虎穴に入らず虎児を得たい

ラージグレープ新聞 聖暦1351年ヒート月3日の記事


・転生者「ゼロリスクダンジョン攻略法」の詐欺容疑で逮捕


 先日、転生者をリーダーとする山師集団が、ゼロリスクでダンジョンを攻略できると偽り多額の出資金を集めて持ち逃げしようとした疑いで逮捕された。

 転生者は容疑を否認し、新しい方法で次こそは利益をあげるつもりだったと出張している。


 山師集団が当初提唱していたダンジョン攻略法は以下のようなものであった。

 まず入り口近くに川の流れている地下型のダンジョンを選定する。次に川の水を土木工事によってダンジョン内に導入し、内部のモンスターをすべて溺死させる。

 数日後に川の流れを戻し、魔法やアルキメデスのスクリューを用いて排水する。排水用の横穴を掘ることもあった。

 こうして安全になったダンジョンから宝箱を回収する。


 土木工事では魔法を利用することになっていたが、それでもコストは膨大であり、排水にはさらにコストが掛かった(だから出資を募ったのである)。

 そこまでしてもゴースト系などの生き残るモンスターは存在していて、けっきょく回収作業には護衛が必要だったという。

 また、他の冒険者が潜っている間は水を入れられないこと、ダンジョンに潜りたい冒険者が妨害されることからも、トラブルが発生した。

 最大の問題は条件に合うダンジョンがそれほど多くないことだった。


 そこで山師たちは毒ガスを使う方法も研究していたが実施前に資金がショートして今回の捕り物となった。

 毒ガスを使用した場合も残留ガスなどの問題が発生していたと考えられ、やはりゼロリスクとは言い難い。



 記事の音読を終えた男は、自分と同じ転生者をあざ笑った。

「こりゃあ、思いついた方法が普及していないのは、自分が初めて考えたからじゃなくて、何か問題があったからって奴だな」

「何もしない人間がマウンティングするのに使う言葉か」

 カフェの丸机の向かいに腰掛けた女――彼女も転生者――が、切り捨てた。

「ま、元来た世界のゼロリスク主義でやっていくには、この世界の人命は安すぎる」

「……君の方が辛辣じゃないか」

「この世界に来てわかったが」と前置きして彼女は語った。

「人の命は持ち主が貴重だと考えなければ、なかなか貴重にならないものだ。人命への意識を変えるのは、魔王を倒したり隣国を征服するより、ずっと難しいかもしれない」

 男はちょっと真顔になって受け答えした。

「よそ者が変えていいかも分からないよ……」

「では、意識を変えたい人間をみつけて、手助けするのはどうだろう?」

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