48ーヨンパチー=アタリ

 安物スーツを来た中年男は、落ち着かない様子で、辺りに目線を泳がせる。


「ゆ、優妃さん……この道を男女が並んで歩くのは、いかがなものか?」


「何を言っているんですか? 拾える情報は何でも集めとかないと、後々、どこで役に立つか分かりません」


「しかし、これじゃぁ、はたから見たら俺たち、カップルに見えてしまうよ?」


「くだらないこと、言わないで下さい」


 神泉駅の東へ足を進めると、一帯が高台のような作りになっており、それは坂沿いの商店とは、様相が一変。

 妖しく光るホテル街が出迎える。 

 

 渋谷区円山町は、江戸時代には絢爛な料亭が街を彩っていたが、近代ではホテル街の方が知られるようになった。

 

 優妃が手帳に目を落としながら、頬にかかる髪を払うと、ピンクのネオンが彼女の横顔を照らし、部下の女を妖艶に見せた。


 それを見た上司の滝馬室は、邪念を打ち消すように首を振る。


 いかん、いかん、変な気を起こすな。

 彼女は部下だし、一応、今は職務中だ。

 それに、相手は優妃だ。

 身重みおもの猿よりも、うるさくて狂暴な女だ。

 四六時中一緒にいたら、ストレスで胃がよじれる。


「タキ社長!?」


「ふぇい?」


 呼ばれて我に帰ると、いつの間にか優妃の歩調に遅れを取っていた為、足早に彼女の後を追う。  


 それから一時間ほど、聞き込みを行い、金時計の男の糸口を探す。

 やはり皆、似たような目撃情報を答えるばかりで、目覚ましい成果は得られない。

 

 新しい情報が得られないと解り、このへんで"休憩"を挟む。


 と言っても、いかがわしいエリアで休憩するわけではなく、ホテル街を抜け、中華やイタリアンといった、ごくごく普通の店が並ぶ通りで、ひとまず落ち着く。


 人一人が通れるくらいの階段を降りて、神泉駅の方へ足を進めた。


 夕暮れの影が差す丸山町。

 隠れ家のような階段沿いの軒並みは、大人の冒険心をくすぐった。

 

 少し歩き疲れたのと、聞き込みで得た情報の整理も兼ねて、神泉駅の隣にあるカフェで一服。

 ウェイトレスにホットコーヒーを二つ注文し、カウンターに引っ込んだところで話を始める。


 滝馬室は、おしぼりで顔を拭きながら疑問を投げる。


「しかし、あれだな……詐欺グループのリーダーとは言え、質素なもんだな? いいスーツを着て金の腕時計をしている割に、移動手段が電車とはね」


 顔を拭き終わったおしぼりをテーブルの隅に置くと、それを見た優妃が、少し嫌悪の表情を見せ返す。


「荒稼ぎしてる詐欺グループにしては、貧乏くさいですね。経費の節約なのかしら?」


「矛盾があるな。贅沢を服装で見せつける奴が、車を使わずに電車。成金のマインドから外れる。俺ならフェラーリかベンツを買うね」


 優妃は鞄からタブレットを取り出して、操作しながら考察を述べる。


「電車で吉祥寺方面なら……駒場東大、下北沢、明大前、永福町、高井戸、富士見ヶ丘、久我山、三鷹台、井の頭公園……いずれかで降りているとは思いますが……」


「捜索範囲が広いな? 二日で探し回るのは不可能だ。それに、どこかで乗り換えていたらお手上げだぞ?」


「ですが明日の五時まで、まだ時間はあります」


 明日の五時までって、寝ないで捜索する気か?


 上司は部下にはっきりと言う。


「いや、”代理店”では、ここまでが限界だ。切り上げて、後は諏訪さんに報告して向こうで引きつでもらおう。それに……もうじき五時だ。定時を過ぎる」


 優妃が不服をこらえていると、ウェイトレスが注文の品を運んで来た。

 コーヒーをトレイからテーブルに移し終わったところで、すかさず優妃が写真を見せ、聞く。


 こんなところまで、ご苦労なことで……。

 

 熱心な優妃を滝馬室は面倒に思えてきた。

 そんな中年男とは対照に、若いウェイトレスの顔は、太陽のように明るくなり嬉しそうに答える。

 

「ウチのカフェに来ましたよ。面白い人で何か仕事で、この辺に来ていたらしくて」


 詐欺グループの事務所への出入りだ。

 これと言って、有力な情報ではなそうだ。


 聞き込みをする二人が、情報に興味を示さなくなると、何気ないウェイトレスの一言が、この先の舵を大きく動かした。


の人みたいですよ。普段は【下北沢】で劇団をやってて、近いうちに舞台があるから見に来てねって、誘われて」


 滝馬室と優妃は、声を揃えて驚く。


「はっ!? ”役者”!?」


 優妃が困惑の表情を見せ、滝馬室に語りかける。


「どういうことでしょう? 役者がグループのリーダー?」


「何だか、話がややこしくなってきたなぁ」


「下北沢なら、駅の帰りで吉祥寺方面を利用しますね」


 優妃がウェイトレスに、最後の質問をする。


「何て言う舞台ですか?」 


 どうやら、定時で切り上げるのは、あきらめたほうがよさそうだ。

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