インテリジェンスの憂鬱
呆れつつも感心する優妃は、思わず話を脱線させてしまう。
「この口野という男。東大を出てましたよね? 東大卒のエリートが、何故、詐欺グループに入ったんでしょう?」
「彼の華々しい学歴が、仇になっているようです。高学歴の人間は、一般の企業では扱いづらいでしょうから」と加賀美。
「扱いずらい?」
「一流大学に入れる人間は、日本の総人口で見た場合、ほんの一握りです。国民のほとんどが、修士課程終え、一般的な職業に就く、俗に言う普通の生活をしている人々です」
加賀美は更に続ける。
「ゆえに、高学歴の人材はマイノリティとなり、普通の社会で特質した存在とされます。周囲は過度の期待を抱く訳ですが、高いアベレージは時として、周りの人間から阻害されてしまいます」
珍しく、加賀美が長話を始めたと、滝馬室は感心する。
だが、続く加賀美の話は、滝馬室にとって耳が痛かった。
「企業において、上司の間違いを高学歴の部下が指摘すると、反抗的でコントロールがしづらいように思われ、腫れ物を扱うような存在にされます」
癖のある部下を預かる上司としては、身に染みる言葉だ。
風になびく風鈴の音色のように、優妃は話す。
「最近は、高学歴の新社会人は扱いづらいと決め付け、企業側は採用を渋るみたいですね。一流大学を出ても、就職先が見つからないなんて不敏だわ」
「全く持って、遺憾です」
滝馬室は、まだ話を続けるのか? と、目を丸くして加賀美に振り向く。
さすがに、聞いてる方も疲れて来た。
「学問の最高峰に入り、優秀な人材を育む、学び舎を出たにも関わらず、社会貢献が出来る場を追いやられるとは、日本のインテリジェンスを忌み嫌う風潮に、大いに問題があると思います」
それを聞いた優妃が、探るように聞く。
「加賀美さん。今の言い方だと、被疑者の肩を持っているように聞こえるんですが?」
「そう聞こえましたか?」
滝馬室は加賀美に関して、肝心なことを忘れていた。
「そういえば…………加賀美君。東大卒だったよね?」
彼は淡泊に答える。
「はい」
「相手はどうあれ、やっぱり同じ高学歴だと、共感する部分があるんだねぇ」
それを聞くと、加賀美は無言になり、キータッチ音だけが返って来る。
横で優妃が、小声で滝馬室の名を呼び戒めると、彼は余計なことを言ったと気付いた。
加賀美は民間から警視庁に入った、移植のエリート警察官。
口には出さないが並々ならぬ思いがあり、三百人が試験を受けて、一人しか合格出来ない高倍率の試験を乗り越えた人材。
それが今では、警察組織から厄介者扱いされ、左遷組の巣窟たるサードパーティーにいる。
それを社会から外れ、犯罪者に成り下がった人間と、同列にし茶化すような真似をしたと、滝馬室は反省した。
彼は慌ててフォローに回る。
「いや、違うよ。加賀美君は優秀な人材だよ。ここまで君を見ていた俺が保証するよ」
「いえ、共感しているように捉えてしまったのは、僕が、そのような言い方をした為です。気を遣わなくても大丈夫です」
売り言葉に買い言葉のような物言いが、逆に気を使ってしまうのだが?
こちらも気を使ってか、優妃が話をかぶせる。
「ともかく、社会からあぶれたからって、犯罪に手を染めて良いことにはなりません」
滝馬室が持ち上げた。
「おっしゃるとおり」
加賀美は自身の口から出た言葉を、ペンキで塗り消すように、新たな話題を流し込む。
「逆に、代表の田代は口野と真逆で、地元で暴走族のリーダーをはるヤンチャ者です。簡単に言うと馬鹿ですね」
質問したのは優妃。
「そんな馬鹿が、詐欺グループの代表?」
「田代には、知識は無くても、族時代に養われたカリスマ性があったのでしょう。グループの人間は彼を代表と認めて、ついてきていたようです」
一呼吸おいて加賀美は続ける。
「ですが、根が馬鹿なので、グループの方針や金銭は管理出来なかったみたいで、口野が詐欺の具体的な計画を立てていたようです」
優妃が小首をかしげると、右の頬にかかる髪がカーテンを引くように揺らぐ。
「口野は受け子ですよね」
「受け子は人が足りないから、やっていただけのようです。この男は、振り込んまれる金の収集、管理、さらには詐欺の運営など、グループの経理関係を任されていたようです」
滝馬室が銘打つ。
「さすが東大卒だな」
加賀美の話が、一つの着地点に落ち着く。
「代表の田代が隊長なら、経理の口野は参謀ですね」
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