リーニエンシー=告発のバーゲンセール

 有限会社ミズーリの代表、滝馬室が話に色をつける。


「まぁ、こういう事態に備えて、捜査機関は司法取引の導入を訴えかけていた。詐欺の不透明性は時節到来。むしろ制度の導入は遅かったくらいだ」


 優妃は肌に張りのある顔に、シワを残しかねないくらい表情をしかめ言う。


「とは言え、司法取引は司法制度の公平さを揺るがしかねない制度です。そもそも、取引して罪を軽くしようなんて、虫がよすぎるわ。犯罪をしても、仲間を売れば罪を取り下げるなんて、おかしい」


 優妃の雲行きが怪しいことを疑念し、サイバー捜査官の加賀美はあっさり晴らす。

 

「何を言っているんですか? 日本以外の国では昔から、司法取引で組織犯罪を壊滅に追い込んで来たんですから。使い方の問題です」


 加賀美の解説に滝馬室も一枚噛む。


「まぁ、司法取引に似た制度は以前からあった。例えば、二〇〇六年からの課徴金減免制度。”リーニエンシー”もそうだ。リニアモーターカーの談合事件で、下請け会社が課徴金・・・の減額と引き替えに、ゼネコンの不正を告発したが、競うように内部の人間が自首して来た」


 課徴金とは、企業などが不正に得た利益を、取り上げる意味合いを持ち、罰金とは異なる性質を有する。


 滝馬室は鼻で笑いながら付け足す。


「なんせ、最初に申告した業者は、課徴金の減額が五〇%。次に申告した業者が二〇%と、先着順だからな。告発のバーゲンセールさ」


 彼は話に一息入れると、肩をすくめて続ける。


「詐欺罪は執行猶予無しで刑務所行きだ。初犯でも最長で十年。常習的に繰り返せば、十年以上は刑務所暮らしだ。勿論、被害者と示談や反省の有無で、刑はいくらか減るだろが……しかし、詐欺なんて知恵が回れば、いくらでも法律をかい潜れる」


 滝馬室の言葉はいささか邪推だが、優妃も加賀美も納得してしまう。

 二人は忘れているかもしれないが、滝間室は公安部所属のベテラン刑事。

 その発せられる文言には、説得力がある。


「例え刑期を終えた犯罪者でも、再び手を染めてることはよくあるさ。規制をかけても、また新たに巧妙な手口が出回るわけだ。だから、組織化されればウィルスのように広まって手に負えなくなくなる。だからこそ、根こそぎ刈り取る必要がある。次の犯罪を生まない為に……」


 ベテラン刑事は雄弁に語る。


「司法取引は、特殊詐欺という見えない犯罪に一石投じるはずだ」


 優妃が獲物を捕らえた獣のように、目を細めて見つめる。

 その視線に滝馬室は気味悪く思い聞いた。


「な、何だよ?」


「タキ社長――――やっぱり、刑事だったんですね」


「藪から棒にどうしたんだよ? ……いや、刑事だったことを忘れていて、それを突っ込まれたから、薮蛇か?」


 自身で効かせた洒落に、一人で感心しニヤつく中年独男に、優妃は呆れる様子を見て話を放る。


「まぁ、詐欺で前歴があるなら加重されます。それに刑が重くなることを考えれば、司法取引は願っても無いチャンスですね」


 彼女はホワイトボードに貼った、若い詐欺師達を一通り見て語る。


「そのチャンスが、今後の司法制度をどう引っ張って行くか、気がかりですけど」


 優妃はおもむろに、写真の隣にマジックペンで書き足す。


 謎の男に走り書きで"暴力団?"と――――。

 

 これは予想を越えて、面倒な事件になりそうだ。


 部下である優妃の、鶴の一声がかかる。


「それじゃぁ、タキさん。早速、”聞き込み”に行きましょう」


 滝馬室は顔色を瞬時に変え、応対。


「優妃さん、すまない。これまで黙っていたけど…………昨日から腹の調子が悪いんだ。今日は早退させてくれないかな?」


 しかし女刑事は、子供じみた言い訳を聞くほど甘くない。


「行・き・ま・す・よ?」


 滝馬室は萎むように「はぃ」とだけ返事をした。

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