い出されると計画が狂ってしまう。時間が来るまでは誤魔化さなきゃね。
「と言うか、そもそもコマどこに何しに行ったんだろうな。なあマコ、お前何か知ってるか?」
「ああうん。知ってるよ。ゴメンね、言い忘れてたけど……家出る前に一本電話がかかってきてさー」
「っ!?でっ……でん……わ……だと?…………(ボソッ)バカな、電話線は抜いておいたハズじゃ……!?」
訝しむ叔母さんにお酌をしつつ答える私。その私の言葉に叔母さんは一瞬固まる。
「―――あ、あー、コホン。ま、マコ?そ、その電話って一体誰からだったんだい?」
「私とコマの知り合いから、私の携帯にかかってきたんだけど……それがどうかしたの叔母さん?なんか慌ててるみたいだけど……」
「そ、そうか。知り合い……マコたちの知り合い、か。……良かった……ははは、いや大丈夫!何でもないぞ!」
そうすまし顔で私が告げると、叔母さんはあからさまにホッとした表情を見せる。……うん、嘘は言ってないよね。
「で?その知り合いからの電話と、コマが席を立ったことに何の関係があるんだ?」
「あー、実はね。なんでもその人この近くまで来てるらしくてさ、折角だから私たちに挨拶したいんだって。だから着いたら『私たちのいるところまで案内してほしい』って電話で言われたんだよ。そんでもってコマが今その人を迎えに行ってるってこと。わかった?」
「ふーん」
自分には関係の無いことと思ったのか、興味無さそうに空返事で呑気にお酒を飲み干す叔母さん。…………バカめ。その油断が命取りになるとも知らずに。
「そんなことより、ホラまだ飲むんでしょ?コップ出してよ叔母さん」
「おー、今日はマジでいつになく気が利くじゃないか。サンキューマコ」
ダメ押しにまたお酌をしながら叔母さんをこの場に留まらせる。よしよし、これでしばらくは大丈夫かな。
優雅に咲いた桜の木の下、トクトクと叔母さんのコップに満杯まで注いだお酒。と、そこにひらりひらりと桜の花びらが一枚舞い降りて、お酒の海にたゆたう船になる。
「おお……桜酒。こりゃまた風流だねー」
「それはどうだか。紙コップじゃ風流もなにもないと思うがねぇ」
「むぅ……また叔母さんは身もふたもないことを」
「それよりマコ、もう一杯頼む」
「はいはい」
そんな会話をしつつ、ぐいっと桜の花びらごと飲み干して再びお酌を要求する叔母さん。ペース早いなぁと苦笑いしながら注いであげることに。
注ぎ終わって一息入れるため私たちの周囲を見回すと……少し離れたところで宴会をしている声がかすかに聞こえるけれど、私と叔母さんの辺りには人の影は見当たらずとても静かで落ち着いている。穏やかな気候も相まってとても心地が良い雰囲気で、しばし黙って桜に見惚れる。
……改めて、ここは良いところだ。穴場と言うべき場所なのだろう。
「……ねえ叔母さん」
「んー?何だマコ」
「ありがとね」
「…………は?―――っとぉ!?あ、あっぶねぇ…」
ちょうどコマもいないことだし、時間だってまだあるだろう。桜の穏和な気に当てられたかのように、いつもは言えない気持ちをちょっとだけ素直に叔母さんに告げてみる私。
そんな突然の私の感謝の言葉に相当驚いたのか、持っていたコップを零しかける叔母さん。
「い、いきなりアタシに感謝とか……どうしたお前……?なんか悪いものでも食ったのか?」
「いや真面目な話なんだけど……」
「お前が真面目な話って……おいおいまさか熱でもあるんじゃないか……?」
偶に素直に感謝したらコレかい……失礼だなぁ。とりあえず無視して続ける。
「感謝してるのはさ、この花見の事だよ叔母さん」
「花見の?」
「まあ9割は自分の為だろうけど。1割くらいはさ、叔母さんはこの花見を―――コマのために企画してくれたんでしょ?」
