サービス捜査

48ーヨンパチー=営業再開

 サード・パーティーの割り振りは相変わらず、インテリ眼鏡のサイバー捜査官、加賀美を会社に残し、滝馬室と優妃は白いミニバンで外回りへ出ていく。


 公安部から、車を支給して貰ったのは正解だった。

 どこへ行くにも、電車やバスの乗り換えと待ち時間が削れ、大幅に距離を縮めることが出来る。

 とは言え、こんな形で横着したく無かったのだが――――。


 快調に運転する優妃の助手席で、滝馬室はうな垂れながら、懸案事項を不満のごとく並べる。


「俺達は潜入任務で、警察手帳が無いんだぞ? 身分も変えられているから、警察を名乗れば虚偽にあたる。どうやって聞き込みするんだ?」


 自分で話していて心が痛む。

 警察官のはずなのに、警察を名乗れば罪になるなんて、難儀な。


 優妃には、予め考えていた方法があるようで、自信たっぷりに返す。


「問題ありません。保険会社と名乗ります」


「保険会社? 何で?」


「自動車事故を起こして、失踪した加害者を捜しているという呈なら、他人に怪しまれず人捜しが出来ます。社名も存在しない名前を考えてあります」


「へぇ~、知恵が回るねぇ」


 滝馬室は感心する。

 すぐ後に彼女を試すように言う。


「まぁ君が、どんな”絵”を描くのか、見物だな」


 絵を描く――――部署によって、その意味は変わって来るが、これは警察の隠語で"作業"や”計画”を意味する。


 再び、苦い経験したばかりの調査現場に、戻って来た。

 警察官なら別に珍しいことではないが、やはり忌避きひしてしまう。


 二人の覆面捜査官は、路地裏で見つけた駐車場にミニバンを置くと、詐欺グループが拠点としていたマンションへ足を運び、周辺を回る。


 そこで生活していたのなら、その痕跡は何かしらの形で見えてくる。

 腹が減れば、近くの店でメシを済ませるか弁当を購入、煙草を吸うなら漂う副流煙に近隣が悩まされ、苦情が地域に知れ渡る。

 生活用品が必要なら、ドラッグストアへ行き、消耗品を一式買う。


 この要件を手っ取り早く満たせる場所がある。

 それはコンビニ。


 青い帯が特徴的な、近くのコンビニに入ると、優妃は弁当の品出しをしている店員に聞く。


 彼女は右頰にかかる髪を手で軽くかき分け、顔がよく見えるようにすると、相手の警戒を解く為、とびきりの営業スマイルを見せ名乗る。


「こんにちわ。私共、"白鷺しらさぎ"保険の者です」


 彼女の言葉を聞いた滝馬室は、失笑を禁じ得ない。

 

 白鷺――――その言葉が警察において意味するモノは「人を騙す詐欺師」


 市民の財産と人権を守る警察官が、ただでさえ仮染の身分で世をあざむき、その上で白鷺・・を名乗るとは、滑稽としか言いようがない。


 優妃はダメ押しの一言を添える。


「警察の方から、この辺りの地域に住居があったと、お伺いしていまして」


 "警察の看板"を出すのは、一般市民にとって何よりの信用を得られる。

 権力のかさの使い方を間違えている例ではなかろうか?

 彼女にその罪悪感はないのか?

 

 否、あるはずがない。

 今の優妃は警察の後ろ盾を得ているのだ。

 本来、刑事たる彼女にとって、警察の名を使い民間人の協力を得るのは、至極。

 心強い後ろ盾だ。

 女刑事の魂は桜の代紋、旭日彰きょくじつしょうと共にあるに違いない。


 無垢な正義ほど、達の悪いモノはない。

 己の偏った徳喪とくそうに任せ、他者との差異を指摘されても、それを聞き入れず、自分以外が持つ、個人の尊厳を踏みにじったことすら気が付かない。

 それにより、相手の人格や人生が破綻しても、賢明な判断だったと正当化させる。

 悪意のない悪質と言ってもいい。


 例のごとく、事故を起こした加害者捜しで、相手を納得させ情報を聞き出す。


「ウチの店舗に来ますよ。高そうなスーツ着て、しかも”金の腕時計”をはめてたから、どっかの会社の偉い人なのかなって、いつも思ってて」


 優妃が聞く「金の腕時計……コンビニを出た後、どっちに行きましたか?」


「道玄坂の方に行きましたよ。来る時も同じ」


 滝馬室と優妃は礼を述べると、店員が怪訝な顔で問う。


「お客さん達、本当に保険会社の人?」


 笑顔で曖昧に返し、コンビニを後にすると、そのまま国道二四六号線へ。

 排気ガスのカオリがかすめると、信号は青に変わり足早に道玄坂へと進む。


 横断歩道を渡り首都高三号渋谷線をくぐると、すぐ側に、全面硝子張りのダイニングバーにも似たカフェが見える。

 これだけ見通しのいい店なら、従業員も目撃していると踏んで、店内で聞き込む。


 店内に入ると、カウンターは大手チェーン店のカフェと、同じ作りではあるが、左側に置かれたテーブルに、小さなオルゴールが並べられており、それぞれにB5サイズのパンフレットが添えられていた。


 よく見るとオルゴールは手作りの物で、このカフェで制作されたことが、パンフレットに記載されている。


 くだんの段取りに従い、優妃は写真を見せてカウンターにいる店員に聞く。

 エプロン姿の男性店員は答える。


「あぁ……ウチに来店しましたよ」


「こちらに来た?」優妃が返す。


「二名で来店されて、窓の奥側にある席で注文されました。写真のお客さん、腕に”金の時計”をはめていたので、なんとなく覚えてます」


「二名? そのお連れの方は男性ですか? 女性ですか?」


「男性です」


「何か特長はありますか?」


「んー……スーツのお客さんの印象が強かったんで、ハッキリ覚えてないですね。地味な感じだったので」


 ここに来て、捜査線上に謎の人物が浮上した。

 詐欺グループと、どういう関係かは不明だが。

 リーダーと思しき人物の印象に、存在を隠されてしまうのは偶然なのか、意図して影に隠れているのか?

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