第10話  会社設立ミッション Ⅱ

 翌日、キャサリンとナンシーが出勤してもトムはまだ不在だった。東京でスポンサー探しの営業活動を頑張っているのだと思うと二人共、会社設立ミッションを早くクリアしなければと思うのである。取り敢えず昨日の続きで、会社設立サポート会社について調べることにした。

「キャサリンさん。近くでは大阪、神戸、姫路にあるのですが、格安な所はだいたい二種類で、税理士系と司法書士系ですね」

「それって、どんな違いがあるの?」

「税理士系は設立費用を格安にする代わりに、顧問税理士契約を条件にしていますね。まあ、新しく会社を設立すれば、当然どこかと税務についての契約はしないといけないのでしょうけど。その分、多少顧問契約費が高目に設定されているみたいです。司法書士系はそんな条件や拘束はないのですが、税理士系に比べると、会社設立費用そのものが少し高目になっているようです。その代わりに、格安の税理士事務所を紹介してくれるサービスもあるみたいですが……どちらにしても一長一短があるようですね」

「でも、税理士系にしても司法書士系にしても、どうして自分でするより安くなるの? それって何か変じゃない?」

 キャサリンは、何か納得できないでいた。

「キャサリンさん、いろいろ調べてみたのですが、定款に貼る収入印紙代四万円が一番大きな理由になっているようですね」

「それって、どういうこと?」

「つまり、通常定款に貼る収入印紙代四万円が要るのですが、電子定款にすればそれが不要というか、0円になるらしいんです」

「だったら、自分で電子定款にすれば、もっと安くなるんじゃないの?」

「それが、自分で電子定款にしようとすると、予め電子定款にするための手続きや登録やソフトなど、いろいろと準備したり設備したりしないといけないのですが、その費用が収入印紙代四万円より大幅に高くなってしまうようです。だから、一回限りの個人では、電子定款にするメリットが全く無いみたいなんです。それに比べて会社設立サポート会社では、すでに準備や設備は完了していて、その費用は何百社も対応するので償却済みになっているようなんです」

「そういうカラクリがあったのね。でも理由がわかれば納得できるよね」

「税理士系では顧問税理士契約を条件にしているため、会社設立費用を更に大幅に値引きしているところもあるようですよ」

「どっちみち何処かと税理士契約はしなくちゃいけないけど、契約内容がどこまでして幾らなのかトータルで計算しなおして、イニシャルコストとランニングコストを比較検討する必要があるわね」

「キャサリンさん、すご~い。何か社長さんみたいですね」

 キャサリンは自覚していなかったが、トムの指令を実行するために、自分たちでいろいろと調べて、考えたり行動したりすることで、知らないうちに何故か経営者の立場になって考えていたのである。

ナンシーに指摘されたことでそれに気付き、キャサリンは何故か面映ゆい思いと同時に、ウキウキ、ワクワクといった、今までにない感覚を味わった。

 二人は、税理士系と司法書士系の良い条件の所をいくつかピックアップして、それぞれの条件を比較できるような一覧表を作成して、最終トムに判断してもらうことにする。

「これで、後はトムさんが帰ってきた時にこれを見せて、どこが良いのか判断してもらえば、もう会社設立はできたも同然ね」

 キャサリンは、夏休みの宿題を七月中にすませてしまった小学生のように、余裕をかましていた。今時そんな小学生がいるのかどうか、疑問の残るところではあるのだが。

「でも、キャサリンさん。トムさんは、その一覧表だけで判断できるのでしょうか? 一覧表だけだと、良い部分と悪い部分が混在していて、何か判断する前にトムさんは混乱するように思うのですが。ある程度、私達でどこが良いのかを選んで、その意見を添えて報告した方が良くないですか?」

「そうね。トムさん、自分の理解できないことには何か投げやりになる所があるものね。で、結局ナンシーはどこが一番良いと思っているの?」

「そうですね。やっぱり税理士事務所とは、どこかと契約しなくちゃならないと思うので、税理士系は有利ですよね……その中でも、この大阪の税理士事務所はどうですか? 何か設立パック料金で、他と比較してもトータルでみると安くなるみたいですし」

