終曲「火の鳥」(2)

 滝馬室は横切るヒットマンの凶器に手を伸ばし、ナイフの持つ手首を、両手で掴んだ。


 不意を付かれたヒットマンは、力の限り抵抗する為、滝馬室は振り回される。

 苦戦する滝馬室に加勢しようと、飛び出す優妃を恫喝。


「被疑者を守れ!」


 彼女はこれまで、滝馬室に恫喝されたことがなかった為、面を食らうが、すぐに上司の意図を汲み取り力強く頷く。


 ヒットマンに振り払われ、滝馬室は勢いよく押し返されるが、足に制動をかけて踏ん張る。


 相手は道を譲ろうとした滝馬室に、油断したと後悔しているのか、親の仇のように憎しみを向けた。

 危険人物に対峙しながら滝馬室は、過去の経験で得たプロセスを思い起こす。

 

 思い出せ、警察学校や刑事講習で、時間さえあれば武術の訓練に勤しみ、身体に叩き込んだ逮捕術を――――。


 大丈夫だ。

 ――――きっと、うまくいく――――。


 思い出した。

 今まで何度も口にしていたが、その意味は風で宙を舞う、紙のように薄っぺらいモノだった。

 だが改めて、その言葉が持つ力を感じ、その言葉の持つ重みが全身にのしかかる。


 そうだ――――――――俺は刑事だ。 


 この場の窮地が、とうに正義の炎は消え失せ、魂は濁り死んだと思われていた、刑事としての滝馬室を不死鳥のごとく甦らせた。

 

 体術の基本は相手から目を離さないこと。

 見失えば距離感を失い、懐に潜り込まれて、相手の襲撃を許してしまう。


 逮捕術とは格闘技などの武術ではなく、あくまでも抵抗する相手を制圧する為の、いわば"一撃必殺"

 スキをついて、瞬時に相手の自由を奪わなければならない。


 本来、凶器を持った相手には凶器の長さよりも、より長い武器を使い対抗する。

 警杖という長い棒か、それに類似する物が好ましいが、現状そのようなものはない。


 ならば集団で囲みをして、量で圧倒するたいう手段もあるが、諏訪警部補は視界を奪われ、すぐには体制を整えられない。

 優妃には万が一に備え、被疑者を守る役目を果たしてもらいたい。


 つまり、この突発的な有事を、滝馬室が対処せねばならないのだ。

 逮捕の瞬間は一瞬。

 その到来を見過ごしてはならない。


 ヒットマンは腕を伸ばして、鋭い刃を突き出す。

 滝馬室が相手の懐に飛び込もうとすると、作業服の男は凶器を振り回し、外敵を寄せ付けない。

 ばってんを描くように刃先は振られ、滝馬室は上半身を仰け反らせ、足を後退させる。


 駄目だ、接近を許さない。

 何か、ナイフの危険を回避する手段はないか?


 ヒットマンを捉える視界の先に、投げ出さた段ボールを見つける。

 滝馬室は唯一、凶器に対抗できそうな最良手段を思いつく。


 そして足を踏み出すと、凶器を持つ相手に飛び込む。

 ヒットマンは仕留めようと、ナイフを振る。

 滝馬室は姿勢を低くして、相手から大回りをしながら潜り抜ける。

 相手の背後へ。

 身体を反転させたヒットマンと、再び目が合う時には、彼は床に転ぶ空の段ボール箱を両手で掴み構えていた。


 段ボールを盾に滝馬室は走り、ヒットマンが繰り出すナイフを、正面から受けた。

 何度も乾いた音を立て、ナイフの刃は段ボールに突き刺さる。

 箱を突く衝撃は、段ボールを持つ滝馬室に伝わり、力で押される。

 凶器を付き出すヒットマンは、悔しそうに声を荒げた。


 何せ自らが準備した小細工を、盾の役割として逆手に取られたのだから、憎らしいはずだ。


 ナイフは段ボールを突き抜け、ヒットマンの腕が箱に飲み込まれる。

 滝馬室は飲み込んだ段ボール箱ごと、ナイフの腕を左へ振る。

 それにつられヒットマンは、上体を大きく反らせた。

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