MTG2=社内推理2

 朝の通勤ラッシュを避け、早めに出勤した者だけが勝ち取れる、瞬間のブレイクタイム。

 一般の社会人なら一杯のコーヒーを喉へ流し、舌鼓をしながらニュースや一日のスケジュールに目を通すことだろう。


 有限会社ミズーリでは、その時間を音楽で表現していた。


 モーツァルト作曲「フィガロの結婚」

 理髪師でありながら何でも屋のフィガロが、結婚を控える中、フィガロの主人たる伯爵が、彼の妻を略奪しようと価策していることを知り、逆に罠にかけようという喜劇である。


 結婚目前で起きるドタバタ劇に、色を付けた名曲だ。


 しかしミズーリの従業員は、軽妙な曲を楽しむ為に流しているわけではない。

 殺伐とした会話をかき消し、周囲に悟られないようにする為だ。


 バソコン画面に目を落とす加賀美は、ズレ下がる眼鏡のブリッジを人差し指で上げ、話を始めた。


「捜査ニ課が逮捕した詐欺メンバーは、全部で四人。全員二十代と、まだ若いです」


 滝馬室は加賀美に対し懸案事項があった。


「加賀美君……俺と優妃さんが捕まった時…………逃げたよね?」


 加賀美はまるで、質問自体がなかったように振る舞う。


「偵察を担当する益戸が、無作為に電話をして各世帯の情報を集め、雑務を担当する小向が現地で探りを入れます」


「逃げたよね?」


「そして受け子を担当する口野が、振り込まれた金を引出す。恐らく存在が未知数の別グループにおいても、彼が集金を担当しているのでしょう」


「加賀美くん?」


「これらのメンバーを掌握しつつ、自身も詐欺行為を働くのが、リーダー格とされる田代です」


「聞いてる?」 


 眼鏡のインテリ捜査官は、滝馬室の必要な追撃を澄まし顔でかわす。


 握り拳がホワイトボードをノックする音が響くと、男二人は、その方向へ注目する。

 当事者のはずの優妃は、叱責の矛先を滝馬室へ定めた。


「今はそんな話、重要ではありません。子供の喧嘩じゃあるまいし」


「そ、そうだな」


 なぜこっちが責められるのか、いまいち容認しがたい事態だか、これまで経過を整理しておく必要がある。


 相変わらず情報の整理が上手い。


 ホワイトボードには、詐欺グループの顔写真が貼られ、組織構成を段階的に分けていた。

  

 三段に分けられ、下の段には末端の二人が並べて貼られている。

 雑務担当、たれ目でうだつが上がらない容姿の【小向】

 偵察担当、トゲトゲしいピアスにモヒカン頭の【益戸】


 中段にも二人だが、上下で分けている。

 受け子担当、黒髪を後ろで縛り、一重まぶたに細いフレーム眼鏡の【口野】

 その上の段。

 四人のリーダー格とされる、ジャージ男の金髪男【田代】


 どいつもこいつも目つきが悪い連中だ。


 そして上段には"謎の男"の写真。

 オールバックの黒髪に金縁の眼鏡。

 首からした高級感のあるスーツと、どこかの実業家に見える。

 

 諏訪警部補が、グループのスマートフォンから取り出した写真だ。

 送られたデータを会社で印刷した物だが、いまいち解像度が悪く、少し色合いがよろしくない。


 元の画像は詐欺グループが何かの記念で撮ったのか、メンバーと謎の男を含む集合写真だった。

 その為、目つきの悪いメンバーの中で、唯一、謎の男のみ間の抜け笑顔を見せていた。

 

 それぞれの段は下向きの矢印が引かれ、指示系統を現していた。

 優妃は三人しかいない社内へ、疑問を投げる。


「こうして考えると、詐欺グループは指揮系統が上から下へ列なる、トップダウンの形態を持っていようです」


 滝間室が口を添える。


「末端の二人。小向は口野がリーダーだと言い、益戸は田代がリーダーだと言う。そして口野は田代がリーダーだと言うと、リーダーの田代は自分よりも上のリーダーがいると自供……」


 滝間室は腕を組、考えこんでから言った。


「証言に統一感が無い……少しひっかかるな」


 優妃は返す。


「別のグループがいたとして、連絡や集めた資金はどうやって分配していたのでしょうか?」

 

 その問を、いっこうにパソコンモニターから目を離そうとしない、加賀美がすくい上げる。


「受け子でありながら、会計を担っていた口野が連絡係を務めていたようです。彼は分配する金の持ち運びもしていて、グループ内で唯一、外部と繋がりがあったそうです」


 優妃は溜息と共にボヤく。


「まったく勤勉といえばいいのか……」

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