「でも、そのパック料金で、どこまでやっていただけるのかが問題よね?」

「え~と、普通に創業時必要になるようなことは、全部含まれているみたいですよ」

「そうなの? 何か、私達の新しい会社のためにあるようなところね。じゃぁ、トムさんにはその線で報告することにしましょう」

 これらの調べ物や資料作成で、この週は終わってしまった。しかし結局トムは、事務所に戻らなかった。



 週明けの朝、キャサリンが出勤すると事務所の鍵が掛ったままだった。鍵を開け中に入っても人の気配はない。おそらく先週末、キャサリン達が帰りに鍵を掛けた時のままの状態なのだろう。

『トムさん、結局帰ってこなかったんだ……』

 キャサリンが、独り言を呟いた。いつもの癖である。

 暫らくして、ナンシーも出勤してきた。

「キャサリンさん、お早うございます。あれ、トムさんは?」

 まるで、先週初めのナンシー初出勤の時のデジャブのようだ。

「それがナンシー。トムさんは先週から、どうやら帰っていないようなの。何かあったんじゃないかしら」

 内心の不安をナンシーに打ち明けた。

「何かって、事故ですか?」

 キャサリンの不安に煽られたのか、ナンシーも心配そうに訊き返す。

「それもあるけど……事件とかに巻き込まれたりなんかして……」

「じ、事件って?」

「トムさんてミステリアスを気取っているけど、何か怪しいでしょ……その筋とトラブルかなんかあったりして」

「キャサリンさん。いくらなんでもそれって、刑事ドラマの見過ぎですよ」

 ナンシーは、敢えてキャサリンの不安を吹き飛ばすように、そう言って否定する。

 二人が心配してそんな会話をしているところに、突然当事者であるトムが、のん気な顔で現れた。

「諸君、お早う。元気かね。元気があればなんでもできる」

 下手なジョークを交えて、朝の挨拶をする。いったい誰のものまねをしているのか? 全然似ていないのである。まあ、似せようとは思っていないのかも知れないが。

「ト、トムさん。大丈夫だったのですか?」

 突然のトムの登場にキャサリンは驚いて、まだ不安な表情のまま訪ねた。

「なんだ、どうした? 久しぶりに出勤してきたら、幽霊でも見るような顔をして」

「私達、トムさんが東京で何か事故か事件にあって、まだ帰っていないのかと思って心配していたんです」

 ナンシーが、状況を的確に分りやすく説明する。意外性のナンシーは誰かさんの、足りない部分を補ってくれていたのである。

 その誰かさんは、トムの顔を見たことで安心と驚きの感情が入り混じったまま、すぐには言葉がでてこない。

「事故か事件って? なんだそれ? 俺なら、先週末には家に帰っていたよ」

「えっ、家って? トムさんの家って、ここじゃなかったのですか?」

「なんだ、キャサリン。まだそんなことを真に受けていたのか? ここ以外に、ちゃんと家はあるよ。安アパートだけどね」

 前から、トムが事務所で寝泊りをしていると聞いていたキャサリンにとって、その言葉は青天の霹靂だった。

「えっ、じゃあ、ここが家兼事務所って言っていたのは、嘘だったのですか?」

「嘘っていうか、ジョークだよ。たまに家に帰りそびれて泊まることはあるけど……まさか真に受けているとは思わなかったよ」

「信じられない」

 キャサリンは心配だったこと、顔を見て安心したこと、驚いたことの他、騙されていたという今の大きな怒りがプラスされ、感情をコントロールすることができずに、そう言ったまま絶句してしまった。

「トムさん、それよりその顔どうしたのですか? 無精ひげがすごいんですけど」

 ナンシーが不思議そうな顔をして訊ねる。先週までは何もなかった口周りに、五ミリ程の無精ひげが生えていた。いつもならキャサリンが真っ先に絡んで突っ込むところだが、まだ先程のショックが尾を引いていて、そこまでのゆとりがなかったのだろう。

「これか? 実は東京でずっと緊張していたので、家に帰ったとたんに気が緩んでしまって、ひげを剃る気にもならなかったんだよ。どうだ、似合うだろ。ジャン・レノと呼んでくれ」