「……」
その言葉にふいっと目をそらして無言でお酒を飲む叔母さん。ああ、どうやら図星っぽい。
……コマの例の味覚障害。コマが患ってから6年間ずっとこの私が治してあげようと日々尽力しているのは依然説明したことだろう。そしてそれは……この叔母さんも同じだ。
「今回だって随分調べたんでしょ?この近くでまだ桜が咲いてて、それでいて花見に絶好のスポットはどこかとか」
「……さぁてね」
私の質問に対してすっとぼけた顔で淡々と酒を飲む。……私が食事栄養・体調面からコマの味覚障害を治そうとしている一方で、叔母さんはメンタル面からコマの味覚障害を治そうとしてくれている。
以前コマの担当医の先生が言ってくれたことだけど、
『高熱が出た時や治療のための薬剤投与による副作用で味がわからなくなることは決して珍しくないけれど……どうも話を聞いていると日々のストレス、そして今回ご両親に助けてもらえなかったことによるショック、生死の境を彷徨った恐怖―――つまり精神的なものが一番の原因のようね』
そうつまり、コマの味覚障害の原因は精神的な理由によるものの可能性が非常に高いそうだ。勿論私のやっているサポートも無駄ではないそうだけど、コマのトラウマの払拭・メンタルの改善こそが味覚障害克服の鍵となると言われている。
そのアドバイスを受けてから普段のコマへの積極的な悩み相談をしてくれるのは勿論、叔母さんはこういう季節のイベントなどを年に数回企画しては私とコマに提供してくれる。
しかも決まってそれは心に残る一生の思い出になり得る素晴らしい体験ばかりだ。……相当下調べをしてお金を惜しまずにやってくれているのが中学生の私ですらわかる。
「だからね、今日は……いいや今日だけじゃないよね。いつもコマのために……私たち双子のために色々してくれてありがとうございます。感謝してます」
「……ガラにもない事言いなさんな。こんなの家族なんだし普通の事だろうが。お前らしくもないぞマコ。今日の花見だって……コマの為だけに花見しようっ提案したわけじゃないからな」
「うん、わかってるよ。それでもさ、やっぱり叔母さんにありがとうって言いたくてね」
「…………そうかい」
不器用ながらも感謝の言葉を受け取ってくれる。……普段はコマもいる手前こんな話はしにくいし恥ずかしくて中々言えないけど、本当に感謝してるよ叔母さん。ありがとね。
「……さてと!この辺でシリアスモードはお終いにしよっか。確かに叔母さんの言う通り私らしくないからネッ!」
言いたいことは言い終わったし、そろそろコマもあの人を連れて戻ってくる頃だろう。あんまり重たい雰囲気は私好きじゃないし気を紛らわすためにそう軽く言ってみる。
「そうだな。お前から感謝の言葉とか、お前らしくなさ過ぎて不気味で酒が恐ろしくマズくなるところだったぜ。あー鳥肌立った」
「黙って聞いてりゃホントに失礼だね!?私を何だと思ってるのさ!?」
……重たい雰囲気は嫌いと言ったけど、すぐこんな軽い雰囲気になるのもどうかと思う。ホントこの人余計な一言多いし腹立つわこん畜生。
と、言い返してやろうとした私の視界の端にタイミングよく二人の人影が映る。……おぉ、ナイスタイミング。もうこれ以上叔母さんを引き留める必要はなさそうだね。
「ちょうどいい。もう時間が来たようだからここいらで酒がもっとマズくなる話をしてあげるよ叔母さん」
「あ?時間って何のことだよ?それに酒がマズくなる話だぁ?なんのこった?」
「花見を企画してくれて場所や準備をしてくれた件に関しては、確かに感謝しているよ。でもね。それはそれとして一つ聞かせてちょうだい叔母さん。叔母さんの仕事の事なんだけどさ」
