4-4 帰還 パート4
どんな世界にも、それなりの地獄は用意されている。おれたちの住む、いわゆる地球世界だってそうだ。差別、貧困、天災。
異世界だって変わらない。世界を滅ぼす力を持ち、行使しようとする存在がいたとして、そいつが悪者とは言いきれないかもしれない。世界が滅ぼすに値するほど、どうしようもなく荒廃しているからだ、と同情できることだってあるだろう。
善悪まで気にしていたら、きりがない。
だから、機関が肩入れするときの判断基準は、あくまで「その世界が地球とつながるかどうか」だけだ。
異世界がこちらに目をつけて、侵略してくることだってありうる。そのていどのリスクは世界の接点を軽々に切る理由にはならない。むざむざ地球世界へ危険を呼びこむ可能性がありながら、「無責任に世界をつなげている」のだ。
おれたちこそが、全世界にとって最悪の敵なのかもしれないのだ。
「ありがとう。それを教えてほしかったんだ」
少年は満足そうにうなずきながら、おれの服の各所にしこまれた装備をとり出していた。どこになにがあるのかしっかり把握している。点検しているところを、少女の目を通して観察していたのだろう。
「ほかに質問があれば、答えてやるぞ」
「うーん、とくには……そうだ」
少年はいい冗談を思いついたような顔をした。
「おじさんはロリコンなの?」
「そうかもしれんし、あのぐらいの年ごろで死に別れた妹がいたのかもしれないし、別れた妻に親権を持っていかれた娘がちょうどあのぐらいなのかもしれない。いずれにせよ、個人を捨てた黒服にとって、なんの意味もない話だ」
「いままでで、いちばんていねいな回答だね……」
せっかく即答したのにドン引きされている。話をそらそう。
「言っとくが、どの装備にも個人認証システムがあるから、おまえさんには使えないぞ」
さすがにおれの袖を壁に縫いとめているナイフみたいな、単純なものはべつだが。
「時間の問題だよ。ぼくがこっちの世界で魔法陣のレベルを上げていけば、道具のロックだって解除できるかもしれない。そうすれば、道具と陣を駆使して、この世界でやりたいほうだいできる。あんたたちみたいにね」
「やりたいほうだい、なにをやるんだ? 世界征服して魔王にでもなるか」
「それはわからない。せっかくの異世界転移能力なんだ、地球でもここでもないほかの世界に行って、そこの技術も吸収して……。そうやってあなたたちに管理されないほどの力をたくわえて、それこそ逆にあなたたちの組織すら征服して、地球を含むあらゆる世界をぼくの好きにできる日が来るかもしれないよね」
そういうシステムにしたのはおれたちだ、と言わんばかりだ。
「あまり機関を甘く見るな」
「甘く見やしないよ。敬意を払って全力で闘いぬいてやる」
おれの口許から、思わず笑みがこぼれた。
こいつは正しい。
「……おまえみたいなやつ、好きだぜ」
「そういうことを言う大人が、いちばんきらいなんだ」
少年はおれの袖を刺して拘束していたナイフを引き抜き――
いささかの躊躇もなく、おれの腹に突き立てた。
腹の底から、すさまじい苦痛が脳天へつきぬけ、おれの口から血があふれ出た。
「さいごの質問だよ」
ナイフを握る手に力をこめながら、少年は言った。
「あなたたちの仕事に正義はない。それでもあなたは、こういう結果になるのも覚悟で働いてる。満足?」
「がっ……決まって、いるだろ」
おれは声をふりしぼって、答えた。
「満足さ……おまえと、ちがって、真剣だからな……」
『うわあああああっ』
焼けるような激痛のなかで、少女の絶叫が聴こえた。
口をふさがれ、縛られていたはずの少女が、叫びながら杖を少年へ投げつけた。
転移するときにかのじょが手にしたままだったイモムシみたいなアタッチメントと融合して、必殺武器に強化された、杖を。
命中した瞬間、杖は砕け散り、少年の肉体は一瞬で分解され、消滅した。
『おじちゃんっ!!』
駆け寄ってきた少女の傍らに、予備のドローンが漂っていた。ごく低出力のレーザーでも、少女を縛っていたビニール紐ぐらいは焼き切れる。残しておいて正解だった。
これで、もうすこし早かったらよかったんだが。
ダンジョンの床に、おれから流れるおびただしい血が池をつくっていく。
残念ながら、致命傷だ。あの少年は刺した瞬間、みごとに迷いなく内臓をかき回しやがった。
(これが中二病ってやつか……)
『おじちゃああああん!! わあああああああん!!』
(……せめて、おにいちゃんって呼ばれる歳だったらよかった)
ばかなことを考えたが、それを口にする力も、最低限の別れのことばを告げる力も残っていなかった。
おれの意識はとぎれ――
ここで、おれの語る物語は、終わる。
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