3-4 魔術師と竜と巫女と黒服とグラサン パート4
竜もどきとなった魔術師の理性は、どうやら長持ちしないらしい。
攻撃はどんどん大ざっぱになるが、そのぶん思わぬ広範囲の攻撃が来たらさすがにかわしきれない。暴走は止まらず、部屋の壁も床も溶け落ちそうに赤熱している。
おれは少女を抱えて悪魔のいた広間へと後退しつつ、あちこちと跳んで攻撃をやりすごし、柱の陰に身を潜めていた。
『……こんなときにする話かどうかわからんのじゃけど』
「ああ、いいぞ。気がまぎれる」
どうせあの姿のあいつは、会話をする気がないらしい。
『おまえたちの仲間は、いくつもの世界を渡り、死ぬまで戦いをくりかえすのか? なぜ?』
「さっきやつが言ってたろ。おまえが第2、第3の召喚をするのと変わらん」
『なぜじゃ……』
「仕事だからだ。
たしかに、おれたちがこうすることで、異世界で犬死にするやつらは減るかもしれん。だが召喚されていくやつらにしてみれば、そんなもん大きなお世話だ。だってそうだろ? ふつうの人生ならまず経験できない胸躍る冒険ってやつを勝手にキャンセルされるんだから。たとえ死ぬかもしれないとしても、喪うものがないって思いこんでる向こう見ずで親不孝のガキどもにとっちゃ、召喚されるなんて夢みたいなことだ。
おれは、あいつらをまちがってるなんて思えない。
だから、やっぱり……仕事だからだとしか言えないんだ」
おれは正直に言った。
【かれは個人の感情のことしか話しませんので、わたしからも補足説明します】
「あっ、グラサンはいいよ……」
【いいえ。グラサンと5回呼んだペナルティです】
「いまので5回めじゃねーか」
サングラスはおれの追及を無視して、そのまま語りだした。
【当機関がなぜ召喚主を未然に捕獲・殺害等の方法で阻止せず、高価な装備をそろえ、危険を冒してまで人員を異世界に送りこむのか。
異世界から得られるわずかな物資、技術とデータはわれわれの世界に恩恵をもたらします。しかし、それはあくまで副次的なものであり、高価な養成費を要したかれらを代価として支払うに値するほどのものとは言いがたい。
それとはべつに、本来の、長期的な目標があります】
「傲慢なきれいごとだ」
『聞かせてくれ』
「うう……」
(竜、早くこっち見つけてくれねえかな)
【単純明快です。無数に存在する異世界を、つど救いつづけ、連絡手段も維持することができれば、ゆくゆくは数々の世界と双方向的に往還が可能となるはずです。コミュニケーション可能な文明圏を持ち、豊富な土地や資源の見こめるそれら世界との接点をむざむざ閉じる、あるいは滅びるのを指をくわえて待つなどという愚挙を、地球の人類は犯すはずがないのです】
「な? 傲慢だろ?」
【われわれが正しいのかまちがっているのかは、のちの歴史が判断してくれることでしょう。そのためにも、現在差し迫った滅びから、われわれは護れるだけの世界を護るのです】
「な? きれいごとだろ?」
『……わからない』
(おれにもわからん)
【少なくとも、この男は、その理念によって心を救われています。戦闘中にもかかわらず、現在のかれの脳波は非常に安定しています】
「もうマジ黙れよサングラさん」
【グラサンと呼ばないふりをしてグラサンと呼ばないでください。
あと敵がこちらに気づきました】
「よし」
懐のホルスターからさいごの拳銃をとり出しながら、おれは心底安堵した。
この子は気づくだろうか。気づくべきなのだろうか。
サングラスが述べた建前に隠れている、おおいなる欺瞞に。
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