第5話 ダメ姉は、料理する

「さて……今日のメニューは牡蠣とほうれん草のソテー、ササミと春雨スープにコールスローサラダっと……他はいくつか作り置きしておいたおかずで―――」


 お腹が空いているであろうコマのため、あとついでに『はよ作れ』と駄々ゴネ気味に催促してくる叔母さんを黙らせるため。我が家自慢のキッチンでいつものように料理を開始する私。


「後はコマのリクエストのタケノコを使った一品をどうするかだけど、どうしよっかなぁ……無難にタケノコご飯にするも良いけど、パスタに入れてみるのも面白しろそうだし。うーん…………よし、両方作っちゃえ」


 そんな独り言を呟きながら、メインの牡蠣は塩を振ってざるの中でぬめりと汚れを落とし、ボウルに移して身を崩さないように優しく水洗い。それが終わったらお米をとぎ、ざるに上げて水を切る。同時に予め取っておいたスープ用の出汁を冷蔵庫から取り出して鍋に移しコンロに火にかけつつ、まな板の上でコールスロー用のキャベツをザクザク千切りに刻む。

 ……六年間もやっていれば、いつもはどんくさな私でも多少は手際も良くなるものなんだなーと自分でも感心しちゃうね。


 作りながらふと思う。仕事をしている叔母さんをちょっとでもフォローする為、そしてそもそも同居人二人が料理に向いていない―――というより、コマはともかく洗剤使って米とぎしちゃう叔母さんに料理を任せていたら私たち三人の生命がヤバいという事でなし崩し的な形で覚えた料理だけれど……その料理を覚えて良かったことがいくつかある。


 まず一つ。頑張って作ってそれを愛しきコマや叔母さんに美味しそうに食べてもらえるのが純粋に楽しい。

 最初こそ『私がやらねば誰がやる』なんて義務感で必死に作っていたけれど、作り続けてわかった。材料一つ、調理器具一つ、調理法一つの違いでそのバリエーションは無限に増えて……料理はとても奥が深くて凝れば凝るほど面白い。


 何よりも美味しく作れたらその分妹のコマの笑顔がより一層輝いて、


『姉さま美味しいですよ。私、姉さまのご飯が食べられてとっても幸せです♪』


 なんて至高の言葉を私にくれるし。叔母さんもぶきっちょながらに、


『んー……まあまあ美味いんじゃねーの?』


 なんて言ってくれる。誰かのためにご飯を作って喜んで食べてもらえる。それも最愛の妹や世話になっている叔母に喜んでもらえるのだ。こんな幸せなことが他にあろうか?

 そんなわけで気が付けばコマ関連の私の生きがい以外で自慢できる特技兼趣味になっていた。


 それにもう一つ。料理を覚えたことで良かったことがあるとするれば、この家の調理係になったことでコマの食生活の管理が出来る点だろう。

 一応私と口づけをすれば戻るとはいえ、味覚障害を患っているコマは味覚が戻っていない状態だと辛いものや味の濃いものを食べたがる傾向がある。以前私が赤点の補習で帰りが遅くなってしまった際、急いで家に帰ってみると。


『あ、姉さまお帰りなさい。今日は私が久しぶりに夕食作ってみました』

『……あ、ああうん。た、ただいまコマ……。と、ところであの……コマ?その、それは一体何なのかな……?』

『え?何かって……勿論カレーですけどそれがどうかしました?』

『か、カレー……!?そ、それにしてはなんか見た目超赤いんだけどそれホントにカレーなの……!?』

『……っ!…………っ!!?ま……こ……み、…みず……!みず、のませて……っ!?』

『って、叔母さんどうしたの!?何で死にかけてんの!?しっかりして叔母さぁん!?』


 ―――と、まあこんな感じで。コマ特製激辛カレー+どこから取り出したのかホットソースである『デ○ソース』をかけて美味しそうに食べていたことがあった。

 ちなみに一緒に食べていた叔母さんはあまりの辛さに悶絶しており、私もソレを試しに一口だけ食べてみたが……たった一口で全身から汗が噴き出すし、おまけになんというか辛さを通り越してめっちゃ口の中と喉の奥が痛かったよ……


