五月の妹も可愛い

第14話 ダメ姉は、怒られる

 あれほど見事に咲き誇り、私たちを魅了してくれた桜の花は舞い散って。青々とした活力ある新緑の若葉が見られるようになった五月。


「―――でもね、五月って気が緩み始める頃だって私思うんだ」

「「「……突然どうしたのマコ?」」」


 そんな五月のある日の休み時間。ふと友人たちとそんなお喋りを始める私の名はダメ姉こと、立花マコだ。


「皆はそうは思わないの?五月ってさ、桜は今も元気に葉をつけ始めているけれど……逆に人間は元気を無くし始める頃だって」

「そうかぁ?お前はいつでもどこでも《《無駄に》》元気だろ?」

「ははは、無駄にってどういう意味かなぁ?」


 いやまあ確かに、私は愛する妹のコマがいてくれるだけでどんな時でも元気だけど。それは例外だとしてだ。


「新年度の四月を終えても新しい環境についてこれなかったり、やる気に満ち溢れていたのに日々の疲れから段々とそのやる気も無くし始めたり……なにせ五月病なんて言葉もあるくらいだしさ、五月は特に気が緩む時期だって私は思うんだ」

「う、うーん……そう言われればマコのいう事も一理あるかもね」


 友人の一人の相槌にうんうんと頷いて更に話を続けてみる。


「でしょ?それに……明日から待ちに待ったGWだからね。明日から休みってことでちょっと浮かれちゃってさ、今日はいつも以上に気が抜けてしまうのも無理はないんじゃないかな」

「ああ、そういうことか。うん。確かに立花の言う通りかもなぁ」

「久しぶりの長い休みだもんね。あたしもちょっと浮かれちゃってるよ」


 そこまで説明すると皆もようやく理解してくれたようで、クラス全体が私の言葉に同意してくれる。


「そうでしょうそうでしょう。だから私ね―――」

「「「うん」」」

「―――私、今日の授業に使う教科書とか全部持って来たんだ」

「「「…………なんで?」」」


 心底意味が分からんと言いたげに、私に向けて疑問符を飛ばすクラスメイトたち。もー、わかってくれたと思ったのに皆察しが悪いなぁ。


「待て、ちょっと待てダメ姉……今のは話が繋がらんぞ。どういう事なんだ……?」

「だから五月は気が緩み始めて―――」

「それはわかってるよ!?そっちじゃなくて気が緩み始める事と立花が隣のクラスの時間割の教科書持ってきた関連性がわかんないって言ってんだよ!」


 何故か呆れた声でクラスメイトにツッコまれてしまう私。え?だから何でわからないの…?


「いや、だからさ。誰でも五月になると気が緩み始める頃でしょう?それは眉目秀麗博識多才、完璧超人な私の妹のコマも例外じゃないと思うの」

「ま、まあ……それはわからんでもない。ダメ姉と違って優秀なコマちゃんも、ついうっかりしてしまうこともあるかもしれんが……だからそれが何なんだよ?」

「そう、コマだって人間。ついうっかりと…忘れ物くらい偶にはするハズ。それにさっきも言った通り明日から楽しいGWの始まり!だから―――今日は特にをしちゃう可能性が大なんだよ」


 仮についうっかりと教科書とか忘れてしまったら……勉強熱心なコマは非常に困ってしまうだろう。だけどどうか安心してねコマ……!お姉ちゃん、その辺は抜かりないんだからっ!


「と、いうわけで!もしコマが何か忘れても大丈夫なように、私今日はコマのクラスの時間割表をちゃーんと確認して授業で使う教科書とか必要なもの全部持って来たんだー♪これでコマが何か忘れてもすぐに貸すことが出来るって寸法よ!」

「あ、あー……やっと理解した。相変わらずお前の説明は理解するのに手間かかるな……」

「ホントに毎度のことながら……わかりにくいよマコの思考回路」

「まあ最終的に妹LOVEな発言するって意味ではわかりやすいかもしれないけどね」


 そこまで丁寧に説明をしてやるとようやく理解してくれた表情を見せるクラスメイトたち。やれやれ、鈍い友人を持つと苦労するね。

 今日のコマのクラスの時間割は国語・理科・音楽・英語・社会・保健体育。教科書や予備のノート、それから勿論筆記用具に授業で取り扱うものも完璧に用意している。さあ、これでいつでもお姉ちゃんを頼りにして良いからねコマぁ……!