「何ですか? そのジャン・レノって?」

 一番若いナンシーには、何の事か分からない。

「ドラえもんよ。自動車のCMでドラえもんになっていた、大きくて太った変な外国人よ」

 ようやく立ち直りかけたキャサリンは、ジャン・レノには何の罪もないのだが、トムへの怒りから少し刺のある言い方をしてしまった。

「おい、おい、ジャン・レノを知らないのか? 全く。フランスの名優だぞ。確かに少し太めでハンサムとは言い難いが、無精ひげと丸縁メガネが特徴の大人の色気のある、とても格好良くて人気のある俳優だぞ」

「それで似合いもしない、そんな丸縁メガネを掛けているのですか」

 完全に立ち直ったキャサリンが、本領を発揮し始める。確かにキャサリンの言うとおりだった。無精ひげと丸縁眼鏡がジャン・レノの特徴ではあるのだが、言われなければ誰もそうとは気づかないほど似ていないのである。

「ところで、東京はどうだったのですか?」

 キャサリンはまだ攻撃(口撃)し足りなかったが、この質問で遮られてしまった。ナンシーという感情制御装置の発動によって、キャサリンは頭から白い煙を吹きあげながら、不完全燃焼を引き起こしている。

「東京か? 結構あちこちと行ってきたぞ、三日間もかけて。お台場に汐留に六本木に赤坂に虎ノ門に……」

「それって、もしかしてテレビ局ですか? すご~い。で、どうなったのですか?」 

 前からトムの誇大妄想的な話を聞かされていた二人は、まさかと思いながらも、一気にテンションが上がってしまった。ジェット機で言うならば、ハイレートクライム(急上昇)なみである。

「まあ、今回は小手調べっていうか、何人かの人には会って名刺交換はしたけれど、なかなかキーマンとなる人が見つからなくてね。テレビ局なら、『世界平和のPR』というトムズキャットの理念に、賛同していただけるんじゃないかと思ったんだけど。それと、CMでいろんな企業との関係もあるだろうから、支援の輪が広がるんじゃないかと期待していたんだけどね」

「そうなんですか……」

 ナンシーががっかりした様子で呟いた。折角上がったテンションも、駄駄下がりである。ほとんど墜落に近いほどの急降下だった。

「トムさん、名刺って、まだ会社もできていないのに、トムさんだけ名刺を作ったのですか?」

 再びキャサリンが、攻撃(口撃)の糸口を見つけてトムを追及する。

「ああ、これか? これは前から作っていたんだよ。良く見てくれ。まだ『オフィス ドッグス』だけで、『株式会社』は入っていないだろ」

 二人が差し出された名刺を確認してみると、トムの言うとおりだった。

「心配しなくても新しい会社が立ち上がったら、君達にもキャバ嬢も真っ青になるような特上の名刺をつくってやるよ」

「もう~、トムさんたら冗談ばっかり」

 キャサリンが何かいう前に、ナンシーがうまく受け流してしまった。いつの間にかナンシーは、角を突き合わせる二人の緩衝材の役割を果たしていたのである。

「それはそうと、会社設立の準備の方は、順調にすすんでいるかな?」

 ナンシーのおかげでキャサリンの攻撃を回避できたトムは、逆に二人にそう言って質問をした。

「ハイ、ある程度調査して一覧表にしていますので、トムさんに説明させていただくつもりです」

 予習をしっかりとしてきた優等生のように、キャサリンはキッパリと返答する。

ナンシーのアドバイスもあって、トムへの説明シュミレーションを済ませていたキャサリンは、余裕をかましていた。

「その件は後程、会議を開いて聞くことにしよう。それよりも、東京から帰る途中でいろいろ考えたのだが、トムズキャットそのものについて、その精神を共有したり、ルールや規則についても、事前にもっと深く話し合っておく必要があるんじゃないかと思うんだが……」

 会社設立の件で意気込んでいたキャサリンは、肩透かしをくらってしまう。

「それは、私達も必要とは思いますが、具体的にはよく分からないのですけれど」

「そこだ。その具体的には分からない部分を、具体的に話し合っておこうと思うんだ。トムズキャットにおける、基本精神やルールや規則や掟やしきたりや暗黙の了解や方向性やその他諸々のことを」

 肩透かしを食らったキャサリンは、トムの持って回ったような言い方に、訝しそうな表情をしている。

「例えば、どういうものですか?」

「そうだなあ。まあ、基本精神は、前から言っている『世界平和』を目指すという意味で、『世界平和のPR活動』を基本とするということだな。これについては、すでに共有できているよね。あと、ルールや規則という部分では、現在『本名を使用せずコードネーム、コードナンバーを使用する』という以外は決まっていないが、なにか他に無いかね?」

