第4話 帰還

4-1 帰還 パート1

 いよいよ、最終決戦というやつだ。

 少女を離れたところへ隠れさせ、おれはやつの気を惹くよう躍り出た。

 太刀を数合かわしてみたところで、確信した。

【現状の装備で、目標をしとめることは不可能と認めます】

 数発命中弾を与えた拳銃にはまだまだ弾が残ってはいるが、これを全弾撃ちこんだところで効果はないだろう。竜のオーラ──どんな装甲より厚いエネルギーの壁をまとっている敵には、毒も徹甲弾も意味をなさない。

 正攻法なら、どう倒すのか。仲間といれかわりたちかわり、ありったけの魔法と剣ですこしずつあのオーラを削っていくなり、魔法の力を弱めるカウンター・マジックみたいなものを用いて弱体化させるなり、か。どちらもおれには現実的な手段ではない。

 爆弾か、小型ミサイルか。だめだ。どちらも爆風と破片で広く浅くの威力しかない。銃のほうがまだましだ。薬品も毒と同様、やつ本体に届きはしない。


【戦力評価の結果、撤収して装備要請の必要があります】

「やっぱり……これしかねえか……」

 おれはポケットのなかに隠していた『それ』を祈るように握りしめた。

【これとは】

「おい、魔術師!」

 おれはせいぜい叫んだ。

「これでもくらえっ」

 右手でとり出したのは『ライト』だ。

 魔術師の本体は人間――なかば竜と化していても、本質である中身には一瞬ぐらいは効くかもしれない。意識と記憶を飛ばす光を放ったそれを、やつの足許へ投げる。

 ふん、と竜のオーラが鼻を鳴らし、一瞬で『ライト』は踏み砕かれる。

 そのあいだ、やつの意識はそれた。

 左手でとり出したのは、どんな素材でできているのかよくわからない、奇妙な大きいイモムシのような形状をした物体だった。

【あーっ! それは】

 拳銃をすばやく抜きながら、銃口に『未登録アタッチメント』を接続する。

 イモムシ型のそいつは、まるで生きているように拳銃を侵食し、手にしている銃がまるでべつの武器であるかのように姿を変えていく。

 あらゆる武器という武器に反応して、半ば一体化するそれは、最近攻略されたばかりの異世界から獲得したお宝であり、まだ分析が完了していないとっておきだ。

 おれはひきがねを引いたが、弾は出ない。緑色の不気味な光が鼓動するようにアタッチメントから銃へとかけめぐっていく。このタイムラグがどのくらいかが賭けだった。

『ライト』を壊して満足した竜が、魔術師が、その両者がこちらへ向きなおる。まっすぐこちらに向いて、攻撃態勢に入る。

 隙だらけだ。

 おれは銃をやつに向けた。あとは弾が出てくれるのを待つだけだが──

「ほんとに遅いな!! いま発射されれば勝てるのに」

 そのとき、おれの手首に魔法陣の輝きが発生して、銃の緑の光と溶けあった。

【武装向上の魔法陣は、まだ効いています】

(ありがとよ)

 ゲタを履かせたぶんだけ、やつが火を放つよりこちらの銃口が弾けるのが速かった。

 おれは発射の衝撃で粉砕された銃の破片から左手でサングラスをかばい、

 壊れる銃口から、アタッチメントによってすべてを破壊する威力を与えられた銃弾が発射され、竜の魔術師に突き刺さった。

 魔術師には、一瞬だけ胸に空いた穴を見る時間があった。

 つぎの瞬間、やつそのものが巨大な空間の穴に呑みこまれ――

 竜のオーラごと、かき消えた。


『それにしてもなんて気持ち悪いものじゃ、これは』

 少女はいやそうにイモムシ型のアタッチメントを拾いあげた。両手をケガしたおれのかわりに拾ってくれと頼んだのだ。

【なんだってまた、あんなものを所持していたのですか。自己診断モードのときに感知すべきでした】

「未知の技術だから検知できなかったんだろ。万が一のために、装備課から失敬してきた」

【なんて野郎でしょう】

『傷はだいじょうぶか。治癒の陣をもう1枚』

「ああ、頼みたいが……やつは完全に死んだのか?」

 少女はどこか上の空だったが、うなずく。

『うん……預言されていた世界の脅威は去り、わしの使命も終了じゃ。ほんとうに、1日で……何年もの旅になると決意してやしろを出たのに』

 まだ現実感がないようだ。

「正攻法でここまで来られるかもわからなかっただろうが。それに、だな」

 おれはケガの少ない手の甲で、ばつ悪く額をぬぐう。

「異世界で戦わされるおれたちの世界のガキどもも、おまえたちもおなじなんだよ。どうしてもやりたいってんなら止めはしないが、いやなら逃げたってどうせ人生はつづく。

 選択肢を見すえて、真剣に決めていきゃいい。おまえは必ずしも、ふざけた宿命に縛られなくてもいいってことを理解しろ」

『う』

 ずっと巫女として生きてきた少女は、そんなことばをかけられることじたい初めてだったのだろう。感極まったように鼻をすすりあげた。

『うんっ……』

「もしまた危機があったら、こんどはそのへんの小僧を召喚するんじゃなく、機関にコンタクトを試みてくれ。まあ、なるべくこっちからも拾う努力を」

『あの』

「ん?」

『おぬし、ひとつかんちがいをしていると思うんじゃが』

「なにが」

『世界移動の魔法陣は、まずわしの声を聴くことができた異世界の人間に、わしが遠隔で授けるものであって……、さっきやっとあの若者が、基本である世界移動の陣と、わしの視界を借りる陣と、捕縛の陣を習得したことで、わしがあの世界へ赴くことができたんじゃが』

「つまり……」

 つまりどういうことだと、考えるひまはなかった。

 少女の足許に光が現れる。

 魔法陣だ。

『なっ──』

 少女が、かき消えた。

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