終曲「火の鳥」(3)

 刹那、ヒットマンはこちらから視線を外す。

 相手から目を離せばスキが生まれる。  

 滝馬室は、このスキを見逃さず、相手の懐へ踏み込んだ。

 ヒットマンが滝馬室に視線を戻し、ナイフを向けるが一歩出遅れる。


 滝馬室は相手に身体を密着させて、ヒットマンが持つナイフの腕を掴み、突き出る前に封じた。

 捕まえたまま壁まで押していき、ヒットマンもろとも激突。

 ナイフを持つ手を壁に押し当てると、何度も壁に向かって相手の手を叩きつける。


 しかし、抵抗するヒットマンも必死。

 いくら壁に叩き付けても離そうとしない。

 

 滝馬室の手にも激痛が走り、これ以上やれば兆しが見えた凶悪犯の制圧も、振り出しに戻る。

 次はナイフの強襲に倒れ、死傷者が出るかもしれない。

 なんとしても、ここで踏み止めなければ。


 滝馬室はヒットマンごと壁から離れ、体制を立て直し、次のすべを練る。


 出来る――――出来る、出来る、きっと出来る!


 相手のナイフを持つ手の肘を掴み、自らの胸に強引に寄せる。

 ヒットマンは、吸い込まれるように引き寄せられ、足下がひるんだ。

 互いに前のめりになると、刃先が滝馬室の胸にささったように見えたのか、優妃が青ざめる。


「タキさん!?」


 だが違う。

 肘の関節をくの字に曲げられて、ナイフが滝馬室の胸をかすめ、刃先が地に向く。

 刺される脅威を回避すると、滝馬室は曲げられたナイフの持つ腕を、腹全体で受け止めた。

 以外にも、攻撃を仕掛けて来る者は、密着しすぎると身動きが取れなくなってしまう。

 とはいえ、危険な方法には違いない。

 やり方を間違えれば致命傷だ。

 

 滝馬室は相手を捕まえると、ナイフを握る手首を掴み捻じる。

 ヒットマンは苦痛で顔を歪め、持つ手の力が抜けた。

 人体の構造上、腕や足は螺旋のように曲げることは不可能。

 故に、腕や手首の関節を捻じ曲げられると、自然と力が抜けてしまう。


 ナイフが床に落ち、金属の甲高い音が、通路を反響する。

 

 作業服の男が力任せに、拘束する相手を振りほどくと、滝馬室は壁に叩きつけられた。

 次にヒットマンを視界に捉えた時は、落ちたナイフを見つけ、拾おうとしていた。


 万事急須。

 このままナイフを拾われれば、障害となる自分を刺してくる。


 これまでと諦めかけた瞬間、ヒットマンをかっさらうように、視界を取り戻した諏訪警部補が突進。

 相手を壁に押し当てる。


 衝撃でうなだれる作業服のヒットマン。

 体制を建て直した諏訪警部補が、ヒットマンの腕を掴み、背中へ捻じ曲げ行動を奪う。


 騒ぎに駆けつけた、搬入口で移送を待つ、三人の刑事が姿を見せた。

 諏訪警部補は彼らに指示を飛ばす。


「抑えろ!」


 諏訪警部補の怒号にも似た合図で、三人の刑事はヒットマンに覆いかぶさる。

 

 壁に押し付けられたヒットマンは「口野」の名を叫びながら暴れ、振り払おうとするが、多勢に無勢。

 次第に抵抗する気力を無くす。


 ヒットマンを抑えた刑事の一人は「現行犯逮捕げんたい! 誰か時間は?」と、この後の司法手続きを円滑に進める為に、相談を始めた。

 

 危難が去ったと安心すると、滝馬室は通路の壁に背を預け、空気が抜けたように崩れ落ちた。

 駆け寄る優妃と諏訪警部補が、彼の無事を心配する。


「タキさん!?」「タキ! 大丈夫か?」


 滝馬室は気恥ずかしそうに返答。


「ごめん、優妃さん…………起こしてもらっていい? 腰抜けちゃって」


 彼女は牛のような呆れ声を出して、安スーツの中年の腕を掴み、立ち上がるのに肩を貸した。

 一難去ったことに気を許してか、諏訪警部補は笑ながら言う。


「帝王も形無しだな?」


 *****************


 その後、口野は無事、検察庁に引き渡され、詐欺グループのリーダーを認める供述をし、これまでの犯行を自供。

 指定暴力団、清原組の関与も認め、組織犯罪対策本部が清原組逮捕に向けて大きく舵を切る。

 こうして、一連の詐欺事件は終息へと進むのだった。

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