魔法の呪文

 悪態を付く、用心棒の金髪黒ジャージの男、田代の口から、気掛かりな言葉が出た。

 

「オレはぁ……金になる仕事があるって言われて、誘われたんだよ……」

 

 硝子越しに見ていた、滝馬室と優妃の胸の内が、不安によりざわつく。

 優妃が呟くように言う。


「また同じ文言……」


 サード・パーティーは詐欺犯を見つけるのに二週間。

 警視庁は、それよりも前に詐欺グループを追っていた。


 にもかかわらず、この四人に詐欺を指示した存在が見え隠れし始める。


 彼ら若い集を練る、一人のリーダー格、いわゆる”リーダー”が存在するのか?


 それとも、もっと大きな裏組織バックが、存在していることを、示唆しているのか?


 どうやら、一連の特殊詐欺は、氷山の一角にすぎないようだ――――――――。

 

*****


 取調室を出た滝馬室は、警察の中で永居をして内部の人間に、これ以上顔を知られることは、潜入任務をする上で好ましくないと考え、早々に立ち去ることを優妃に打診した。 

 

 諏訪警部補は、そんな二人を見送る為、なるべく警察職員の目に付かない道筋でエレベーターまで案内する。


 エレベーターは三人以外、乗る人間はいないが密室の狭い空間の為、回りに気を使い、どうしても会話が途切れがちになってしまう。

 

 滝馬室が一階へ、うなりを上げて降りるエレベーターの機械音に耳を傾けいると、隣の優妃が不意に口走る


「被疑者の取り調べする、警察官の様子を見て思ったのですが……」


 女刑事は、次に放つ言葉を慎重に選ぶ。


「その……随分と被疑者に、気を使った取り調べをするのですね?」


 彼女は疑問を投げ込んではみた物の、密室内の誰が、この疑問を拾うか様子を見るように、黒目が忙しく二人の年長者を行き来していた。


 滝馬室が質問を拾う。

 彼は、部下の気まずさを緩和するように、冗談交じりで答える。


「まぁ。アイドルでもないのに、カメラで撮られてたら緊張するんじゃないか?」


 上司のいつものざれれ言に、和んだ優妃は、気兼ねなく発言した。


「結構なベテラン刑事でも、カメラとマイクの前だと、気を使うんですね?」

 

 嫌味ともとれる若手刑事の意見に、諏訪警部補は苦笑しながら答える。


「そうだな。閉鎖された空間での尋問と勝手が違い、ライブ型の取り調べだ。刑事も今だに手探りだよ」

 

 優妃は返す。


「世論の訴えを受け、警察の取り調べを可視化することは、何年も前から準備されていましたが、実際に始まると難しいですね」

 

「これまでの取り調べ方法で、冤罪が起きたことを踏まえ、取り入れられた制度だがぁ、そのおかげで、少しでも強要と思われるような取り調べは、法廷で警察の陳述の信憑性を疑われるだけだはなく、取り調べを担当した、警察官の違法性を問われる」

 

 警部補は溜息に乗せて言葉をつぐ。


「刑事が顔色を気にしていたのは、目の前の被疑者じゃなく、カメラの先にいる裁判官や検察官。今後、関わる人間達だ」


 優妃の愛らしい顔が神妙になり、手厳しい意見を言う。


「とは言え、相手は平然と嘘を付いて、罪を逃れようとする人間です。カメラの前だからって、それを、真に受けるわけには行きませんよ?」

 

 取り調べの可視化は、二〇〇八年から一部で試験的に開始。

 徐々に全国の警察署に可視化を導入し、裁判員制度による裁判で、可視化が義務化した。

 裁判員裁判自体が、殺人や重い傷害などの罪を対象している為、可視化を導入する案件も自然と決まるが、今日までの刑事司法が改正され、裁判員裁判以外の事件に関わる取り調べも可視化の対象となった。


 諏訪警部補は尖ったエラで、こちらを指しながら答えた。


「その時はその時だな……それと」


 諏訪警部補は上を見上げ、階層を順に降る電光板を見ながら口走る。


「雑用を担当する小向は会計の口野・・がリーダーだと証言している。それに対し、偵察の益戸は用心棒の田代・・がリーダーだと言っていてな」


 滝馬室は眉をひそめた。


 何故、今その話をするんだ?

 そんな話を聞かせれば、”奴の正義の虫”が騒いで……。


 彼が思案し終わる前に、視界の片隅で、猫目を輝かせた餓鬼が食い入る。


「では二人の内、"どちらかがリーダー"ですか?」


 優妃が諏訪警部補に食い入ると、滝馬室は片手を顔面に押し当て、はぎ取るように撫でる。

 警部補は肩をすくめて、含みを持たせた物言いをする。


「解らん。リーダーが二人かもしれん…………いざとなれば、”魔法の呪文”を、唱えるだけさ」

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