第15話  コンサルタント

 コンサルタント会社の担当者は、三十前後と思われるキャリアウーマン風のお姉さんだった。常に姿勢よく、きびきびとした動作でも、そう窺い知ることができる。

 背が高くスタイルも良く、長めの髪の毛をきりりと後ろに引っ詰めて、真っ白なブラウスと黒っぽいビジネススーツに、同じく黒縁セルフレームの眼鏡をかけた、所謂『メガネ美人』だった。眼鏡を掛けて、ビジネスの戦闘服に身を包んでいるにも関わらず、そんなにキツイ印象ではなく、優しくてやわらかな感じの人である。

「柏木美由紀です。よろしくね。これから開業に向けて、一緒に頑張りましょうね」

「こちらこそ。何も知らない不束者ですが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 しっかりとした年上のお姉様を前にして、キャサリンは自分でも何を言っているのか分からないほど緊張していた。その緊張も美由紀は優しくほぐしてくれるのである。上司にしたい女性ナンバーワンの称号を与えたいほどだ。

 その日から二人は毎日美由紀に附いて、開業するホットドッグ店の打ち合わせに明け暮れることになった。打ち合わせといっても、ほとんど美由紀主導で順々とこなしていくという感じだが。

 打ち合わせの場所は、その時々で大阪と神戸を使い分けられていた。二人の負担を軽減するため、美由紀が神戸のドッグス事務所まで、しばしば出向いてくれるのである。美由紀には、出店予定場所に近い所で、周辺の状況や雰囲気を肌で感じたいという理由もあったようだ。

 コンサルタント会社との打合せは桜の季節も過ぎ、もうすぐゴールデンウィークかという頃からスタートしたが、瞬く間に梅雨の時期に入ってしまった。

 打ち合わせが進んでメニューを決める段階になると、キャサリンとナンシーは美由紀にお願いをした。

「美由紀さん。私たちあまりメニューが多いとオペレーションを覚えきれないので、ある程度絞ってほしいのですが。なんせおバカなもので」

「そうね。あまり多いのは良くないけど、でもある程度の種類は必要よ。大丈夫。これから開業までにはオペレーション研修もするし、何とかなるわよ」

 美由紀にはそう言われたけれど、二人は不安でならない。結局、必要なメニューということで、ホットドッグやサイドメニューやその他ドリンクなども合わせると、三十種類以上のオペレーションをマスターしなければならなくなった。

 手順そのものは何とか覚えられたにしても、手際よくする自信がない。オープンの時、お客様が殺到したらどうしようかと、今から心配しているのである。

 そんなキャサリンたちの不安や心配を他所に、美由紀はてきぱきと打ち合わせをこなしていく。

 オペレーションやレジや接客の実技に移ると、美由紀以外にも専門のスタッフがついてそれぞれ本格的な講習をしてくれ、開業に向けての準備は着々と進行していった。

「次は、やっぱり店舗物件よね。店舗物件が決まらないと、店舗設計もファサードのデザインもできないもの。それに、その立地で良いのかどうかのマーケティング調査もしなくちゃならないし」

 ある程度打ち合わせが進んでくると、どうしてもそこに行き着いてしまうのである。

 美由紀の会社でも物件探しはしているが、設定した条件が厳しいのでまだ見つかっていない。そろそろ条件を緩和する提案を、しようと思っていたのだ。

 その時突然、キャサリンの携帯の着信音が鳴り出した。画面を見ると、以前訪問したことのある不動産屋の大島からだった。

「もしもし、キャサリンです」

「もしもし、大島です。今、とても良い物件が出たので、お知らせしようと思いまして。賃料が少しだけオーバーしますが、こんなに条件に合う物件はないと思います。今からFAXしますので、是非ご検討ください」