 味覚が失われていればそんな末恐ろしきものすら平然と食べてしまうコマ。当然そういった食生活を続けていけば高血圧などの健康に悪影響が出る恐れが大だし、何より味を感じる味蕾という器官が破壊され味覚障害が悪化しかねない。

 だからこそ、私が責任もって家族全員の食生活管理が出来るこの家の調理係となったのは非常に幸運な事だと言えよう。


 更に食生活の管理と併せて、食事でコマの味覚障害を治す手伝いが出来ることも料理を覚えて良かったことと言っていい。

 コマが味覚障害を患って以来、あまり頭は良くないなりに私も一生懸命味覚障害に対する勉強をやってきた。そこで分かったのは味覚障害にも色んな原因があれど、その大半は亜鉛不足が原因らしい(そもそも日本人の食生活的にどうやら和食を好む日本人は亜鉛不足に陥りやすいとかどうとか聞く)。そんなわけで例えば今日のメインの牡蠣とかは特に亜鉛不足の強い味方だし私もよく調理に使う。


「(ま、あたるとホント怖いけどね牡蠣)」


 極力新しめの選んで、その上加熱用の奴はしっかり加熱しなきゃならんのが面倒な牡蠣さん。そういう意味でも料理の仕方をちゃんと覚えて本当に良かったと思っている。下手に『味覚障害には牡蠣が良い!』とコマに食べさせて食中毒にさせずに済んで良かったよホント。

 ……とは言えどんなに気をつけても牡蠣は中る時は中るらしいけど。そう言えば余談だが私とコマは運の良いことに中ったことは一度もないけど、叔母さんがジャストミートして悶絶しかけた事があったっけ……


 まあこんな感じで食生活の面からコマの味覚障害を治すべく積極的に亜鉛、その亜鉛の吸収をよくするビタミンやクエン酸などを多く取ってもらうように、そして栄養バランスを崩さないようにするために毎日の献立を病院のお世話になっているコマの担当医の先生の監修のもと作るようになった私。

 一日にどんな食材をどれだけ食べればいいのかアドバイスしてもらい、その献立をもとに日々コマのために(あとついでに叔母さんのために)調理担当として腕を振るっていると言うわけだ。


「……まだまだ私も勉強不足何だけどね」


 思わず自嘲気味に苦笑いをしてしまう。そう、一応それなりに気を配ってコマの味覚を治すために私も頑張ってはいるけれど、未だにコマの味覚は回復の兆しは見られない。まあ、素人が齧った知識程度じゃそう簡単に治るはずもないか。

 今後は先生に頼るだけじゃなくてもっとしっかり私自身が栄養学とか勉強して美味しく楽しくコマの味覚を戻してあげなきゃならないだろう。頑張れ私。頑張ろう私。


 そうこう考えているうちに出汁を入れた鍋がグツグツ煮たる。そこに鶏ガラのスープと筋を取りそぎ切りして下味をつけたささみを投入。ささみの色が変わったら石づきを取ったシメジと、水に戻した春雨を入れて……


「もう一度煮立ったところで火を止めて溶き卵を入れごま油や塩コショウ等で味を調えて―――ほい、スープの出来上がり。ついでにサラダも完成ですよーっと」


 スープの完成と同時に細く切ったキャベツと人参と玉ねぎをそれぞれざるに移して水気を切り、サラダ油・塩・酢・こしょうを振って後は一つに混ぜて冷蔵庫に寝かしコールスローも作り終わらせる。予定通り15分ちょいで二品できたね。


