第6話 ダメ姉は、憤慨する

 ちょっと叔母さんに気を取られて中断しちゃったけど、気を取り直して料理再開。そろそろ仕上げに移ろうじゃないか。


 予め茹でてあく抜きしておいたタケノコを冷蔵庫から取り出して食べやすい大きさに切る。その半分のタケノコを水を切っておいたお米、調味料、湯抜きした油揚げと一緒に投入して炊飯器をスイッチオン。タケノコご飯はこれで良し。


 次にパスタはスパゲティをたっぷりの湯に入れて茹で、その間にオリーブオイルとガーリックをフライパンに入れて弱火で炒める。良い色になったらベーコンと残りの半分のタケノコを入れて……パスタが茹で上がったら一緒に入れて絡めて木の芽を入れてこっちも終了。


 メインの牡蠣のソテーも忘れちゃいけない。汚れを落とした牡蠣の水気をしっかりふき取り片栗粉をうすーくまぶす。フライパンにオリーブオイルを入れ熱し、中らないように中らないようにと祈りながら牡蠣を中火でしっかりと火が通るように焼く。味を調えるためバター、それからレモン汁を入れ、


「一緒にほうれん草も入れて絡ませて―――いよっしゃ、完成っと」


 後はタケノコご飯が炊きあがるのを待つだけだね、あー疲れた。作り終えてほぅっと息を吐く私。

 毎日の事だけどたった一食分作るだけでこんなに手間がかかってしまう。勿論この後の後片付けもあるわけだし、以前も『毎日毎食作るよりも時間や労力のことを考えると買ってきた方が安くつくんじゃないの?』……なんて友人たちから言われたこともあったか。


 でも……面倒だけどやっぱり料理は好きだ。色々と楽しいし、コマの味覚障害克服のお手伝いも出来る。何よりも私のご飯を今か今かと待って、美味しそうに食べてくれる人たちがいるからこそ……料理は止められないね。


「さてと。二人ともお待たせー、後はご飯炊き終わるの待つだけだよー」



 しーん……



「…………ん?あれ?ねえ、二人とももしかして聞こえてないのー?」


 先に調理に使った道具を洗いながら、その待っているであろう二人に声をかけてみることにした私。けれどもどうやらリビングにいる二人とも何やら話に夢中になっているようで私の声が届いていないご様子。

 はてさて今度はどんな話をしているのやら?気になって洗い物をしながらまたリビングに耳を傾ける私。


『なぁコマや。お前の味覚障害の具合はどんな感じだ?何か変化とかある?』

『……すみません叔母さま。残念ながら変わりなく……姉さまに頼りっぱなしの日々ですね』

『ふむ……そうかい。そりゃ中々難儀だねぇ』


 どうやら今の話題はコマの味覚障害についてみたいだね。……私と、それから当事者のコマを除けばコマの味覚障害及び私との口づけで味覚が戻る特異体質の事を明確に知っているのは二人だけ。コマの担当医の先生と叔母さんだ。(ちなみに両親はコマの体質の事を知らない。説明したところで役に立たないから、と叔母さんが言っていた)

 ありがたいことに叔母さんも私同様に、コマのこの体質の事を気にかけてくれている。味覚障害に効くと噂のサプリを仕入れてくれたり、今もこうして仕事の合間合間に色々と手を打ってくれている叔母さん。


 ……はっきりと言うのは恥ずかしいから中々本人には言えないことけど、コマの事それから私の事も大事にしてくれていつもありがとう叔母さん。夕食後のデザート、叔母さんの好きな白ワインのゼリー作っておいたから後でいつものお礼代わりに出してあげようね。