 待ちに待った大島からの連絡である。過去二度ほどキャサリンの方から連絡していたが、なかなか良い物件には巡り合えていなかった。

 少し待つ間にFAXが届き、三人で検討することにする。

「キャサリンさん。大島さんの言ったとおり、本当に良い物件ですね。賃料以外は、条件にピッタリじゃないですか。それに、賃料もそんなにオーバーしている訳じゃないし」

 ナンシーが、目を輝かせて言った。キャサリンも、これなら文句はないと思った。

「本当に良い物件ね。早速、社の者にマーケティング調査をさせましょう」

 美由紀もそういって納得し、その物件情報を本社に転送する。

 ほどなく申し分ない立地との調査結果が出たので、美由紀は早速店舗設計やファサードのデザインも本社に依頼をした。

「これで日程計画が立てられるわね。遅くとも、二箇月後にはオープンできるわよ。これからグランドオープンに向けてオペレーション研修の他に、告知や広告・宣伝の方も考えないとね。二人とも覚悟は良くって」

 美由紀が、二人にそう宣言した。

「でも、美由紀さん。派手なオープン告知をしてお客様が殺到したら、私たち対応できないと思うんですけど」

「まあ、告知や宣伝の方はトムさんが何か考えているみたいだから、トムさんに訊いてみて」

 美由紀はキャサリンやナンシーの深刻な気持ちが、あまり理解できていなかったので、軽くそういなしてしまったのである。

 それを聞いたキャサリンはトムなら泣き落としで何とかなると思って、ナンシーと作戦を立てることにした。

 完全無欠に思えた美由紀だが、少々キャサリンのことを見くびっていたようだ。

「ナンシー、いい? 貴女が泣き顔で、トムさんにお願いするのよ。そこに、私が追い打ちを掛けるから」

 キャサリンは女の涙に弱いトムの性格を見抜いていて、ナンシーに涙の役をさせることにしたのである。

「名付けて『泣き落とし大作戦』よ」

 何でも大作戦に祭り上げてしまうキャサリンだった。

 次の日の朝、何も知らないトムがいつもの調子で出社してきた。

「やあ、諸君、お早う。元気かね。元気があれば何でもできる」

「相変わらず、ワンパターンですね」

 キャサリンが早速絡んでいく。最早、朝の恒例行事となっている。

 そしてナンシーが打ち合わせ通り、トムに泣き落としにかかった。

「トムさ~ん……グスッ……私たちオープンで人が殺到したら、とても対応できません……グスッ……オープンの広告をしないで下さい……グスッ……お願いします……グスッ」

「えっ、オープン広告をするなって? それってグランドオープンせずに、先にプレオープンをするっていうことか?」

 そこに、すかさずキャサリンが追い打ちをかける。

「私たちはまだ、オペレーションを手際よくできるまでになっていないんです。もしこのままオープンしてお客様が殺到したら、ミスや失敗を連発してスポンサーが一番恐れている不祥事になりかねません。だからオペレーションに慣れるまでプレオープンというよりはプチオープンっていうことで、あまり告知せずこっそりとひっそりとオープンしたいんです」

 絶妙のタイミングで、ナイスなバディぶりを発揮する。

「おいおい。それじゃあ広告や宣伝を一切するなっていうことか?」

「私たちが、オペレーションをこなせるようになるまでっていうことでお願いします。不祥事を起こしてしまったら、それこそ取り返しがつきませんよ」

 キャサリンは最後には脅しにかかった。

 不祥事云々と言われるとトムも弱い。スポンサーから不祥事に関しては、厳重に管理するよう要請されていたからだ。

「仕方がない。但し、オペレーションに慣れるまでだぞ」

 最終的にはトムも二人に押し切られ、妥協してしまった。

 梅雨の時期に女の涙。それに加えてキャサリンの嵐の如き暴風。トムには抵抗するすべはなかったのである。

 後でトムからその話を聞いた美由紀は、唖然とするしかなかった。コンサルタントといっても雇われの身なので、依頼主の意向は尊重しなければならないからだ。

 それからは、告知と宣伝に関すること以外は着々と進行していき、遂にオープンの日を迎えた。

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