「……」
叔母さんの仕事。そのワードを口にした途端先ほどまで頬を赤く染め陽気に飲んでいた叔母さんが一気に青白く気分が悪そうな顔へと変化する。
「……は、はは。おいマコ。こんな楽しい席で仕事の話は止めようや。マジで酒がマズくなるからよ……」
「良いから答えてよ。叔母さんさ、確か今日が締切だって言ってたよね?」
「……おう」
「なーんか昨日も今日も叔母さんおかしい行動してるように見えるけどさ。……アンタちゃんと締切守ったの?」
私の追及に叔母さんは遠い目をしつつまたぐいっとお酒を煽ってから一言。
「フー……やれやれ。マコさんや。聞いていなかったのかい?昨日お前たちが帰ってきた時に、アタシはちゃんと言っただろ」
「ほーう?なんと?」
「『……あー、うん。大丈夫。終わったから』って」
……それは、つまりは。
「こんのサボり魔!終わったってやっぱりそういう意味か!?締切に間に合わなくて、仕方なく逃げ出したってこと!?」
「あー聞こえない聞こえない」
昨日からやけに動揺していたり変な行動していると思ったらおかしいとは思ってたけど。……先に聞いていた通り、やはり締切間に合わず編集さんから逃げるため、叔母さんは私とコマに『花見しよう』って提案していたらしい。
まあ、一応コマと私のために花見企画したのも嘘ではないようだけど、それにしたって逃走するために花見を企画するとか……私が言えることじゃないけど叔母さんも中々のダメ人間だよね。
「あっきれた……大人として、社会人としてアンタ恥ずかしくないの?」
「良いじゃねぇか。誰が困るわけでも無しに」
「少なくとも叔母さんを担当してくれている編集さんは困るに決まってるでしょうが。というか絶対怒っているよ?編集さんに悪いとは思わないの?」
叔母さんを責めるように追及してみる。けれども叔母さんは達観したような、というか開き直ったようにケラケラと笑ってこう返す。
「いーんだよ。偶にはアイツも困ればいいんだ。いっつもガミガミ口煩いしさぁ」
「アンタホント最低だね……いつも締切ギリギリで何かと編集さんを困らせてる人が何言ってんのさ……編集さんに謝ってよ」
あれだけお世話になっている人に対して何て言い草を……ホントすみません編集さん……と、呆れかえる私と陽気に酔う叔母さんに、近づいてくる二人分の足音が聞こえてきた。
さて叔母さん。残念だろうけど自由な時間はここまでのようだよ。今まで楽しんだ分、きっちり怒られてくるといいさ。
「今頃アイツは『先生出てきなさいっ!』って誰もいないアタシたちの家の前で怒鳴っている頃だろなー。はははっ!愉快愉快っと!」
「まったく……お仕事サボってお世話になってる編集さん悪く言うなんて酷くない?罰当たるよ絶対」
―――現に今すぐにでも制裁されそうだし。叔母さん、後ろ後ろ。
「良いんだよ。どーせアイツがこの場所を突き止めてここにやってくるなんて事絶対ないんだし愚痴くらいは好きに言っても、」
「―――ほほう?面白い事言いますねめい子先生。誰が、ここにやって来れないと?」
「ぶふぅっ!?」
その一言に、飲んでいたお酒を一気に噴き出す叔母さん。叔母さんの真後ろに、叔母さんを先生と呼び青筋を立て仁王立ちしている一人の青年が現れる。そして……
「ただいまです姉さま、叔母さま」
「はーい♪おかえりコマー!ゴメンね案内任せっちゃって」
「お気になさらないでください姉さま」
その人の隣にはカワイイカワイイうちのコマが。…これでようやく役者がそろったか。
「なん…で、なんでお前がここに……っ!?」
「あー、編集さんお久しぶりです。いつも叔母が迷惑かけてすみません」