「そうですね……例えば、嘘をつかないとか法螺を吹かないというのはどうですか?」

 早速、キャサリンがトムへの攻撃(口撃)を開始した。

「それは当然のことだよ、キャサリン。だけど『ジョーク』や『夢』や『希望』を、『嘘』や『法螺』と呼ばないでね」

 トムも負けてはいない。屁理屈だけは一人前である。

「じゃあ、他にどんなことがあるのですか?」

「そうだなあ。まず、方向性についてだが、現在君達には会社設立について頑張ってもらっているが、これはあくまでも秘密結社トムズキャットをカモフラージュする隠れ蓑という位置づけになる。しかし、安定的な資金確保の道としては逆に本業ともいえる。そういう意味では、決しておろそかにできないという認識を共有しておきたい。一方、トムズキャットとしては、『世界平和』をPRしていくという使命を、それに賛同いただける企業と共に果たしていくという、本来の目的に対する認識も共有しておきたいと思うのだがどうだろうか?」

「それについては、特に異存はありませんが……ルールや規則って、いったいどういうものなのですか?」

 キャサリンは、トムの言っていることを肯定しながらも、結局何を言いたいのか分らずに素直な質問をする。

「例えば『恋愛禁止』とかはどうだ」

「トムさん。それって、どこかのアイドルグループのルールじゃないですか。私達、もうアイドルっていう歳じゃないですよ。私達にそんなルールを当てはめたら、一生結婚できなくなっちゃうじゃないですか」

 トムの不謹慎な返答に、早速反応する。

「ジョークだよ、ジョーク。例えばってことだよ」

 意味不明なジョークにキャサリンは、もうウンザリだった。怒るのも何だかばかばかしくなってくる。

「他には?」

 まともな答えが返ってこないことを覚悟した、突き放すような一言だった。

「他には……現在、トムズキャットのメンバーは君達二人だけだけど、今後の方針としては、いつとは言えないが成り行き次第で、もっともっと増やしたいと思っている。そうだなあ、四十八人位いてもいいかな」

「また、トムさん。どこかのアイドルみたいなこと言って」

「ジョークだよ、ジョーク。それ位になればいいのになっていう、希望的観測だよ」

「そんなの無理に決まっているじゃないですか。私やナンシーだけでも奇跡ですよ」

「そんなことはないぞ。今は無理でも将来は『どうすればトムズキャットのメンバーになれるのですか?』っていう問い合わせが、殺到するかも知れないぞ」

「無理、無理。そんなのあるわけないじゃないですか」

 まるで漫才の乗り突っ込み状態である。

 ナンシーは、そんな不毛な会話には参加せず、別の提案をした。

「トムさん、トムさん。トムズキャットとして、共通するグッズやアクセサリーや制服なんかどうですか?」

 ナンシーの発言は、建設的だった。

「グッズやアクセサリーはいいかも。トムズキャットとしての、意識向上や連帯感には役立つかも知れないね。でもまあ制服はその内に、セーラー服でも婦人警官でもナースでもメイド服でもチャイナドレスでもバニーでも猫耳でも、クライアントの依頼によっては着ることになるかもしれないから、今は無くていいだろう」

