3-3 魔術師と竜と巫女と黒服とグラサン パート3

『この使い魔のからくりを放ったのは、きみだね』

 魔術師の声は、底冷えするような美しさだった。指先につまんでいたのは、案の定音信不通となっていたプローブ・ドローンだ。

『興味深い。わたしも知らない種類の魔力で動いているよ、これは』

「そりゃどうも」

『ことばが通じるのは、その黒眼鏡の力によるもの? そそられるね』

 魔術師はけだるげに首をふりあおぐと、空いているほうの手でこちらを指し示してきた。

 空気の焦げるにおい――のような気配がした。

「おっと」

 おれは少女を抱えて半歩横へ跳んだ。一瞬まえまでふたりがいた空間を、とてつもなく熱い、しかし見えないなにかが通りすぎていた。そのままであれば、おれたちは防御ごと蒸発していたにちがいない。

『かわすのだね……おもしろいや』

 くつくつくつ、と喉を鳴らして、ふたたび魔術師は正面からこちらを見つめる。

 奇妙な沈黙が流れた。

【無詠唱の重熱線。アラートが間にあいません】

「いま実感したところだ」

【それはよかった。次弾以降も自力回避を推奨します。グッドラック】

(役立たず)

 おれの感情が毒づいているうちに、やつは音もなく近寄ってきていた。歩みを感じさせない幽鬼のような動きだ。

『魔術師といえど人間じゃぞ……まさかあそこまでとは』

 おれは少女を手で制した。

「ちょっといま静かにしてくれ。やつに集中したい」

『む……』

 不服そうに、しかし空気を読んでうなずく少女。

 サングラスで同時にふたりのことばを翻訳はできない。やつがしゃべっているときにジャマになるかもしれない。

『愉しみというものを持たない男かい? きみはなにも聴こうとしない。

 その娘の助言がなくていいのかな? わたしの目的を訊ねなくていい? この洞窟の本来の主である、伝説の竜が生きているとしたら? この世界の行く末について思うところは?

 世界に善と悪があるとしたら、ほんとうにきみは善の側?』

「心の底からどうでもいい」

 おれは両袖のなかの隠し拳銃をとび出させて、交互に撃ちこんでいった。やつの身体に命中する以前に、弾丸はかき消える。おれたちにかかっている防護魔法の超強力なバージョンみたいなものらしい。

 やつは熱弾以外にも複数の魔法を使えるようで、おれの肩が燃えかけた。この背広が特別製でなかったら丸焦げだ。

『かきたてられるね。そこの小娘などよりよほど。その娘はたんなる救世装置だ。わたしを倒したあと、その娘は新たな脅威を見つけだし、第2、第3のきみを召喚するだけ。それでいったい、なんになるね』

(じぶんで世界の脅威だって白状してるじゃねえか)

「悪いがあんたとちがって、こっちは真剣なんだ。おもしろがってばかりいられねえよ。

 でも、そうだな……そんなに熱烈に関心を持たれたんじゃあ、おれからもさいごの質問ひとつぐらい答えてやらなきゃ、かわいそうだな!」

 撃ちつくした両手の拳銃を捨て、おれはナイフを抜きはなった。いちど背を向けて相手の視線を誘導し、死角から躍りかかる。

「脅威を早回しするために、おれらがいるのさっ!!」

 魔術師の文字どおり眼前で、刃は空中にせきとめられた。

 防護魔法のどこまでつきぬけたのか、魔術師の眼球の、ほんとうに寸前で切っ先が停止していた。

 やつが冷や汗を流すのが見えた。

『かっっ』

 すさまじい一喝が、おれと少女を部屋の隅へふっとばした。

【警戒してください。目標を中心として、洞窟内全体からエネルギーが集中していきます】

「やっと第2変身ってやつか」

 さっき、やつはなんと言った。

 この洞窟の本来の主である竜は、生きている。

 おれはとっさに少女のまえに立ちふさがった。熱気が全身をなぶり、せっかくかけていた防護の陣が一瞬ですべてはぎとられるのを感じる。

 赤く巨大なオーラをまとって、しかし人間のサイズと敏捷性をとどめたまま。

「……このさい、巨大化してくれたほうがラクそうなんだが……」


 竜がひとと化したのか、それとも魔術師が竜の力をとりこんだのか。

 どちらなのかは知らないが、魔術師が真紅の目をぎらつかせ、竜本来の力を宿してそこに立っていた。

 

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