「はい。マコさんお久しぶりですね。こちらこそいつも先生の面倒を見てくださって感謝していますよ。コマさんもここまで案内してくださってありがとうございます」
「いえいえ。お安い御用ですよ編集さま」
「お二人ともお元気そうで何よりです。花見とはまた雅なものですね」
「ですよねー。今日が花見日和で良かったです。今日は偶々学校が半日授業だったんですけどね」
にこやかに私たち双子に挨拶をしてくれるのは―――そう、叔母さんの担当をしてくださっている編集さんだ。
予期せぬ登場人物にパニックになる叔母さんを一旦無視して丁寧な挨拶と軽い世間話をしてくれる。私たちの方が大分年下だっていうのに礼儀正しくて、相変わらずいい人だなぁ…
そんな感じで一通り挨拶が終わると、編集さんはくるりと叔母さんの方へ向き直ってまたちょっぴり怖い顔になる。
「さてと。今日が締切だと言うのに、花見酒とは随分余裕じゃないですかめい子先生。それにしてもおかしいですねぇ……確か今日の打ち合わせはこの公園ではなく、いつも通り先生のお宅でやるはずでしたよね?」
「いっ……いや、それは…その…」
「それに…先ほどマコさんとの会話を聞いていたのですが、『締切間に合わなかった』とか『サボった』とか『逃げた』とか……そんなキーワードが聞こえてきたのですが、これはどういうことか説明していただけますよねぇ?先生」
「ま、まて…待て……!?その前にどうしてこの場所がわかったんだ編集……!?」
絶対にこの場所がバレることは無いと確信していたのだろう。編集さんの出現に本気で動揺している叔母さん。じゃあもう隠す必要もないし種明かししてやるとしようかな。
「いやぁ、悪いね叔母さん」
「ふふっ、すみません叔母さま」
「ま、マコ……?コマ……?お、お前らなんで笑って……そ、それにこれは一体どういう……」
「実はさ、さっきも言ったけどここに来る前に電話があったんだよ。―――編集さんからね」
「え……?」
◇ ◇ ◇
~家を出る前~
「……お、おぉ……?珍しい人からだ……コマ、ごめんね。ちょっと出てみるよ」
「あ、はい……どうぞ」
かけてきたのは叔母さんではなく、お世話になっている別の人。この人のコールはちゃんと出なきゃマズい。コマに一旦謝って急いで携帯に出てみる私。
「―――お待たせしました立花マコです」
『ああ良かった繋がった……も、もしもし。私めい子先生担当の編集です。お久しぶりですマコさん』
「はい、お久しぶりです」
やっぱり電話の相手は編集さんからだ。ここしばらくは会う機会も無くてメールくらいしかしてなかったから話すのも久しぶりだなぁ。
『いやぁ……毎度毎度マコさんにもコマさんにもお世話になりっぱなしで申し訳ありません……色々と助かっていますよ』
「いえいえ、こちらこそ本当にあの人がお世話になって……」
それにしても編集さんはどうしたんだろう?叔母さんに何か用でもあるのかな……?でも、だったら私にかける必要はないはずだよね?うちの固定電話か……あるいは叔母さんの携帯にかければ済む話だろうに。
そう不思議に思っていると申し訳なさそうに私にとあることを尋ねる編集さん。
『あの……突然のお電話すみませんがマコさん。その……先輩―――いえ、めい子先生はそちらにいらっしゃいますか?さっきからずっと先生と電話が繋がらなくって困っていたのですが……』
「…………えっ?今ですか?いえ、今日はその……あの人ったら急に『花見をしたい』なんて言い出してですね。ですので今日は花見を……」
『……花見、ですか。そうですか…ほほぅ……』
「…………?」
そう伝えると、電話越しでもわかるほどの編集さんの怒りが伝わってくる。え?何?叔母さん何したの……?