 なんてことを考えていると、


『……あー。そういやさコマ。お前さんのその味覚戻しの口づけって……マコ以外の奴と試したこと無いんだよな?』


 そんな下らない質問をコマにする叔母さんの声が聞こえてきた。……は?何その愚問。バカだなぁ叔母さんは。そんなの聞くまでもないじゃないか。


『は、はい……?ええ、それは当たり前ですよ。事情を知らない他人に頼めるわけありませんし……私も姉さま以外の人とするなんて嫌ですから』


 うん、当たり前だね。将来を誓い合うようなコマにとっての大事な人が現れない限りは…私以外の人とそんなことするなんてコマが許しても私が許さん。


『まあ、事情が事情だしそりゃそうか。ふーん……マコ以外誰とも無いねぇ。なら試してみる価値もあるかもしれないね』

『?あの、何の話でしょうか叔母さま?』


 そんな何か余計なことを思いついたような叔母さんの声。…………うん?何故だろう、何だか嫌な予感がする。


『どれ、ちょっと実験してみようと思ってね。こっちに来なコマ』

『は、はぁ……?わ、わかりました。…来ましたけど、これからどうすれば良いのですか叔母さま?』

『ダメダメ、もっと近くに来なって』

『もっと……?ええっと……ではこのくらいでしょうか?』

『うん。いいぞ。そんじゃ―――』

『えっ……!_あ、あの叔母さま……!?なんか近すぎではないでしょうか……と言いますか、これ以上近づかれるとキス―――んんっ!?』


 何してんの……!?私の中で不穏な予感が更に大きくなる。珍しいコマの動揺した声が聞こえてきたかと思ったら、その直後には(思わず興奮しちゃいそうになる)コマのくぐもった艶めかしい声まで聞こえる始末。

 これってひょっとしなくても緊急事態なのでは無かろうか……!?

 

『やっ……ちょ、ちょっと叔母さま……ッ……ぁ、っ…』

『こらこら、逃げんなってコマ。実験にならんだろ』

「ちょ、ちょっと叔母さん?アンタさっきから一体何をして―――は?」


 慌てて調理器具を洗うのを中断しリビングの様子を確認すべくキッチンから顔を出す私。……そこで私が見たものは。


「んー……ほっほふひをあへなこまもっと口を開けなコマ

「っ!?むぅうっ!?」

「~~~~っ!!!?」


 目に入れても痛くない最愛の妹が、10歳以上歳の離れた叔母さんに強引に唇を奪われるという誰得なワンシーン♡


 ―――その瞬間。洗っていたフライパンを持ったまま私はダンッと踏み込み中空を飛ぶように駆ける。

 ……狙うは、頭。絶対にコマにだけは当たらぬよう、そして確実に仕留められるよう狙いを定めて、


「クタバレェエエエエ!!」



 ブンッ!



「うぉっ!?」

「きゃっ!?」


 飛び上がってフライパンを全力で振り下ろす。が、普段は引きこもりで運動神経なんて無さそうなのに無駄に良い勘の賜物か、叔母さんは私の必殺の一撃をギリギリで躱す。

 ちぃ、外した……ッ!一応私のその一撃のお陰で二人の口づけはキャンセルできた。できたけれども……っ!


「あっぶねぇな……テメェ何するんだよマコ」

「ななななににに、するぅううううう!?そそそ、それれれれはこっちNOooooぉっ!!こっちぬぉおおおおおおおおおおっ!!!?」

「落ち着け、日本語で喋れマコ。あとその血の涙は止めろ不気味だ」


 重なり合っていた唇を離すと、二人の唇と唇に透明な光る橋が架かる。それはしっかり舌まで入れたディープな奴だって証拠なわけで…

 お、おのれぇ……っ!何て羨ましいことをぉ……!思わず(血の)涙目になりながらも抗議に入る私。


「何をする、なんてこっちのセリフだよ!?何してくれてんのさ叔母さんっ!?こっ、こここ……コマの……コマの唇を奪うとか、何羨ましいことしてくれやがったんだよこん畜生!?」

「なぁそれさ、味覚障害を口実に毎日気軽にコマの唇奪ってる変態姉の言う台詞なのかマコ?」

「き、気軽にだトゥ……っ!?」


 コマの唇を奪っておいてあっけらかんとそう返す叔母さん。気軽に、気軽に唇を奪っているだと……?


 コマと口づけをする前には歯磨き・うがいは欠かさずやるし、舌ブラシで舌のブラッシングを一日一回毎日行うのは当たり前。

 他にもコマが不快にならないように事前に柑橘系のガムを噛んでみたり、月に一回歯医者に行って歯を漂白してもらったりとetc―――そんな感じで私がいつもどんだけ気を配ってコマと口づけしているのかを知らないで叔母さんはなんて軽率な発言を……っ!