「なんでマコ、今日は音楽の授業無いのにリコーダーなんか持ってきてるんだろうなって朝から気にはなっていたけど……そっか。それが理由なんだね……」

「えっ!?つかマコ……あ、あんた姉妹とはいえ自分の舐めまわしたリコーダーをコマちゃんに貸すつもりなの……!?」

「うぇ……汚な……引くわ、それはちょっと流石に引くわ」

「君たち、人の事を何だと思っているんだ」

「「「シスコンのド変態」」」


 毎度毎度何て失礼な。大体持ってきたリコーダーだって、ちゃんとしっかりと洗ってアルコール消毒とかしておいたから汚くなんてないわ。

 …………まあコマが使い終わった後に返して貰ったら洗わずにprpr舐めまわしちゃうかもしれないのは……ひ、否定しないケド。


「っていうか……マコのやつコマちゃんが忘れる前提で話してるけどさ、しっかり者のコマちゃんが忘れ物する可能性の方が低いんじゃない……?」

「だよなぁ。わざわざ他人のクラスの授業の教科書持ってきたのに、妹が忘れ物しなかったらトンだくたびれ儲けじゃねーか」

「大体よぉ。そんなことしなくても、朝忘れ物が無いか妹ちゃんに確認すれば済むだけの話だろうに。バカだなぁ立花の奴」


 友人たちが何やら言っているけど、そんな戯言は無視してコマが教科書を借りに来た場合の妄想シミュレーションを開始する私。


『ね、姉さますみません……実は私ったらうっかり教科書を忘れてしまって……』

『ふふっ、あわてん坊さんねコマ。でも大丈夫よ、お姉ちゃんはコマの為、ちゃんと教科書を用意しておいたんだから!』

『わぁ……!姉さま流石です!私のために用意してくださるなんて……!もう、私姉さまのこと大好きですっ!』


 ―――なーんて、喜びのあまり私にハグしたり……いや、それだけじゃないかもしれない…!そう、あわよくばコマに感謝の気持ちを込めたキッスもして貰えたりと…………ふふふ。本当に楽しみだなぁ…!


「うへ……うへへ……うへへへへぇ……」

「こわっ……!?な、何かマコの奴よだれ垂らしながらニヤニヤしていやがる……」

「気持ち悪いなマジで……」

「近寄らないでおきましょう。変態が移るわ」


 目を閉じれば鮮明に浮かび上がってくるコマとのそんなやり取り。さぁコマ……いつでも教科書を借りにきて良いんだよ!

 と、その妄想に酔いしれている私の肩を誰かがポンッと叩いて私を現実に戻す。


「なるほどな。隣のクラスで使う授業の教科書まで持ってくるとは、それはまた随分と妹想いの良い姉の心がけじゃないか立花」

「ははは、そうでしょう。もっと褒めてくれてもいいんですよ?」

「ああそうだな。褒めてやろう。…………ところで。話は変わるが、隣のクラスの授業の教科書を持ってくるのは良いがな立花。―――次の私の授業である教科書等はちゃんと持ってきているんだろうな?」

「……へ?」


 ……うん?数学だと?そんな科目、コマのクラスの今日の時間割には無いハズ…………あっ。

 いつの間にか私の後ろに立っていた次の授業の担当の先生である数学教師にそんなことを言われて、ガサゴソと鞄の中を確かめてみる私。……ふむ、なるほどね。


「……先生。お願いがあります」

「なんだ立花」

「…………教科書忘れたんで、妹に借りてきても良いですか?」

「気が緩み始めているのはお前の方だバカ者め。もう授業始まるから、急いで借りてきなさい」

「はーい」


 ……貸すつもりが借りる羽目に。コマの時間割にばかり気を取られて、自分の時間割のことをすっかり忘れていた模様。

 五月に入ってもどうやら私はダメ人間のようだ。



 ◇ ◇ ◇



「―――というわけでゴメンねコマ。私ったらうっかり教科書を忘れてしまってさ。もし持ってたらで良いんだけど数学の教科書借りられるかな……?」


 授業もすでに始まっている中、コマが在籍している隣のクラスにお邪魔して教科書を借りにやってきた私。

 今日はコマのクラスは数学の授業無いんだし、持ってきていないかもしれないと思ったんだけど……


「ええ、大丈夫ですよ姉さま。自習用に持って来ておいて正解でしたね。……はい。どうぞです」


 急な私の頼みだったけれど、流石は私と違ってしっかり者の私の妹である立花コマ。ニッコリと天使の笑顔を浮かべたまま、本来今日の授業には必要ないはずの数学の教科書を取り出して私に手渡してくれる。