『……あのですね、マコさん』
「……あ、はい。どうしました?」
『…………今日は、先生の書いている小説の締切で…マコさんたちのお宅で打ち合わせの予定だったのですけれど、ご存知ありませんか?』
「…………は?」
◇ ◇ ◇
「―――って電話をここに来る前に編集さんから受けてたのさ」
「……本当に、叔母さまったら酷いですよね……締め切りの約束も編集さまと会う約束もすっぽかしちゃうなんて……」
「で、電話ってやっぱ編集からだったのかよ!?てか……ど、どうやってだ!?どうやって編集はお前ら連絡をかけたんだ!?家の電話は予め電話線を抜いておいた筈だぞ!?」
「オイコラ待ちなさい」
何やってくれてんのこの人……帰ったらちゃんと電話線を繋いどかなきゃいかんね……
「いや、どうやっても何もねぇ……私もコマも担当さんと電話番号とメルアド交換してるから」
「ハァ!?な、なんでそんなこと……」
「こういう先生がサボり目的で疾走した時のため、緊急連絡先として教えてもらっていたのですよ先生」
「それに私たちと編集さま、メール友達ですもの。時折叔母さまの近況報告や雑談をメールを通してしてますし」
「初耳だぞそれ!?」
コマの言う通り叔母さんがらみのことやちょっとした悩み相談で偶にお世話になっている私たちのメル友でもある編集さん。厄介で迷惑で我儘な叔母さんの担当だけあってよく人ができた担当さんだ。
「で、話を戻すけどね。編集さんから話を聞いて呆れかえった私は編集さんにサボり逃げ出した叔母さんの行方を説明してあげて、編集さんが来るまでは叔母さんを逃がさないようにここに留めていたってわけなのさ」
「ちなみに……この私が編集さまの案内役というわけですね」
「て、テメェら!?ここに来る前からこのこと知ってたのかよ!?裏切ってたのかよ!?こんの人でなしィ!?」
「いや裏切るも何もさぁ……」
仕事サボって昼間から浴びるほど酒を飲み、締切も約束も守らず逃亡して編集さんの期待を裏切ったのは叔母さんの方じゃないの。
「は、花見の場所提供したのアタシだろ!?そこは空気読んでアタシ庇えよぉ!?家族三人楽しく花見やろうよぉ!?」
「すまない……どうか許してほしい叔母さん。私たちだって叔母さんを売るのは心苦しいけど、お仕事のためだし心を鬼にしたまでなんだよ」
「そうですよ。叔母さまお仕事はちゃんとしないとダメです」
「嘘つけッ!絶対他に何か目的が―――……あ、あぁっ!さ、さてはテメェら、二人っきりになりたくてコイツにアタシを売ったんじゃあるまいな!?」
「……ははは、何のことやら」
「……ふふふ、さっぱりですね」
それはまあ否定はしない。
「昨日から少し様子がおかしいと思っていましたけれど叔母さまったら……本当に申し訳ありません編集さま。うちの叔母が迷惑かけてしまい……」
「コマさんが謝ることはありませんよ。先生、マコさんたちに当たってどうするんですか大人げない。そして…貴女はちゃんと私が納得できる言い訳あるんでしょうね?」
「うぐぐ……こ、こうなったらっ!」
「「「あっ」」」
私たちを庇いつつ睨む編集さんの視線に耐えられなくなったのか叔母さんは突如立ち上がり、そして。
「捕まってたまるかってんだ…っ!じゃーな!あばよお前らーっ!」
「「「逃げた……」」」
恥も外聞も関係ないと言いたげに、いくつかお酒を手にこの場からダバダバと一目散に走りだす叔母さん。何というか間抜けな絵面だろうか、姪としてこの上なく恥ずかしい。
「なんて往生際悪いんですかめい子先生……」
「ほんっとすんません担当さんうちのダメ叔母が……仕方ない。ゴメンねコマ、頼める?」
「任せてください姉さま。―――行きます」
私が一言頼みこむと、即座にその内容を理解してくれたのかコマは陸上競技で見かけるスタートの構え……クラウチングスタートの構えを見せ―――そのまま勢いよくスタートを切り逃げ出した叔母さんを追いかける。叔母さんVSコマの鬼ごっこスタートだ。
さて。以前から口煩く説明してきたと思うけれど私のコマは運動神経も抜群。特に走ることに関してはいくつか賞も貰ったこともあるくらいで、走りに関しては同学年の子でコマに右に出るものはいない。それに対するは年中引きこもりでこの私以上に運動なんて碌にしない叔母さん。しかも今日はあれほど飲んでいたわけで。