「つか良いじゃねぇかこれくらい。減るもんじゃないだろ」

「へ、減るもんじゃないだとぉ…・…っ!?減るよ!奪われるよ!こう…何て言うか、盗る気でしょ叔母さん!?何が悲しくて私の可愛い可愛いコマが倍離れた人とキスとかしなきゃならないんだよ気持ち悪いっ!!」

「おめーホント失礼だな!?一体アタシを何だと思ってやがる!?」


 乙女のエキスを貪り奪い、若さを保つ妖怪的なアレかな。


「大体おめーらとは倍も歳離れてねぇよ!アタシは今年で26!まだまだ若いわ!」

「私たちからしたら十分オバさんだよ叔母さん!このBBA!」

「バッ!?……こんのガキィ……!良い度胸だ、表出ろゴラァ!」

「オォ上等だゴラァ!返り討ちにしてやんよBBA!」

「あ、あのお二人とも落ち着いてください…喧嘩はダメですよ」


 あわや殴り合い寸前のところで、ハンカチで口元を拭きながらコマが割って入り私たちを仲介する。


「止めないでコマ!これは叔母さんがどう考えても悪いんだから!私たちの理解者だって信じてたのに…この人うら若き中学生の唇奪っちゃう変態なんだよ!?」

「やかましい!真正の変態に変態言われたくないわ!大体理由もなしにこんなことしねーよ!アタシにそのケは無いんだからな!?」

「そこですよ叔母さま。そこが問題です。どうして叔母さまはそういう趣味ではないにも拘らず突然こんなことをなさったのですか?その理由を教えていただかないと、私も勿論姉さまも納得できませんよ」


 器用なことに一言で私を宥めつつ叔母さんに説明を求めて私たちの喧嘩を未然に防ぐコマ。

 チッ……コマに救われたね叔母さん。コマの仲介に、渋々だけど私も冷静になって叔母さんに説明を求めることに。


「で?納得できる説明してくれるんだろうねババさ―――叔母さん」

「誰がババさんだ。…実験だよ実験。これもコマの味覚障害を治すきっかけになるんじゃないかと思ってな」

「「えっ……?」」


 実験……?それにコマの味覚障害を治すきっかけに……?ちょっと真面目な話っぽいから一旦気持ちを切り替えて話を聞く。


「ふとアタシ思ったんだよ。もしかしたらさ、マコ以外の奴と口づけしてもコマの味覚が戻るのかもしれないんじゃないかってさ」

「えっ……?わ、私以外の人とコマが……口づけ?」

「…………は?私が、姉さま以外の人と……口づけ?」

「おう。今まではマコじゃなきゃ戻せないって思い込んでいたけどよ、別にマコじゃなくてもコマに同じことやれば戻るんじゃねぇかなって思ったわけさ」


 む、むぅ……確かにそれは考えたこともなかった。コマが味覚障害になってからずっと私が毎食事に味覚を戻していたから、てっきり私じゃなきゃダメと思っていたけど、もしかしたらこの役割私じゃなくても良いのかもしれないって事……?

 な、なんてこった…も、もしその叔母さんの仮説が正しいならば―――早くも私のお役御免と言うことに…?それはつまり二度とコマとの口づけが出来なくなってしまうという事では……!?


 ぐ、ぐぬぬ……おのれ叔母さん。何て余計なことを……いや、コマ的には長年の味覚障害に一歩踏み出せることになるし、喜んであげるべきことではあるけど……おのれ。


「もしこれでコマの味覚が戻ればコマの担当医の先生に味覚障害を治す貴重な資料として提供できるし、何より今後マコがいなくても…例えばコマにもしも恋人でも出来たら、そいつとやれば以後味覚障害も気にせずに済むだろ」

「そ…それは、そうかもしれないけど…」

「(ブツブツ)…………姉さま以外の人と?恋人に?」


 今はまだ考えたくはないし、そうなったら私としては悔しいけれど……確かにコマが好きになった人で且つコマの事を大事に思ってくれる人がいつか現れたら…

 そして叔母さんの言う通り、そのコマが好きになった人とコマが私が今やっているように口づけして味覚が戻るのであれば、その人にこの私のコマの味覚を戻す役を託すべきなのだろう…………正直嫌だけど。嫌だけど。