「よし良い調子良い調子。後はメインの牡蠣のソテーとタケノコご飯・パスタを、」

『そーいやさコマ。何か学校で変わった事あったかー?』

『変わった事、ですか?……そうですね。実力テストの結果が返ってきたくらい……でしょうか?』

「おっ?」


 と、少し一息入れようと背伸びをしながら効率の良い残りのメニューの調理方法について考えていると、リビングから妹のコマと叔母さんの雑談が聞こえてきた。

 んー……?実力テスト?…………あ、そういやあったねそんなもの。ちょっと気になって次に何を作るか考えつつ、息抜きにリビングの会話に耳を傾けてみる私。


『……ほほう、実力テストの結果か。そりゃ良い暇つぶしになる―――もとい、保護者としてちゃんと姪たちの成績は見ておかなきゃねぇ。コマ、その結果とやらを見せてみな』

『あ、はいわかりました。どうぞ』


 四月の授業が始まってすぐに実施された一年生の復習を兼ねていた実力テスト。その結果が今日返却された。

 さて、何度も何度も説明いもうとじまんしてきたからもうお分かりだろうが、うちのコマは学業優秀。当然そのテストの結果も、


『ふむふむ、どれどれ?…………おお!60人中の1位かよ!ヒュー!さっすが!やるねぇコマ!』


 堂々の学年一位。というか全科目オール100点。うちのコマったら知的で素敵。


『あ、いえ。一年生の授業内容の総復習実力テストだったので、そう難しくはなかったですし……』

『ハハッ!何言ってんだコマ。これはお前の努力の賜物だろ?謙遜しなさんなって。いやぁ相変わらずすげーな』


 叔母さんの言う通り、一年生の授業内容の復習テストとは言えしっかりと学習していなければオール100点なんて取れっこない。元々頭が良いのもあるけれど、それだけ頑張って勉強していた証拠だろう。ふふん、お姉ちゃんはコマが誇りだよ。


 ……なんて、キッチンの影で(自分のことではない癖に)私が自慢気に無駄にデカい胸を張っていると。


『まあ、勉強熱心なコマがこの結果なのはわかりきっているから面白味はあんまりないな。……そんで?その姉はどうだったのかねぇ?なぁそこのマコー!お前は成績どうだったんだー?』

「……ふぐぅ!?」


 突然叔母さんが、今度はターゲットを私に移してきた。わ、私の成績だと……?そ、そんなもの……コマの前で教えられるわけがないじゃないか叔母さんめ。

 ……さては結果がわかってて面白がって聞いていやがるな……?お、落ち着け私。ここは冷静に対処しようじゃないか。


『おーい!無視しないでお前のテストの結果も教えんかーいマコー!』

「はっはっは!ゴメン叔母さんー、料理で手が離せないよー」

『嘘つけー、さっきからこっそり聞き耳立ててただろうが。とっととこっち来て成績表見せろー』

「…………」


 何で分かったのこの人……!?叔母さん時々見せるこの無駄に鋭い勘は一体何なのだろうか……?


「ほ、ホントに手が離せないんだよー!火を使っている時に持ち場を離れるわけにはいかないでしょー!忙しいから後にしてくれないかなー」

『……ふむ、確かにそれもそうか』


 実際まだ料理の途中、手が離せないのも嘘じゃない。若干怯みながらもそうリビングに向かって叫ぶと、あっさりと追及をやめてくれる叔母さん。

 ……おぉ?何だ、あれで納得してくれたんだ。なーんだ、意外と叔母さんも物分かりが良いじゃない―――


『んじゃ料理で忙しいマコの代わりに―――アタシがその成績表見とくから安心して料理続けなー』

「安心できるかぁ!?」


 甘かった。あんなんで諦めるような人じゃなかった。慌ててキッチンを飛び出してリビングに駆け込むと、宣言通りに私の置いていた鞄をごそごそ漁っている叔母さんが。わ、私のプライバシーがぁ!?


「ちょ、ちょっと待とうか叔母さん!何ナチュラルに人の鞄を開けてんのさ叔!?」

「減るもんじゃないし良いだろ別に。保護者としてコマも、それからお前さんの成績もちゃんと把握しときたいんだよ」

「…………何かもっともらしいこと言ってるけどさ叔母さん、本音は?」

「退屈だしネタになりそうだったし面白そうだから。おっ、成績表発見発見」


 殴りたい、このニヤケ顔。と、お目当ての成績表を取り出して私の了承も無しに中身を拝見する叔母さん。


「あ、姉さまの成績ですか?それは私も気になります」

「だ、ダメだってば!?こ、コマも見ないでぇ!?」

「コマ、マコを抑えとけ」

「え?あ、はいわかりました」

「ふぉぉ!?ここ、コマぁ!?おおおおお、お胸がぁ!?」


 おまけにどうやらコマも興味津々のご様子。叔母さんに命じられ私をギュっと抱きしめて取り抑え(ぉお……!コマのお胸めっちゃ柔らかい……抱きしめられるの超気持ちいい……)一緒にテスト結果を見ようとしている。

 ま、マズい……コマの抱擁最高―――じゃなくて!叔母さんは元よりコマに見られたらマジでマズい、コマに失望されてまう……やはり成績表(あんなもの)なんてさっさと捨てておくべきだったか……っ!