『はっ、離せコマ……!頼む、離してくれぇ……!』
『ダメですよ。編集さまを困らせてはいけません。さあ諦めて投降してください』
―――酔っ払い年増(誰が年増だゴラァ!?)引きこもりVS運動神経抜群の体力のある若々しい中学生。ま、当然結果はやる前から見えていた。30秒もしないうちにコマに羽交い絞めにされて戻ってきた叔母さん
『よ、よしわかった!取引しようじゃないかコマ!こ、今度マコの寝起き姿を写真に撮ってお前にプレゼントしてやるよ!だ、だから……今日のところはどうか見逃してくれ!?なっ?わ、悪くない条件だろ?』
『……うーん。それはちょっぴり魅力的な誘惑ですけど……やっぱりダメです。仕事してください叔母さま。…………(ボソッ)それに……姉さまの寝起き姿の写真なら……自分で撮ったほうが……その、楽しいですし……」
『だ、ダメか……だ、だったら……あ!そ、そうだ!ならば今度マコの生着替え姿の盗撮写真を―――』
『…………叔母さま。それは私だけが見て良いもの……いくら叔母さまとはいえそんな愚行、断じて許しません……許しません……』
『げっ……しまった地雷踏んだ……』
……チッ。にしても叔母さんめ……遠くで何やら二人楽しそうに話しながら戻っているけど何離しているのやら。
というかコマに羽交い絞めされるなんて羨ましい事されやがって……いいなぁ。楽しそうだなぁ……私もコマに羽交い絞めされたいなぁ……
「では編集さま。叔母さまをどうぞお納めください。あ、ハンコはいりませんので」
「はい、確かに承りました。コマさんお手数をかけました、ありがとうございます」
「おい待てアタシは宅配物扱いかよ!?」
必死で抵抗していたようだけどコマからは逃げられなかったみたいでそのまま編集さんに引き渡された叔母さん。手間を掛けさせてくれたけどこれでようやく一件落着だね。
「あ、編集さん。これからうちで打ち合わせ兼小説の仕上げをするんですよね。でしたらこれどうぞ。私たちの家の合鍵と……それと私が作った桜のシフォンケーキです。良かったら食べてくださいね」
「おぉ……これはまた見事な。鍵も含めて本当に助かりますマコさん。では申し訳ございませんがお家に上がらせてもらいますね」
「「どうぞどうぞ」」
「いやよくねーよ!?何で赤の他人にほいほいと鍵渡してんだお前ら!?」
何でって言われても……編集さんなら叔母さんより信頼があるもん。最後の悪あがきにこのまま家に帰っても鍵を出さずにひと悶着する可能性もあるので、予め編集さんに鍵を渡しておくことに。あとの事は全部編集さんにお任せするとしよう。
「ではマコさんコマさん。先生は少しお借りします。その代わりと言うわけではないのですが……食べ終わった重箱は私が責任もって先にお家に持ち帰って洗っておきますので。それとこちらのゴミも持って帰っておきますね。お二人はごゆっくりお花見を楽しんでくださいね。……ああ、もし遅くなるようでしたら一度私に連絡ください。送り迎えしますよ。夜道は危ないですからね」
「「わかりました」」
気を遣って自主的に荷物や叔母さんだ大量に出した空き缶・空き瓶をまとめて持って帰ってくれる編集さん。これなら帰りのバスも気楽に帰れるしマジで助かるなぁ。何て優しい人なんだろうか。
「その優しさをアタシにも分けろや編集!?せ、せめてマコのシフォンケーキアタシにも一口食わせろぉ!あと一口酒も飲ませろぉ!」
「では失礼しますマコさんコマさん……さあ先生、さっさと歩いてください。全力で終わらせてもらいますのでお覚悟を」
「きょ、今日中には……その、流石に間に合わないと思うんだがなー……」
「何を仰る。現在時刻13時50分、あと10時間以上あるんです―――人間死ぬ気でやればやれないことはありませんよ先生」
「い、嫌だぁあああああああああ!!?」
コマと二人で編集さんに
まあただ安心してほしい、叔母さんの分までコマとイチャイチャと花見は楽しんでおくからね。
「安心できるかぁ!?」
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