「ただな。そのマコ以外の誰かと実験をしようにも……何も知らないその辺の奴に『この子と口づけをしてこの子の味覚を戻してくれ』なんて頼むわけにもいかないだろ。そもそも赤の他人と口づけしたところで、コマの味覚が戻る保証は無いわけだしな」

「それは当たり前じゃん。見ず知らずの人とそんなことさせるわけにはいかないよ」


 それこそコマが選んだコマの大事な人と口づけするならともかく、その辺の奴らにコマの唇はやれない。死んでも渡さない。


「だろ?だからこそアタシが実験役になったってことだ。アタシは事情知ってて且つ家族みたいなもんだ。別に今のだってキスのうちに入らねぇよ。家族間の挨拶みたいなものと思えば平気だろ。外国ではふつーふつー。これで理解したかマコ?」

「……ここは日本だし、例え外国であってもさっきみたいなディープな口づけしちゃう挨拶は家族と言えどしないと思うんだけど。まあ一応理屈はわかった。納得はいかないけど」


 と言うかそういう事ならいきなり唇奪うようなことせずにちゃんと今みたいに事前に説明してほしかった。

 ……多分同じように説明されても私は全力で止めただろうけどさ。


「(ブツブツブツブツ)ですが……いずれ姉さまにも……きっと素敵な想い人…………ですが、もしそうなったら……私は―――」

「で、どうだコマ。味覚戻った?とりあえずこれ食べてみ」

「…………え?あ、はい……わかり、ました」


 そう言って何やら複雑そうな表情をしていたコマに食べかけのお煎餅を渡す叔母さん。……まあ、これで味覚が戻るのであれば多少の進展があったという事で喜ばしいことではあるだろうけど…さて、どうだろうか。


「結局味覚戻らなかったら、さっき勝手にコマの唇を奪った罰として叔母さん夕食抜きの刑だからね」

「横暴だなオイ。ま、でも案外あっさり戻るかもしれんぞ。今まで試したこと無かったわけだしな。お前こそ、もしこれでコマの味覚が戻ってたらアタシを褒めたたえて一週間アタシの助手をしてもらうからなーマコ」

「で、では…立花コマ、行きます」


 そう言い合いながらも固唾を飲んで私と叔母さんが見守る中、お煎餅を一口齧るコマ。ぱりんぽりんとお煎餅を充分咀嚼し嚥下した後コマはこう一言。


「は……」

「「は?」」

「は……発泡スチロール……でしょうか……?」

「「……?」」


 …………ナニソレ?は、発泡スチロール味ってこと?ごめんコマ、それは一体どんな味なの?


「煎餅を食った感想じゃねぇな……と言うかお前まさか発泡スチロールを食ったことあるのかコマ……?」

「あ。いえ、勿論発泡スチロールを食べたことは無いのですが……感覚的には発泡スチロールを噛んだような感じ……だと思います」

「そ、それで肝心の味はどうなのコマ?」

「あー……味は残念ながら全く感じませんね…」


 案の定、味覚は戻らなかった模様。叔母さんの案をちょっとでも期待した私がバカだった。


「ほらぁー!やっぱダメじゃん叔母さん!所詮叔母さんの浅知恵なんてその程度のものなんだよ!返えせコマの唇!あとちゃんとコマに謝って!」

「うぇー……ダメなのかよ。変態姉のマコとの口づけは良くてアタシがダメとか納得いかねー」

「勝手に人の愛する妹の唇奪っておいて挙句の果てには変態姉だとぉ……っ!?納得いかんはこっちのセリフだよ……!やっぱ表出ろBBA……っ!」

「ね、姉さま落ち着いてください。ダメです、フライパンはダメです……!」


 コマに必死に止められながら一つ思う。とりあえず今日の叔母さんの夕食は牡蠣の殻オンリーにしてやると。

 勿論あげるつもりだったデザートも没収で。そう心に決めた私であった。

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