第13話  ステルススポンサー

 翌日、二人が出社すると、トムから朗報がもたらされた。

「喜べ。やっと、スポンサーが決まったぞ」

「えっ、本当ですか?」

「で、どこなんですか? そのスポンサーって」

 二人は急にスポンサーが決まったと聞いて、驚きと喜びと期待感で一杯になった。

 ところがトムの返答が何か煮え切らない。

「まあ……そのう……スポンサー名は秘密というか……内緒っていうか……ステルススポンサーっていうか……」

 火の通りにくい牛筋を、弱火でことこと煮ていて、それをイライラしながら傍でじっと見守っているような歯がゆさだ。裏切られ感たっぷりな返答である。

「まさかこの期におよんで、ジョークだなんて言わないでしょうね」

 キャサリンは目を尖らせて真面で怒っていた。『もしこれがジョークだったら許さないわよ』という迫力がある。

「いや……ジョークなんかではないんだけど、ちょっと説明が難しくて」

「ちゃんと説明してください。そうでないと全然分りません」

「分かったよ。そうガミガミ言わないで」

 トムはそう言って、考えをまとめるかのように一息ついてから説明を始めた。

「前からトムズキャットの精神と活動について、ある程度賛同していただいていた企業なんだけど、最後の決断ができないでいたんだ。何故かというと、仮にスポンサーになったとして、トムズキャットで何か逆宣伝的なことが起こると困るって言うんだ」

「逆宣伝的なことって?」

「まあ、端的に言えば、不祥事全般ってことかな。それだけトムズキャットには、実績も信用もないっていうことだよ」

「それでどうなったのですか?」

「そこで、『逆に、実績も信用もスタートしなければできないから、何とかスタートするためにも、スポンサーになってほしい』と俺も粘ったんだよ」

「それで?」

「それでもやはり『不祥事が起こったら、スポンサーになることを決めた人間の責任問題になってしまう』と言って渋るんだよ」

「それで?」

「そこで、俺は発想を転換することにした」

「どんなにふうに?」

「俺もダメでもともととは思っていたのだけど、『もしもの不祥事が怖いのであれば、信用ができるようになるまでスポンサー名を秘密にしておけば、最悪の事態は免れるのではないか? 何とか、それでスタートを切らせてほしい』と最後のお願いをしたんだ。すると『そういうことであれば』と何故か了解してくれたんだよ。但し、スポンサー名については、スポンサーサイドが公表を決断するまでは、例え誰であろうとも一切口外してはならないという、厳しい条件付で。もし口外した場合、スポンサー契約は即時、白紙にするということだ」

「そうだったのですか……」

「でも考えても見ろ。ステルススポンサーなんて、戦闘機みたいでカッコいいじゃないか」

「トムさん。世界平和精神のトムズキャットなのに、戦闘機なんて不謹慎じゃないですか」

 すかさず、キャサリンの突っ込みが入る。

「いや、悪かった。でも、たとえ話だから許してね」

 トムも今回は、キャサリンの言うとおりだと思ったようで、素直に謝った。



 その後、キャサリン達二人は急に忙しくなった。

 トムから指令を、矢継早に出されたからである。

「指令。食品衛生責任者の資格を取得せよ」

「指令。防火管理者の資格を取得せよ」

「指令。飲食店開業コンサルタント会社を調査せよ」

「指令。店舗物件の候補地を探せ」

 二人はまず、インターネットで調べることにした。

「ナンシー、食品衛生責任者について、ネットで検索してみて」

 相変わらずキャサリンは、パソコンを触るのを回避している。

「え~と……食品衛生責任者って、飲食店には最低でも一名、設置する義務があるようですね」

「それで、どうすれば食品衛生責任者になれるの?」

「それは……保険所の管轄なんだけど……神戸市の場合は神戸市食品衛生協会というのがあって、そこの講習会を受講すればいいみたいですよ」

「受講するだけなの?」

「ええ、それだけみたいですけど……講習会が年に数回――そうですね、十回もない感じで、決められた日だけのようですね」

「じゃあ、予約しなきゃ駄目ね。防火管理者っていうのも、そんな感じかな?」

「え~と……消防署の管轄ですね……何か、甲種とか乙種とかがあって、甲種は大きな店舗向けで乙種は比較的小さな店舗向けのようです」

「で、どっちを取得すればいいの?」

「小さな店舗の場合、店舗の条件や収容人数によっては設置の義務はないようですが、まだどんな条件の店舗になるのか分からないので、取敢えず乙種を取得すればいいんじゃないですか?」

「講習会って、やっぱり年に何回かしかないんでしょう?」

「そうですね。こちらも予約しなきゃ駄目みたいです」

「じゃあ、両方とも予約しといてね、ナンシー。次は、コンサルタント会社か……でもトムさん、どうして急にコンサルタントなんて言い出したんでしょうね? 今までの流れからだと、開業も全て私達に無茶振りしていたと思うんだけど」