「もう~、トムさんたら冗談ばっかり」

 キャサリンが何かいう前に、ナンシーがうまく受け流してしまう。先程のデジャブのような展開に、キャサリンもトムに絡むことができずにいる。

「他に、何か決めておきたいとか、認識を共有しておきたいっていうのは無いかな?」

 トムが、念を押すように二人に訊いた。

「トムさん、合言葉なんかどうですか? トムズキャットの精神を合言葉として決めておけば、いちいち確認しなくても済むんじゃないですか?」

 再びナンシーが、建設的な提案をする。

「合言葉か……それはいい提案だね。合言葉でトムズキャットの精神を示せれば、自然とメンバー間での意識統一ができるからね」

 トムも大いに賛成した。

「でも、トムズキャットの精神って、合言葉みたいに簡潔に表せるものなのですか?」

 キャサリンの素直な疑問だった。トムズキャットの精神が、そんなに簡単に表現できるものだとは思っていないのである。

 それについてはトムも同感だった。あわよくば二人の内どちらからか、良い案がでなものかと期待していたのだ。

「何か、『世界平和のPR』を、簡潔に表現できる言葉って無いかな」

「例えばですけど、『LOVE & PEACE (ラブ アンド ピース)』みたいなのはどうですか?」

 トムの期待にナンシーがあっさりと答えてしまう。

「いいね。英語でカッコ良くて、語呂も良くて響きもいいよね。でも、何か聞いたことのあるような……」

 打てば響くようなナンシーの答えに満足しながらも、どこかで聞いたようなフレーズに何となく不安を感じている。

「たしか、ドラマのタイトルとか歌のタイトルとか、その他にもそんな名称のものがあったんじゃないかしら?」

 キャサリンの方には、より確かな記憶があった。

「う~ん、でも、英語で表現するのはカッコいいよな。じゃあ、こんなのはどうだ……『PEACE SPIRIT IS IN MY HEART』……英語だし響きもいいぞ」

 トムが、自信ありげに提案する。

「でも、トムさん。それって、英語の表現として正しいのですか? 私、あんまり英語が得意じゃないので、分からないですけど……」

 ナンシーが素直な疑問を投げかけた。まるでトムの自信を打ち砕くように。本人にそんなつもりは、おそらくないのだろうけれど。

「えっ、そうなのか? 大丈夫と思ったのだけど、俺も英語はからっきしだしな。キャサリン、実際のところどうなんだい?」

「えっ、そんなの急に私に振られても。私だって自慢じゃないけど、英語は苦手ですよ」

「何だ、英語に関しては全滅か。それじゃこれは英語の得意なメンバーが揃うまで、一旦保留にしておこう」

 こういうときの引き際だけは、とても早いトムである。

「もう、その他に、取り決めしておきたいことって無いかな? まあ、あればその都度、今回みたいにミニ会議を開いて決めていくことにしよう」

そう言ってトムはミーティングに一応の区切りをつけた。



「では改めて、新会社設立の会議を始めようか。それじゃあキャサリンとナンシー、今まで調べてきたところを説明してくれるかな」

 キャサリンは、先週末ナンシーと二人で作成した詳細な資料をトムに手渡し、説明を始める。

「まず、会社設立サポート会社を分類しました。場所の分類では、大阪、神戸、姫路があります。次に会社形態の分類では、税理士系と司法書士系があります。税理士系は設立費用は格安ですが、顧問税理士契約が条件となっていて、顧問料が若干高目です。一方、司法書士系は設立費用は少し掛かりますが、その他の条件がなく、また格安の税理士を紹介するサービスもあります。それぞれ一長一短がありますので、いくつかピックアップした会社のイニシャルコスト関係とランニングコスト関係を分けて、一覧表を作成致しました」

 先週末、ナンシーと二人で何度もシュミレーションをしたので、キャサリンはすらすらと説明できた。早めに終わっていた夏休みの宿題を提出するような、気持ち良さを味わっている。

「その中で、私とナンシーで比較検討した結果、この大阪の二社にまで候補を絞りました。一社は、会社設立費用と、一年間に掛かる税務関係の費用を含んだ『設立パック』として、割安パック料金を設定しています。もう一社はベンチャーに特化した会社で、割安な設立費用にもかかわらず、顧問料も他社と比較すると割安に設定されています。いずれも税理士系ですが、税理士事務所とはどこかと契約しなければならないので、この二社の中から、トムさんに決めてもらえたらと思います」

 これも、最後はトムが決定したという形にした方が良いという、ナンシーのアドバイスが活かされている。

「すばらしい。詳しく調べて良く纏めたね。まさか君達二人が、ここまでできる子とは思わなかったよ」

 トムは、まるで劣等性がまさかの東大に合格したかのような、最大限の賛辞を二人に送った。

 前回、中途半端な報告で、トムに丸投げしようとしたのとは大違いである。

「よし、後でこの資料を元に検討してどちらかに決めるので、決まったらすぐにその会社と接触して、会社設立の方向に進めてくれたまえ」

 キャサリンとナンシーは、珍しく親から誉められたできの悪い子供のように喜んだ。そして、本当にがんばって良かったと思った。

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