「ありがとー♪いやぁ、ホント助かるよ!」

「ひゃん!?……あ、あの姉さま!こ、ここでは皆さん見ていますので……こ、こういうのは二人きりの時に……その……二人きりならいつでもどんと来いなので……」

「あ、ゴメン。調子に乗った」


 思わず感謝と親愛を込めて抱きつく私。家ではこうするのは割と日常茶飯事だけど、流石に人前で抱きつかれるのは抵抗があるようで恥ずかしそうにコマにそう言われてしまう。

 おっといかんいかん。あんまりベタベタするとコマを慕う人たちに嫉妬されかねないし、コマも恥をかいちゃうね。


「あ、あのぅ……立花さん?そろそろ授業再開したいのだけれど、まだかしら?」

「ああ、先生もすんません。今すぐ出ますんで」

「あ、姉さま!」


 授業の先生に一礼してからそそくさ退散しようとする私にコマがひと声かけてくる。


「ん?どうかしたコマ?」

「……教科書はしっかりと目を通してくださいね姉さま」

「???う、うんわかった。じゃあホントありがとコマ!」


 コマの言っていることがどういう意味なのかはよく分からなかったけど、とりあえず頷いて教科書を手にコマと別れそのまま自分のクラスに戻ることに。


「ただいま戻りましたー」

「遅いぞ立花。もう授業は始まっているんだし早く席に着きなさい」

「はーい」


 戻ってみるとすでにうちのクラスも授業は始まっていたらしく、先生にそのように急かされる私。さーて、また退屈な授業の始まりだね。


「さて授業再開するぞ。えー、皆には先日宿題としてこのページの練習問題を解いておくように言っておいたと思う」


 ハァ……それにしてもやっぱヤダなぁ数学。何度教わっても意味わからんし公式も良く分からないしやる気出ないや。まあ数学だけじゃなくて大抵の教科は分からないし勉強そのものにやる気出ないけど。

 けど折角コマから教科書借りたわけだし……偶には授業も真面目に受けなきゃいかんね。


「この問題を何人かに指名するから、当たった者は前に出て黒板に途中式と答えを書いてほしい」

「(ってもモチベがなぁ…)」


 そんなことを考えながらとりあえずは授業に集中するため借りたコマの教科書に視線を移す私。……ん?


「(……あれ?何だろこれ)」


 移した視線の先には、コマの教科書に付箋が貼られている。ただの学習用の付箋かな?と思ったけどそこには―――


『マコ姉さまへ』


 と、コマの綺麗な字で書ているではないか。何だこりゃ?これって……もしかしなくてもコマの私宛のメッセージ?

 ……あ。そう言えば確か別れ際にコマが


『……教科書は隅から隅までしっかりと目を通してくださいね姉さま』


 なんて言ってたっけ?ひょっとしてあれってこれの事……かな?ちょっと気になってその付箋の貼られているページを開いてみる。するとそこにはコマの可愛らしい文字で一言。


『姉さま、勉強頑張って♡』


 …………!


「じゃあこの問題を―――」

「ふぉおおおおお!!モチベ上がるぅうううう!テンション上がるぅうううう!」

「「「…………っ!?」」」


 もう何なの!?これ……コマの私への応援メッセージ!?しかも…ハート!?ハートマークだと!?コマったらこんなに私をキュンとさせて……もしや天使なの!?教科書を貸すだけじゃなくて…こんな…!こんなサプライズまで用意しているなんて…!やだ、私ますますコマに惚れちゃうじゃないの……っ!

 ああもう、やる気出たよ!コマのお陰でやる気が出たよ!めっちゃ勉強頑張っちゃうよ私!サンキューコマ!愛してるぅっ!


「…………立花」

「へいボス!」


 テンションがMaxまで上がった私を先生が指名する。ああ、どうやら問題を解けってことらしいね。

 良いよ、かかってきなよ先生!苦手な数学?関係ないさ。さあ、どの問題だ?今ならどんな問題でも解ける…気がするよ!そんな根拠のない自信を胸に意気込む私に、先生は笑顔でこう告げる。


「…………お前、このページの問題全部一人で解け」

「…………へ?」


 先生のそんな非常識な要求に冷や水を浴びせられたような気分になり、ふと我に返る私。気が付くと何故だかクラスメイトたちは皆、冷ややかな目でこの私を見つめているではないか。

 何だいその皆の冷たい目は……あ、れ?いや待て、これは…もしや。


「……あの皆々様」

「「「うん」」」」

「ひょっとして……私、今声出してたの……かな?」

「「「うん。すっごくクリアで且つすさまじく大きな声だった」」」

「そ、そっかー」


 ああそうかわかった。だからなんだね。皆がこんなにゴミを見るような目で私を見ているのも。

 

 そして私の目の前の先生の目が……まるで笑っておらずブチ切れているのもこれが原因なんだね……


「立花、授業中にそれだけ大声出すくらいに元気が有り余っているならちょうどいい。全部解き終わったら立って授業受けなさい。そうすれば少しはその有り余った元気も消費できるだろう。良いな?」

「……へい、ボス」

「じゃあまず問題を解いて貰おうか。……ああそうそう、勿論全部正解するまで席に戻ることは許さんからな」

「…………へい」


 ……そんなわけで。一ページ丸ごと問題を解かされた上、教科書忘れ&授業の進行妨害の罰として授業が終わるまでの一時間立ったまま授業を受けさせられたダメな私であったのだった。

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