「やっぱり、前にキャサリンさんが、『私達飲食店の経験は無いですよ』っていったのが、効いたんじゃないですか?」

「だけど、あの時だって、『経験よりも、他にないものを創造する想像力が大事』とかいって取り合ってくれなかったじゃない」

「でも、コンサルタント会社が入ってくれれば、基本的なことは教えてもらえるので、良かったじゃないですか」

「そうね、取り敢えずコンサルタント会社について、調べましょうか」

 少し疑問に思いながらも二人は、先に進むことにする。

「キャサリンさん……何か、ネット検索で出てくるのは、ほとんど東京ばっかりなんですけど」

「どういうキーワードで検索したの?」

「え~と……『飲食店』と『開業』と『コンサルタント』です」

「じゃあ、それに『神戸』とか『大阪』を入れてみて」

「あっ、出てきました。でも関係ないサイトも多く出てくるので、ピッタリなのは少ないみたいですね」

「で、その関係ありそうなところって、どれくらいありそうなの?」

「そうですね……大阪で二・三社、神戸はとりあえず一社ですね。東京に比べると、すごく少ないようです」

「仕方ないわよ。東京の方が、遥かに需要が多いのだから」

「こういう業界でも、東京に一極集中しているのですね」

 二人は、その大阪と神戸の会社で、コンサルタントの内容を調べることにした。

 だいたい開業までは、主に『コンセプト策定』『事業計画作成』『資金調達』『店舗物件の選定及び契約』『店舗の設計及び施工』『各官庁への認可申請及び届出』という流れを経て、オープンとなる。

 しかしその間には、屋号やロゴを決めたり、メニューを決めてメニュー表や看板を作成したり、仕入先の選定や備品や資材・包材の手配をしたり、スタッフの採用及び教育をしたり、全てのオペレーションを策定しマニュアル化したり、広告宣伝及びPRツール(ホームページやブログ等)の作成・実施など、そのほかにもやらなければならないことが沢山ある。

「ふう~…………」

 二人はその内容を見て、大きく肩を落としながら、思いっきり溜息をつく。

「新規開業するのは、無茶苦茶大変なことなのね」

 自分達だけだと十年たってもできそうにないと感じた。キャサリンは今更ながら、トムがコンサルタント会社を活用することにしてくれて、本当に良かったと思うのである。

 取敢えず、二人は神戸と大阪の会社の内容を比較することにした。

 しかし、内容がそれぞれの会社で異なっており、また実績面でも見ただけでは分りにくい。料金についてもいずれの会社も明記を避けており、いったいどれくらいの費用がかかるのか不安になってくる。

 そして何よりも二人を悩ますのは、ほとんどの会社がレストランやカフェや居酒屋といったお店の開業コンサルティングを謳っており、肝心のホットドッグ店のコンサルティングができるのかどうか、怪しく思うのだ。

「これじゃあ、私達では選べないよね? 仕方ないから、それぞれの会社のコンサルタント内容や特徴を挙げて、一覧表にしてみましょうか?」

 二人は、その一覧表を一日がかりで作成した。しかし、作成はしたものの、どこが良いのか判然としない。

「やっぱり、トムさんに見てもらうしかないんじゃないですか?」

 そう言ってナンシーは、疲れた顔をキャサリンに向ける。一日がかりの作業が徒労のように感じたのだ。

「それしかないと思うけど、トムさんだって、分かんないと思うけどなあ」

 キャサリンも疲労困憊していた。あのいい加減なトムが、こんな曖昧な資料で判断できるとは思えないのである。

 結局、その日はそこで諦めて帰ることにした。



 翌日は、トムの方から二人に声をかけてきた。

「どうだい、今回の指令は? 少々手ごたえがあるだろう?」

 トムも今回は、難しい指令であると自覚しているのである。

「ええ、今回はかなり難しいミッションだと思います」

「でも、ミッションインポッシブルではないだろう?」

「まあ、不可能とまでは言いませんが」

「で、現在の進捗状況は?」

「食品衛生責任者と防火管理者の資格については、それぞれ講習を受ける必要があるのですが、それが年に数回という頻度なので予約しなきゃいけないんです」

「そうか……で、もう予約したのか?」

「ええ、取敢えず、私とナンシーは予約しておきました」

「じゃあ、追加で俺も、予約しておいてくれ」

「えっ、トムさんも講習を受けるのですか? 居眠りとかしないですよね?」

「バカ野郎。俺は君達が、ちゃんと講習を受けているかどうかを監視しに行くんだよ」

 トムはいったい、どこまでがジョークでどこまでが本気なのか? まあ、何を言ってもジョークに聞こえてしまうのだが。

「で、その他は?」

「コンサルタント会社についてですが、東京の会社がほとんどで関西方面の会社が、すごく少ないんです」

「少なくても、あったんだろう?」

「ええ、取敢えず、大阪で三社と神戸で一社について、調べて一覧表を作成したのですけど、どこが良いのかさっぱり分からないんです」

「そうか……俺の方でも別ルートで当たってはいるが、両方で比較検討するので、それは一旦預かっておこう」

「ところで、どうして急に、コンサルタント会社を使うことにしたのですか? 私達はてっきり、トムさんが私達に全てを無茶振りするんじゃないかと、心配していたんですけど」

「俺も、そうしたかったのだけど、これはスポンサーの意向なんだ」

「えっ、それはどういうことなんですか?」

「まあ、スポンサーサイドにしてみれば、スポンサーとして資金を出す限りは、できるだけ早く立ち上げたいんだよ。君達だけに任せて、時間を浪費することを嫌ったんだな」

「浪費ですって。失礼しちゃう」

「まあまあ、落ち着いて……それから飲食の素人だけですると、失敗や不祥事を起こすリスクが高くなるので、もしそんなことになったらスポンサーになった意味がなくなっちゃうからだよ」

「確かにリスクは高くなりますね」

「まあそういうことだから、飲食の基本的なところはコンサルタントと打ち合わせをしながら進めるとして、君達には『ドッグス』というお店の独自性を出す工夫をしてもらいたいんだ」

 キャサリンは『トムが、どうしてコンサルタント会社を使う気になったのか?』という疑問が解けて、もやもやしていた気持ちがようやく収まった。また、そういう方針を打ち出してくれた、まだどこかは知れないスポンサーに大いに感謝するのである。

 二人はコンサルタント会社については、次に何か指令が出るまでトムに預けることにした。

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