「み、見るなぁ!見ないでぇ!?お願いぃいい!!?」

「ふむふむ、どれどれ?…………ん、んん?……oh」

「あ、あらら……」


 コマの解けそうで解けない心地の良い抱擁に阻まれつつも、慌てて抜け出し成績表を抹消したけれど遅かった。その成績表を見た叔母さんは固まって、コマもコマで(しっかりと私を抱きしめてくれつつ)愛想笑い。ああ、だから見せたくなかったのにぃ……!


「……なあコマよ。お前さ、これ確か一年生の総復習実力テストって言ってたよな?お前は割と簡単な試験だったって言ってたよな?」

「え、ええ……まあ」

「おま……お前さマコ」

「…………うん」


 ……さて。こっちももうすでにお分かりかもしれないが。うちの可愛くて優秀なコマとは違い、私はホントにダメな姉だ。当然学業もアレなわけでして―――


「……最下位ワーストワンって。全教科合わせても100点にすら満たないってお前さぁ……」

「…………正直、すまんかったと思ってます。はい」


 そこに示されていたのは、60人中の60位という自分でもビックリの成績が載った成績表。これは凄いぞ、妹が一位で姉がワースト一位なんてね……


「あー……なんだ、その。色々と大丈夫なのかコレ?」


 さっきまで意地悪そうに笑っていたのに、急にガチで叔母さんに私の成績を心配される。アカン……下手に笑われたり怒られるよりもキツイぞコレ。


「大丈夫ですよ叔母さま。姉さまは大事なところでしっかり頑張れるお方です。今回は偶々振るわなかっただけですよ。ね?姉さま」


 叔母さんと違い力強く私をフォローしてくれる優しいコマ。……でも、こっちもこっちで下手に蔑まれるよりキツイぞコレ。


「なあこれさ、前日に一夜漬けでもいいから勉強しなかったのかマコ?」

「あー……いや、そのね。……色々と深いようで深くない事情があってね」

「どんな事情だよ……」


 ……言えない。前日は私とコマの進級祝いパーティの準備をしてて、この試験の事は翌日学校に着くまですっかり忘れてたなんていくら何でもアホ過ぎて言えない……


「まー、アタシは別に成績についてとやかく言うつもりはないけどさぁ。とりあえず進級できる程度には頑張んなマコ」

「……そうする。自分でもちょっとアレだってことはわかってるつもりだし」


 基本勉学等に関しては自己責任がモットーの叔母さん。私もコマも口煩く言われたことは一度もないけど、でもそれは私たちを信頼してくれているからこそだ。

 ……その信頼、裏切らない程度には頑張らなきゃなぁ。でも勉強苦手だしなぁ。


「もしもの時は私が姉さまの家庭教師やりますね。ふふっ♪姉さまとワンツーマンで勉強会ですか……とっても楽しみです」

「う、うん……その時はお願いねコマ……」


 何故かうっとりしながら私にそう言ってくれるコマ。うーむ。妹に手取足取り勉強を教えてもらう姉の図か……

 正直シチュエーションとしてはそそられるけど、姉としては威厳のカケラも何も無いよね……元から威厳なんて私には無いって?それは言わないお約束。


「んじゃもういいよマコ。遊んでないでさっさと料理に戻りな。じゃなきゃいつまで経ってもアタシがメシ食えないだろうが」

「あ、ああうんゴメンね。すぐ作るから……コマも待っててね」

「はいです、楽しみに待ってます姉さま」


 思わず叔母さんに謝りキッチンに戻る私。


 …………でも待て私。冷静に考えたら、そもそも料理中断することになったのは叔母さんが人の鞄勝手に開けたからだし私が謝る必要ないような……?まあ別にいいけどさ……

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