武器商の魔王

「異なことを申すなッ!」

 人類国家の代表をつとめる王様は謁見を求めてきた商人に声をあらげた。美少女だが目の死んでいる商人メリアスは予想通りの反応に目を細めた。それがまた王様の怒りを買う。

 勇者パーティーの一員として名を馳せた商人が目から輝き失ったのはいつごろか。おそらくカジノでコインの交換レートが自分だけべらぼうに高いことに気づいた時ではなかったか。

 それ以来、メリアスはシステムを使って濡れ手に粟する人間をひたすら憎むようになり、自分がシステムを引っかき回して儲ける側に回ろうと画策をはじめたのだ。


「勇者を暗殺しろ……だと!?やっと魔王討伐が成るという時に、貴様は正気なのか!これまでの働きが全て水の泡ではないか」

 人払いを済ませていたが、それでも商人は灰色の凍える視線を左右に配った。

「魔王が倒されても台無しになるとしたら、いかがなさいます?」

「むぅ?」

 けむくじゃらのデブ猫じみた国王の顔が五ミリメートル後退した。すかさず商人は言葉のクサビを打ち込む。

「もしも魔王が倒されれば平和な世が訪れます。凶暴化していた魔物はすべて鎮まり、武器を持ち歩く必要はなくなるでしょう。それすなわち武器産業の衰退を意味します。王様はどれほどの国民が武器産業で働いているか御存じですか?」

「いや、知らぬ……大臣!大臣、こっちに来い!!」

「ことは武器産業の衰退に留まりません。衛兵も今ほど必要なくなりますし、酒場でたむろしているだけの冒険者も尊敬の目では見られなくなります。頼りになる隣人を見る目が、厄介者を見る目に変わっても、のんべえたちはそのままでいられますかね?失業も合わさって、人心は荒廃し、犯罪発生率は跳ね上がるでしょう」

 王様は眉を吊り上げ……得意げな顔になった。

「お主の言葉は詭弁だ!犯罪が増えるなら衛兵は必要であるし、武器もある程度は作り続けることになるわ」

 かなり酷いことを口走っている。商人はそれは指摘せずに頷いてみせた。

「なるほど、そういう考えもできます。しかし、衛兵を養う税金はどうされます?人類存亡が掛かった魔王と戦うための資金として、ずいぶん無理矢理税金を集めてきたはず。魔王が倒された後も同じ額が集まりますか?そちらの大臣はずいぶんやり手で、余分に税金を集められたそうな」

「なっ!?」

 突然、矛先を向けられて禿頭の大臣は驚き、目を逸らした。その挙動は王様にしっかり観察されてしまった。

「大臣、貴様っ!?」


 商人は大きく両手を広げる。ろくろを前にしているとすれば、巨大な甕棺を作っているポーズだ。

「まぁ、そんなわけであなたの王国は進むも地獄、退くも地獄の状況にあるわけです。ならば停滞させてしまえばいい。魔王は追いつめても倒さず、武器職人に仕事を与えて、税金を集め、その金で社会不安を招きそうな人間を囲っておけばいい。それがあなたの王国を安定させる百年の計というものです!」


「……」

 王様は目を白黒させて、しばらく黙っていた。やっとまばたきすると、

「不埒者め!出て行け!!」

 と、商人を追い払った。優雅に一礼すると死の商人は謁見の間から出ていった。

 ハゲ大臣がデブ猫の耳元にささやく。

「……消しますか?」

「余計なことはするな!貴様が尻尾を捕まれたせいだぞ!」

 王様は手当たりしだいに噛みついた。それを尻目にメリアスは手応えを感じていた。



 数日後、魔王城に一番近い町にて、勇者は体力と魔力回復の眠りをむさぼっていた。最終パーティーに女の子ばかり選んだせいで、宿屋では孤独である。

 その枕元に黒づくめの男が忍び寄り、ナイフを……

「勇者どの危ない!」


 ずががんっ!!


 暗殺者は水晶のそろばんで殴られ、吹っ飛ばされた。

「危ない。危ない。これは大変!」

 わめきながら商人は刺客をどつき続け、完全に息の根を止めた。騒音と血の臭いに勇者も目を覚ます。

 ろうそくの火に照らされて、水晶の珠が赤く光る。そして寝起きに悪い商人の精気がない笑顔――と、もっと寝起きに悪い死体の姿。

「ううーん、メリー?どうしてここに……!?」

「危ないところでしたね、勇者どの。王様はかくかくしかじかで戦後の邪魔になるあなたを狙っていたのです。噂を聞きつけ、まさかと見張っていたら、これこのとおり」

「そんな……本当なのか!」

 確かに刺客は魔物じゃなく人間で、魔王が送り込めそうな雰囲気ではなかった。持ち物から国王の印もみつかる――それは商人が探すフリをして握り込ませた物だったが。

 直情径行の勇者はこぶしを握りしめ、瞳をメラメラ燃やした。

「おのれ、国王め!そっちがその気なら、魔王を倒したあとは、貴様の番だ」

 袖で口元を隠した商人が背後でほくそ笑んでいるとも知らず、彼は宣言した。

 いまの勇者を殺せるほどの武器は限られている。彼女はその動きに網を張って、暗殺現場をピンポイントで押さえたのだった。


(人間と魔物の前者だけに武器を売るより、人間同士を戦わせて両方に武器を売った方が儲かる……くふふっ、私ったら天才ね!)


 こうして暗黒の異世界は死んだ目の商人に弄ばれることになったのであった。めでたしめでたし。

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