48ーヨンパチー=ファブリケーション

 優妃の聞き込みの間、滝馬室は店内を見回す。

 床やテーブル類は木製で、丸テーブルと浅い椅子のセットに、首都高側の窓に革のソファと正方形のテーブルが並べられている。


 それに相反して、天井や壁はコンクリートが無機質に露呈しており、壁に至っては工事中に書かれたであろう走り書きがあった。


 室内の空間はL字に折れ曲がり、カウンターもそれに合わせて、ブーメランのような作りになっている。


 室内にはジャズが流れ、モダンな雰囲気を演出していた。

 しかし、下手を打つと、その落ち着いた空間を壊しかねない、異音が聞こえて来る。


 工場を連想させる機械の駆動音と電子音、そしてコーヒーの香りとは別に、焦げたニオイが漂う。


 この異質な音の正体に、興味を惹かれた滝馬室は、足を進め関心のまとを見つけた。


 ブーメラン型のカウンターの出っ張りに、ガラスケースの機械が置いてあり、滝間室は今時珍しく、ジュークボックスが置いてあるのかた思ったが、それはそんなレトロな機材ではなかった。


 可動していたアームからはレーザーが照射され、金属板に穴を空けたり線を凪いで、何かを掘っていた。

 その一角だけ、小さな工場のように見える。

 

 その向かいにも同じような機械が置いてあり、ガラスケースの中は、アームが忙しいそうに樹脂の塊を削り、形作っている。

 これはスリーDプリンターだ。


 暖かみのある店内の雰囲気に、似つかわしくない、近未来的なインテリアを見た滝馬室は、そこで初めて気付いた。

 

 ここは"カフェ"と"工房"を一体にした、ファブリケーション(物作り)カフェだ。

 よく見回せば客層も、パソコンを持参した学生やノマドワーカーと思しき風貌が目立つ。


 これは何ともユニークなところだ。


 さらに足を踏み出すと、L字の店内の先に広い空間を見つけた。

 そこには巨大モニターが壁にかけられ、三角形のバーカウンターと、複数のテーブルが設置しており、夜のクラブを小さいくした作りになっている。


 「カフェ」「工房」「バー」三つの特性を兼ね備えた店。

 

 さすが、ITの街として発展した渋谷。  

 アメリカのシリコンバレーにあやかって、"ビットバレー"と呼ばれるだけはあり、未来都市のロールモデルを確立している。


 今年の忘年会は、このカフェに併設しているバーしようか?


 などと、スーツの中年男が年末まで気を急ぎ下見の為、店の奥に足を進めると、聞き込みの済んだ優妃に、腕を掴まれ強引に店の外へと連れ出された。


 *****


 しかし、渋谷区の地形は高低差があり、坂を登れば下り、また登れば下りの連続。

 その落差を埋めるように、坂の横ばいや店と店の隙間、建物の裏や日陰と、至る所にショートカットに使える階段がある。


 これもまた、街の個性や情緒と思い楽しめるが、地形の落差は四十歳しじゅうの男には、やや酷だ。

 階段と坂の登り降りを繰り返して行くうちに、動機息切れが激しくなってきた。


 さすが若者が集うの街だ。

 中年の介入を拒む。

 動悸息切れが見え隠れする、滝馬室とは対照に、若い優妃は軽やかにパンプスの音を鳴らす。

 右頬にかかる、ボブショートを手でかき分けると、彼女は手帳にメモした内容を見ながら、話を進める。


「リーダーと思しき人物。仮に【金時計の男】としましょう。その人物は渋谷駅とは逆方向の神泉駅へ、いつも向かっていったそうです」


「なる、ほど、ね……」息切れしながら滝馬室は返した。


「駅員なら、金時計の男を目撃しているかもしれません。聞き込みましょう」


「そう、です、ね……」


 道元坂のカフェから神泉駅までは、緩やかな坂道が続き、商店街が立ち並ぶ。

 入り組んだ坂道を歩いていくと、踏切の音が聞こえきた。


 神泉駅に到着すると、先ほどと同じ要領で保険会社を装い、改札口の駅員に、事故の加害者を探しているというていで、写真を見せる。


 直ぐさま答えが返って来た。


「何度か見たことありますよ。高そうなスーツに金の腕時計を身に着けてて、金持ち風の人だったから、改札を通るところを何となく覚えてますね」


で移動してた、と言うことですか?」


「はい。乗車する姿を見ましたよ」


「そうですか……見かけた時は、何行きの電車に乗りましたか?」


「一番のホームだから、吉祥寺行きですね。来るときも同じところからですよ」

 

 いまいち手ごたえのない返答を、駅員から聞きくと神泉駅を後にした。

 

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