4-3 帰還 パート3

(『おじさん』……そりゃ、おにいさんとか呼ばれる歳じゃないだろうがさ)

 地味に凹んでいた。

 それにしても、なぜこいつが『ライト』の効かない体質かもしれないということをおれは考慮に入れておかなかったのか。

 かんたんだ。

 こいつを見逃してやりたかったのだ。

(おれもたいがい傲慢だよな)

 いつしか遠い未来に、そういうやつが神クラスすら討ち果たす『本物の英雄』になるかもしれない。悪くても『本物の英雄みたいな黒服』に。そうすれば、おれの仕事もラクになるというものだ。

「グラ」

【さんをつけてください、おじさん】

(このクソメガネが……)

「念のためだが、やつの戦力評定は」

【肉体的にはなんの変哲もない、平均の域を出ない高校生男子です。ただし現在、魔力を身に帯びています。どの陣かは不明ですが、女の子の語ったみっつの基礎魔法陣、いずれかひとつを即時起動する準備ができていると思ってよいでしょう】

「いま、お嬢ちゃんの目を借りる意味はない。世界転移でおれを地球へふっとばすなら、わざわざこっちに来るとも思えん。

 気をつけるのは、人間ていどなら捕らえられる捕縛の陣か……おれも人間だからな」

 問題は、おれの両手が武器を扱えないことだ。とはいえ、ぼろぼろの指で、なんとかポケットのなかにあるものを投げつけるぐらいはできるかもしれない。

 その手段が通用するのも、おそらく1回だろう。予備動作を見抜かれれば、先に捕縛がとんでくるかもしれない。

 さて、なにを投げるか。

 決まっている。薬品だ。

 こちらも人間だが、あっちも人間だ。睡眠でも麻痺毒でも、どれでもいい。

 さっきの竜がそうだったように、あらゆる生物には反射神経がある。投げつければどうしたってそちらに気をとられるし、こういうときに備えて、シリンダーはポケット内では決して割れないが、直接外気に触れたら落下の衝撃でこなごなになるように変化する特殊ガラス製。

 シリンダーのなかの薬品が空気に溶ければ、効果範囲にいる人間は、皮膚からそれを吸収して無力となる。

 方針は決まった――

 と思って動こうとしたときは、もう先に少年が動いていた。

「甘いっ」

 おれは言いながら後方へ跳びすさり、ポケット内のホルダーから麻痺のシリンダーをさぐりあて、指の痛みをこらえながらひっこぬいた。


「どっちが、かな」


 少年はみごとに魔法陣を発動させた。じっさい、ほれぼれするほどだ。

『むう!!』

 まるで古雑誌みたいに無造作にビニールひもで縛られて、それでもなお美しい衣装と、たおやかなツインテールがひるがえる。

 少年の正面に、召喚された少女が盾として出現していた。腕を胴に縛りつけられた状態で自由を奪われ、口にもさるぐつわがかまされている。

 おれは、麻痺のシリンダーをとり落とした。

 特殊ガラスが砕け散り、あたりに麻痺毒がたちこめる。万能のジャケットも、露出した皮膚までは護れない。

(完敗だよ)

「たしかに……おれが甘かった」

 おれの肉体は、なすすべなくその場に倒れた。


「あなたにはいくつか質問があるんだ、おじさん」

 少年は言いながら、おれのサングラスを外して、無造作に床へほうり捨てた。麻痺したままのおれには、抵抗する手段はない。

 おれの両袖は交差した状態で壁に縫いつけられていた。おれが持っていたナイフを少年がとり出し、動けないおれと円滑に会話するために、牢にでもつなぐみたいな状態でおれは膝立ちに近い姿で囚われの身になっていた。

「眠らされたぼくは、あのあとすぐに目を覚まして、あなたにすべてかっさらわれたのを知った。

 そこからは、巫女の目を通してずっと観ていたよ」

 少年は、麻痺しているおれの肉体にも聴こえるようにか、かんでふくめるような口調でていねいに語りかけてきた。

『むぐうーっ』

 少女のもがいている声が聴覚に届いてきた。

「観ていた――あなたの手のうちも、切り札も、なにもかも。あの働きぶりは、なるほど素人目にもすばらしかったと思う。ぼくもそんなふうになっていくのかな」

「それが……質問か」

「あ! しゃべれるんだね、よかった」

 尋問に応じることができるていどに口は利ける。それを隠す理由もなかった。

 少年は気をよくしたようで、再度、問いかけてくる。

「そんなことはぼくの今後のことだ。ぼくが勝手になっていく将来だ。質問なんかであるもんか。

 もっとちゃんと、あの子のまえで、答えてほしいことがあるんだ」

(なるほどな)

 欺瞞。

 こいつは、おれとサングラスの話を聴いて、すべてを察したようだ。

 おれは一瞬、かろうじて動かせる眼球を縛られた少女に向ける。口をふさがれたままの少女はわけもわからず目をしばたたいた。

 おれは、観念して少年のといを待った。

「ねえ、おじさん?

 あなたのナビが言ったように、ほんとうに世界を救うのが目的なら、なぜ召喚主の善悪を問わないの?」

「問うているさ」

 むだな反論とわかっていても、おれは答えた。

「悪っぽい存在に喚ばれたときはいったん帰還して検討する」

「それは検討して、結果しだいではその悪に協力するということ。

 つまり、目的が世界そのものの崩壊でもなければ、協力するにやぶさかでないってことだろう?

 なにしろ、召喚の力をどの陣営も持っているかわからない。異世界に人間を喚べるのが、もし悪の組織だけだったら、そこは協力しなきゃあとの交流もへったくれもないよね」

「100点満点をやるよ」

「ありがとう」

 視界の隅で、少女がうなだれるのが見えたような気がした。

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